神典日月神示 真実の物語

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第七十二巻 新春を迎えるに当たり 希望と光の道

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 今年1年間の私のテーマは『神でした』
人間社会には嘘がありますが、神さまには嘘がありません。
何故なら罪の裁き主である国常立尊くにとこたちのみことという最高神の神さまが私たちの住むこの地上に現れたからです。
有難いことです。
何故ならこの現界の凡ゆる罪や穢れを一層されるからです。
 この現界が綺麗になるからです。
この罪の裁き主は全知全能の神さまです。
身魂の汚れた獣や悪神、悪魔、動物霊などの副守護神たちは、恐れ慄いていることでしょう。
神さまの裁きは厳格です。
この世に害をなす人間を一層されます。
全世界で起きている事件、事故、天変地異などはすべてこの罪の裁き主である国常立尊くにとこたちのみことという全知全能の神さまの裁きなのです。
以下はweb上からの引用です。
ご了承下さい。

 今年(2025年)の天変地異などを振り返ってみますと
 気候変動の影響により、世界各地で大規模な山火事が頻発しています。
 日本では、2025年2月に岩手県大船渡市で大規模火災が発生し、甚大な被害が広がりました。この火災は、林野内の異常な乾燥と強い風が要因となり燃え広がったと報告されています。
 岩手県大船渡市で発生した山林火災をきっかけに、「林野火災注意報」が創設され、2026年1月から運用が開始されます。「林野火災注意報」は、乾燥や強風でリスクが高まった際に市町村が発令し、屋外での火気使用に注意を呼びかけるものです。
 
ー(5月~6月)統計史上初の6月梅雨明け 西日本で記録更新ー
 2025年は、西日本から北陸は5月中に梅雨入りし、6月終わりまでに梅雨明けとなりました。近畿と北陸では過去最も早い梅雨入りで、関東甲信も2番目の早さに。関東甲信で6月に梅雨明けするのは2018年以来2回目で過去最早。北陸では史上初となる6月の梅雨明けです。
 また、梅雨前線の活動が弱かったため、全国的に梅雨の期間の降水量は少なくなりました。沖縄でほぼ平年並みだったほかは軒並み平年よりも少なく、中国や北陸では平年の約半分、東北南部はわずか37%と空梅雨でした。

ー(7月)海外発の巨大地震 北海道から沖縄まで津波到達ー
 2025年7月30日(水)8時25分頃にカムチャツカ半島付近で発生した地震により、日本の沿岸に津波警報・津波注意報が発表されました。この地震により、国内では最大で1.3mの津波(岩手県・久慈港)が観測されました。
 また、海外で発生した地震でも日本列島の広範囲に影響が及ぶことを示した事例です。遠方の地震だからといって油断せず、津波情報に迅速に対応することの重要性が改めて認識されました。

ー(8月)九州を襲った記録的豪雨 複数回の線状降水帯発生ー

 8月6日(水)から11日(月)にかけて、日本列島では各地で大雨になりました。特に九州は、複数回にわたり“線状降水帯“が発生して、浸水や土砂災害、河川の氾濫など大雨災害に見舞われました。
 当時、ウェザーニュース for businessで提供中の線状降水帯アラームは、のべ3,833企業・団体に通知されていました。  
 通知タイミングを分析した結果、気象庁の解析に対して、いずれの事例も数時間から数十分前には、通知がされていたことがわかりました。

ー(8月)記録的な猛暑続く!国内歴代最高41.8℃更新、8月の日本の平均気温は過去2番目の高さー

 8月5日(火)は関東で記録的な高温となり、群馬県伊勢崎市で日本国内歴代最高気温となる41.8℃を観測しました。40℃以上を観測したアメダスは15時30分までに14地点となり、これは観測史上最も多い数字です。

