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日月神示第九巻 チェック✅済み
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【日月神示第九巻】
ー(エデンの園 アダムとエバ)ー
悪の九分九厘に対して、善の一厘が現れ絶対神力を揮って既成文化を是正すると共に、新文化を打ち樹てる。早く言えば掌を反すのである。
これが日月神示の経綸の骨子である。
その破天荒的企図は想像に絶するといってよかろう。
これに就いては彼の旧約聖書の創世記中にある禁断の木の実の寓話である。
勿論これは比喩であってエデンの園にいたアダムとイヴの物語は実に深遠なる神の謎が秘められているのである。
言うまでもなく木の実を食べることにより今まで知らなかった欲望という悪の世界を知ることになったのである。
ここで大切なことは私達人間の肉体の中に存在している霊魂のことを知らなければならない。
少し分かりやすくご説明しよう。
人間は霊と体から成り立っている。
霊が主で体が従である、という霊主体従という減速により成り立っているのである。
ここで肝腎なのは悪の発生源は霊に発生した曇りでありこの曇りに元から憑依していた動物霊と後から憑依した動物霊と相俟って人間は動物的行為をさせられるのである。
それが悪の行為である。
自分の欲望の為に人を殺す。いい女や好きな女がいたら自分の女にしてしまう。また、年老いて必要がなくなれば他の若い女に乗り換える。
また、人の土地や財産が欲しくなればその人間を騙しまた、殺して自分のものにしてしまう。
このようなことを平気でするのが悪という動物霊の仕業なのだ。
ちょっと極端な話で殆どの人はビックリされたと思うが私のように神の世界に足を踏み入れ知り尽くした人間はこのことがよく分かるのだ。
何故ならこの霊なる恐ろしい存在は私達が暮らしている人間界にいるからだ。
しかも私にも読者にもその悪霊は憑依していていつでも犯罪を犯すことが出来る体勢にあるということだ。
だからこそ、日月神示に書記されている内容をよく理解してそれを毎日実践しなければ私達人間の霊魂は悪霊に支配され犯罪を犯す人間になるのだ。
このことを読者の皆様を含めて全人類に伝えていく使命が私にはあるのだ。
何回もこの日月神示を通して、皆様にお伝えしているのやだが未だに疑問符だ。
果たして何人の人達が理解することが出来たのであろうかと。
しかし、全人類に理解してもらいたい一心で私はこの日月神示の真理を発信し続ける。
アダムとイヴは、『旧約聖書』の「創世記」に登場する、神によって創造された人類最初の男女である。彼らはエデンの園に暮らしていたが神に禁じられていた 「善悪の知識の木の実」を食べたことで楽園を追放された。
アダムとイヴの創造には二つの記述がある。
神の形にかたどって創造した。
神が6日間で天地創造を行い、6日目に自身の形に似せて男女を創造したという記述。
土と肋骨から創造した。
神が土からアダムを創造し、アダムの肋骨からイヴを創造したという記述。
アダムはヘブライ語で『土』を意味し、イヴは『生命』を意味する。
この二人に纏わる楽園追放の経緯についてお話しよう。
禁断の果実。
神はアダムとイヴをエデンの園に住まわせ、園のすべての木の実を食べることを許したが『善悪の知識の木の実』だけは食べることを禁じた。
蛇の誘惑。
悪魔の化身である蛇がイヴを誘惑し、「この実を食べれば賢くなり、神のようになれる」と唆した。
果実を食べる。
イヴは誘惑に負けて実を食べ、アダムにも与えた。
楽園からの追放。
実を食べたことで二人は自分たちが裸であることを知り、神の命令に背いたため、エデンの園を追放された。
これにより全知全能のゴッドはイヴに次のように言った。
「この愚かものめ!お前は女性の始祖であるぞ。お前の犯した罪は今後現れるであろう女性達に産みの苦しみを経験することになるであろう。赤子を産むときの陣痛を味わうがいい。」
また、イヴを騙した蛇には次のように言った。
「イヴを騙した蛇の化身よ。お前には一生地を這うことしか出来ない体にしてやる!思いしれ!」
こうして半身人間であり半身蛇であった化け物は今のような蛇になったのである。
