世にも奇妙な世界 弥勒の世

蔵屋

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第四十章

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 世にも奇妙な世界は、我々が暮らしている欲望と言う執着の世界にあった。

ー(山岡鉄舟の書『程』と日月神示)ー

私はこの山岡鉄舟の書のことを知ったのは、今から5年前のことである。
その書籍には、山岡鉄舟の書いた書の言葉に感動したのであった。以来、私はこの「程」という言葉を、何をするに於いても肝に銘じたのであった。
何故なら人間が失敗するのはこの「程」を知らないためであり、また人間の欲望と言う側面から考えてみるとこの「程」ほど大切な事はないと思うからである。
つまり程度をわきまえよと言うことに尽きるのである。
例えば、私が聞いた話によると、競馬を初めて馬券を買ったあるタクシー運転手の話である。この「程」という言葉の意味を知る上で最も参考になると思うので、ここで読者の皆さんにご紹介するものである。
そのタクシー運転手の話によると、次のようなことである。
「ある場外馬券売り場に友人に連れていかれたとき、馬券のマークシートも分からないで馬番を決め、投票用紙に鉛筆でチェックをし、黒く塗りつぶしたと言う。そして購入金額を100円のところにマークするところを間違えて1000円のところにチェックしたと言う。今でも不思議でたまらなかったのは、なぜそのようなことをしてしまったのかと思ったと言う。狐につままれたような感覚であったと言う。購入した馬番号は7番8番1番であった。彼は、競馬の人気やオッズ、馬の血統、騎手、厩舎、馬の生産牧場など何も知らなかったのである。しかし直感的にモニターから目に入ってきた馬を見て馬券を購入したと言う。
投票が締め切り、待っていた馬がゲートの中に係員によって1頭1頭入れていかれる。
そして、準備ができると、係員がゲートから一斉に離れた。ゲートの上の赤いランプが点灯し、ゲートが開かれた。馬たちは、機種にお尻を叩かれて一斉にスタートした。
今の競争には、砂のダートと芝の2種類がある。この馬の競争は、ダートの1600メーターであった。競馬場は大井競馬場であった。タクシー運転手が選んだ。馬番号の騎手は7番矢野騎手、8番御神本騎手、1番西騎手であった。入着結果は1着7番、2着8番、3着1番であった。
払い戻し金は三連単40万5千5百2十円であった。間違えて、1000円購入していたので払い戻し金は405万5千百円の現金を受け取ったと言う。このタクシー運転手は、二度と競馬をしなかったと私に言った。
何故ならこのような博打は当たった時が潮時であり、二度とこのようなことが人生ではないと言うものであった。
私は彼の話を聞いて、合点がいった。
日月神示の教えには我と執着を戒めている箇所がある。
つまり競馬やパチンコ、スロットや競艇、宝くじ、株式取引きなどすべて人間の欲望の執着に該当するのだ。この教えを守らなかったらどうなるかと言うことを説明すると、必ず罪の裁き主である国常立尊の裁きを受けるということである。決してギャンブルをする人には幸せと言う二文字はやってこない。むしろ不幸と言う二文字がやってくる。このことを夜の人たちは肝に銘じることである。
さて、今日のテーマは山岡鉄舟の書『程』と『日月神示』である。
次の日月神示の原文を読めば、欲望という執着心の怖さがわかると思う。

ー(「春の巻第五帖。日月神示原文引用)ー

更に「正しい食生活について」では「食物を食べるのも喜びであるぞ。正しき食物正しく食べよ。更に喜びふえて弥栄いやさかえるのぢゃ。悪い食物悪く食べるから悪くなるのぢゃ。何も彼も同様ぞ。人民は喜びの子と申してあらう。罪の子でないぞ。うれしうれしの道あるに、何故歩まんのぢゃ。」

と語られている。

しかし、一方で多食や肉食についてはこれを戒めており、次のような帖もある。

ー(「冬の巻補帖。日月神示原文引用)ー

「食物節してこそ、ささげてこそ、運ひらけるのぢゃ。病治るのぢゃ。食物、今の半分で足りると申してあらうが。遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。そんなこと位で、病治ったり、運開ける位なら、人民はこんなに苦しまんと申すが、それが理窟りくつと申すもの。理窟悪と申してあるもの。低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。」
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