神典日月神示 真実の物語

蔵屋

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日月神示第十八巻 チェック✅済み

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 千葉県成田市台方にある麻賀多神社まかたじんじゃは式内社で、旧社格は郷社である。印旛郡市に18社ある「麻賀多十八社」の総本社である。
 この社格制度は、日本の政治と祭祀が分離されていなかった明治時代の名残であり、1946年(昭和21年)に廃止された。その為現在では「旧郷社」と表記されることが一般的である。
  さて、この麻賀多神社の社務所で神典研究家で画家でもあった岡本天明が留守神主になった最初に自動書記で書かされた原文である。

 「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる
続いて

 「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」
 この語訳であるが、その読み方と解釈は次のようになる。
 
 「ほとけもキリストも何もかもハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるから ミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ 今一苦労あるが この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」

 解釈としては
 「マコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前には人類は未だかつてなかったほどの大災厄や大試練を迎えなければならない。助かるためには身魂(心、精神、身体)を絶え間なく磨き、鍛練しつつ備えよ。磨いていなければ助かることが出来ない。」

 という内容だと考えられている。

 何事もそうだが文章には漢詩の構成法に由来する文章や物語の構成方法の一つに起承転結というのがあるが、私は敢えてこの方法を用いていない。むしろこの起承転結を無視して、話の構成を展開している。
 何故ならその方が読者の皆様に分かりやすいとおもうからである。
 私は一番最初に物語の本質を記述することにしている。
 今回も先にご紹介した二つの文章でこと足りると思っている。
 
 最初の文章には日本という国の特徴を如実に表している。
 富士は霊山であり神が宿る御神体である。
 「その富士が日本晴れ、神の国のまことの神の力を現す世となれり。」
 とある。
 私はこの表現を神界の幕開けと捉えている。
 真の神とは艮の金神と言われる国常立尊くにとこたちのみことのことであり、国姐である。その神が明治25年節分の夜、一人の貧しい初老の女性に神霊として神憑りされたのである。
 この女性こそ、大本開祖・出口直でぐちなおである。
 この出口なおについては既に何度となくご紹介しているので、ここでは省略する。
 さて、出口なおでぐちなおは1837年1月22日〈天保7年12月16日〉 ~1918年〈大正7年〉11月6日)迄生存した。 
 岡本天明おかもとてんめいは1897年(明治30年)12月4日~1963年(昭和38年)4月7日)迄この世に生存した。
 この二人に神霊として神憑りされた真の神が国常立尊という神だったのです。
 出口なおはお筆先という書物を残しました。
 一方岡本天明は日月神示という書物を残しました。
 それぞれ行きた時代が違います。 
 出口なおは江戸末期から明治維新を経て日清日露戦争の時代を経験します。
 岡本天明は第二次世界大戦の時代を経験します。 
 二人が神霊の神憑りにより書かされた内容は「我良し、強い者勝ちの世がこのまま続くのなら人類は近い将来必ず滅びる!」
 という警告でした。
 このように二人が神霊の神憑りにより書かされた書物はどれもこれも我々人類にとって最も大切な聖典だったのです。
 だからこそ、神はこの日月神示をこれから先も何度も何度も読み直すように、伝えているのです。また、こうも言われています。
 「判らなくなったまた、読み直すのじゃ!」
 この言葉の意味は賢明な読者の皆様にはもうお分かりですよね。
 もし、わからないのであれば、私こと、蔵屋日唱くらやにっしょうが執筆中の小説『神典日月神示の真実の物語』をお読み下さい。
 読むことにより貴方の身魂は水晶のように綺麗になり必ず幸せになることが出来ます。


私の日常は朝が最も大切である。
それは家の中を浄ることから始まる。
何故なら毎日、家の中を綺麗にする為に窓を開けて風通しを良くする。しかし外部からいれる空気は人間界の悪い念が一緒に入ってくる。その汚れた空気を綺麗にする為に祭壇に向かって大祓詞を奏上するのである。

 抑々そもそも 大祓詞おおはらえのことばは、神道の祭祀に用いられる祝詞のりとの一つである。もともと大祓式に用いられ、中臣氏が専らその宣読を担当したことから、中臣祭文なかとみさいもんとも中臣祓詞なかとみのはらえことばとも略して中臣祓なかとみのはらえともいう。
 典型は延喜式巻八に六月晦大祓という題名で載る。一般に大祓詞という場合は大祓の参集者に宣り聞かせるものをいい、中臣祓という場合は神前に奏上する形に改めたものをいう。

