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13話 誓約痕の予兆
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学園の空気は、目に見えないところで確実に変わり始めていました。 表面上は、相変わらずユリウス殿下とリディア嬢の「真実の愛」を称賛する声が支配的です。しかし、その声の熱量は以前よりも少しだけ低く、どこか空々しい響きを帯びていました。
私の裏工作――証人の確保と、浮動票の切り崩しが効いている証拠です。 賢い生徒たちは気づき始めています。「この船は沈むかもしれない」と。
そんな焦燥を感じ取ってか、ユリウス殿下の言動は日に日に粗雑になっていました。
「おい、聞いたか? 父上――国王陛下も、私の恋を認めてくださったぞ!」
放課後のサロン。殿下は取り巻きたちを集め、声を張り上げていました。 もちろん、真っ赤な嘘です。 陛下は現在、病気療養中で公務を離れており、殿下の火遊びを知る由もありません。知れば激怒し、即座に廃嫡を言い渡すでしょう。 しかし、殿下は自分の立場を正当化したい一心で、ついてはいけない嘘をついてしまったのです。
私は部屋の隅で、紅茶を飲むふりをしながらその瞬間を待ちました。 この国において、王族の発言は重い。 特に「王の意思」を騙ることは、国家への背信行為であり、《継承誓約》への重大な違反となります。
「へ、陛下がですか!? すごい!」 「やはり殿下は選ばれたお方だ!」
取り巻きたちが歓声を上げる中、異変は起きました。
「ぐっ……!?」
殿下が突然、右の手首を押さえて顔を歪めました。 持っていたグラスが床に落ち、派手な音を立てて砕け散ります。
「殿下!? どうなさいましたか!」 「い、いや、なんでもない……ただの虫刺されだ!」
殿下は慌てて袖口を引き伸ばし、手首を隠そうとしました。 ですが、私の目は見逃しませんでした。 その手首に、まるで茨(いばら)のような赤黒いミミズ腫れが一瞬、浮かび上がったのを。
《誓約痕(スティグマ)》。 誓約に違反した者に現れる、魔法的な警告の烙印。 嘘や裏切りを重ねるたびにその痣は濃くなり、最終的には激痛と共に全身を蝕み、魔力を食い尽くすと言われています。
「……虫刺されにしては、随分と痛そうですわね」
私は音もなく殿下のそばに歩み寄りました。 殿下はビクリと肩を震わせ、私を睨みつけます。
「セ、セラフィナ……! 貴様、見ていたのか?」
「ええ。ガラスが割れる音がしましたので。お怪我はありませんか?」
私はハンカチを取り出し、割れたグラスの破片を拾うふりをして、殿下の足元に膝をつきました。 そして、下から覗き込むように、彼の瞳を直視します。
「殿下。嘘は、魂を焼きますわよ」
「な……っ!」
「特に、王の名を騙る嘘は、猛毒のように回ります。……お気をつけあそばせ。その腕の『痛み』が、全身に広がらぬうちに」
囁くような私の声に、殿下の顔から血の気が引いていきました。 彼は無意識に、袖の上から手首を強く握りしめています。その額には、脂汗が滲んでいました。 痛いのでしょう。 誓約の反動は、肉体的な痛みだけでなく、精神を直接削り取るような不快感を伴いますから。
「う、うるさい! 行け! 私の前から消えろ!」
殿下は私を突き飛ばすようにして、逃げるようにサロンを出て行きました。 残されたのは、不穏な空気と、困惑する取り巻きたち。
私は立ち上がり、スカートの埃を払いました。 そして手帳を開き、淡々と記録します。
(○月×日。ユリウス・レオニス、国王の意思を虚偽申告。直後に右前腕部に誓約痕の発現を確認。深度1。自覚症状あり)
始まりました。 嘘をつくたびに、彼は自らの体を蝕み、証拠をその身に刻んでいく。 それは、どんな雄弁な弁護士でも消すことのできない、動かぬ証拠。
「もっと焦ってくださいませ、殿下。 貴方が足掻けば足掻くほど、その茨は貴方を強く締め上げるのですから」
私は割れたグラスの破片をハンカチに包み、ゴミ箱へ捨てました。 まるで、用済みの王太子を捨てる予行演習のように。
私の裏工作――証人の確保と、浮動票の切り崩しが効いている証拠です。 賢い生徒たちは気づき始めています。「この船は沈むかもしれない」と。
そんな焦燥を感じ取ってか、ユリウス殿下の言動は日に日に粗雑になっていました。
「おい、聞いたか? 父上――国王陛下も、私の恋を認めてくださったぞ!」
放課後のサロン。殿下は取り巻きたちを集め、声を張り上げていました。 もちろん、真っ赤な嘘です。 陛下は現在、病気療養中で公務を離れており、殿下の火遊びを知る由もありません。知れば激怒し、即座に廃嫡を言い渡すでしょう。 しかし、殿下は自分の立場を正当化したい一心で、ついてはいけない嘘をついてしまったのです。
私は部屋の隅で、紅茶を飲むふりをしながらその瞬間を待ちました。 この国において、王族の発言は重い。 特に「王の意思」を騙ることは、国家への背信行為であり、《継承誓約》への重大な違反となります。
「へ、陛下がですか!? すごい!」 「やはり殿下は選ばれたお方だ!」
取り巻きたちが歓声を上げる中、異変は起きました。
「ぐっ……!?」
殿下が突然、右の手首を押さえて顔を歪めました。 持っていたグラスが床に落ち、派手な音を立てて砕け散ります。
「殿下!? どうなさいましたか!」 「い、いや、なんでもない……ただの虫刺されだ!」
殿下は慌てて袖口を引き伸ばし、手首を隠そうとしました。 ですが、私の目は見逃しませんでした。 その手首に、まるで茨(いばら)のような赤黒いミミズ腫れが一瞬、浮かび上がったのを。
《誓約痕(スティグマ)》。 誓約に違反した者に現れる、魔法的な警告の烙印。 嘘や裏切りを重ねるたびにその痣は濃くなり、最終的には激痛と共に全身を蝕み、魔力を食い尽くすと言われています。
「……虫刺されにしては、随分と痛そうですわね」
私は音もなく殿下のそばに歩み寄りました。 殿下はビクリと肩を震わせ、私を睨みつけます。
「セ、セラフィナ……! 貴様、見ていたのか?」
「ええ。ガラスが割れる音がしましたので。お怪我はありませんか?」
私はハンカチを取り出し、割れたグラスの破片を拾うふりをして、殿下の足元に膝をつきました。 そして、下から覗き込むように、彼の瞳を直視します。
「殿下。嘘は、魂を焼きますわよ」
「な……っ!」
「特に、王の名を騙る嘘は、猛毒のように回ります。……お気をつけあそばせ。その腕の『痛み』が、全身に広がらぬうちに」
囁くような私の声に、殿下の顔から血の気が引いていきました。 彼は無意識に、袖の上から手首を強く握りしめています。その額には、脂汗が滲んでいました。 痛いのでしょう。 誓約の反動は、肉体的な痛みだけでなく、精神を直接削り取るような不快感を伴いますから。
「う、うるさい! 行け! 私の前から消えろ!」
殿下は私を突き飛ばすようにして、逃げるようにサロンを出て行きました。 残されたのは、不穏な空気と、困惑する取り巻きたち。
私は立ち上がり、スカートの埃を払いました。 そして手帳を開き、淡々と記録します。
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「もっと焦ってくださいませ、殿下。 貴方が足掻けば足掻くほど、その茨は貴方を強く締め上げるのですから」
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