さて、エデンの園を追放された後、アダムとイヴは多くの子供をもうけました。彼らの子孫からカインとアベルが生まれ、人類の歴史が続いていきました。
この出来事はキリスト教に於いて『原罪』として重要な意味を持ちます。
アダムとイヴは、旧約聖書『創世記』に記された、最初の人間である。天地創造の終わりにヤハウェによって創造されたとされる。
なお、アダムとはヘブライ語で『土』『人間』の2つの意味を持つ言葉に由来しており、イヴはヘブライ語でハヴァといい『生きる者』または『生命』という意味がある。
ー(イチジクの葉)ー
旧約聖書『創世記』によると、アダムの創造後実のなる植物が創造された。アダムがつくられた時にはエデンの園の外には野の木も草も生えていなかった。アダムはエデンの園に置かれるが、そこにはあらゆる種類の木があり、その中央には『生命の木』と『知恵の木』と呼ばれる2本の木があった。
それらの木は全て食用に適した実をならせたが、主なる神はアダムに対し『善悪の知識の実』だけは食べてはならないと命令した。なお、『命の木の実』はこの時は食べてはいけないとは命令されてはいない。その後、最初の女が創造される。蛇が女に近付き、『善悪の知識の木の実』を食べるよう唆す。女はその実を食べた後、アダムにもそれを勧めた。実を食べた2人は目が開けて自分達が裸であることに気付き、それを恥じてイチジクの葉で腰を覆ったという。人間の羞恥心を知った瞬間であった。
この結果、蛇は腹這いの生物となり、女は妊娠と出産の苦痛が増し、また、地が呪われることによって、額に汗して働かなければ食料を手に出来ないほど、地の実りが減少することを主なる神は言い渡す。
アダムが女をハヴァと名付けたのはその後のことであり、主なる神は命の木の実をも食べることを恐れ、彼らに衣を与えると、2人を園から追放する。命の木を守るため、主なる神はエデンの東にケルビムときらめいて回転する炎の剣を置いた。
その後、アダムは930歳で死んだとされるが、ハヴァの死については記述がない。また、『善悪の知識の木の実(禁断の果実)』はよく絵画などにリンゴとして描かれているが、『創世記』には何の果実であるかという記述はない。
17世紀のイギリス人作家ジョン・ミルトンは、この物語をモチーフにして『失楽園』を書いている。余談ではあるが、この場をお借りして読者の皆様にご紹介致します。
このアダムとイヴの物語はキリスト教やユダヤ教、イスラム教ではどのように考えられているのかを私なりに調べて見ました。
そのことについて、皆様にご紹介しよう。
ー(キリスト教の考え方)ー
キリスト教では、失楽園の物語は『原罪』として宗教的に重要な意味が与えられている。
新約聖書では、アダムは騙されなかったとしてアダムの罪の大きさを指摘する他、イエス・キリストを『最後のアダム』と呼ぶなど、アダムへの言及が各所に見られる?また、イヴを騙した蛇はサタンであるとされる。なお、アダムは正教会で聖人に列せられている。
アウグスティヌスは『神の国』14巻11章で、イヴは惑わされて罪を犯したが、アダムはハヴァに譲歩したために罪を犯したと解説している。また『神の国』22巻17章で、女が男からつくられたのはイエス・キリストについての預言であり、アダムの眠りがキリストの死を表し、十字架につけられたイエス・キリストの脇腹から血と水が流れ、そこから教会が立てられたのであり、女が男から作られたことは教会の一致を表しているとしている。そして『神の国』22巻24章で、人間が堕落したにもかかわらず、神は子供を産む祝福を奪われなかったと教えている。
また、福音派でも「女の真の定義は男からとられた者」「男の一部」であり、パウロはアダムとイヴの類比をキリストと教会の関係に当てはめているとされる。「女はアダムのわきからとられた。教会が出てくるのは、主の傷ついて血のにじむわきからである。」そのため人は妻と結ばれて「一心同体」になるのであり、教会はキリストの花嫁と呼ばれている。エバは頭であるアダムに相談せずに、自分で判断したために堕落した。創造の秩序から女性が上に立ってはならないと教えている。
ー(ユダヤ教の考え方)ー
