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第二章
29. 冤罪の行方
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あの後すぐに王城に使いをやって、陛下のご様子を聞いてもらうよう指示した。
しかし翌朝になっても使いはまだ帰ってこない。
……もしかして陛下はもう……。
最悪のことを想像してしまい、ぶるぶると頭を振る。
不安になって屋敷の入り口でソワソワしていると、ちょうど使いが帰ってきたので、早足で駆け寄る。
「おかえりなさい。陛下のご様子は? 父上には会えた?」
矢継ぎ早に質問を投げかけるグリーゼルに、ちょっと待ってと言わんばかりに手を出した使いは報告を始める。
「はい。旦那様が早急に指示を出したそうで、発見が早かったため、一命は取り留めたとのことです。その為、旦那様はずっとお忙しそうになさっておいでで、なかなか帰って来れませんでした」
「そうなの。よかった……」
あの後すぐにフーワが切られてしまったから、どうなることかと思ったけど、お命がご無事なら何よりだわ。
「これは御内密にと伺ったんですが、陛下が刺された剣には毒が塗ってあったようで、まだ目を覚ましておられないようです。倒れた陛下の側に隣国のバートランド殿下の剣が落ちていたそうで、容疑を捜査中とのことです」
「……なんですって!?」
耳を疑った。陛下の意識さえあれば、バートランド殿下が犯人ではないことはすぐに分かった筈だ。しかし意識はなく、バートランド殿下の剣があれば、毒花騒動の後疑われるのは当然だ。
すぐ父にフーワをかけたが、「グリーゼル、今忙しいから後にしなさい」と魔力を遮断されてしまった。
レオポルド様には家から出ないようにと言われているけど……今バートランド殿下の無実を証明できるのは、私しかいない!
「すぐに馬車の用意を。わたくしも王城に向かいます」
王城に行って帰ってきたばかりの従者は、すごく嫌そうな顔をする。相当疲れたんだろうな……と思い、「別の人でも構わないから、誰かに用意を頼んで」と伝えると、分かりました!と従業員室へ走って行った。
*****
私は王城へ向かう馬車に揺られていた。
周りを森で囲まれた一本道を私を乗せた馬車はひたすら走っている。
陛下のご容態、バートランド殿下の冤罪……それにレオポルド様がご無事かどうかも……不安で仕方がない。
「やはり不敬でもレオポルド様をお止めするべきだったわ……」
その時、馬の嘶きが聞こえて、馬車がゆっくりと停まる。
何か外で話し声が聞こえてきた。
チラッと窓から外を覗いてみると、灰色のローブを被った数人と、御者が話をしていた。
何かあったのかしら?と思った次の瞬間、御者の顔を水の玉のようなものが覆った。あれでは息ができない!
「……ガッ……ッゴボゴボ……!!」
グリーゼルは何が起こったのか分からず、身動き取れずにいた。
御者は手で水を掻き出そうとするも、文字通り濡れ手に泡で全く水は減らない。
助けようと慌てて何か出来ることはないか考えるも、グリーゼルには呪術と防御魔法しかない。戦闘の訓練も積んでいないので、当然戦うこともできない。
何もできずに手をこまねいていると、馬を降りた護衛の騎士が炎を纏った剣を灰色のローブに向かって振り下ろした。
ギャッと短い悲鳴が聞こえて灰色のローブが倒れ、御者の顔を覆っていた水がバシャッと音を立てて崩れる。
これでもう大丈夫……かのように思えたが、森の中から数十人のフードを被った野盗が現れる。
騎士たちと野盗の乱戦になった。しかし多勢に無勢。騎士は六人、野盗は十数人はいるように見える。馬車の片側の窓から見えるだけでそれだから、馬車の反対側にはもっといるかもしれない。
グリーゼルは自身に防御魔法をかけて、馬車の扉を自ら開けて降りた。そして戦う騎士に防御魔法をかけて回る。騎士は強い!攻撃を防げれば、敵の数が多くてもどうにかなるかもしれない……!
「お嬢様!! 馬車へお戻りください!」
最初に防御魔法をかけた騎士が馬車を降りたグリーゼルに気づき、駆け寄ってくる。他の騎士もその声を合図に、グリーゼルを守るように周りを囲む。
ーーしまった!
私が馬車から降りたことで、騎士たちの陣形が崩れてしまったかもしれない。戦闘の素人が余計なことをするべきではなかった……!
でももう動いてしまった。今から馬車に戻っても陣形を戻すのは難しいし、防御魔法をかけた方が力になれるかもしれない。
そう考えて、戦いを見守ろうとした……次の瞬間、激しい後悔に襲われることになる。
頭上に無数の氷の矢が現れたからだ。
「お嬢様! 屈んでください!」
その氷の矢の雨が降り始めると、騎士たちはグリーゼルに覆い被さるようにして、守りを固めた。
四人がグリーゼルを守り、残り二人が敵を倒しに攻撃を仕掛けるが数十人相手では焼け石に水だ。しかも氷の雨を回避しながらでは、戦いにくいことこの上ない。
突然地面から生えてきた木の根が絡みつき、野盗数人が動けなくなる。その機を逃さず騎士が斬りかかり、何人かを無効化したが、まだまだ後ろから敵は湧き出てくる。
その間も氷の雨はまだ降り注いでいた。何分経っただろうか……。
ーーバリンッ!
