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第三巻
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今年の一月は特に寒い。私の住んでいる瀬戸内も寒い。
しかし日本海はもっと寒い。考えてみると江戸時代は小氷河期だったのだからこれくらいの寒さ、なんのそのだ。
さて、今回は菅原道真の和歌を味わってみたい。季節外れの歌であるがご容赦願いたい。
秋になればこの歌も味わい深い。
(今回の歌)
菅家(24番) 『古今集』羈旅•420
羈旅は旅情を詠んだ作品の分類としても使われたものです。
「このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」
(現代語訳)
「今度の旅は急のことで、道祖神に捧げる幣も用意することができませんでした。手向けの山の紅葉を捧げるので、神よ御心のままにお受け取りください。」
(解説)
「このたびは」について
「たび」は「旅」と「度」の掛詞で、「今度の旅は」という意味になります。
「幣も取りあへず」について
幣は色とりどりの木綿や錦、紙を細かく切ったもの。
旅の途中で道祖神にお参りするときに捧げました。
「取りあへず」は「用意するひまがなく」という意味になります。
「手向山」について
山城国(現在の京都府)から大和国(現在の奈良)へと行くときに越す山の峠を指し、さらに「神に幣を捧げる」という意味の「手向け」が掛けてあります。
「神のまにまに」について
「神の御心のままに」というような意味になります。
「道祖神は、村境、峠などの路傍にあって外来の疫病や悪霊を防ぐ神である。」
作者は菅原道真。
菅家(かんけ。845~903)
菅家は尊称で、学問の神様・菅原道真のことです。学者の家に生まれ、35歳の若さで最高の権威・文章博士となり、54歳の899(昌泰2)年には右大臣にまで出世します。しかし謀ごとにより九州・太宰府に流され、59歳で没しました。現在は学問の神様として北野天満宮や太宰府などに祀られています。
何故神様になったのか?
それは道真が怨霊となって京の街に災いをもたらしたからです。
今回の歌は、学問の神様・菅原道真のものです。日本史上指折りの学者でしたので、尊敬をこめて『菅家』とか『菅公』と呼ばれます。
この歌は、道真の才能を買って右大臣にまで取り立てた宇多上皇の宮滝御幸の時に詠まれた歌です。宮滝は現在の奈良県吉野郡吉野町です。この御幸はとても盛大なものだったようで、道真ら歌人も多数お供しました。その時に詠まれた歌です。
歌はちょっと分かりにくいところもありますが、旅の途中、道ばたの道祖神(注釈1)にお参りする時に捧げる綺麗な紙切れや布切れの代わりに、「美しく色づいた紅葉を神に捧げましょう」という歌です。
「急な旅立ちで持ってこられなかったけれど、紅葉を幣に見立てましょう」という訳です。
吉野の山の絢爛豪華な紅葉がイメージで出来るような美しい歌だと思います。
実はこの歌に出てくる「手向山」というのがどこだったのか、はっきりとは分かっていません。しかし御幸の旅程から考察すると大和と山城の境の辺りだと、私は考えています。まあ、分かる訳ありませんよね。だってその時、道真と一緒にいなかったのですから(笑い)。
このように歴史小説を執筆していますと、分からないことばかりですよ。だから色々と作家によって解釈が変わってくるんです。しかし、私はそれでいいと思っています。
御幸の行き先である奈良県吉野郡吉野町の『宮滝』は、近鉄吉野線・大和上市駅からバスに乗り、宮滝川を遡った宮滝バス停で下車すると到着します。遺跡などもある観光名所として知られていますので、紅葉見物に行かれてはいかがでしょうか。
私は吉野には家族連れでよくドライブしていますので、地理に詳しいんです。
なお、宮滝には宮滝遺跡がありますよ。
奈良県吉野郡吉野町宮滝にある複合遺跡。国の史跡に指定されています。
幾つかの異なった年代の遺構が存在し、吉野宮・吉野離宮の存在も推定されてるんです。
しかし日本海はもっと寒い。考えてみると江戸時代は小氷河期だったのだからこれくらいの寒さ、なんのそのだ。
さて、今回は菅原道真の和歌を味わってみたい。季節外れの歌であるがご容赦願いたい。
秋になればこの歌も味わい深い。
(今回の歌)
菅家(24番) 『古今集』羈旅•420
羈旅は旅情を詠んだ作品の分類としても使われたものです。
「このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」
(現代語訳)
「今度の旅は急のことで、道祖神に捧げる幣も用意することができませんでした。手向けの山の紅葉を捧げるので、神よ御心のままにお受け取りください。」
(解説)
「このたびは」について
「たび」は「旅」と「度」の掛詞で、「今度の旅は」という意味になります。
「幣も取りあへず」について
幣は色とりどりの木綿や錦、紙を細かく切ったもの。
旅の途中で道祖神にお参りするときに捧げました。
「取りあへず」は「用意するひまがなく」という意味になります。
「手向山」について
山城国(現在の京都府)から大和国(現在の奈良)へと行くときに越す山の峠を指し、さらに「神に幣を捧げる」という意味の「手向け」が掛けてあります。
「神のまにまに」について
「神の御心のままに」というような意味になります。
「道祖神は、村境、峠などの路傍にあって外来の疫病や悪霊を防ぐ神である。」
作者は菅原道真。
菅家(かんけ。845~903)
菅家は尊称で、学問の神様・菅原道真のことです。学者の家に生まれ、35歳の若さで最高の権威・文章博士となり、54歳の899(昌泰2)年には右大臣にまで出世します。しかし謀ごとにより九州・太宰府に流され、59歳で没しました。現在は学問の神様として北野天満宮や太宰府などに祀られています。
何故神様になったのか?
それは道真が怨霊となって京の街に災いをもたらしたからです。
今回の歌は、学問の神様・菅原道真のものです。日本史上指折りの学者でしたので、尊敬をこめて『菅家』とか『菅公』と呼ばれます。
この歌は、道真の才能を買って右大臣にまで取り立てた宇多上皇の宮滝御幸の時に詠まれた歌です。宮滝は現在の奈良県吉野郡吉野町です。この御幸はとても盛大なものだったようで、道真ら歌人も多数お供しました。その時に詠まれた歌です。
歌はちょっと分かりにくいところもありますが、旅の途中、道ばたの道祖神(注釈1)にお参りする時に捧げる綺麗な紙切れや布切れの代わりに、「美しく色づいた紅葉を神に捧げましょう」という歌です。
「急な旅立ちで持ってこられなかったけれど、紅葉を幣に見立てましょう」という訳です。
吉野の山の絢爛豪華な紅葉がイメージで出来るような美しい歌だと思います。
実はこの歌に出てくる「手向山」というのがどこだったのか、はっきりとは分かっていません。しかし御幸の旅程から考察すると大和と山城の境の辺りだと、私は考えています。まあ、分かる訳ありませんよね。だってその時、道真と一緒にいなかったのですから(笑い)。
このように歴史小説を執筆していますと、分からないことばかりですよ。だから色々と作家によって解釈が変わってくるんです。しかし、私はそれでいいと思っています。
御幸の行き先である奈良県吉野郡吉野町の『宮滝』は、近鉄吉野線・大和上市駅からバスに乗り、宮滝川を遡った宮滝バス停で下車すると到着します。遺跡などもある観光名所として知られていますので、紅葉見物に行かれてはいかがでしょうか。
私は吉野には家族連れでよくドライブしていますので、地理に詳しいんです。
なお、宮滝には宮滝遺跡がありますよ。
奈良県吉野郡吉野町宮滝にある複合遺跡。国の史跡に指定されています。
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