ユダヤ教に於いては、アダムとエバは全人類の祖とみなされてはいない。天地創造の際に神は獣、家畜、海空の生き物と同時に神の似姿の人間を創造し、アダムの誕生とは区別して記述されているからである。アダムはあくまでもユダヤ人の祖であり、その他の人類は魂を吹き入れられていない、つまり本当の理性を持たない人であり、ゴイムとされる。神の民族がその他人類と交わり、子孫を残していく記述が聖書に散見されるが、その中でも律法を守り、神に従う者がアダムの直系であるアブラハムの民であり、イスラエル、ユダヤの民とされる。
ー(ヨベル書等外典他の考え方)ー
『ヨベル書』によれば、アダムとエバはエデンの園で7年間手入れと管理を行っていた。4月の新月に追放され、エルダ(アダムとエバ起源の地)に住みつき農耕を始めた。長男カイン(第二ヨベル第3年週誕生)は長女アワン(第二ヨベル第5年週誕生)と、三男セト(セツ、第二ヨベル第5年週の第4年誕生))は次女アズラ(第二ヨベル第6年週誕生)と結婚した。なおアベル、エノクの他男女8人の子がいた。
『アダムとイヴとサタンの対立』によれば、アダムとエバの間に最初に生まれた娘はルルワであり、彼女はカインの双子の姉妹として生まれた。
また、次女としてアベルの双子の姉妹であるアクレミアがいた。そこにセトを加えた5人が子供全員だった。
『アダムとエバの生涯』、モーセの黙示録』)によれば追放の際サフラン、カンショウコウ、ショウブ、シナモン他の種を持っていくことを許可された。また追放後も大天使ミカエルにより種をもらったり、エバの出産を助けてもらうなどしている。息子30人と娘30人もうけたという。追放後18年2ヶ月後子供が生まれた。
グノーシス主義オフィス派の『バルク書』によれば、第二の男性原理エロヒム(万物の父)の天使が、第三の女性原理エデンまたはイスラエル(体は女性、足は蛇身)の女性体の部分の土からアダムを創り(蛇身の土から動物を創った)、エデンが魂を、エロヒムが霊を置いた。エバも同様にエデンに似せて創られエデンが魂を、エロヒムが霊を置いた。そのあと産めよ増やせよ地に満ちよと命じられた。『アルコーンの本質』によれば、イヴはアルコーンから恋情を抱かれるが、これを相手にしなかった。エバはセトを産んだ後に、娘のノーレアを産んだ。
ー(イスラム教の考え方)ー
アラビア語で書かれた『クルアーン』では、エロヒムはアッラーフと、アダムはアーダムと呼ばれ、人の祖にして最初の預言者として登場する。
イスラム教ではアーダムは『人の父』と称され、人を総称するときは「アーダムの子ら」という語が使われ、「アーダムの」といえば「人の」という意味にもなる。エバ(イブ)すなわちアーダムの妻はハウワーと呼ばれるが、『クルアーン』にはその名前は直接に言及されていない。
『クルアーン』によれば、アーダムはアッラーフの地上における「代理人」として土から創造されたという。天使たちは人を地上に置くと地上で悪をなすと反対したが、アッラーフは最初の人としてアーダムを創造し、万物全ての名称を教えた。その為天使ですらも万物の名はアーダムから教わり、彼に平伏したという。
しかしアーダムはイブリースの言葉に惑わされて、妻とともにアッラーフに食べることを禁じられていた楽園の果樹の実を食べてしまった。二人はこれを悔いてアッラーフに悔悟し、罪を許されたものの、楽園を追放されて地上に下された。
『クルアーン』の伝える物語は、『創世記』の失楽園物語と比較すると、果実を食べるよう誘ったのが蛇ではなく悪魔である点、妻がアーダムを唆したのではなく夫婦揃って悪魔に騙された点、アーダムの妻がいつ作られたかが明示されていない点、等の違いがある。
その後、2人は地上で子をもうけ、人類の祖となったとされる。なお、『クルアーン』には記述されていないが、イスラム教の伝承によれば、地上に降りた2人は初め別れ別れであったが、地球に落ちてから20年のちにメッカ郊外のアラファト山で再会することが出来たという。
このアダムとエバの物語はを我々人類に悪魔という恐ろしい存在を教えていると言える。
それは恰も日月神示の記述に登場する悪霊或いは悪魔や悪神なのだ。
(参考文献)
日月神示
旧約聖書
クルアーン
バルク書
ヨベル書
『神の国』14巻11章
(関連人物)
岡本天明
アダム
イヴ
アウグスティヌス
ー(エデンの園 アダムとエバ)ー
