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第一章
騎士の館 3
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慣れた様子の二人について行くと、小さめの居間に出た。
「げ」
入った瞬間、ルシスが小さくそう呟く。何かと思って後ろから覗くと、そこには聖十二騎士の黒い制服をきたラウルがいた。そんなラウルは、デティでもわかるほど、殺気似た気配を出していた。
「おまえは、どうしてそう問題ばかり起こす?」
静かな声でラウルが問うと、ルシスがビクリとした。
「ルシス、デティのことを伝える手紙に俺は書いたはずだな。デティの存在は極秘であると。さらに、お前には直接伝えたよな? 一般人として生活しているから、俺が話すまで手を出すな、とな」
「だって……」
「だっても何もない。……デティもデティだ。これが、公になって困るのは君なんだぞ」
とばっちりで睨むように怒鳴られて、デティも思わず小さくなる。
「ごめんなさい……」
たしかに、デティも学院だからと気を抜いていたのは確かだ。反省はしているので、素直に謝る。
そんな二人を見ていたギアツは、苦笑してラウルに言った。
「もう、そのへんにしてあげたらどうです?」
「ギアツ、お前もついていながら……」
「もう来てしまったんですから、いいでしょう」
ラウルの言葉を遮り、ニッコリと笑ってギアツが言う。その様子に、ラウルも眉を寄せる。
「でもな……」
「ラウル」
説教を続けようとするラウルを、ギアツは静かに呼んだ。あくまで笑顔で、そして、いたって普通に呼んだだけなのに、ラウルはギアツを見つめて黙った。それを確認してから、ギアツはしゅんとうなだれている二人に向き直った。
「ルシス、デティを部屋に案内してあげなさい」
許しが出たと知ったルシスの顔が急に明るくなる。
「わかった」
そう答えたルシスにうなずいて、ギアツは言う。
「デティも、部屋に幾つか着替えがあったはずですから、着替えても構いませんよ。必要ならこの館の使用人に声をかけてください」
「はい、ご丁寧に、ありがとうございます」
確かに、学院からドレスのまま来たので、ここでは目立ってしょうがない。ギアツの好意に素直に礼をいう。
「いこっ。デティ」
そんなデティの腕をルシスが引いた。早く館の中を案内したいらしい。先程まで怒られていたのに、立ち直りのはやいことである。
「うん」
デティも答えて、二人は居間を出て行った。扉が閉まり、二人の足音が消えるのを待って、ギアツはラウルに目をやった。
「ラウル、なぜ、彼女のことを黙っていたのです?」
ギアツが、いつもは優しい声を強めて、ラウルに尋ねる。ラウルは、ギアツが怒っていることはわかったものの、何に対してなのか分からない。
「彼女のことは、手紙で伝えたはずだが?」
首を傾げるラウルに、ギアツは責める視線を緩めずに言う。
「彼女の〈血筋〉のことです。私は聞いていません」
はっきりと言われて、やっと何のことだか分かったラウルは、きまりがわるそうにいった。
「……気付いていたのか」
「気付かないわけないでしょう。私は聖五家の最高司教ですよ。あの御方のことを、誰よりも知っています。それに彼女は、セーラ姫に瓜二つです。見て直ぐに分かりました。……ほんとに、震えを押さえるのがやっとでしたよ」
ギアツは、苦い表情で言った。その言葉で、ラウルもはたと気付く。
「そうか。お前はデティの母君のことも知っていたんだな」
「ええ、本当に短い間でしたから、あまり良くは知りません。でも、一度でも目にすれば忘れられる方ではありません」
ギアツは当時を思い出すように、目を閉じた。デティの母が存命中、すでに聖十二騎士に居た者たちは、セーラ姫と面識がある。セーラ姫は、極秘の存在とされていたが、一部の最上層の貴族と国王直属の騎士である聖十二騎士、奥棟で彼女の世話をしていた使用人たち、と言った最低限の人間には明らかにされていた。その中で、いまだに王城に残っている人が何人いるかはわからない。しかし、それらの人物たちとデティが鉢合わせてしまえば、デティの出自を疑われる可能性がある。
おそらく、王が何かしらの手を打っていることだろうと思うが、聖十二騎士内の者たちだけでも、ラウルが手を回しておくべきだろう。
