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日月神示第十九巻 チェック✅済み
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「さんぜんせかい
いちどにひらく うめのはな
うしとらのこんじんのよになりたぞよ
すみせんざんにこしをかけ
きもんのこんじんまもるぞよ」
今から凡そ120年前
明治25年節分の夜
艮の金神と名乗る神が突如、神霊として
出口なおに神憑りしたのです。
以来、27年間 和とじ本で27万巻 和紙に20万枚もの膨大な文字を書き続けたのです。
神の命ずるままに筆を持って和紙に描き続けた全文ひらがなの文字。
これがお筆先です。
文字も読めない、文字も書けない
一人の初老の女性。
彼女の名は出口なお。
大本開祖。
大本では、なおを「女性の肉体に男性の魂が宿った変性男子」、王仁三郎を「男性の肉体に女性の魂が宿った変性女子」と定義している。なおの生き方は男性的本質的を持っていたとされる。
「神の織物の経糸はなお、緯糸は王仁三郎」という別の表現もあるが、これも二人の対称性をうまく捉えている。
民族学者宮田登は大本独特の陰陽和合の原理が背景にあると指摘している。
「変性男子」という表現は仏教用語の「変成男子」(悟りを得て成仏するには男性に転生してのみ救われる。女性の運命は男性の運命より険しくて苦しい。)という思想とは異なるものである。なおは「出口は女であれども男の性来、上田(王仁三郎)は男であれども女の性来ざぞよ。」と述べ、性別と宗教的役割を切り離して説明した。
大本救済論の基盤には「逆転のモチーフ」がある。宗教学者ヘレン・ハーデカーは大本について「日本では珍しい宗教的な動機による反体制運動」と述べ、なおと王仁三郎のイデオロギーは日本宗教史においても重要な意味を持つと論じている。
なおに懸かった「艮の金神」は一般的に金光教の影響を受けたものとされるが、綾部藩主九鬼家に伝わる『九鬼文書•鬼門呪詞』の主神「宇志採羅根真大神に由来する可能性もあると言われているが、私はこの由来を否定する。
何故なら太古の昔から伝えられている国常立尊と八百万の神との対立があり、国祖•国常立尊が艮の方角に押し込められたのはまず間違いない。
だからこそ、明治25年節分の夜に突如、現れたのだ。
さて、なおの生い立ちである。私の調べたところによると、大工だった出口家は藩主・九鬼家と関係が深く、なおも九鬼家邸内の本興稲荷に度々参籠していた。実際に、大本の「十曜神紋」は九鬼家の定紋「七曜」を原典としている。また「天理、金光、黒住、妙霊先走り。とゞめに艮の金神が現はれて三千世界の大洗濯を致すのじゃ」「綾部はまん中になりて、金輪王で世を治めるぞよ。綾部は結構な処、昔から神が隠して置いた、世の立替の、真誠の仕組みの地場であるぞよ」と筆先にあるように、先行した民衆宗教の影響も指摘される。
戸籍には「出口ナカ」と記録されており、出口清吉が戦死した際の特別賜金証書にも「ナカ」と記載される。氏神は熊野新宮社である。桐村家は浄土真宗とされる。
神懸かりが始まって間もなく放火犯と間違えられた際、綾部警察署の警官3名が連行しようとしたところ、なおの体を1人で動かせなかったという。モッコと担い棒を借りて3人がかりで運んだが、疲労のあまり近くにあった建設中の新庁舎に収容先を変更している。
なおは新庁舎の留置人第一号となり、同時に生涯最初で最後の拘留となった。
警察はなおをもてあまし、真犯人が逮捕されたあと座敷牢に入れることを前提に長女夫妻(大槻鹿蔵と米。米は発狂中)に引き取らせた。
1893年(明治26年)、最初期の信者・四方スミに「翌年、支那と戦争になり日本が勝つ」と神の予言を告げたが、二人とも支那がどこにあるかわからず、四方によれば信濃国周辺ということで納得したという。
同時になおは舞鶴に鎮台が出来て軍港となり「福知、舞鶴、外囲い、十里四方は宮の中、綾部末で都といたすぞよ、と神様がおっしゃる」と語った。
