幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ

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第15話 私の席は、もうない

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「っ……!」

白夜回廊の仮設執務室で、私はこめかみを押さえて小さく呻いた。
視界がぐにゃりと歪み、胃の奥から不快な吐き気が込み上げてくる。

押収した関所の帳簿を『真帳視』で解析し始めてから、すでに三時間が経過していた。
隠された数字、裏の取引ルート、そしてクラウゼ領から流れ込んでいる不可解な資金。

情報量は膨大で、能力の使用限界をとうに超えている。

「少し、目が回ります……大丈夫です」

誰に言うでもなく呟き、私は冷めたお茶を飲み干して無理やり意識をはっきりさせた。
頭痛は酷いが、ここで手を止めるわけにはいかない。

私が辺境の冷たい空気の中で数字と格闘している頃。
遠く離れた王都では、少しずつ、しかし確実に『崩壊』が進んでいた。

♦︎♦︎♦︎

「アルベルト様! また融資元の商会から、今月の金利引き上げの通達が!」

王都のクラウゼ侯爵家。
執務室に飛び込んできた家令のバルドは、ほとんど泣きそうな顔をしていた。

「だから、そんなもの突っぱねろと言っているだろう! うちの領地は豊かなんだ。一時的に台帳が開かないだけで、足元を見るような真似は許さないと伝えろ!」

アルベルトは苛立たしげに机を叩いた。
目の下には濃い隈ができ、その金髪は艶を失ってボサボサに乱れている。

リオナが姿を消してから、すでに半月。
監査院からの予備監査の通知は届いたものの、まだ本監査には移行していない。
だが、信用保証が停止したことによる影響は、彼の想像を遥かに超えていた。

「それが……商会側は『リオナ様が不在であるなら、これ以上の融資は不可能だ』と……」

「なんだと? なぜそこでリオナの名前が出る!」

アルベルトが目を血走らせて立ち上がる。

「事実を申し上げます……」

バルドは深く頭を下げ、震える声で告げた。

「これまで、当領地の厳しい財政状況を補い、巧みな交渉術と緻密な帳簿管理で商会を納得させていたのは、すべてリオナ様だったのです。彼女の存在こそが、クラウゼ領の最大の『信用』でした」

「嘘だ! あいつはただ、僕が任せた事務作業をやっていただけだろう!?」

「いいえ。リオナ様は、アルベルト様が遊興に費やした資金の穴埋めすら、ご自身の私財を削って補填しておられました。彼女がいなければ、この家はとっくに破産していたのです」

突きつけられた現実に、アルベルトは言葉を失い、ドサリと椅子に座り込んだ。

『君は強いから、大丈夫だろ?』
自分が放ったその言葉が、今になって鋭い棘となって彼自身の胸を刺し貫く。

強いから、一人で耐えさせていた。
強いから、甘えていた。

「……あいつは、どうしてそれを言わなかったんだ……」

「言っても、アルベルト様は聞いてくださらなかったではありませんか。いつもミレーヌ様のことばかりで」

バルドの冷ややかな指摘に、アルベルトは何も言い返せなかった。

社交界での噂も、最悪の方向に回っている。
『婚約者を冷遇し、家出された愚かな次期侯爵』。
ミレーヌの『可哀想な令嬢』という仮面も、領地が傾きかけた今となっては、ただの厄介者としか見られていない。

「……手紙を、書く」

アルベルトは震える手で羽ペンを握った。

「リオナに手紙を書く。謝って、戻ってきてもらうんだ。あいつなら、きっと僕を助けてくれる……僕には、あいつが必要なんだ!」

白紙の羊皮紙に、彼はすがるような思いで文字を書き殴り始めた。
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