「……セーラ姫との面識があるのは、今残ってるなかだと、ギアとの他には、タキとエルステッドか」
「そうですね、陛下の即位時に聖十二騎士も大分入れ替わりましたから……」
「わかった。俺の方で2人には先な話を通そう」
その言葉に頷いたギアツは、ひとつ息をついてから、改めてラウルを非難するような視線を向ける。
「本当に驚いたんですよ。いまだって、ほとんど状況を理解してません。彼女は、一体、何者なんですか?」
「彼女はセーラ姫の遺児だと聞いてる。隠していたのは、陛下のご命令だ。俺だって、初めて知ったときは驚いたよ」
なんたって、竜の力を持つなんて知らずに立ち会ったんだから。ラウルは、内心、そう呟いてそのときのことを思い出した。
----
「デティ、終わった?」
扉の外でしびれを切らしたようにルシスが聞いてきた。
「もうすぐ」
そう答えて、最後にブーツの紐を締める。立ち上がって、自分の服装を確かめたデティは、ルシスの待つ、隣りの部屋へ行った。
ルシスはソファーに座って、使用人が用意したお菓子をつまんでいた。
「どうかな?」
そう聞いたデティは、自分の服を見せるように両手を広げた。
「似合ってるじゃん」
ニッコリと笑ってルシスは言う。そんなルシスにはにかむように笑って、デティは自分の服を改めて見下ろした。今着ているのは、この部屋にあった、聖十二騎士の制服だった。
それは普段屋敷で使っているものとあまり変わらない。ルシスやギアツのとは違い、黒い上着は、膝までで、腰を長い紐で結べるようになっている。下にきているのは、ハイネックのシャツ。下は普段と違い、短いズボンで膝下までの長いブーツを履いている。動き安さを重視した服だった。
そんな服を、じっと見ていたルシスはぽつりと呟く。
「ん~、デティは、剣使うの?」
「どうして?」
「制服がね、運動性重視だから」
そう言ったルシスは、聖十二騎士の制服について説明してくれた。
聖十二騎士の制服はそれぞれ違い、その人の能力に合わせて作られている。例えば、ルシスやギアツのように、魔術を専門的に使う人は、足下まで丈がある、法衣のような服。デティやラウルのように剣を主に使う人は、動きやすく、体をおおえる服。また、体術を主に使う人には、体を締め付けず、軽くなるような服なのだそうだ。
「……ギアツも魔術を使うの?」
「もちろん。ギアはあれでも、聖十二騎士の年長組でね。一応、タスチナ家当主で、聖五家の最高司教だよ」
ふうん、と納得しかけたデティだったが、あることに気付いた。確か、今の最高司教は、父ブルーフィス公爵と同期のはずだ。何度か話の中で、タスチナ公爵の名前を聞いたことがある。
「……ちょっと待って。ギアツって一体いくつなの?」
「うんとね、陛下と同じって言ってたから、45歳……かな」
あっさりと言うルシスにデティは言葉を失った。
(……40すぎで、20代にも見えるギアツって何者?)
心の中で問うが、答えなどあるはずもない。ただ一つ言える事は、ルシスもそうだったが、ギアツも見た目通りの人間ではないのだ。聖十二騎士はやはり、そんな人間たちの集まりなのだろう。……そんなことを考えると他の人に会うのが怖い気がする。
そもそも、聖十二騎士の頭であるラウルが、あれだけの優男だ。それでいて当代一の剣士なんだから、他の騎士もそれに倣うのかもしれない。
因みに、その集まりに自分も入っている事は、もちろん無視である。
「……ねぇ、デティ」
突然、ルシスが話しかけてきたため、デティは考えるのをやめた。
「ん? 何?」
「剣使うんならさ、ちょっと手合わせしてみない?」
ルシスは、おねだりする子犬の目で訴える。
「ねぇ、駄目?」
デティは、考えるように瞳を閉じた。瞼の裏によみがえるのは、ラウルと初めて会った日の事。あの日は、陛下とラウルしかいない空間で、本気で立ち会うと言う条件だった。初めて見せたデティの力に、ラウルも恐れを見せた。その時のラウルの目を、デティは忘れていない。
そして、デティは目を開けた。
「……駄目よ。ラウルも許してくれないわ」
「えー、いいじゃん」
「駄目」
なかなか頷かないいデティを見て、ルシスはすねたようにそっぽを向く。しかし、急に何かに気付いたように振り返った。その瞳が子供のように輝いていて、デティはいやな予感を覚える。
「それじゃあさ、ラウルが許してくれればいいんでしょ? 聞きにいこうよ」
