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12話 証言の価格
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「お、お待ちください! 僕は何も知りません!」
放課後の旧校舎裏。 人気のないこの場所で、私は一人の男子生徒を壁際に追い詰めていました。 彼は子爵家の三男、トマス君。 第3話のテラスで、ユリウス殿下が私を侮辱した際、その場にいて愛想笑いを浮かべていた一人です。
「知らない、とおっしゃいますか? 貴方はあの日、テラスの南側の席で、アールグレイを飲んでいらっしゃいましたね。 そして殿下が『正しすぎてつまらない女』と言った直後、『わかりますぞ!』と最初に声を上げた。 ……私の記録に間違いはありませんわ」
私が手帳のページを示すと、トマス君は顔面蒼白になりました。 彼は震える手で、自分の襟元を掴んでいます。
「だ、だからって、証言なんてできない! 相手は王太子殿下だぞ!? そんなことをしたら、僕の実家がどうなるか……父上の仕事だって……!」
「ええ、ご心配はもっともです。 現王太子派の報復は恐ろしいでしょう。王妃様からの圧力もあるかもしれません」
私は彼の恐怖を肯定しました。 人間は、自分の恐怖を理解してくれる相手には、無意識に心を開こうとします。 たとえその相手が、恐怖の原因そのものであったとしても。
「で、でも……だったら……!」
「ですが、トマス様。 視点を変えてみてください。 もし、このままユリウス殿下が王になられたら、貴方の家はどうなりますか?」
「え……?」
私は一歩、彼に近づきました。 冷たい石壁に彼を閉じ込めるように。
「殿下は法を軽んじ、感情で動く方です。 今日はリディア様を愛していても、明日はどうなるかわからない。 気に入らない家を取り潰し、新しい愛人のために法を曲げるかもしれない。 そんな『気まぐれな王』の下で、貴方のような弱い立場の家が、本当に安泰だとお思いですか?」
「それは……」
彼の目が泳ぎました。 貴族にとって最も恐ろしいのは、予測不可能な権力者の暴走です。 ユリウス殿下の行動は、すでにその予兆を示しています。
「逆に、もし私が勝利したらどうでしょう。 私は法を絶対とします。契約を遵守します。 私に協力した者には、正当な対価と法的保護を約束します。 感情で切り捨てたり、理不尽な要求をしたりはいたしません」
私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出しました。 それは、あらかじめ用意しておいた《証言保護誓約書》。 ただし、その保証人は私個人ではなく、私の背後にいる「ある権力者(レオンハルト殿下)」の署名が入ったものです。
「これは『未来』への投資です、トマス様。 沈みゆく泥船にしがみつくか、それとも新しい秩序の箱舟に乗るか。 今なら、まだ『特等席』が空いておりますわ」
トマス君が羊皮紙を見つめました。 そこには、彼の実家の領地経営に関する有利な特権と、彼自身の将来の官僚ポストの保証が記されています。 学生風情には過ぎた好条件。 しかし、それこそが、彼が喉から手が出るほど欲しい「餌」でした。
「……本当に、守ってくれるんですね? 僕が証言しても、家族に手出しはさせないと……」
「ええ。私の名はセラフィナ・アルヴェール。 契約と復讐において、私は一度たりとも嘘をついたことはございません」
私はペンを差し出しました。 彼はごくりと唾を飲み込み、震える手でペンを受け取りました。 そして、インクの滲むサインを書き記しました。
契約成立。 魔力が微かに発光し、羊皮紙が彼の魂とリンクします。 これで彼は、法廷で嘘をつけなくなりました。同時に、彼を守る強力な盾も発動しました。
「賢明なご判断です。 これで貴方は、ただの『傍観者』から、歴史を変える『証人』になられました」
私は羊皮紙を回収し、初めて彼に柔らかな(練習通りの)微笑みを向けました。
「ご安心なさい。 署名した以上、貴方の未来は私が管理します。 泥船が沈む様を、特等席で高みの見物といきましょう」