悪の九分九厘に対して、善の一厘が現れ絶対神力を揮って既成文化を是正すると共に、新文化を打ち樹てる。早く言えば掌を反すのである。
これが日月神示の経綸の骨子である。
その破天荒的企図は想像に絶するといってよかろう。
これに就いては彼の旧約聖書の創世記中にある禁断の木の実の寓話である。
勿論これは比喩であってエデンの園にいたアダムとイヴの物語は実に深遠なる神の謎が秘められているのである。
言うまでもなく木の実を食べることにより今まで知らなかった欲望という悪の世界を知ることになったのである。
ここで大切なことは私達人間の肉体の中に存在している霊魂のことを知らなければならない。
少し分かりやすくご説明しよう。
人間は霊と体から成り立っている。
霊が主で体が従である、という霊主体従という減速により成り立っているのである。
ここで肝腎なのは悪の発生源は霊に発生した曇りでありこの曇りに元から憑依していた動物霊と後から憑依した動物霊と相俟って人間は動物的行為をさせられるのである。
それが悪の行為である。
自分の欲望の為に人を殺す。いい女や好きな女がいたら自分の女にしてしまう。また、年老いて必要がなくなれば他の若い女に乗り換える。
また、人の土地や財産が欲しくなればその人間を騙しまた、殺して自分のものにしてしまう。
このようなことを平気でするのが悪という動物霊の仕業なのだ。
ちょっと極端な話で殆どの人はビックリされたと思うが私のように神の世界に足を踏み入れ知り尽くした人間はこのことがよく分かるのだ。
何故ならこの霊なる恐ろしい存在は私達が暮らしている人間界にいるからだ。
しかも私にも読者にもその悪霊は憑依していていつでも犯罪を犯すことが出来る体勢にあるということだ。
だからこそ、日月神示に書記されている内容をよく理解してそれを毎日実践しなければ私達人間の霊魂は悪霊に支配され犯罪を犯す人間になるのだ。
このことを読者の皆様を含めて全人類に伝えていく使命が私にはあるのだ。
何回もこの日月神示を通して、皆様にお伝えしているのやだが未だに疑問符だ。
果たして何人の人達が理解することが出来たのであろうかと。
しかし、全人類に理解してもらいたい一心で私はこの日月神示の真理を発信し続ける。
アダムとイヴは、『旧約聖書』の「創世記」に登場する、神によって創造された人類最初の男女である。彼らはエデンの園に暮らしていたが神に禁じられていた 「善悪の知識の木の実」を食べたことで楽園を追放された。
アダムとイヴの創造には二つの記述がある。
神の形にかたどって創造した。
神が6日間で天地創造を行い、6日目に自身の形に似せて男女を創造したという記述。
土と肋骨から創造した。
神が土からアダムを創造し、アダムの肋骨からイヴを創造したという記述。
アダムはヘブライ語で『土』を意味し、イヴは『生命』を意味する。
この二人に纏わる楽園追放の経緯についてお話しよう。
禁断の果実。
神はアダムとイヴをエデンの園に住まわせ、園のすべての木の実を食べることを許したが『善悪の知識の木の実』だけは食べることを禁じた。
蛇の誘惑。
悪魔の化身である蛇がイヴを誘惑し、「この実を食べれば賢くなり、神のようになれる」と唆した。
果実を食べる。
イヴは誘惑に負けて実を食べ、アダムにも与えた。
楽園からの追放。
実を食べたことで二人は自分たちが裸であることを知り、神の命令に背いたため、エデンの園を追放された。
これにより全知全能のゴッドはイヴに次のように言った。
「この愚かものめ!お前は女性の始祖であるぞ。お前の犯した罪は今後現れるであろう女性達に産みの苦しみを経験することになるであろう。赤子を産むときの陣痛を味わうがいい。」
また、イヴを騙した蛇には次のように言った。
「イヴを騙した蛇の化身よ。お前には一生地を這うことしか出来ない体にしてやる!思いしれ!」
こうして半身人間であり半身蛇であった化け物は今のような蛇になったのである。
さて、エデンの園を追放された後、アダムとイヴは多くの子供をもうけました。彼らの子孫からカインとアベルが生まれ、人類の歴史が続いていきました。
この出来事はキリスト教に於いて『原罪』として重要な意味を持ちます。
アダムとイヴは、旧約聖書『創世記』に記された、最初の人間である。天地創造の終わりにヤハウェによって創造されたとされる。