なおは近衛兵の次男・清吉を頼りにしていた。生涯にわたって神に絶対の信頼を寄せたなおだが、1895年(明治28年)7月7日に台湾で清吉が戦死したとの知らせを受けると「嘘をぬかした。もう言う事は聞いてやらぬ」と激昂している。
後に、清吉は霊界で日の出の神として重要な働きをする魂という啓示が出た。
だが王仁三郎が活躍するようになってもなおや周辺信者の間で清吉への愛着が垣間見られ、まだ生きているという希望も持たれていたという。
1929年(昭和4年)2月、なおの孫で後継者出口直日(三代教主)が高見元男と婚約、王仁三郎は「元男は清吉の生まれ変わり」として出口日出麿と改名させた。
清吉の死亡状況は不明な点が多く、日本へ帰還する船中で病死したあと海葬されたという証言があるにもかかわらず、遺骨がなおの元に返還されている。
王仁三郎は清吉が諜報員「王文泰」として中国大陸で活動したという証文をつくり、福島久(なおの三女)に預けた。
蒙古入りした王仁三郎を尾行した日本陸軍諜報員も、王仁三郎と密会した男が肉親のように親しく接したのを目撃している。
この事は霊界物語・入蒙記にも記載されていない。
戦後発行されたすみの自伝にも「出口清吉は王文泰である」とある。
王仁三郎が大本入り直後、遷座祭典用に注文した九鬼家の九曜紋提灯が、手違いで十曜紋になっていた。
なおは1899年旧6月の筆先で「九曜の紋を一つふやしたのは、都合のあることぞよ。(中略)艮の金神の初まりの世話をいたしてくださるのは、まことの人が出てこねば、おさまらぬと申してあろうがな。この人が神のまことの世話をしたして下さるのざぞよ」と述べて、十曜紋を大本の神紋と定めた。
なおは近代文明と技術に批判的だった。
代表例が、孫にして大本三代目教主出口直日の種痘問題である。
天然痘の種痘を受けることは法律で定められていたが、なおと教団は「外国から来たものは穢れ」として断固拒否の立場をとり、王仁三郎・すみ夫妻は直日が小学4年生になるまで罰金を払う事になった。
夫妻は娘に種痘を試みたが度々信者の妨害にあい、罰金を払ったことでも「神の意思より法律を優先した」と批判される。
説得に訪れた医者に対しなおは迷惑を謝罪しつつ「直日に種痘植えさすまいと頑固張りますのも、神さまがお命じになるからです。たとえ私が殺されても、直日の水晶の血だけは守りとうございます」と答える。
信仰心の篤さに感銘を受けたカトリックの医師は、なおの血液を用いた擬似種痘で問題を解決した。
1905年(明治38年)5月15日、若狭湾の無人島沓島に神事のため信者2人を連れて渡った。
この時、大日本帝国海軍舞鶴鎮守府では3人をロシア軍スパイと勘違いして騒動となり、新聞にも載ったという。
なおは5月26日に島を去り、翌日、日本海海戦が発生した。
1916年(大正5年)12月、秋山真之海軍少将が大本を訪れ、大本教主顧問となった。
この事は海軍将兵の入信者増加に貢献したが、秋山は1917年(大正6年)5月に神懸りで盤古大神を名乗り「なおと王仁三郎を配下にする」と宣言、激怒したなおは秋山と訣別した。
大正6年旧11月23日の筆先に「大将迄が下に成りたり、上に成つて見たり、全然日本の神国を畜生の玩弄物に為られて了ふて、天地の先祖も堪忍袋が切れたぞよ」とある。
第一次大本事件で当局は「大将=天皇」と解釈して追及したが、王仁三郎は「自分と秋山の関係である」と反論した。
天皇は「現代(このよ)の大将」という言葉で表現されている。
なおの死の一週間前、浄瑠璃の名人二代目竹本春子太夫が大本教団に来た。普段のなおは「世界の大芝居を見ているのに人間の作品など見られない」と断っていたが、すみが取り次ぐと珍しく承諾した。観賞すると「神様が明治25年から世界の人民に筆先をおさとしになるのが、どうして人民に分らぬかと思っていたが、浄瑠璃でさえ初めて聞くと分らんのだから、神様の教えが人民に分らんのも無理がないと、よう分らして貰った」と感想を述べている。
なおが逝去したあと、王仁三郎は自室で号泣した。あまりに泣くので、妻に追い出されるようにして教祖室に戻ったという。祖母を慕っていた出口直日は「神がかり はげしかりしときく 吾が祖母は 起居しずけく 匂やかにましき」と詠っている。