そう言ってルシスは、立上がり、デティが答えるまもなく、デティの手を引いて、先程の居間に向かった。
「げ」
入った瞬間、ルシスが小さくそう呟く。何かと思って後ろから覗くと、そこには聖十二騎士の黒い制服をきたラウルがいた。そんなラウルは、デティでもわかるほど、殺気似た気配を出していた。
「おまえは、どうしてそう問題ばかり起こす?」
静かな声でラウルが問うと、ルシスがビクリとした。
「ルシス、デティのことを伝える手紙に俺は書いたはずだな。デティの存在は極秘であると。さらに、お前には直接伝えたよな? 一般人として生活しているから、俺が話すまで手を出すな、とな」
「だって……」
「だっても何もない。……デティもデティだ。これが、公になって困るのは君なんだぞ」
とばっちりで睨むように怒鳴られて、デティも思わず小さくなる。
「ごめんなさい……」
たしかに、デティも学院だからと気を抜いていたのは確かだ。反省はしているので、素直に謝る。
そんな二人を見ていたギアツは、苦笑してラウルに言った。
「もう、そのへんにしてあげたらどうです?」
「ギアツ、お前もついていながら……」
「もう来てしまったんですから、いいでしょう」
ラウルの言葉を遮り、ニッコリと笑ってギアツが言う。その様子に、ラウルも眉を寄せる。
「でもな……」
「ラウル」
説教を続けようとするラウルを、ギアツは静かに呼んだ。あくまで笑顔で、そして、いたって普通に呼んだだけなのに、ラウルはギアツを見つめて黙った。それを確認してから、ギアツはしゅんとうなだれている二人に向き直った。
「ルシス、デティを部屋に案内してあげなさい」
許しが出たと知ったルシスの顔が急に明るくなる。
「わかった」
そう答えたルシスにうなずいて、ギアツは言う。
「デティも、部屋に幾つか着替えがあったはずですから、着替えても構いませんよ。必要ならこの館の使用人に声をかけてください」
「はい、ご丁寧に、ありがとうございます」
確かに、学院からドレスのまま来たので、ここでは目立ってしょうがない。ギアツの好意に素直に礼をいう。
「いこっ。デティ」
そんなデティの腕をルシスが引いた。早く館の中を案内したいらしい。先程まで怒られていたのに、立ち直りのはやいことである。
「うん」
デティも答えて、二人は居間を出て行った。扉が閉まり、二人の足音が消えるのを待って、ギアツはラウルに目をやった。
「ラウル、なぜ、彼女のことを黙っていたのです?」
ギアツが、いつもは優しい声を強めて、ラウルに尋ねる。ラウルは、ギアツが怒っていることはわかったものの、何に対してなのか分からない。
「彼女のことは、手紙で伝えたはずだが?」
首を傾げるラウルに、ギアツは責める視線を緩めずに言う。
「彼女の〈血筋〉のことです。私は聞いていません」
はっきりと言われて、やっと何のことだか分かったラウルは、きまりがわるそうにいった。
「……気付いていたのか」
「気付かないわけないでしょう。私は聖五家の最高司教ですよ。あの御方のことを、誰よりも知っています。それに彼女は、セーラ姫に瓜二つです。見て直ぐに分かりました。……ほんとに、震えを押さえるのがやっとでしたよ」
ギアツは、苦い表情で言った。その言葉で、ラウルもはたと気付く。
「そうか。お前はデティの母君のことも知っていたんだな」
「ええ、本当に短い間でしたから、あまり良くは知りません。でも、一度でも目にすれば忘れられる方ではありません」
ギアツは当時を思い出すように、目を閉じた。デティの母が存命中、すでに聖十二騎士に居た者たちは、セーラ姫と面識がある。セーラ姫は、極秘の存在とされていたが、一部の最上層の貴族と国王直属の騎士である聖十二騎士、奥棟で彼女の世話をしていた使用人たち、と言った最低限の人間には明らかにされていた。その中で、いまだに王城に残っている人が何人いるかはわからない。しかし、それらの人物たちとデティが鉢合わせてしまえば、デティの出自を疑われる可能性がある。
おそらく、王が何かしらの手を打っていることだろうと思うが、聖十二騎士内の者たちだけでも、ラウルが手を回しておくべきだろう。
「……セーラ姫との面識があるのは、今残ってるなかだと、ギアとの他には、タキとエルステッドか」
「そうですね、陛下の即位時に聖十二騎士も大分入れ替わりましたから……」
「わかった。俺の方で2人には先な話を通そう」