なお、アダムとはヘブライ語で『土』『人間』の2つの意味を持つ言葉に由来しており、イヴはヘブライ語でハヴァといい『生きる者』または『生命』という意味がある。
ー(イチジクの葉)ー
旧約聖書『創世記』によると、アダムの創造後実のなる植物が創造された。アダムがつくられた時にはエデンの園の外には野の木も草も生えていなかった。アダムはエデンの園に置かれるが、そこにはあらゆる種類の木があり、その中央には『生命の木』と『知恵の木』と呼ばれる2本の木があった。
それらの木は全て食用に適した実をならせたが、主なる神はアダムに対し『善悪の知識の実』だけは食べてはならないと命令した。なお、『命の木の実』はこの時は食べてはいけないとは命令されてはいない。その後、最初の女が創造される。蛇が女に近付き、『善悪の知識の木の実』を食べるよう唆す。女はその実を食べた後、アダムにもそれを勧めた。実を食べた2人は目が開けて自分達が裸であることに気付き、それを恥じてイチジクの葉で腰を覆ったという。人間の羞恥心を知った瞬間であった。
この結果、蛇は腹這いの生物となり、女は妊娠と出産の苦痛が増し、また、地が呪われることによって、額に汗して働かなければ食料を手に出来ないほど、地の実りが減少することを主なる神は言い渡す。
アダムが女をハヴァと名付けたのはその後のことであり、主なる神は命の木の実をも食べることを恐れ、彼らに衣を与えると、2人を園から追放する。命の木を守るため、主なる神はエデンの東にケルビムときらめいて回転する炎の剣を置いた。
その後、アダムは930歳で死んだとされるが、ハヴァの死については記述がない。また、『善悪の知識の木の実(禁断の果実)』はよく絵画などにリンゴとして描かれているが、『創世記』には何の果実であるかという記述はない。
17世紀のイギリス人作家ジョン・ミルトンは、この物語をモチーフにして『失楽園』を書いている。余談ではあるが、この場をお借りして読者の皆様にご紹介致します。
このアダムとイヴの物語はキリスト教やユダヤ教、イスラム教ではどのように考えられているのかを私なりに調べて見ました。
そのことについて、皆様にご紹介しよう。
ー(キリスト教の考え方)ー
キリスト教では、失楽園の物語は『原罪』として宗教的に重要な意味が与えられている。
新約聖書では、アダムは騙されなかったとしてアダムの罪の大きさを指摘する他、イエス・キリストを『最後のアダム』と呼ぶなど、アダムへの言及が各所に見られる?また、イヴを騙した蛇はサタンであるとされる。なお、アダムは正教会で聖人に列せられている。
アウグスティヌスは『神の国』14巻11章で、イヴは惑わされて罪を犯したが、アダムはハヴァに譲歩したために罪を犯したと解説している。また『神の国』22巻17章で、女が男からつくられたのはイエス・キリストについての預言であり、アダムの眠りがキリストの死を表し、十字架につけられたイエス・キリストの脇腹から血と水が流れ、そこから教会が立てられたのであり、女が男から作られたことは教会の一致を表しているとしている。そして『神の国』22巻24章で、人間が堕落したにもかかわらず、神は子供を産む祝福を奪われなかったと教えている。
また、福音派でも「女の真の定義は男からとられた者」「男の一部」であり、パウロはアダムとイヴの類比をキリストと教会の関係に当てはめているとされる。「女はアダムのわきからとられた。教会が出てくるのは、主の傷ついて血のにじむわきからである。」そのため人は妻と結ばれて「一心同体」になるのであり、教会はキリストの花嫁と呼ばれている。エバは頭であるアダムに相談せずに、自分で判断したために堕落した。創造の秩序から女性が上に立ってはならないと教えている。
ー(ユダヤ教の考え方)ー
ユダヤ教に於いては、アダムとエバは全人類の祖とみなされてはいない。天地創造の際に神は獣、家畜、海空の生き物と同時に神の似姿の人間を創造し、アダムの誕生とは区別して記述されているからである。アダムはあくまでもユダヤ人の祖であり、その他の人類は魂を吹き入れられていない、つまり本当の理性を持たない人であり、ゴイムとされる。神の民族がその他人類と交わり、子孫を残していく記述が聖書に散見されるが、その中でも律法を守り、神に従う者がアダムの直系であるアブラハムの民であり、イスラエル、ユダヤの民とされる。