 大祓詞は元々は毎年6月と12月の末日に行われる大祓で、犯した罪(神道の観念による「罪」であり、犯罪とは意味合いが異なる)・穢れを祓うために唱えられた祝詞で、中臣氏が京の朱雀門で奏上していたことから中臣祓の称がある。6月と12月では異なる文言であったが、6月の方だけが残った。『延喜式』には「六月晦大祓」として記載されており、今日使用されている大祓詞は「六月晦大祓」の祝詞を元にしたものである。

 大祓詞は、当初、大祓の際に参集者に対して宣り聞かせるものであったが、後に神に対して唱えられるようになった。中世には陰陽道や密教と結びつき、陰陽道の呪言や仏教の経典のように、唱えるだけで功得が得られると考えられるようになった。更に唱えれば唱えるほど功得が増すと考えられ、何千回、何万回も唱えるようになり、より唱えやすくする為に、大祓詞の要点だけをまとめた「最要中臣祓」「最上中臣祓」が作られた。特に仏家神道、儒家神道で重視され、『中臣祓訓解』『中臣祓風水草』などの大祓詞の注釈書も書かれた程である。

 現在では大祓の際に参拝者自らが唱える他、神社本庁包括下の神社では毎日神前にて唱えられている。神社本庁のほか、各種の教派神道・神道系新宗教の一部でも使われているが、延喜式記載のものから内容に改変が加えられており、教団によっても多少の差異がある。

 大祓詞の成立については賀茂真淵は天智・天武朝説を唱え、本居宣長は文武天皇朝説を唱えているが、いずれの説もその原典になる文章がそれ以前の時代には存在したとしている。

 延喜式に載る六月晦大祓は次の3つの要素で構成される。
 大祓の実施について官人に告知する。
 人々による罪の発生から、神々による罪の抹消に至るまでの祓の過程を告知する。
 卜部氏への指示を告知する。
 
 大祓詞は、内容から大きく前段と後段の2つに分けられている。

 前段は、大祓に参集した皇族・百官に対して「祝詞をよく聞け」という内容の文言から始まる。これは当初の大祓詞が参集者に対して宣り聞かせるものであったことの名残であり、今日の神社本庁の大祓詞ではこの部分は省略されている。

 次に、葦原中国平定から天孫降臨し天孫が日本を治めることになるまでの日本神話の内容が語られる。そしてそのような国の国民が犯してしまう罪の内容を「天つ罪・国つ罪」として列挙し、そのような罪が出たときの罪の祓い方が述べられる。罪の内容については、今日の「罪」の観念に合わないものが多く、差別的ととられかねないものもあることから、神社本庁の大祓詞では罪名の列挙を省略して単に「天津罪・国津罪」とだけ言っている(大正3年内務省制定の大祓詞にて削除されたものが踏襲されている)。
 
 後段では、そのような祓を行うと、罪・穢れがどのように消滅するかが語られる。罪・穢れが消滅する様を様々な喩えで表現した後、四柱の祓戸神によって消え去る様子が述べられる。 

 ー(天津祝詞の太祝詞事)ー

 前段の最後にある「天津祝詞の太祝詞事」について、国学が興った江戸時代以降、この語句の解釈を巡って議論されてきた。

 本居宣長は『大祓詞後釈』で、「天津祝詞の太祝詞事」は大祓詞自体のことであるとする説を唱えた。賀茂真淵も『祝詞考』で同様の意見を述べている。戦前に神社を管轄していた内務省ではこの説を採用し、その流れを汲む神社本庁でもその解釈をとっている。神社本庁では、前段と後段の間には何も唱えず、一拍置くだけとしている。

 しかし、「天津祝詞の太祝詞事」は神代より伝わる秘伝の祝詞であり、秘伝であるが故に延喜式には書かれなかったのだとする説もある。本居宣長の「歿後の門人」である平田篤胤は、未完の『古史伝』の中で「天照大神から口伝されてきた天津祝詞之太祝詞事という祝詞があり、中臣家にのみ相伝されたのだ」という説を唱えている。そして『天津祝詞考』にて、その祝詞は伊邪那岐命が筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊祓をしたときに発した言葉であるとし、様々な神社や神道流派に伝わる禊祓の祝詞を研究しそれを集成した形で、「天津祝詞の太祝詞事」はこのようなものだというものを示している。

 平田篤胤が示した「天津祝詞の太祝詞事」は神社本庁以外の神道の教団の多くで「天津祝詞」として採用されており、大祓詞の前段と後段の間に唱えられるほか、単独で祓詞としても用いられている。