「え……?」
何の音……?と思ったがすぐに分かった。グリーゼルを覆って守ってくれる騎士の防御魔法が解けたのだ。氷の矢が騎士に刺さり、小さく呻き声を上げる。
「ぐっ……!」
すぐにまた防御魔法をかけ直す。
「ありがとうございます。」
騎士は額に汗を浮かべお礼を言ってくれるが、状況は好転してはいない。
「うわぁっ!!」
離れたところで戦っていた騎士が倒れる。
当然だ。敵が多すぎる!
「くっ!」
「離れるな! 固まって戦え!」
リーダーらしき騎士が声をかける。近づく野盗に向かってかざした手から火を放ち、近づけさせない。
しかしグラっと地面が揺れて、体勢を崩したと思ったら地面がボコボコッと盛り上がり、騎士たちと引き離されてしまう。
氷の雨が終わったと思ったら、今度は石礫が飛んでくる!
離れてしまった騎士からバリンッ!と防御魔法が切れた音がする。
遠いところに防御魔法なんてかけたことはないが、なんとかかけ直そうと試みる。
……失敗した!
そもそもグリーゼルは土魔法はそこまで得意じゃない。
レオポルド様は簡単そうにやっていたが、グリーゼルは何回も何回も練習してやっと出来るようになった魔法だ。
……また失敗!と思ったら、バリンッ!と今度は自分の防御魔法が切れた。今度こそ!と騎士へ防御魔法がやっとかけられたのを確認したが、後ろから襲い来る石礫に気づけなかった。
ーーガッ!!
頭に衝撃が走り、火花が散ったように見えた。
私が倒れては騎士たちに責任が行ってしまう……。誰か……。
『……それになんか嫌な予感がするんだ。僕がいない間、できるだけ屋敷から出ないでくれないかい?』
レオポルド様の言葉が頭を過ぎる。
言われた通りにしなかった私のせいだ……。
「レオポルド様……」
「お嬢様!!」
まだ敵と戦う騎士から悲壮な声が聞こえたところで、グリーゼルは意識を手放した。
しかし翌朝になっても使いはまだ帰ってこない。
……もしかして陛下はもう……。
最悪のことを想像してしまい、ぶるぶると頭を振る。
不安になって屋敷の入り口でソワソワしていると、ちょうど使いが帰ってきたので、早足で駆け寄る。
「おかえりなさい。陛下のご様子は? 父上には会えた?」
矢継ぎ早に質問を投げかけるグリーゼルに、ちょっと待ってと言わんばかりに手を出した使いは報告を始める。
「はい。旦那様が早急に指示を出したそうで、発見が早かったため、一命は取り留めたとのことです。その為、旦那様はずっとお忙しそうになさっておいでで、なかなか帰って来れませんでした」
「そうなの。よかった……」
あの後すぐにフーワが切られてしまったから、どうなることかと思ったけど、お命がご無事なら何よりだわ。
「これは御内密にと伺ったんですが、陛下が刺された剣には毒が塗ってあったようで、まだ目を覚ましておられないようです。倒れた陛下の側に隣国のバートランド殿下の剣が落ちていたそうで、容疑を捜査中とのことです」
「……なんですって!?」
耳を疑った。陛下の意識さえあれば、バートランド殿下が犯人ではないことはすぐに分かった筈だ。しかし意識はなく、バートランド殿下の剣があれば、毒花騒動の後疑われるのは当然だ。
すぐ父にフーワをかけたが、「グリーゼル、今忙しいから後にしなさい」と魔力を遮断されてしまった。
レオポルド様には家から出ないようにと言われているけど……今バートランド殿下の無実を証明できるのは、私しかいない!
「すぐに馬車の用意を。わたくしも王城に向かいます」
王城に行って帰ってきたばかりの従者は、すごく嫌そうな顔をする。相当疲れたんだろうな……と思い、「別の人でも構わないから、誰かに用意を頼んで」と伝えると、分かりました!と従業員室へ走って行った。
*****
私は王城へ向かう馬車に揺られていた。
周りを森で囲まれた一本道を私を乗せた馬車はひたすら走っている。
陛下のご容態、バートランド殿下の冤罪……それにレオポルド様がご無事かどうかも……不安で仕方がない。
「やはり不敬でもレオポルド様をお止めするべきだったわ……」
その時、馬の嘶きが聞こえて、馬車がゆっくりと停まる。
何か外で話し声が聞こえてきた。
チラッと窓から外を覗いてみると、灰色のローブを被った数人と、御者が話をしていた。
何かあったのかしら?と思った次の瞬間、御者の顔を水の玉のようなものが覆った。あれでは息ができない!