ー(ヨベル書等外典他の考え方)ー
『ヨベル書』によれば、アダムとエバはエデンの園で7年間手入れと管理を行っていた。4月の新月に追放され、エルダ(アダムとエバ起源の地)に住みつき農耕を始めた。長男カイン(第二ヨベル第3年週誕生)は長女アワン(第二ヨベル第5年週誕生)と、三男セト(セツ、第二ヨベル第5年週の第4年誕生))は次女アズラ(第二ヨベル第6年週誕生)と結婚した。なおアベル、エノクの他男女8人の子がいた。
『アダムとイヴとサタンの対立』によれば、アダムとエバの間に最初に生まれた娘はルルワであり、彼女はカインの双子の姉妹として生まれた。
また、次女としてアベルの双子の姉妹であるアクレミアがいた。そこにセトを加えた5人が子供全員だった。
『アダムとエバの生涯』、モーセの黙示録』)によれば追放の際サフラン、カンショウコウ、ショウブ、シナモン他の種を持っていくことを許可された。また追放後も大天使ミカエルにより種をもらったり、エバの出産を助けてもらうなどしている。息子30人と娘30人もうけたという。追放後18年2ヶ月後子供が生まれた。
グノーシス主義オフィス派の『バルク書』によれば、第二の男性原理エロヒム(万物の父)の天使が、第三の女性原理エデンまたはイスラエル(体は女性、足は蛇身)の女性体の部分の土からアダムを創り(蛇身の土から動物を創った)、エデンが魂を、エロヒムが霊を置いた。エバも同様にエデンに似せて創られエデンが魂を、エロヒムが霊を置いた。そのあと産めよ増やせよ地に満ちよと命じられた。『アルコーンの本質』によれば、イヴはアルコーンから恋情を抱かれるが、これを相手にしなかった。エバはセトを産んだ後に、娘のノーレアを産んだ。
ー(イスラム教の考え方)ー
アラビア語で書かれた『クルアーン』では、エロヒムはアッラーフと、アダムはアーダムと呼ばれ、人の祖にして最初の預言者として登場する。
イスラム教ではアーダムは『人の父』と称され、人を総称するときは「アーダムの子ら」という語が使われ、「アーダムの」といえば「人の」という意味にもなる。エバ(イブ)すなわちアーダムの妻はハウワーと呼ばれるが、『クルアーン』にはその名前は直接に言及されていない。
『クルアーン』によれば、アーダムはアッラーフの地上における「代理人」として土から創造されたという。天使たちは人を地上に置くと地上で悪をなすと反対したが、アッラーフは最初の人としてアーダムを創造し、万物全ての名称を教えた。その為天使ですらも万物の名はアーダムから教わり、彼に平伏したという。
しかしアーダムはイブリースの言葉に惑わされて、妻とともにアッラーフに食べることを禁じられていた楽園の果樹の実を食べてしまった。二人はこれを悔いてアッラーフに悔悟し、罪を許されたものの、楽園を追放されて地上に下された。
『クルアーン』の伝える物語は、『創世記』の失楽園物語と比較すると、果実を食べるよう誘ったのが蛇ではなく悪魔である点、妻がアーダムを唆したのではなく夫婦揃って悪魔に騙された点、アーダムの妻がいつ作られたかが明示されていない点、等の違いがある。
その後、2人は地上で子をもうけ、人類の祖となったとされる。なお、『クルアーン』には記述されていないが、イスラム教の伝承によれば、地上に降りた2人は初め別れ別れであったが、地球に落ちてから20年のちにメッカ郊外のアラファト山で再会することが出来たという。
このアダムとエバの物語はを我々人類に悪魔という恐ろしい存在を教えていると言える。
それは恰も日月神示の記述に登場する悪霊或いは悪魔や悪神なのだ。
(参考文献)
日月神示
旧約聖書
クルアーン
バルク書
ヨベル書
『神の国』14巻11章
(関連人物)
岡本天明
アダム
イヴ
アウグスティヌス
20
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真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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