 このように大祓詞も天津祝詞も我々日本人の心の拠り所であり、また、太古の昔から続いている日本民族の祖である縄文人の一二三祝詞ひふみのりとを起源として出来上がった格式の高い国家神道の祝詞であると、私は断言する。
 それは日月神示を読み解くと良く理解することが出来る。
 いつの日か、毎日、同じ時刻に一緒になって日本人のみならず、全人類が天津祝詞と大祓詞を奏上する日が必ず来ると、私は確信している。
 何故ならその環境は既に出来ているからだ。
世界中に行き渡る携帯電話のネットワークが瞬時に利用することが出来るのだから。
 後はその中心となるマンパワーがあれは可能なのだから。

 私は富士山と太陽が重なる現象を夢で見たことがある。その夢を見た時はちょうど立春の夕暮れ時であった。
 その時の夢の内容を少しお話しすると次のようであった。私は片手に一眼レフのカメラを持ち、富士山と太陽の重なるアングルをあれこれとカメラを動かしてシャッターを押していた。
 何とか上手く撮れたので、満面の笑みで妻に被写体を見せているのである。その様は正にゴールデン富士に値する光景であった。わたしが撮影した場所から丹沢山系の向こう側にたたずむ富士山頂へと太陽が沈んでいく光景を眺めている自分がいるのだ。
 (ゴールデン富士)
 

 その私のもとに夕日が差し込み、空が黄金色に輝き始める頃、西空に傾いた太陽は徐々に富士山の山頂へと吸い寄せられていく。厳かで静かな時間の経過とともに富士の峯に重なり合った太陽は光の筋を放ちながら、山の向こう側へと姿を隠し始める。山の端の空が赤々と染まる中、空に浮かぶ雲の群れが不思議な光明で照らし上げられ、富士山や丹沢山系の山並はシルエットとしてくっきりと浮かび上がる。夕闇へと移ろっていくこのひとときは、まさに、誰か彼たそかれに相応しい珠玉しゅぎょくの時間帯を感じさせる。
 私はこの 誰そ彼たそがれという言葉を文学的表現としてよく使用する。
 私が使うその意味は夕暮れの薄闇の中で道行く人の姿が誰であるのかを見分けられないという柔らかく優しい響きを持った言葉なのだが、夜明けの薄闇時を表す彼は誰かわたれという言葉も残っている。日が沈み、夕闇へと向かう時間帯が誰そ彼たそがれ時てあり、朝日が昇る迄の夜明けの時間帯が彼は誰かわたれ時である。この二つの言葉は誰と彼という漢字を言葉の前後に対照的に組み合わせて光に満ち溢れた世界と暗闇の世界とを行き来する時間の流れの対比を見事に視覚化している。誰そ彼たそかれ彼は誰かれわたれという移ろいの時間帯はこの列島に住み継いできた人々にとって、それだけ特別なひとときでもあったのであろう。
 私は富士の話に触れると必ず神々の系譜に触れてきた。
 その系譜とは「一神多神汎神」である。今仮に扇子があるとする。  
 その扇子を閉じた状態が一神である。
 世界には様々な宗教があり、様々な神がいる。
 キリスト教ではゴッドと表現し、神道では天之御中主神と言い、仏教では阿弥陀如来と言う。
 また、その他の宗教では天帝、天主とも言う。
 これが扇子を閉じた状態の神で一神というのだ。
 この扇子を開くと多神となり汎神となる。
 所謂天地を創造された神々であり、その他の八百万の神である。また、菅原道真のように人間を神と崇めたり、稲荷神社のように狐を神として崇拝する。これが汎神である。
 この一神多神汎神は皆同じ神であり、その時々にその神々や神社で相応しい祈りをすれば良いのである。
 ここではこの神々の系譜は複雑になるので省略する。

 日月神示ではこの神という表現が様々な箇所で登場する。神の啓示を表す書物なのだから当たり前の話である。
 しかし、こと我々人類への警告となるとその神は威厳に満ちた男神となる。
 その神とは日月神示の主人公である国常立尊である。
 大本開祖•出口なお、神典研究家で画家であった岡本天明。二人は同じ神霊に神憑りされて神の意志で沢山の言葉を和紙に書き続けたのである。
 岡本天明は画家でもあったので画材に書いたこともあった。
 天明は神にこう言われた。
 「天明、アホになれ。そうせんとわしがしんどいんじゃ。天明、アホになれ!」

 出口なおは、神に次のように言ってお願いしたのです。
 「もう男神の声は出したくありません」
 「ならば、硯と筆と水と和紙を用意して筆を持て!」
 これが出口なおの書いたお筆先おふでさきでした。

 (出口なお 直筆のお筆先)



 
 
 

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