その言葉に頷いたギアツは、ひとつ息をついてから、改めてラウルを非難するような視線を向ける。
「本当に驚いたんですよ。いまだって、ほとんど状況を理解してません。彼女は、一体、何者なんですか?」
「彼女はセーラ姫の遺児だと聞いてる。隠していたのは、陛下のご命令だ。俺だって、初めて知ったときは驚いたよ」
なんたって、竜の力を持つなんて知らずに立ち会ったんだから。ラウルは、内心、そう呟いてそのときのことを思い出した。
----
「デティ、終わった?」
扉の外でしびれを切らしたようにルシスが聞いてきた。
「もうすぐ」
そう答えて、最後にブーツの紐を締める。立ち上がって、自分の服装を確かめたデティは、ルシスの待つ、隣りの部屋へ行った。
ルシスはソファーに座って、使用人が用意したお菓子をつまんでいた。
「どうかな?」
そう聞いたデティは、自分の服を見せるように両手を広げた。
「似合ってるじゃん」
ニッコリと笑ってルシスは言う。そんなルシスにはにかむように笑って、デティは自分の服を改めて見下ろした。今着ているのは、この部屋にあった、聖十二騎士の制服だった。
それは普段屋敷で使っているものとあまり変わらない。ルシスやギアツのとは違い、黒い上着は、膝までで、腰を長い紐で結べるようになっている。下にきているのは、ハイネックのシャツ。下は普段と違い、短いズボンで膝下までの長いブーツを履いている。動き安さを重視した服だった。
そんな服を、じっと見ていたルシスはぽつりと呟く。
「ん~、デティは、剣使うの?」
「どうして?」
「制服がね、運動性重視だから」
そう言ったルシスは、聖十二騎士の制服について説明してくれた。
聖十二騎士の制服はそれぞれ違い、その人の能力に合わせて作られている。例えば、ルシスやギアツのように、魔術を専門的に使う人は、足下まで丈がある、法衣のような服。デティやラウルのように剣を主に使う人は、動きやすく、体をおおえる服。また、体術を主に使う人には、体を締め付けず、軽くなるような服なのだそうだ。
「……ギアツも魔術を使うの?」
「もちろん。ギアはあれでも、聖十二騎士の年長組でね。一応、タスチナ家当主で、聖五家の最高司教だよ」
ふうん、と納得しかけたデティだったが、あることに気付いた。確か、今の最高司教は、父ブルーフィス公爵と同期のはずだ。何度か話の中で、タスチナ公爵の名前を聞いたことがある。
「……ちょっと待って。ギアツって一体いくつなの?」
「うんとね、陛下と同じって言ってたから、45歳……かな」
あっさりと言うルシスにデティは言葉を失った。
(……40すぎで、20代にも見えるギアツって何者?)
心の中で問うが、答えなどあるはずもない。ただ一つ言える事は、ルシスもそうだったが、ギアツも見た目通りの人間ではないのだ。聖十二騎士はやはり、そんな人間たちの集まりなのだろう。……そんなことを考えると他の人に会うのが怖い気がする。
そもそも、聖十二騎士の頭であるラウルが、あれだけの優男だ。それでいて当代一の剣士なんだから、他の騎士もそれに倣うのかもしれない。
因みに、その集まりに自分も入っている事は、もちろん無視である。
「……ねぇ、デティ」
突然、ルシスが話しかけてきたため、デティは考えるのをやめた。
「ん? 何?」
「剣使うんならさ、ちょっと手合わせしてみない?」
ルシスは、おねだりする子犬の目で訴える。
「ねぇ、駄目?」
デティは、考えるように瞳を閉じた。瞼の裏によみがえるのは、ラウルと初めて会った日の事。あの日は、陛下とラウルしかいない空間で、本気で立ち会うと言う条件だった。初めて見せたデティの力に、ラウルも恐れを見せた。その時のラウルの目を、デティは忘れていない。
そして、デティは目を開けた。
「……駄目よ。ラウルも許してくれないわ」
「えー、いいじゃん」
「駄目」
なかなか頷かないいデティを見て、ルシスはすねたようにそっぽを向く。しかし、急に何かに気付いたように振り返った。その瞳が子供のように輝いていて、デティはいやな予感を覚える。
「それじゃあさ、ラウルが許してくれればいいんでしょ? 聞きにいこうよ」
そう言ってルシスは、立上がり、デティが答えるまもなく、デティの手を引いて、先程の居間に向かった。
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