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第1章
閑話 イラザの決意
しおりを挟む決闘の日、俺はユリベルティス殿下に負けるなんて欠片も思っていなかった。
一度手合わせしたときもそれ程実力差を感じなかったから、楽勝だと思っていた。
ユリベルティス殿下がこちらを挑発してきた、獅子族の力を使って圧勝してみせる。
そして始まった決闘が、俺の予想と真逆になったことに驚いた。
俺よりも先にラオスが試合することになり、ラオスで決着が着いてしまうかと仕方なく眺めていたら、ラオスの攻撃があっさりと躱されてしまった。そして、その後繰り出された流れる剣技がラオスを掠める。
その一撃を見て、一瞬で理解できてしまった。
今の一撃はラオスを捕らえることが出来たのにわざと掠めたのだと。
それが解ってしまった俺は食い入るように試合を見つめた。
実力差は歴然としていた。
ラオスは勝てない。
俺も勝てない。
だが、それでも決闘を止めることは出来ない。
敵前逃亡などしてしまったら、獅子族の誇りまで穢してしまうことになる。
それだけは出来なかった。
〖俺達は負ける〗
これは揺るぎない事実になるだろう。
だからこそ、無様な負け方だけはしたくない。
例え一撃だけでもユリベルティス殿下にあっと言われるものをおみまいしたい。
少ししてラオスが負けた。
──次は俺の番だ。
模造剣を構え、剣先を揺らす。
こんな小手先の技など通用しないかも知れない。
それでも、一撃だけでもユリベルティス殿下に入れる為に隙を窺う。
一瞬隙が生まれた。その僅かな隙に、身体の方が先に反応していた。
一撃を繰り出したあと、反撃をされる前に押し切るように剣を繰り出し続ける。
けれど全ての剣技を受け止められ、弾かれたあとにラオスにトドメを刺したあの流れるような鋭い一閃が喉に突きつけられていた。
ユリベルティス殿下を見れば余裕の表情で、俺を観察しているようだった。
これは俺の力量を測るために、わざと隙を作って攻撃させたのだろうと推察出来た。
そんなことが出来てしまう実力を見せられ、完全なる完敗といえた。
力の差は実際に戦ってみた方がより感じた。
ユリベルティス殿下の助言にも耳が痛くなった。
小細工でどうにか一撃だけでもと思っていたのがバレバレである。
はぁ、すべて見抜かれているとは恥ずかしい限りだ。
勝負が決まった後は、静かに訓練場を後にした。
今の俺ではシャウの前に立つ資格がない。ならば、最速でその権利をもぎ取るために行動を開始しなければならない。
ウルガのところに行くとラオスも来ていて、俺と同じ事を頼んでいた。
まあ、当然そうなるだろうと思っていた。
ラオスと共にガルアさんやウルガにズタボロにされる日々が続く。
着実に力がついていっているのは分かっていた。けれど、ユリベルティス殿下との差があまりにもあり過ぎているために、なかなかに時間がかかっている現状にシャウと会えない俺の心がシャウを求め始めていた。
自分からけじめをつけるためにシャウから離れたのに、ウルガから聞かされるシャウとユリベルティス殿下との話に嫉妬心が湧き上がる。
焦りが理性を蝕み始め、苛立ちが心を覆っていく。
そんな中、研究室でターニヤさんと治療室のミイシアさんから頼まれた魔道具の最後の調整を行っていた。
「こんにちは、ダブじい、魔道具取りに来たよ」
シャウの声が耳から脳に染みこみ、心を満たしていく。
シャウに会うことを控えていた俺は、偶然の再会に心が躍った。
が、次の瞬間ユリベルティス殿下が視界に入り、嫉妬の焰が心を焼く。
目が眇まるのを感じながら、取り繕うようにすぐに笑顔を浮かべる。
シャウが魔道具を取りに来るとは思わなかったけれど、少し話が出来るかもしれない。
シャウ禁断症状が出始めていた俺は、少しでも時間を作るためシャウに待ってもらうことにしてターニヤさんと魔道具の調整を進めた。
すると、魔道具が火花を飛ばし始めた。
危ないと思ったときには破裂していた。
瞬間、シャウを護ろうと動いたイラザの目に映ったのはユリベルティス殿下がシャウを庇っていた姿だった。
悔しさに唇を噛みしめ、俺はターニヤさんを庇う方に変更した。
爆発音も鳴り止み、魔道具を確認した俺はユリベルティス殿下と視線が合う。
勝ち誇ったように見えるユリベルティス殿下が腕の中にシャウを閉じ込めている姿に悔しさが込み上げる。
──その役割は俺のもの。
実際に目にして強く思った。
ユリベルティス殿下の腕の中にいたシャウがお礼を言うために顔を上げる。そして、ありがとうの言葉の後に俺の名前が続いて出たことに喜びが溢れる。だが、シャウを護っているのがユリベルティス殿下なのは変わらない。
その事実に心に重しが入ったように苦しくなる。
不安からかシャウがユリベルティス殿下の袖を握り締める姿が目に入る。そんなシャウを抱きしめて慰めてあげたくても俺の腕の中にいない事実がイラザに苦しみを味わわせる。嫉妬で歪む顔をどうすることも出来なかった。
その後、シャウに声をかけても怒っているような拗ねているような顔で視線を合わせてくれない。
どうしてなのか分からなかったけれど、それが俺の焦燥感の限界を超えて、俺の気持ちは決まった。
今はまだユリベルティス殿下には敵わないけれど、ユリベルティス殿下の腕の中にシャウがいるのを見てより実感した。
──俺はシャウのために生きてきたんだと。
だから、シャウの側で共にありたい。
そして、シャウの隣に立ちたい。
絶対に、シャウを護るのは俺でありたい。
もう離れていることは出来なかった。
けじめなどそこら辺にいる奴にくれてやる。
俺はシャウなしでは生きていけないんだ。
諦めるつもりなどもとからないけれど、シャウの気持ちがまだ俺に向いていなくとも隣に居続けることを、まずはシャウに許しを乞おう。
執着心が増してしまったことにはシャウに申し訳なく思ったけれど、諦めて受け入れてもらうしかない。
そう決意した俺の顔には笑顔が浮かんでいた。
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