 8月の日本の平均気温は過去最高には届かなかったものの、基準値を大きく上回りました。8月5日に日本歴代最高気温を更新するなど、40℃以上を観測する日が目立ったのが特徴的です。
 8月の日本の平均気温は過去2番目の高さ 夏の気温は記録を大幅更新しました。

ー(9月)台風15号の発生から24時間で上陸 線状降水帯と突風が列島を襲うー

 9月4日(木)3時、九州の南で台風15号ペイパーが発生しました。翌5日(金)1時頃には愛媛県愛南町付近に上陸。その後9時頃に和歌山県北部に再上陸し、活発な雨雲は東海から関東へ移動。静岡県では線状降水帯が発生し、「顕著な大雨に関する情報」が発表されました。
 こうした短時間での猛烈な雨は、今年全国的に多発しています。 2025年は「記録的短時間大雨情報」の発表回数が163回と過去最多を記録しました。(これまでの最多は2022年の161回)。

 また、この週は各地で道路冠水や河川の増水などに加え、突風被害なども相次ぎました。
この台風15号の影響で線状降水帯や突風発生、各地で記録的な大雨になりました。

ー(12月)青森県で震度6強 初の"後発地震注意情報"発令 津波警報も発表ー
この地震や津波警報などについては、皆さんは不安にな思いをされたことでしょう。

 2025年12月8日(月)23時15分頃、青森県東方沖で地震が発生し、北海道太平洋沿岸中部、青森県太平洋沿岸、岩手県に津波警報が発表されました。また、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の想定震源域に影響を与える場所が震源で、規模が基準を満たしたため、気象庁は「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表しました。発表されるのは今回が初めてでした。
 この情報は後発地震が実際に発生する確率は低いものの、巨大地震が発生した際の甚大な被害を少しでも軽減するために、新たな大規模地震の発生可能性が平常時と比べて相対的に高まっていることを知らせるものです。
ー青森県東方沖の地震を事例に地震・津波情報の見方ー
ー北海道・三陸沖後発地震注意情報を発表(気象庁)ー

<週別の振り返り記事>

万一の天変地異に備えて 今こそ防災対策の見直しをして下さい。
 2025年を振り返ると、気象・地震災害が相次いだ一年でした。これらの災害は決して他人事ではありません。命と事業を守るために、今一度、防災体制の見直しをお願いします。
 年末年始は帰省や旅行で移動される方も多い時期です。出先での急な天候変化にも対応できるよう、ウェザーニュース for businessのアプリをぜひご活用ください。
以上

 さて、この物語の続きです。
 人間にはそれぞれの人生に於いて、一世一代の大勝負の時がある。織田信長もそうである。信長という人物の原点とも思われている桶狭間の合戦は、実は彼の天才的ともいえる合理性からすれば、むしろその逆の事柄でしかなかったろう。つまり彼があれ以後に行ったことは、あの桶狭間の奇跡の勝利のトラウマを負うてのことだったとも言える。最後に家臣の明智光秀に裏切られ本能寺を囲まれて自刃じじんするまで、彼が一生かけて行った百二十余の戦の中で、桶狭間の合戦は本質全く違うものでしかない。つまり、「もう決して二度とあんなに危うい戦などしてなるものか」という人生の中での戦の原体験を踏まえて、合理を尽くした戦しか信長はしなかった。自他その数を比較すれば所詮話しにならぬ、四万五千という多勢の敵軍を僅か二千に足らぬ軍勢で迎えての合戦に、出陣前の宴会で幸若舞こうわかまいの『敦盛』を自らうたいながら一さし舞って、「いざ者ども、ともに死ねや!」と叫んで先頭を切って敵陣に切り込み、油断していた今川義元の軍勢を蹴散らし大将の首をとって奇跡の勝利を得たのであった。日本の戦史にも稀な痛快といえば痛快、奇跡ともいえる勝利は信長という男を象徴しきっているように見える。
しかし彼にとってそれはあくまで僥倖ぎょうこうであって、その結果もう二度とあんな無謀な戦などしたくもない、すべきでないという信念を固めたのだった。