第一次大本事件に関連して教典『大本神諭』が発禁となると、王仁三郎は1921年(大正10年)10月18日から大長編教典『霊界物語』の口述を開始する。
古事記の天照大御神と素盞嗚命の誓約を再解釈する部分で王仁三郎は天照大神について「表面はこの上なく優しくうるわしくみえつれども、御心の底ぞ建くけわしくましますなり」と述べ、天照(なお)に対してのべている。
その一方、なおは「初稚姫」という美少女として登場し、物語50巻前後から重要なキャラクターとして活躍する。
生前「私が死んだら、こっそり直日のおなかに入って生まれ変わってくる」と語っている。三代教主となった直日は1990年(平成2年)9月23日に逝去するが、その晩年には後継者の地位を巡って、三代教主直日を軽視した反教団事件が起きた。
最終的に出口聖子(直日の三女)が大本四代教主となり、長女の直美夫妻は大本を離脱して「大本信徒連合会」を結成した。1986年(昭和61年)7月には出口和明が大本を離脱し「愛善苑」を発足させた。
私はこの大本教団に於ける権力闘争について、度々矛盾と神に対する冒涜と捉えた。
だからこそ、日月神示は世界中の凡ゆる宗教を否定しているのだ。
読者の皆様もこのことを肝に銘じて欲しい。
何故なら例え宗教と言えども運営する為にはお金がかかる。
教団に多額のお金が集まると教祖を始めとした幹部達の間で権力闘争が始まる。
当たり前の話である。
キリスト教もイスラム教もヒンドゥー教もユダヤ暦も仏教も新興宗教もそうだ!
日月神示だけが唯一お金の不要な神の大道という光に満ちた教えなのだから。
以上のことから、日月神示は私達人類の永遠の聖典であると言えるのだ。
読者の皆様、私の執筆中の小説『神典日月神示の真実の物語』とミステリー小説『ノストラダムスの大予言とひふみ神示』をいつも聖典として、読んで下さい。
あなたの身魂は綺麗になり、あなた自身が幸せになり、あなたの家族も幸せになり、社会が、国家が幸せになり、そして世界中の人々が幸せになるのです。
聖典日月神示の根本の教えは
「善一筋」
「今という 善き心 善き言葉 善き行いを励むこそ善き」
なのですから!
いちどにひらく うめのはな
うしとらのこんじんのよになりたぞよ
すみせんざんにこしをかけ
きもんのこんじんまもるぞよ」
今から凡そ120年前
明治25年節分の夜
艮の金神と名乗る神が突如、神霊として
出口なおに神憑りしたのです。
以来、27年間 和とじ本で27万巻 和紙に20万枚もの膨大な文字を書き続けたのです。
神の命ずるままに筆を持って和紙に描き続けた全文ひらがなの文字。
これがお筆先です。
文字も読めない、文字も書けない
一人の初老の女性。
彼女の名は出口なお。
大本開祖。
大本では、なおを「女性の肉体に男性の魂が宿った変性男子」、王仁三郎を「男性の肉体に女性の魂が宿った変性女子」と定義している。なおの生き方は男性的本質的を持っていたとされる。
「神の織物の経糸はなお、緯糸は王仁三郎」という別の表現もあるが、これも二人の対称性をうまく捉えている。
民族学者宮田登は大本独特の陰陽和合の原理が背景にあると指摘している。
「変性男子」という表現は仏教用語の「変成男子」(悟りを得て成仏するには男性に転生してのみ救われる。女性の運命は男性の運命より険しくて苦しい。)という思想とは異なるものである。なおは「出口は女であれども男の性来、上田(王仁三郎)は男であれども女の性来ざぞよ。」と述べ、性別と宗教的役割を切り離して説明した。
大本救済論の基盤には「逆転のモチーフ」がある。宗教学者ヘレン・ハーデカーは大本について「日本では珍しい宗教的な動機による反体制運動」と述べ、なおと王仁三郎のイデオロギーは日本宗教史においても重要な意味を持つと論じている。
なおに懸かった「艮の金神」は一般的に金光教の影響を受けたものとされるが、綾部藩主九鬼家に伝わる『九鬼文書•鬼門呪詞』の主神「宇志採羅根真大神に由来する可能性もあると言われているが、私はこの由来を否定する。
