52 / 67
第1章
閑話 ラオスの決意
しおりを挟む俺は決闘でユリベルティス殿下に惨敗したあと、シャウに合わせる顔がなくて、本来の仕事であるシャウの護衛役を他人に任せてしまった。
いや、シャウの前に立てる勇気がなくて、シャウから逃げたんだ。
あれだけユリベルティス殿下に啖呵を切って決闘を申し込んだくせに、玩ばれるように俺の攻撃が躱され手も足も出なかった。
ユリベルティス殿下の実力は本物だ。
ガルアさんに匹敵するほどの剣術で、ウルガとはいい勝負が出来るのでないかと思える腕前だった。
決闘をしている最中にそれは分かった。実力差は歴然としていた。それが分かってしまったけれど、取りやめることなど出来なかった。
〖負ける〗
ラオスは事実として認識した。
〖力が及ばない〗
〖シャウを護れない〗
その事実をユリベルティス殿下に突きつけられた。
その事実にラオスは打ちのめされた。
俺ではシャウを護るには役不足だと証明されてしまった。
それを認められなくて足掻いて攻撃していた俺にユリベルティス殿下は最後の決定打として芸術的な剣戟を繰り出して俺にトドメを刺した。
喉元に突きつけられた剣に俺は項垂れることしか出来なかった。
その後、イラザが決闘していたけれど、見なくても結果は分かっていた。
イラザは俺と実力的には拮抗していた。だからこそ、ユリベルティス殿下に勝てるはずもない。
唇を噛みしめすぎて血の味がしていたし、手のひらは握り締め過ぎて血が滲んでいた。
──悔しい
──情けない
──シャウに呆れられるのが怖い
そんな感情が俺の中でぐるぐると回っていた。
イラザも負けたあと、ユリベルティス殿下の忠告がラオスの耳に入る。
その言葉はガルアさんやウルガに言われていた言葉と同じだった。
ラオスは恥ずかしくなった。
ガルアさんやウルガの指摘を軽視していたわけではなかったが、真剣に訓練をしてこなかったことを見抜かれているようで顔を上げられなかった。
決闘が終わった時には、俺は逃げるように訓練場を出た。
シャウの顔を見ることは出来なかった。
シャウの目に失望した色や呆れた色が乗っていたら、立ち直れない。
……ただの言い訳だな。俺がシャウの目を見返せないだけだ。
俺は家に帰り、今後のことを考えた。
今のままではユリベルティス殿下にシャウが捕られてしまう。
それだけは赦せる筈がなかった。
では、どうすればいいのか。
そんなのは判りきっている。俺がユリベルティス殿下よりも強くなるしかない。
そうと決まればあとは行動するのみ。ウルガのところに行って、シャウの護衛役を代わって欲しい事と訓練の相手をして欲しい事を伝えた。
ウルガのところに来たときイラザもちょうどやってきていた。イラザの顔を見れば何しに来たのかくらい判る。やはり俺と同じ事を頼んでいた。
イラザにも負けるものかと、次の日から訓練に明け暮れた。
ズタボロになるまでガルアさんとウルガに叩きのめされ、家に寝に帰り、次の日も朝からガルアさんとウルガに訓練に付き合ってもらってズタボロにされる。
そんな毎日を送っていた。
ウルガから時折世間話の一環でシャウとユリベルティス殿下の様子を聞かされ、胸には焦燥感が募る。
俺が力を付ける前にユリベルティス殿下との仲が深まっていくのではないかと焦りが出てくる。
本当に力がついているのか、間に合うのか判らない。
それでもシャウの前に立つときはユリベルティス殿下と対等に渡り合えたときと決めていた。じゃないと、自信を持ってシャウの目を見返せない気がした。
シャウを護りたい男としてそれだけは譲れなかった。
そんな決意をしていた俺の目の前に、シャウがユリベルティス殿下を伴って現れた。
俺はウルガに頼まれて武器屋に使いに行く途中だった。
久しぶりに街中を歩いていたら、前からアーリュセリアが歩いてきていて俺を見つけると走って近づいてきた。嬉しそうな顔で近づいてきたアーリュセリアの気持ちは分かっていたが、俺には答えるつもりもなかったので穏便に躱そうとした。だがそれで遠慮するような女は俺の周りにいるはずも無く、アーリュセリアももれなく俺の腕を絡め捕り話しかけてきた。
母から言われている言葉が戒めとしてラオスに根付いているために、アーリュセリアを振り払えなかった。
シャウに名前を呼ばれたときがアーリュセリアに腕を絡め捕られた時だった。
女性には優しく、その戒めのせいで、俺はシャウに誤解されるような状況だった。
俺は久しぶりに会うシャウに驚きを隠せないでいたが、シャウの隣に立つユリベルティス殿下の姿が視界に入ってきて、会えた嬉しさよりもユリベルティス殿下が当たり前のように俺の立ち位置に居ることに憮然としてしまった。
シャウはその間にもアーリュセリアを見て驚いた顔をしたあと、アーリュセリアの腕が絡みついている腕を凝視していた。
そして、くしゃりと悲しそうに顔を歪める。
シャウが傷ついた顔をしていた。
その顔は初めて見るもので、ラオスに僅かな期待が生まれる。
だからこそ走り去ったシャウを追いかけた。だが、その先で見た光景にラオスはまた打ちのめされた。
シャウは泣いていた。その涙の意味は俺が期待した意味の涙であって欲しい。
けれど、そのシャウを慰める役目が俺でないことに、ユリベルティス殿下とシャウの距離を感じて悔しくなる。
俺はそれ以上近づけなくて、また逃げた。
逃げた俺は、決闘した時から成長していないことに少しして冷静になってから気が付いた。
シャウの傷ついた顔が頭から離れない。あんな顔をさせるためにシャウから離れたわけではない。
それなのに俺がシャウを傷つけた。
俺は何のために強くなろうとしていたのか。
シャウを護るためだったはずだ。
それなのに側を離れ、俺がシャウの心を傷つけた。シャウの側に居なくては護れるはずもないのに。
そんなことにもシャウが傷ついた顔を見なければ気づけないなんて、それこそ男として情けなく思った。
まだユリベルティス殿下には追いついていないだろう。
追いつくまではシャウの前に立てない。立つべきではない。そう思って訓練してきた。
だが、もうそんなくだらない矜持は捨てることにした。
俺にとっての一番はシャウの側でシャウの心と身体を護ること。
それ以外は元からどうでもよかったはずだ。
──そうか、ただそれだけのことだった。
そう昔はそれだけだったはずだ。
そんな単純なことに気づくのにかなり時間がかかってしまった。
ユリベルティス殿下が現れて、あまりにも力の差が歴然とした強敵に怯んで寄り道をしてしまったけれど、昔も今も俺にとっての生きる意味はシャウを護ること。
それだけが俺の信念だと今なら言い切れる。
気持ちがすっきりと晴れると、あとは行動あるのみだ。
シャウに側に居ることを許してもらい、俺の想いを告げる。
そして、必ずユリベルティス殿下に勝つ事を誓う。
それを側で見ていて欲しいと願おう。
ラオスはさっぱりとした顔つきになり、真っ直ぐ前を向くことが出来た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる