世にも奇妙な世界 弥勒の世

蔵屋

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第二十六章

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 世に奇妙な世界は、日月神示国常立尊の原文を解読する以外にはないという結論に達した。そこで、私は日月神示国常立尊の教えから、人間の『生きる』ということについて考察する。

 一つ目は日月神示は、既成宗教を完全に否定している、ということである。つまりキリスト教も仏教も、神社仏閣もすべてを否定している。
何故、日月神示は、既成宗教を否定したのであろうか?

 二つ目は、宗教にかわる新しい道とはいったいどのようなものなのか?

 三つ目は、人間の正しい生き方、人間の正しい食生活、人間の夫婦のあり方、そして身魂磨きとは、どのようにすれば、身魂を磨くことになるのか?

 今回はこの三つに絞って、私なりに皆さんに解説したいと思う。私の25年間の集大成である。

 私は日月神示国常立尊の教えが絶対であると、確信している。私は毎日、大宇宙の神さまと、意思疎通をしている。私の毎日は、幸せな毎日である。

 日月神示国常立尊では、先ず最初に「人間、食事程、楽しみなものはない。」
と教えているのだ。
 その為には、穀類野菜中心の食生活にすること。
食生活上の注意点は、食べ過ぎに注意すること。先ず、食べる量は今までの半分にすること。
日月神示国常立尊を自動書記により、書いた岡本天明は、餅1個、柿1個という食生活もあったという。それでいたって健康的であったという。この話しは妻の岡本三典の話しである。
 そして四つ足動物は食べるな!という。
つまりステーキとして食べる牛肉、豚肉、鶏肉、猪、羊、ヤギ、馬など共食いになるという。つまり、私たち肉体の中にある身魂が汚れるということである。せっかく身魂を綺麗にしようと思っているのに、食事で四つ足動物を食べたために自らの魂が汚れてしまうのである。
 このように、私たちの身魂は毎日生活することによって、ほとんどの人たちは汚れているということである。この汚れを少しでもなくそうと思うなら、私がいつも言うところの人間の正しい生き方、人間の正しい食生活、人間の正しい夫婦のあり方、そして今に善し、善き心、善き言葉、善き行いを励むこそ善き!という人生の極意を日月神示は教えているのである。

日月神示国常立尊の原文と解説ー

 既成宗教では神の「しるし」や「証し」として重要視、神聖視されている奇跡であるが、これについても完全に否定。いくつかの帖で言及され、奇跡やこれらを求め信じる人に大きな警鐘を鳴らしている。「二日んの巻」第十三帖では「地獄的下級霊の現われには、多くの奇跡的なものを含む。奇跡とは大いなる動きに逆行する動きの現われであること知らねばならない。かかる奇跡によりては、霊人も地上人も向上し得ない。」や「黄金の巻」第二十二帖でも「奇跡では改心出来んのであるぞ」また、「龍音の巻」第十八帖では「正神には奇跡はない、奇跡ないことが大きな奇跡であるぞ、奇跡するものは亡びる。高級霊は態度が立派であるぞ。わかりたか。」と語られている。

日月神示国常立尊の教えの重要箇所ー

 つまり、奇跡するものは滅びるということである。まあ、殆どの人々は、このことを理解出来ないだろうが、そのような人々は天国に住くことが出来ない。必ず地獄へ住くことななる。

ー難行苦行はしてはダメ。日月神示は断食などの難行苦行を戒めているー

 このことも、理解出来ないだろうが、そのような人々は必ず地獄に住くことになる。

また、他の多くの宗教が修行の一環や、神への自己犠牲のしるしとして断食の必要性やその意義を説いているが日月神示では断食すること自体を厳しく戒めているのも注目される。「日月の巻」第三帖では「滝に打たれ断食する様な行は幽界の行ぞ。神の国のお土踏み、神国の光いきして、神国から生まれる食べ物頂きて、神国のおん仕事してゐる臣民には行は要らぬのざぞ。此の事よく心得よ。」と述べられ、滝に打たれたり、断食するような行は低い世界の行に過ぎず全く必要がないのだとされる。

ー正しい食生活をせよ!ー

さらに「正しい食生活について」では「食物を食べるのも喜びであるぞ。正しき食物正しく食べよ。更に喜びふえて弥栄いやさか(注釈1)えるのぢゃ。悪い食物悪く食べるから悪くなるのぢゃ。何も彼も同様ぞ。人民は喜びの子と申してあらう。罪の子でないぞ。うれしうれしの道あるに、何故歩まんのぢゃ。」(春の巻第五帖)と語られている。

(注釈1)
弥栄いやさかとは、主に一層、栄えるという意味の単語。また、「万歳」に意味が近く、めでたい意味で使われることもある。

ー多食哉肉食についての戒めー

 しかし、一方で多食や肉食についてはこれを戒めており、次のような帖もある。「食物節してこそ、ささげてこそ、運ひらけるのぢゃ。病治るのぢゃ。食物、今の半分で足りると申してあらうが。遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。そんなこと位で、病治ったり、運開ける位なら、人民はこんなに苦しまんと申すが、それが理窟と申すもの。理窟悪と申してあるもの。低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。」(冬の巻捕帖)[16]「四ツ足を食ってはならん、共喰となるぞ、草木から動物生まれると申してあろう、臣民の食物は五穀野菜の類であるぞ。」(碧玉の巻第八帖)。なお肉食についてはそれを戒めつつも、次のようにも書記させている「獣の喰ひ物くふ時には一度神に献げてからにせよ、神から頂けよ、さうすれば神の喰べ物となって、何たべても大じやうぶになるのぞ」(天つ巻第五帖)。

ー人間の生き方ー日月神示国常立尊の教えの重要箇所ー

「人間の生き方」に関しては次の記述が代表的なものであろう。

「臣民にわかる様にいふなれば、身も心も神のものざから、毎日毎日神から頂いたものと思へばよいのであるぞ、それでその身体をどんなにしたらよいかと云ふこと分かるであらうが、夜になれば眠ったときはお返ししてゐるのざと思へ、それでよく分かるであらうが。身魂みがくと申すことは、神の入れものとして神からお預りしてゐる、神の最も尊いとことしてお扱ひすることぞ」(富士の巻第十四帖)。「目覚めたら其の日の生命お預りした事を神に感謝し、其の生命を神の御心のままに弥栄に仕へまつる事に祈れよ。神は其の日其の時に何すべきかに就いて教へるぞ。明日の事に心使ふなよ。心は配れよ。取越苦労するなよ。」(日月の巻第十五帖)と語られている。

このことを理解出来る人々は一体、どのくらいいるのか?
私は殆どの人々が理解出来ないと思っている。このことが理解出来ない人々は地獄に住くことになる。

ー夫婦の在り方、日月神示《国常立尊》の教えの重要な箇所ー

 さらに夫婦のありかたについては次のように述べられている。

「愛は養はねばならん。夫婦はいのちがけで、お互にきづき合はねばならんぞ。夫婦愛はあるのではない。築き上げねばならんぞ。つくり出すのぢゃ。そこに尊さあるぞ。喜びあるぞ。」(春の巻第二十六帖)。「家の治まらんのは女が出るからぞ。夫立てると果報は女に来るぞ。」(黄金の巻第七十二帖)、また「妻にまかせきった夫、夫にまかせきった妻の姿となれよ。信仰の真の道ひらけるぞ。一皮むけるぞ。岩戸ひらけるぞ。不二(富士)晴れるぞ。」(黄金の巻第九十九帖)、さらには「夫婦けんかするでない。夫のみいかんのでない。妻のみ悪いのでないぞ。お互に己の姿を出し合ってゐるのぞ。よく会得せよ。」(月光の巻第九帖)とあり、お互いに信頼しきった夫婦関係が大切で真の信仰の礎であると語られている。

どうですか。皆さんは以上のことが理解出来ましたか。もし理解する事が出来て毎日、実行するのであれば貴方は天国に住くことになります。また、死ぬまでにこの世で暮らしていますが、貴方の霊魂はすでに天国にあるため、この世では貴方は幸せな毎日を暮らすことになるんです。


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