何故なら太古の昔から伝えられている国常立尊と八百万の神との対立があり、国祖•国常立尊が艮の方角に押し込められたのはまず間違いない。
だからこそ、明治25年節分の夜に突如、現れたのだ。
さて、なおの生い立ちである。私の調べたところによると、大工だった出口家は藩主・九鬼家と関係が深く、なおも九鬼家邸内の本興稲荷に度々参籠していた。実際に、大本の「十曜神紋」は九鬼家の定紋「七曜」を原典としている。また「天理、金光、黒住、妙霊先走り。とゞめに艮の金神が現はれて三千世界の大洗濯を致すのじゃ」「綾部はまん中になりて、金輪王で世を治めるぞよ。綾部は結構な処、昔から神が隠して置いた、世の立替の、真誠の仕組みの地場であるぞよ」と筆先にあるように、先行した民衆宗教の影響も指摘される。
戸籍には「出口ナカ」と記録されており、出口清吉が戦死した際の特別賜金証書にも「ナカ」と記載される。氏神は熊野新宮社である。桐村家は浄土真宗とされる。
神懸かりが始まって間もなく放火犯と間違えられた際、綾部警察署の警官3名が連行しようとしたところ、なおの体を1人で動かせなかったという。モッコと担い棒を借りて3人がかりで運んだが、疲労のあまり近くにあった建設中の新庁舎に収容先を変更している。
なおは新庁舎の留置人第一号となり、同時に生涯最初で最後の拘留となった。
警察はなおをもてあまし、真犯人が逮捕されたあと座敷牢に入れることを前提に長女夫妻(大槻鹿蔵と米。米は発狂中)に引き取らせた。
1893年(明治26年)、最初期の信者・四方スミに「翌年、支那と戦争になり日本が勝つ」と神の予言を告げたが、二人とも支那がどこにあるかわからず、四方によれば信濃国周辺ということで納得したという。
同時になおは舞鶴に鎮台が出来て軍港となり「福知、舞鶴、外囲い、十里四方は宮の中、綾部末で都といたすぞよ、と神様がおっしゃる」と語った。
なおは近衛兵の次男・清吉を頼りにしていた。生涯にわたって神に絶対の信頼を寄せたなおだが、1895年(明治28年)7月7日に台湾で清吉が戦死したとの知らせを受けると「嘘をぬかした。もう言う事は聞いてやらぬ」と激昂している。
後に、清吉は霊界で日の出の神として重要な働きをする魂という啓示が出た。
だが王仁三郎が活躍するようになってもなおや周辺信者の間で清吉への愛着が垣間見られ、まだ生きているという希望も持たれていたという。
1929年(昭和4年)2月、なおの孫で後継者出口直日(三代教主)が高見元男と婚約、王仁三郎は「元男は清吉の生まれ変わり」として出口日出麿と改名させた。
清吉の死亡状況は不明な点が多く、日本へ帰還する船中で病死したあと海葬されたという証言があるにもかかわらず、遺骨がなおの元に返還されている。
王仁三郎は清吉が諜報員「王文泰」として中国大陸で活動したという証文をつくり、福島久(なおの三女)に預けた。
蒙古入りした王仁三郎を尾行した日本陸軍諜報員も、王仁三郎と密会した男が肉親のように親しく接したのを目撃している。
この事は霊界物語・入蒙記にも記載されていない。
戦後発行されたすみの自伝にも「出口清吉は王文泰である」とある。
王仁三郎が大本入り直後、遷座祭典用に注文した九鬼家の九曜紋提灯が、手違いで十曜紋になっていた。
なおは1899年旧6月の筆先で「九曜の紋を一つふやしたのは、都合のあることぞよ。(中略)艮の金神の初まりの世話をいたしてくださるのは、まことの人が出てこねば、おさまらぬと申してあろうがな。この人が神のまことの世話をしたして下さるのざぞよ」と述べて、十曜紋を大本の神紋と定めた。
なおは近代文明と技術に批判的だった。
代表例が、孫にして大本三代目教主出口直日の種痘問題である。
天然痘の種痘を受けることは法律で定められていたが、なおと教団は「外国から来たものは穢れ」として断固拒否の立場をとり、王仁三郎・すみ夫妻は直日が小学4年生になるまで罰金を払う事になった。
夫妻は娘に種痘を試みたが度々信者の妨害にあい、罰金を払ったことでも「神の意思より法律を優先した」と批判される。