トマス君は、へなへなとその場に座り込みました。 安堵と、取り返しのつかないことをしてしまったという恐怖がない交ぜになった顔で。
これで一人目。 あと三人、同様の立場の生徒を確保すれば、「公衆の面前での侮辱」の要件は完全に満たされます。
風が強くなってきました。 遠くで、リディア嬢の笑い声が聞こえる気がします。 笑っていてください、今のうちに。 貴女の足元の床板が、一枚ずつ剥がされていることにも気づかずに。
放課後の旧校舎裏。 人気のないこの場所で、私は一人の男子生徒を壁際に追い詰めていました。 彼は子爵家の三男、トマス君。 第3話のテラスで、ユリウス殿下が私を侮辱した際、その場にいて愛想笑いを浮かべていた一人です。
「知らない、とおっしゃいますか? 貴方はあの日、テラスの南側の席で、アールグレイを飲んでいらっしゃいましたね。 そして殿下が『正しすぎてつまらない女』と言った直後、『わかりますぞ!』と最初に声を上げた。 ……私の記録に間違いはありませんわ」
私が手帳のページを示すと、トマス君は顔面蒼白になりました。 彼は震える手で、自分の襟元を掴んでいます。
「だ、だからって、証言なんてできない! 相手は王太子殿下だぞ!? そんなことをしたら、僕の実家がどうなるか……父上の仕事だって……!」
「ええ、ご心配はもっともです。 現王太子派の報復は恐ろしいでしょう。王妃様からの圧力もあるかもしれません」
私は彼の恐怖を肯定しました。 人間は、自分の恐怖を理解してくれる相手には、無意識に心を開こうとします。 たとえその相手が、恐怖の原因そのものであったとしても。
「で、でも……だったら……!」
「ですが、トマス様。 視点を変えてみてください。 もし、このままユリウス殿下が王になられたら、貴方の家はどうなりますか?」
「え……?」
私は一歩、彼に近づきました。 冷たい石壁に彼を閉じ込めるように。
「殿下は法を軽んじ、感情で動く方です。 今日はリディア様を愛していても、明日はどうなるかわからない。 気に入らない家を取り潰し、新しい愛人のために法を曲げるかもしれない。 そんな『気まぐれな王』の下で、貴方のような弱い立場の家が、本当に安泰だとお思いですか?」
「それは……」
彼の目が泳ぎました。 貴族にとって最も恐ろしいのは、予測不可能な権力者の暴走です。 ユリウス殿下の行動は、すでにその予兆を示しています。
「逆に、もし私が勝利したらどうでしょう。 私は法を絶対とします。契約を遵守します。 私に協力した者には、正当な対価と法的保護を約束します。 感情で切り捨てたり、理不尽な要求をしたりはいたしません」
私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出しました。 それは、あらかじめ用意しておいた《証言保護誓約書》。 ただし、その保証人は私個人ではなく、私の背後にいる「ある権力者(レオンハルト殿下)」の署名が入ったものです。
「これは『未来』への投資です、トマス様。 沈みゆく泥船にしがみつくか、それとも新しい秩序の箱舟に乗るか。 今なら、まだ『特等席』が空いておりますわ」
トマス君が羊皮紙を見つめました。 そこには、彼の実家の領地経営に関する有利な特権と、彼自身の将来の官僚ポストの保証が記されています。 学生風情には過ぎた好条件。 しかし、それこそが、彼が喉から手が出るほど欲しい「餌」でした。
「……本当に、守ってくれるんですね? 僕が証言しても、家族に手出しはさせないと……」
「ええ。私の名はセラフィナ・アルヴェール。 契約と復讐において、私は一度たりとも嘘をついたことはございません」
私はペンを差し出しました。 彼はごくりと唾を飲み込み、震える手でペンを受け取りました。 そして、インクの滲むサインを書き記しました。
契約成立。 魔力が微かに発光し、羊皮紙が彼の魂とリンクします。 これで彼は、法廷で嘘をつけなくなりました。同時に、彼を守る強力な盾も発動しました。
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