「……ガッ……ッゴボゴボ……!!」
グリーゼルは何が起こったのか分からず、身動き取れずにいた。
御者は手で水を掻き出そうとするも、文字通り濡れ手に泡で全く水は減らない。
助けようと慌てて何か出来ることはないか考えるも、グリーゼルには呪術と防御魔法しかない。戦闘の訓練も積んでいないので、当然戦うこともできない。
何もできずに手をこまねいていると、馬を降りた護衛の騎士が炎を纏った剣を灰色のローブに向かって振り下ろした。
ギャッと短い悲鳴が聞こえて灰色のローブが倒れ、御者の顔を覆っていた水がバシャッと音を立てて崩れる。
これでもう大丈夫……かのように思えたが、森の中から数十人のフードを被った野盗が現れる。
騎士たちと野盗の乱戦になった。しかし多勢に無勢。騎士は六人、野盗は十数人はいるように見える。馬車の片側の窓から見えるだけでそれだから、馬車の反対側にはもっといるかもしれない。
グリーゼルは自身に防御魔法をかけて、馬車の扉を自ら開けて降りた。そして戦う騎士に防御魔法をかけて回る。騎士は強い!攻撃を防げれば、敵の数が多くてもどうにかなるかもしれない……!
「お嬢様!! 馬車へお戻りください!」
最初に防御魔法をかけた騎士が馬車を降りたグリーゼルに気づき、駆け寄ってくる。他の騎士もその声を合図に、グリーゼルを守るように周りを囲む。
ーーしまった!
私が馬車から降りたことで、騎士たちの陣形が崩れてしまったかもしれない。戦闘の素人が余計なことをするべきではなかった……!
でももう動いてしまった。今から馬車に戻っても陣形を戻すのは難しいし、防御魔法をかけた方が力になれるかもしれない。
そう考えて、戦いを見守ろうとした……次の瞬間、激しい後悔に襲われることになる。
頭上に無数の氷の矢が現れたからだ。
「お嬢様! 屈んでください!」
その氷の矢の雨が降り始めると、騎士たちはグリーゼルに覆い被さるようにして、守りを固めた。
四人がグリーゼルを守り、残り二人が敵を倒しに攻撃を仕掛けるが数十人相手では焼け石に水だ。しかも氷の雨を回避しながらでは、戦いにくいことこの上ない。
突然地面から生えてきた木の根が絡みつき、野盗数人が動けなくなる。その機を逃さず騎士が斬りかかり、何人かを無効化したが、まだまだ後ろから敵は湧き出てくる。
その間も氷の雨はまだ降り注いでいた。何分経っただろうか……。
ーーバリンッ!
「え……?」
何の音……?と思ったがすぐに分かった。グリーゼルを覆って守ってくれる騎士の防御魔法が解けたのだ。氷の矢が騎士に刺さり、小さく呻き声を上げる。
「ぐっ……!」
すぐにまた防御魔法をかけ直す。
「ありがとうございます。」
騎士は額に汗を浮かべお礼を言ってくれるが、状況は好転してはいない。
「うわぁっ!!」
離れたところで戦っていた騎士が倒れる。
当然だ。敵が多すぎる!
「くっ!」
「離れるな! 固まって戦え!」
リーダーらしき騎士が声をかける。近づく野盗に向かってかざした手から火を放ち、近づけさせない。
しかしグラっと地面が揺れて、体勢を崩したと思ったら地面がボコボコッと盛り上がり、騎士たちと引き離されてしまう。
氷の雨が終わったと思ったら、今度は石礫が飛んでくる!
離れてしまった騎士からバリンッ!と防御魔法が切れた音がする。
遠いところに防御魔法なんてかけたことはないが、なんとかかけ直そうと試みる。
……失敗した!
そもそもグリーゼルは土魔法はそこまで得意じゃない。
レオポルド様は簡単そうにやっていたが、グリーゼルは何回も何回も練習してやっと出来るようになった魔法だ。
……また失敗!と思ったら、バリンッ!と今度は自分の防御魔法が切れた。今度こそ!と騎士へ防御魔法がやっとかけられたのを確認したが、後ろから襲い来る石礫に気づけなかった。
ーーガッ!!
頭に衝撃が走り、火花が散ったように見えた。
私が倒れては騎士たちに責任が行ってしまう……。誰か……。
『……それになんか嫌な予感がするんだ。僕がいない間、できるだけ屋敷から出ないでくれないかい?』
レオポルド様の言葉が頭を過ぎる。
言われた通りにしなかった私のせいだ……。
「レオポルド様……」
「お嬢様!!」
まだ敵と戦う騎士から悲壮な声が聞こえたところで、グリーゼルは意識を手放した。
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