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第1章
50 シャウの葛藤
しおりを挟む「お帰りなさい。ん? 魔道具はどうしたの?」
研究室から意気消沈して帰ってきたシャウを見て、母さんが不思議そうに問いかける。
すぐに返答できない僕を見て、気を利かせてくれたルティスが代わりに答えてくれた。
「少し問題が起きまして、魔道具は後でイラザが届けてくれるそうです」
「そう。わざわざお使いに行ってもらったのに申し訳なかったわね」
「これも仕事ですからお気になさらないで下さい」
ルティスと会話をしていた母さんが、何も言わないシャウを見て疑問に思ったのか、シャウに話しかけてきた。
「シャウ?」
「さあ、仕事を始めましょう、ね? シャウ」
「うん」
母さんの問いかけを遮るようにルティスはシャウの背中を押す。
労るような優しい手に背中を押され、母さんに今問われてもうまく説明できないシャウはルティスに促されるまま仕事の準備を始めた。
ルティスの行動に驚いた顔をした母さんはちょうどやってきた患者を相手にしなければならなくなり、シャウのことをそれ以上は追及してこなかった。
その後、入れ替わり立ち替わりやってくる患者を母さんとルティスが捌いていく。
シャウは2人の補助に回っていた。
「シャウ、魔道具を取っていただけますか?」
「シャウ?」
ルティスの何度かの呼びかけにシャウは気が付かなかった。
それに気付いた母さんは困ったような顔をしたあと、一度唇を引き締めてからシャウに声をかける。
「シャウ。今日はもう家に帰りなさい」
少し厳しめの叱責が飛んできた。
僕は仕事中なのにラオスやイラザの事を思い出して何度もぼーっとしたり、単純な間違いを繰り返しては母さんに注意をされていたため、流石にもう母さんも放置できないと判断したようだ。
「はい、すみません。お先に失礼します」
このまま治療室にいても迷惑をかけるだけなのは分かっていたので、素直に従うことにした。こんな注意力散漫な者がいれば、事故を起こす可能性が高くなってしまうのが分かっていたから。
シャウは母さんに叱られたことにも勿論落ち込んでいたけれど、それよりも自分がこんなにも仕事が出来ないということに自責の念を抱いた。
呪いで苦しむ人を助けたくて始めた筈なのに、自分の感情に振り回されてやらなければいけないことを疎かにしてしまうなんて自分が情けなかった。
落ち込んで肩を落として帰っていくシャウを母さんとルティスは心配そうに見ていたけれど、治療室には治療を待っている患者がいたため、2人にはいつまでもシャウに気をかけている暇はなかった。
シャウが治療室を出ると、扉の前にウルガがいた。
「どうしたの?」
「じゃあ、行くか」
シャウの問いにウルガはにかっと笑い、建物の外へと促される。
怪我でもして治療室に来たのかと思ったら、僕の護衛をしてくれるらしい。
もしかして母さんに頼まれたのだろうか。そうならば、母さんは僕が使い物にならないことがだいぶ前に分かっていて、ウルガの都合がつく時間に僕を帰すことにしたということになる。ウルガの顔を見るとそういうことなんだろうなと納得できたので甘えることにした。
ウルガに家まで送ってもらい、一人、部屋の中で、ずっと頭から離れないラオスとイラザのことを考えていた。
今までと違いすぎる自分の感情に、何故なのかを考える。
前と今とでは何が違うのだろう。
ラオスには昔から女の子が群がっていた。スキンシップも激しくて誰かしらがラオスの腕に触れていたと思う。その時はラオスも大変だなあ位にしか思わなかったことを覚えているのに、今思い出すとモヤモヤした気持ちが湧き出してきた。
シャウは慌てて頭を振って思い出した記憶を振り払った。
今、またその感情に囚われたら考えることが出来なくなってしまう。
ラオスのことはひとまず置いておいて、イラザのことを考えた。
すると先ほどのターニヤさんを庇っている姿を思い出した。
また胸がキュッと締めつけられる痛みを感じる。この痛みも前は感じなかったはずなんだ。
イラザが僕以外の女の子に触れているのが嫌だった。
前は平気だった筈なのに、いつからそう思うようになってしまったのだろう。
何度考えてみてもやっぱり解らなかった。
悩んで悩んで悩んで色々考えてみたけれど、迷宮に入り込んだように出口が見えなかった。
考えることに疲れてきたシャウは、母さんが仕事から帰ってきた扉の音に気づき、救いを求めるように部屋を出ていた。
1階に下りて、母さんの姿を探すとキッチンで買ってきた食材を仕分けていた。
その母さんにそっと近づき後ろから抱きつく。
シャウが突然抱きついたことに驚いて身体をびくりと震わせた母さんは、僕が抱きついていることに気づいて何も言わずにそのまま好きにさせてくれた。
「母さん、今日はごめんなさい」
「次は気を付けなさいね」
シャウの手を優しく叩いて励ましてくれる。
母さんの気持ちが伝わってきて、涙が出そうだった。
母さんの背中に額をこすりつけ、母さんの温かい体温に泥沼にはまり込んで彷徨っていた気持ちが落ち着いていくのを感じる。
落ち着いてきたシャウは、母さんに悩んでいたことを聞いてみることにした。
「………ねえ、母さん。前は気にならなかったのに、急にその人に女の子が触っているのが嫌だと思うのはどうしてなのかな……」
「──それはその人のことを好きだからじゃないかしら?」
背中越しに響いて聞こえてくる言葉がシャウの耳から身体にしみこんできた。
好き?
この気持ちが好き?
母さんの言葉が頭の中を回り続ける。
新たな衝撃の言葉に、1人で落ち着いて考えたかった。
「母さん、ありがとう」
背中から抱きついていた腕を解き、シャウはまた部屋へ戻る。
母さんは部屋へ戻るシャウを心配そうに、そして慈しむように見送っていた。
母さんが言った好きという言葉が頭から離れない。
ラオスのこともイラザのことも昔から好きだ。
でも、最近湧き上がる感情は今まで思っていた好きと違う。
それに母さんのいう好きをラオスとイラザ両方に思うのはどうなのだろうか。
本当にこの気持ちが好きなのだろうか。
好きがよく分からなかった。
でも、ラオスの側にもイラザの側にも僕以外の女の子がいるのは嫌だった。
ふと、ミスリーの声が甦ってきた。
『ザイの一番になりたくて、ザイにずっと見つめられたくて、ザイが笑ってくれるのが嬉しくて、ザイが他の女の子と仲良くしてるのがとっても嫌で、一緒にいると幸せな気持ちかなー』
そう言っていたミスリーの楽しそうで幸せそうな顔を思い出した。
ミスリーの言っていた言葉全てが今のシャウに当てはまった。
ということは僕のこの気持ちは好きで間違いなさそうだった。
それでも、その気持ちを認めるには一つ大きな問題がある。
だって、そう想う相手がシャウには2人もいるのだ。
だから、やっぱり僕の勘違いなんだろうと思う。
答えの出ない問いに、シャウはまたずっと悩み続けることになった。
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