それにしても、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり ひとたび生を得て、滅せぬもののあるべきか」この人間の存在論の粋ともいえるうたいをうたって、暴風雨の夜先頭を切り、「死ねや、死ねや!」と連呼しながら敵陣に切り込み、人生の活路を切り開いた男の格好の良さというのは、同じ戦国時代の武将伝説の中でも飛び抜けている。しかし、なお信長本人は、それに溺れることも甘んじることも決してありはしなかった。その証左しょうさの一つは、桶狭間での大勝利の後の論功行賞で信長がその働きを最も評価し禄を加増したのは、敵方の大将義元の首を挙げた武功者でなくて、“敵軍が今夜桶狭間に野宿するという確かな情報“をもたらした者であったということにも如実に表われている。信長本人は若い頃に身にまとうていた、けったいな装束や奇行で、周りからは〝うつけ者“とみなされていたが、そうした奇行に表われている彼の性癖こそが、にっちもさっちもいかぬ今川勢との合戦で一かハかの電撃戦を行わしめたのだろう。それはまさに人生を賭けての大博打だったが、それが大当たりした故にも、彼は生涯二度とそんな博打を自戒して行うことはなかった。ちなみにいうが、彼がうたって舞った『敦盛』の歌詞はさらに続いていて、信長の桶狭間出陣の挿話に、実は一番大切な次の二行がはしょられて出てこない。そのニ行とは「これぞ菩薩の種ならむ。これぞ菩薩の種ならむ」とある。これは仏教の説く存在論の究極、「輪廻転生りんねてんしょう(注釈1)に他ならない。限られた人間の一生の向こうには実は次の人生があるのだという哲学のエッセンスなのだ。そしてそれは皮肉にも、信長が一番手こずった相手。南無阿弥陀仏なみあむだぶつを唱えて果敢に抵抗し続けた本願寺派の一向衆徒の信じるところだった。中世という乱世にしいたげられ続けていた彼等民衆は現世の行苦から逃れるために、念仏を唱えれば必ず来世では救われ幸せになれると説く教えに帰依きえし、来世志向のエネルギーが執拗な戦いを続けさせていた。それはこの現代、中近東イスラム圏で頻繁している『自爆テロ(注釈2)』のテロリストの心情、聖戦に命を賭けて死ねば必ず天国に導かれてそこで美女数千人にかしずかれて暮らせると信じる来世願望に本質的に酷似している。しかし念仏を唱え続ければ必ず来世にはという信念は、信長のニヒリズムに通じかねない心情とは全く重ならないものだったろうと私は思っている。

(注釈1)
 輪廻転生りんねてんしょうとは、命あるものが何度も生死を繰り返し、新しい生命に生まれ変わることを意味する。この概念は仏教に由来し、インドで発展した考え方である。
輪廻転生は、サンスクリット語の「サンサーラ」に由来し、「さまようこと」や「流れること」を意味する。車輪が回り続けるように、生と死を繰り返すことを「輪廻」、死後に再び生まれることを「転生」といい、合わせて「輪廻転生」と表現される。
 仏教では、魂が行き着く場所として「六道」という6つの迷いの世界があるとされている。
六道とは、天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄の六つの道だ。それぞれの意味は、
天上道は楽しみの多い世界であるが迷いがあり寿命もある。
人間道は我々が生きる世界で、仏の教えを学べるとされる。
修羅道は争いの多い世界のことだ。
畜生道は動物の世界である。
餓鬼道は飢えや渇きに苦しむ世界である。
地獄道は最も苦しみが激しい世界とされる。
 仏教では、この終わりのない輪廻転生の世界から離れることを「解脱げだつ」という。解脱するためには、仏の教えを守り、悟りを開くことが求められる。

