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第四十四章 霊界と幽界
しおりを挟む世にも奇妙な世界には霊界と幽界があった。
ー(霊界と現界との関係について)ー
日月神示原文引用
日月神示には霊界についての記述も多く見られるが、
ー「二日んの巻」(ジシンの巻)や「龍音之巻」ー
殆どがこれらについての記述である。そのなかでも、我々が住んでいるこの現界と関係が深いと思われるもので主なものを以下に箇条書きで記す。
「広く霊界といっても神界と幽界に大別され、神界は天国と霊国に分けられ、幽界はそれぞれ、陽界と陰界に分けられる。」
「天国には天人が、霊国には天使が住み、幽界は陽界には陽霊人が、陰界には陰霊人が住んでいる。」
「幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の神懸かりのほとんどはこの幽界からの感応によるものであるから注意が必要である。」
「幽界は本来は無いものであるが、人間の地獄的想念が生み出したものである。」
「高度の霊がただちに肉体人に感応することはなく、それぞれの段階を経て感応するものであることを忘れてはならない。」
「参1 目に見えぬ所からの通信は高度のものほど肉体的には感応が弱くなり、暗示的なものになる。」
「下級霊は現実界と紙一重の所に住んでいるため、その感応は極めて強く人間の目にはいかにも、もっともらしく映るのでこれも注意が必要である。」
「高度なものはその人間の心に応じてそれと同一波長の神霊に伝達され、その神霊の感応によって表現される。」
「下級霊が懸かった霊媒の態度や所作、動作、言動は高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものであるがこれらはよく見極めればわかる。」
ー(特別な使命を持つ天使)ー
「特別の使命を持つ天使は、最下級の霊界まで降って来て人間に特別な通信をしたり、指示したりすることがある。また天使の霊が母体に宿り人間として生まれて来ることもある。末世(注釈1)にはこの種の降誕人がたくさんある。」
(注釈1)
末世とは、仏教において釈迦の入滅から時代が大きく隔たり、仏法が衰え、道徳が乱れた世の中を指す言葉である。
また、単に『ずっとのちの世』や『道義が衰えた世』という意味でも使われる。
末世の主の意味には二つある。
一つは、仏教における意味である。
釈迦入滅後、仏法が衰え、修行が廃れた時代を指す。クソ坊主と言われる所以だ。
二つ目は一般的な意味である。
道徳心が衰え、世の中が乱れた時代を指す。
|末世は「末法」とほぼ同義で使われることがある。
この末法とは、釈迦入滅後の時代区分の一つで、仏の教えだけが残り、悟りを開く修行者がいなくなり、仏法が衰退し道徳が乱れる世を指す。そのような世の中が現代社会なのだ。
だからこそ、日月神示は仏教を完全否定し、キリスト教やイスラム教や、ユダヤ教、ヒンドゥー教など凡ゆる宗教を完全否定したのだ。
そして最も大切なことは、道である、と、断言したのだ。
それが我々人類が神さまが示す『人間の正しい生き方』、『人間の正しい食生活』、『正しい夫婦のあり方』を教えた。
更に我々人間は神さまから肉体と身魂をお借りしているということを認識して、夜寝る時には一旦神さまに肉体と身魂をお返しするという気持ちにならなければならないのだ。そして翌朝、目覚めたら命あることに感謝し、日中は頭に浮かんだことから仕事に全身全霊、一心不乱に励むのだ。
そうすればあなたは、神さまと同じ神人合一して神さまの代行者になり、永遠に幸せになり、暮らすことが出来るのだ。
あなたの奥さんもお子さんも、ご家族もあなたと同じ心境になり、全身全霊、一心不乱に働けば、神さまと同じ神人合一した神さまになり、神さまの代行者として永遠に幸せになれるのである。
この事を日月神示は一貫して我々人類に教えているのだ。
さて、末法思想の歴史について、解説する。末法思想は、日本では鎌倉時代に広まった。当時の社会情勢と仏教の末法の予言が一致したため、人々は不安から厭世的になったり、急進的な思想に傾倒したりした。
面白いもので、以下のような用例があるということは、すでに末世になっている証拠なのだ。
「こうなっては世も末世だ」というように、世の中の乱れや道徳の衰退を嘆く際に使われたり、「末法末世」という四字熟語もあり、時代が下り、道徳が衰え乱れた世を意味する。