説得に訪れた医者に対しなおは迷惑を謝罪しつつ「直日に種痘植えさすまいと頑固張りますのも、神さまがお命じになるからです。たとえ私が殺されても、直日の水晶の血だけは守りとうございます」と答える。
信仰心の篤さに感銘を受けたカトリックの医師は、なおの血液を用いた擬似種痘で問題を解決した。
1905年(明治38年)5月15日、若狭湾の無人島沓島に神事のため信者2人を連れて渡った。
この時、大日本帝国海軍舞鶴鎮守府では3人をロシア軍スパイと勘違いして騒動となり、新聞にも載ったという。
なおは5月26日に島を去り、翌日、日本海海戦が発生した。
1916年(大正5年)12月、秋山真之海軍少将が大本を訪れ、大本教主顧問となった。
この事は海軍将兵の入信者増加に貢献したが、秋山は1917年(大正6年)5月に神懸りで盤古大神を名乗り「なおと王仁三郎を配下にする」と宣言、激怒したなおは秋山と訣別した。
大正6年旧11月23日の筆先に「大将迄が下に成りたり、上に成つて見たり、全然日本の神国を畜生の玩弄物に為られて了ふて、天地の先祖も堪忍袋が切れたぞよ」とある。
第一次大本事件で当局は「大将=天皇」と解釈して追及したが、王仁三郎は「自分と秋山の関係である」と反論した。
天皇は「現代(このよ)の大将」という言葉で表現されている。
なおの死の一週間前、浄瑠璃の名人二代目竹本春子太夫が大本教団に来た。普段のなおは「世界の大芝居を見ているのに人間の作品など見られない」と断っていたが、すみが取り次ぐと珍しく承諾した。観賞すると「神様が明治25年から世界の人民に筆先をおさとしになるのが、どうして人民に分らぬかと思っていたが、浄瑠璃でさえ初めて聞くと分らんのだから、神様の教えが人民に分らんのも無理がないと、よう分らして貰った」と感想を述べている。
なおが逝去したあと、王仁三郎は自室で号泣した。あまりに泣くので、妻に追い出されるようにして教祖室に戻ったという。祖母を慕っていた出口直日は「神がかり はげしかりしときく 吾が祖母は 起居しずけく 匂やかにましき」と詠っている。
第一次大本事件に関連して教典『大本神諭』が発禁となると、王仁三郎は1921年(大正10年)10月18日から大長編教典『霊界物語』の口述を開始する。
古事記の天照大御神と素盞嗚命の誓約を再解釈する部分で王仁三郎は天照大神について「表面はこの上なく優しくうるわしくみえつれども、御心の底ぞ建くけわしくましますなり」と述べ、天照(なお)に対してのべている。
その一方、なおは「初稚姫」という美少女として登場し、物語50巻前後から重要なキャラクターとして活躍する。
生前「私が死んだら、こっそり直日のおなかに入って生まれ変わってくる」と語っている。三代教主となった直日は1990年(平成2年)9月23日に逝去するが、その晩年には後継者の地位を巡って、三代教主直日を軽視した反教団事件が起きた。
最終的に出口聖子(直日の三女)が大本四代教主となり、長女の直美夫妻は大本を離脱して「大本信徒連合会」を結成した。1986年(昭和61年)7月には出口和明が大本を離脱し「愛善苑」を発足させた。
私はこの大本教団に於ける権力闘争について、度々矛盾と神に対する冒涜と捉えた。
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何故なら例え宗教と言えども運営する為にはお金がかかる。
教団に多額のお金が集まると教祖を始めとした幹部達の間で権力闘争が始まる。
当たり前の話である。
キリスト教もイスラム教もヒンドゥー教もユダヤ暦も仏教も新興宗教もそうだ!
日月神示だけが唯一お金の不要な神の大道という光に満ちた教えなのだから。
以上のことから、日月神示は私達人類の永遠の聖典であると言えるのだ。
読者の皆様、私の執筆中の小説『神典日月神示の真実の物語』とミステリー小説『ノストラダムスの大予言とひふみ神示』をいつも聖典として、読んで下さい。
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