(注釈2)
自爆テロじばくテロとは、犯人自身も死亡する事を前提としたテロリズムであり、自分が死に、また仲間も巻き添えにすることを承知の上で殺人・破壊活動などを行う。攻撃の内容がテロリズムに当たるのかどうかを特に問わない場合は〝自殺攻撃”と呼ばれている。
一般に、「自爆テロ」と呼ばれているものである。通常、人というのは、自身の身を守るもので、テロリズムを行う犯人も、計画を立てる時、何かを攻撃するにしても自分は(自分だけでも)生き残ろうとするが、自爆テロというのは、そうした常識に逆らうもの、常識を超えたものである。
通常、誰かが爆弾を爆発させて誰かを攻撃する計画を立てる場合では、通常は当然のように「起爆させる犯人自身が生き残って逃走する」ことを大前提に置いた上で考えるもので、その結果、タイマーを作動させて爆弾の遠くに離れるか、あるいは遠隔操作で起爆させるか、ドローンなどで目標まで爆弾を運ばせてから爆発させる必要がある、と考えることになる。ところが、犯人や仲間が死ぬことを承知の上で行動するとなると、そうしたタイマーや遠隔起爆装置やロケットの類は必要ない、ということになり、犯人は単純に犯行の場で自身の手で爆弾を起爆させればいい、ということになる。すると、通常のセキュリティ(防御、警備)の常識・前提が覆ってしまい、警備する側の常識的な想定を超えたものになり、警備に一種の「盲点」や「穴」のようなものが出現することになる。対処する側は時に自身の命をかけることになる。
自爆テロは、貧しくて高度な教育を受けていない人のグループでも実行でき、金のかかる電子装置などを用意しなくても確実に攻撃目標を攻撃できてしまうので『貧者のスマート爆弾』とも言われている。
はじめに自爆テロ戦術が多発したのは、スリランカのタミル・イーラム・解放の虎(LTTE)であり、シンハラ族とタミル族双方の民族紛争と虐殺の中で生み出された戦法であった。1990年代は襲撃と並んで闘争手段の一つとなり、女性の自爆者も出ている。
中東地域では1983年4月18日のベイルートにおけるアメリカ大使館爆破事件でイスラムシーア派組織ヒズボラが実行して以後、イスラム過激派(当初は主にシーア派)の常套的な攻撃方法として定着する。以降、チェチェン紛争、パレスチナの第二次インティファーダ、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争を経て、イスラム過激派による自爆テロの発生件数と犠牲者は増加の一途をたどっている。
特にイラク戦争以降、イスラム教徒のあいだで火に油を注ぐように、反欧米感情が高まり、イスラム世界を中心に世界各国に拡散する傾向にある。たとえば、今まで自爆テロのなかったヨーロッパでも、2004年のマドリード列車爆破テロで実行犯の一部が逮捕のさい自爆したほか、2005年のロンドン・バス爆破テロでイスラム系住民の若者が自爆。アフガニスタンにおいては、ソ連のアフガニスタン侵攻や軍閥内戦時代にもほとんど見られなかった自爆テロが、近年になって首都カーブルなどで頻発している。いずれもイラク戦争で伸張したアルカーイダの影響が大きいと指摘されている。最近では、テロリストがストリートチルドレンなどの子供を騙し荷物(爆弾)を兵士に渡した所でタイマーなどで爆発させるといった手段を用い、さらに従順で洗脳しやすい子供や貧困層がよく狩り出される。他にも、自爆死したテロリストの家族について、家族の自爆死の精神的ショックを利用してマインドコントロールを行い、絶望感と攻撃対象への憎悪を煽り、その家族をさらに自爆テロ犯に仕立て上げる様な事も行われている。ただし、しばしば行われる誤解は、自爆テロが宗教的観点に基づくというものや、貧困層の人間や子供を使われることが多いというものだが、実際には政治基盤が悪く官僚や党の権力が弱い、国民的な民主的国家における世論の操作に用いられるものであり、宗教よりは精神病理に関係がある事が認められている。また、チェチェンやクルド系のテロ以外では成人男性が多く、中産階級や大学出の人間が大半である。
イラク戦争の中で殺害された戦場ジャーナリスト橋田信介の妻、橋田幸子が新宮市での講演で、アラブ人と現代の日本人の思想の違いを説明している。これによると、イスラム社会の諺に『人の命は山よりも重く、羽根よりも軽い』という『愛する人を殺された悲しみは山より重く、あだ討ちのための自分の命は羽根より軽い』というものがあり、この思想が自爆テロを引き起こす根底として存在しているという。これは浄土宗の開祖・法然の『あだ討ちが美徳ならば憎しみの連鎖はいつまでも続き、何も生まれないと思う』という思想と正反対のものでもあるとしている。
近年の世界的なテロの傾向として、自爆テロ戦術はイスラム過激派など「自爆して死んだとしても、異教徒を殺して死ねば殉教者として天国へ行ける」という宗教的な動機が多い。1960年代から1970年代にかけて世界中で多発したハイジャックなどのテロは左翼過激派によるものが多く、「生きて政権をとる」という目標があればこそ、自爆テロは最後の手段であり、人質をとって獄中同志の釈放や身代金支払いなどの要求を押し通す場合においても、不特定多数を巻き添えにしながら自らの命を捨てる行為は忌むべきものであり、なるべく避けようとする傾向があった。しかし、2019年にコロンビアのボゴタで警察学校に爆発物を搭載した日本製の四輪駆動車が突入し、22人が死亡(実行犯を含む)した事件では、同国の左翼ゲリラ「民族解放軍(ELN)」が犯行声明を出した。これまで同国のテロでは、ゲリラが重要施設や石油パイプラインを爆破し、治安機関要員を狙った即席爆発装置による攻撃が主流であったが、ゲリラが自爆テロも辞さない方針を示したことで、今後テロ対策の見直しを迫られる可能性がある。