ー(日月神示《国常立尊》原文解説)続きー
ー(人間霊以外の霊)ー
「特別の使命を持つ天使は別として、人間霊以外の霊で人間に憑依するのは、日本を例にとれば神、天狗、仙人、狐、狸、猫などが大部分である。」
ー(動物霊)ーその1
「先祖霊に化けて何かを企てる動物霊が多いから注意を要する。」
ー(動物霊)ーその2
「動物霊が祖先のことを知っているのは、その憑依の対象となる人間の肉体霊(その人間の想念や考えていること)の知っていることを、直ちに知り得るからである。」
ー(動物霊)ーその3
「動物霊が人間の言葉を使うのは不可解にも思えるが、それは例えれば、他人の家に入り込んでそこにある道具類をそのまま使うのと同じ道理である。動物霊でも他の霊でも人間に感応したならば、ある程度その人間の持つ言葉を使いこなせる。日本人に感応すれば日本語を、米国人ならば英語を語ることが出来る。」
ー(下級霊や動物霊)ー
「基本的に下級霊や動物霊は人間に感応はするが肉体の内部までは入り込めない。しかし、感応の度が強ければ入ったと同様に見える場合がある。」
ー(魂の入れ替わり)ー
「例外として人間の魂と動物の魂が入れ替わっていることもある。こうした場合は肉体に入り込んだと考えて良い。例えばそれが狐なら狐の様相を露呈するから、すぐ判るが悪行を積んだ霊などの場合は、その時代時代に合わせて化けているので見破ることがなかなか難しい。」
ー(人間霊)ー
「人間霊の場合でもある種の霊は、自分自身が高度な神界に住んでいると誤信しているものがいるが、こうした霊が感応した場合は自信をもって断言する場合が多い。人間の知らぬ世界のことを自信を以って強く告げてくるので、判別は困難で多くの場合、審神者は参ってしまう。」
ー(仙人界)ー
「仙人というのはどんなに高度に見えるものでも、幽界に属す。なぜなら、仙人界には戒律があるからである。神界には戒律はない。真の宗教に戒律はないのである。戒律がある宗教は亡びる。しかし、神界にも仙人的な存在はある。」
ー(竜体を持つ霊)ー
「竜体(竜神と思われる)を持つ霊は神界にも幽界にもある。竜体だからといってそれらが全て神界に属すると思うのは誤りである。」
「先祖霊が出る場合は、何か頼みたいことがある場合が多い。浄化した高級霊ともなれば、人間の肉体に判るような感応はほとんどない。」
ー(先祖霊の修業)ー
「先祖は現界に住んでいる肉体人を土台として修業するものである。また、同様に霊界における自分は先祖との交流や交渉は深いものである。その先祖は神界に属する場合と幽界に属する場合とがある。神界に属するものは正流を通じて、幽界に属する場合は外流を通じて、肉体人の子孫にそれぞれ感応してくる。」
ー(下級霊と動物霊)ー
「下級霊や動物霊の場合は「酔いどれ」のように箸にも棒にもかからないことを言ってくる。霊の要求だからといって、そのまま受け入れるのではなく、よく判断した上で処理しなければならない。」
ー(霊眼と霊耳)ー
「霊眼で見たり霊耳で聞いたりすることは間違いが多い。霊耳は耳をふさいでも内から聞こえてくる。また、霊人と語るのは非常に危険である。」
「参2 物を見るのは額で見ることが重要である。額の目に見の誤りはなく、額の判断に間違いはない。」
「また、正神からの感応は額から入り、顔面全体に及び、やがては身体全身に及んでいくものである。」
「逆に、悪の霊が懸かった場合は肉体の背後や首すじなどから感応し、肉体の「みぞおち」あたりに集まり、そこで頑張るものである。」
ー(下級霊のら仕業)ー
「霊覚者や行者の中には奇跡的なことや非常識な行動をする者がよくいて、一般人はそれに騙されることがよくある。これらは、いずれも下級霊の仕業である。」
ー(正神と高級霊)ー
「正神には奇跡はない。高級霊は態度が立派である。」
ー(下級霊)ー
「どんな下級霊であっても、その霊を馬鹿にしてはならない。馬鹿にすると反射的に審神者を馬鹿にして始末に負えないことになるので思慮が必要である。特にその霊が病気に関連をもっている場合は微妙である。」
「霊には常に愛を持って接し、柔らかく持ち掛け良い方向に導いて行こうとする努力が大切である。霊の邪道的要求を受けて一時的に病気を治すと、それに倍になってぶり返すものである。」
「悪霊自身は自身を悪だとは思っていない。」
ー(霊的良識)ー
「霊的良識は神示や神典類によって、また体験によって養われる。さらには高度の科学書も参考になる。」
