神典日月神示 真実の物語

蔵屋

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第五十三巻

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 この章は私の地上天国建設についての話である。

 高村光太郎(注釈1)が大正二年(一九一三年)三月二十三日、北原白秋(注釈2)から歌集『桐の花』を贈られたことへの礼状がある。
「大変、御無沙汰して居ります 先日は『桐の花』を御贈り下さって本当に嬉しく存じました 私達の命は日に日に歩んでいきます
其故周囲に対する心も日に日に移り変わってゆきますが、あなたの芸術に接すると不思議に私の心は如何なる時にも動揺を感じます‥‥(後述)」と巻紙に墨書しています。
 およそ趣味が趣味と言われるような私のことですから、光太郎だ、白秋だ、牧水だ、といっても、深く敬愛し口遊ほどには至りませんがーーー周囲に対する心も、日に日に移り変わってゆきますがーーーは好むとこのまざるにかかわらず、多感な青春時代を戦中、戦後の混乱期に過ごさねばならなかった事は、当時の様々な事象一つひとつが、良きことにせよ、悪しきことにせよ。心に深く染み込んでいて、私自身の人間形成に大きな影響を与えたのも事実ですが、感傷に耽る余裕のない位の経営環境の中にあって、他より1日も長く生きる流れる方途見出すために巡らす知恵は、単に学生時代に蓄積した知識の延長線上にはなく、日に日に移り変わってゆく心そのものの繁栄だと思います。生まれ育った九州•佐賀の地を離れ、関西に住み着いて、やがて50年の歳月が流れようとしています。
 勿論、国内遊学、海外勤務なので、一時期関西を離れたこともありますが、住み慣れた大阪を愛するが故に、苦言を呈したいことも多々あります。
 現代の日本の特徴は、申すまでもなくを、上げてのエレクトロニクス化、凄まじいばかりの情報革命、グローバル化です。しかし、これらの大半は東京に集中しています。例えば、テレビ、マスコミ、出版社、すべて東京と言えなくもありません。
ハードブックの70%から80%が東京で売れて、10%程が中京と関西で売れていると言われています。産業も主要産業は僅かで末端産業ばかりです。関西国際空港も軌道に乗りかけて喜ばしいことですが、東京国際空港が全面的に整備され、その上周辺隣国の羽生空港整備が行われると安穏としているわけには行きません。学問の世界然りです。
 でも、悲観するには及びません。
住み心地の良さ、充実した生活感覚、復権関西に燃える人々。どれも素晴らしいものばかりです。関西全体で見ると、神戸は玄関、今日とは離れか、奥座敷、母屋は大阪ではないでしょうか。大阪の人が関西を背負うつもりで、もっと度量を持って頑張り、国際人の集まる環境を作ることが二〇〇八年のオリンピック勝地に繋がるし、これが起爆剤となって、飛躍的に発展することでしょう。
『夢•人•関西』ーーー関西をこよなく愛する一人として、日々に共感と感動の震えを感じる。関西づくりを目指したいものです。

 私は、この随筆集を読んで、私たちの使命は関西だけでなく、日本全土に日々に共感と感動の震えを感じるような街づくりを目指していかなければならないと思うのです。
 それは大本•出口王仁三郎でぐちおにさぶろう岡田茂吉おかだまきちの地上天国であると確信しているのです。
 このことが日月神示国常立尊の唱える弥勒の世みろくのよでは、ないかと思うのです。

 (注釈1)
 高村 光太郎たかむら こうたろうは1883年〈明治16年〉3月13日 から1956年〈昭和31年〉4月2日まで生存した。
享年73歳。
日本の詩人・歌人・彫刻家・画家。本名は高村 光太郎たかむら みつたろう
父は彫刻家の高村光雲。

 (注釈2)
北原 白秋きたはら はくしゅうは1885年1月25日 から1942年11月2日まで生存した。
享年57歳。
日本の詩人、童謡作家、歌人。帝国芸術院会員。本名は北原 隆吉きたはら りゅうきち
 
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