 この自爆テロが最近でも起きている。年始年末を海外で過ごす方は自爆テロに気をつけるように。何故なら日月神示国常立尊の教えにあるように罪の裁き主・国常立尊くにとこたちのみことが我々の住む現界に現れたからだ。なんの為に?三千世界の大洗濯をする為だ。身魂の汚れた人間を狙い撃ちする為だ。最後の審判である。

我良しわれよし強い者勝ち権力主義者の人々が改心しなければ、罪の裁き主は決して許さない。狙い撃ちだ。

 日本列島で起きている山火事、津波、地震、毎日の交通事故、殺人、強盗事件など、また、香港の高層マンションの火災など、全て大浄化作用なのだ。それを防ぐためにには、我々人間は善一筋で生きることだ。

 アメリカのトランプ、ロシアのプーチン、中国の習近平、北朝鮮の金正恩などの権力者が改心し、『善一筋』で生きることです。そうすれば、世界はすぐに平和になり、全世界の人々が愛し合い、支え合い、お互いの人格を尊重し合い、世界平和という弥勒の世の中になるでしょう。

 皆さんにお願いしたい。会社や人間関係で不平不満の言葉や思い、悪口、陰口、怒り、恨み、罵声、悪い言葉や思い、皆んなが不幸になったらいいのに、とか、南海地震や富士山噴火が起きて皆んな困ったらいいのにとか、思ったりしないで下さい。私達の暮らしているこの現界を汚し、また、大気を汚し、国常立尊の裁きを受けることになるからです。三千世界の大洗濯により、大浄化されるからです。竜巻、突風、津波、火事、地震などの天変地異が起きるからです。

日月神示国常立尊には、『善一筋でいきるのじゃ!』と教えられています。
新しい新春を迎えるに当たり、2026年は読者の皆さん、『善一筋』で生きていきましょう!

 貴方達には、希望と光の道があります。

 「神知りて 人の幸せ 祈るのみ
 神のつたへし 愛善あいぜん光の道

 歌人 蔵屋日唱くらやにっしょう
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