「人間界のことを良く知っている霊は人間界を去って間もない霊か地上世界に長く住んでいた動物霊か、人間に憑依していた霊である。」
ー(神の守護とは何か?)ー
「神の守護というのは人間からは全然わからないものである。判る様な守護は低い神や悪神の守護である。悪神でも大将ともなればその守護は人間にはわからない。」
「日本には日本の守護の神、中国には中国の、外国には外国のそれぞれの守護の神がいる。」
ー(幽界との繋がり)ー
「今の人間は9分9厘は幽界との繋がりを持つから、よくよく自分自身を審神し反省する必要がある。」
ー(邪霊)ー
「霊媒を通じてこの世に呼びかける霊の9分9厘は邪霊である。今後はさらに激しくなる。」
ー(幽界霊)ー
「少しでも、怪しいと思った場合はそれが神の言葉でも裏表の見境もなく闇雲に信じてはならない。例え神の言葉でも自分で一応考えて、審神することが重要である。」
「悪神が懸かった時は自分では偉い神様が乗り移ったと信じ込む場合が多い。それは自分の天狗のような高慢な心が原因である。」
「我は「天照大御神」などと名乗る霊にろくなものはいない。こうした霊に憑かれた人間は例外なく大言壮語するものであり、眉唾ものである。」
「幽界霊も時によっては正しく善なることを言うが、それはただ言うだけである。例えるなら悪人が口先だけで善を語るようなものである。」
「良い言葉ならば、たとえ悪神が語ってもいいのでは?とも思えるが、それは理屈である。」
ー(真の善言と真言)ー
「真の善言や真言は心、言葉、行ないが一致しているから直ちに力を持つが、それらが一致していないと力は出ないのである。」
ー(偽りの言葉)ー
「言葉の上のみ同一であっても例えば、同じ「はい」という返事でも喜びの時と不満の時とでは違うように、偽りの言葉は落ち着いて聞けば判るものである。」
ー(拝む)ー
「その人間の心に相応した神しか拝めない。」
「悪い心で拝めば、どんなに立派な神前でも悪神が感応する。」
ー(善い神の現れ)ー
「逆に悪神を拝んでも正しい愛や喜びがあり、善い念が通じるならば悪神は引っ込んでそれぞれの善い神が現れる。」
ー(群集心理)ー
「2重3重人格というのは2重3重の憑き物の転換によるものであり、群集心理とはその時の一時的な憑依霊達の仕業である。」
ー(流行病は邪霊の仕業)ー
「また、流行病のほとんどが邪霊集団の作用や仕業によるものである。」
「霊人には何でも判っているとか神懸りで世界のことが何でも分かると思うのは大きな間違いである。」
ー(天国的想念と地獄的想念)ー
「人は死ぬ時の想念がそのまま続くので、その想念に応じた世界に住むことになるのである。この世を天国として暮らしていた人は天国へ、地獄と感じて生きていた人は自ら地獄的な想念を作り出してそのような世界に住むことになる。」
ー(正流と外流)ー
「神界より真っ直ぐに感応する想念が正流である。幽界からや幽界を経て流れてくる想念が外流である。」
ー(本守護神と正守護神)ー
「神的自分が本守護神であり、霊的自分が正守護神である。また、幽界的自分が副守護神である。本守護神は大神の歓喜である。」
ー(偶然の真理)ー
「偶然の真理を覚ることが大切である。この世に偶然というものは、ひとつも存在しない。高い所から来るから人間には偶然や奇跡と見えるのである。」
「神からの現われであり、その手順が現界の人間には全く分からないためにそう見えるだけである。これが判れば大安心、立命である。」
ー(霊的動き)ー
「人間の肉体は最底部をなすものであるから、肉体的動きの以前において必ず霊的動きが有る。また、肉体的には小さな行為であつても霊的には大きな意味や働きをしている場合が多い。」
ー(天界と現界)ー
「天界で起こった出来事は必ず現界にも起こる。しかし、その時の現界の状況にもある程度左右され、早くなったり逆に遅くなったりする場合がある。また、時によっては順序が違う場合もある。」
ー(天界と霊界)ー
「天人や天使の行為が人間にうつるのであるが、逆に人間の自由や能力の如何によっての行為も天界や霊界に反映する。」
「日本や外国では土地が違うように天界へのうつり方も違うのである。」
ー(悪魔に使われている)ー
「悪いこと(天災や戦争や世の中の騒動や混乱など)を待つ心は魔の心である。いつどこにそれらが来たり、起ったりするのかと待ち望んでいるような心は悪魔に使われているのである。」
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