【完結】追放された嫌われ魔法使いは、拾った毛玉を盲愛する

飛鳥えん

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魔法の種

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「それじゃあレネ様、あったかくして。夜までには帰るから、遅くなったら戸棚の中にパンとチーズがあるから食べて待っていて」
編み上げの靴の紐を締め直しながら、ユシウスはレネにしつこく言い含めていく。
「外に出る時は毛皮を着てくださいね。寝るならここでうたた寝したら駄目ですよ、俺いないんだから、ちゃんと部屋に行って寝るんですよ」
レネはくどくど言われたのがうるさいのか、毛布を肩から羽織りながら、追い払うように手を振った。
「はやくお行き。さっさと用事を済ませて帰ってきなさい。寄り道するんじゃありませんよ」
ユシウスは振り返ると、レネにこっちへ来てと言うように腕を広げた。
「レネ様」
渋々、レネが傍によると、いつものように胸にすっぽりと抱きしめ、頭のてっぺんに頬ずりする。これで帰ってくるまで匂いが消えないはずだ。出かける時は、こうしておかないと落ち着かない。
「すぐ帰ってきますね。お土産も買ってくるから楽しみにしていて」
「……少しなら、レオニールたちと会ってきてもいいですよ。せっかく街に行くのですから」
驚いて腕の中のレネを見下ろす。しみじみと声に出していた。
「レネ様……成長しましたねえ」
「わたくしはお前より百歳は年上ですよ……ふん、もうお行き」
「はい。行ってきます、レネ様」
頬に軽く口づけてから、身体を離した。レネはしかめ面をしている。まだこの挨拶には慣れていないようだが、外ではこれが普通なのにレネ様は知らないんですか?と言うと「それくらい知っている」と言い返してきたので、合意は得ている。


ユシウスを送り出してから、レネリウスはほっと息をついた。
最近のユシウスは身体が大きくなり、力も強い。あまり強くぎゅっとされると、息が詰まってしまう。
(嫌ではないので、別にいいんですけれど)
あったかいし、今までレネリウスにここまで近づいたり触れたりする生き物はいなかったから、別に、嫌ではない。
(……順調に血肉に馴染んでいますね)
身体を密着させると、魔力のめぐりがよく分かる。
せっかく見つけたを、たった10年かそこらで失くしたら嫌なので、とっさに名前と苗字を与えて自身の寿命を分けた。うまく馴染んで、命の火が煌々と力強く燃えているのが分かると心から安心できる。だからくっつくのは……嫌ではない。

ぽつ、と窓硝子に水滴が当たった。
「また濁り雨……あの子が濡れてしまいますね」
せっかくのほかほかした気分が台無しだ。頭痛がしてきたので、揺り椅子に座ろうかと思ったが、ユシウスの言葉を思い出す。
(寝ても運んでくれるユシウスがいない……仕方ありません)
怠い身体を叱咤して、二階の寝室に向かった。

目を覚ました時、レネリウスはすぐに異変を感じ取った。
(人間の気配……!?)
そんな馬鹿な、という思いと、間違いない、という確信がせめぎ合う。
ユシウス以外に、ここへ入って来られる人間がいるはずない。そして侵入者の気配をぎりぎりまで探知できなかったことが、レネリウスの神経を逆なでした。
(なんて迂闊な。10年前のわたくしが見たら呆れるでしょうね……)
まさか宮廷の、アステリアの差し向けた敵ではないか。万が一にもトエリ村の人間なら、前回の件もある。
大怪我を負ったユシウスの姿が脳裏に蘇り、レネリウスの身体から黒い靄が立ち上るが、それはすぐに霧散した。
(あの子が留守で良かった……誰か知りませんが、よくも勝手にこの家に……わたくしとユシウスの家に)
レネリウスは足音を立てずに階段を降りると、気配を探りながら、書斎へと向かった。

カシャン、とつま先が何かを弾いた。
レネリウスが屈みこんで拾うと、真鍮製の小物入れだった。蓋が開いて、中身が床に零れたのか空になっている。
書棚にしまっていた宝物の一つが無残にもごみのように放り投げられた事実がに、レネリウスは身震いした。
そして書斎に立ち尽くす侵入者もまた、レネリウスとは真逆の理由により震えていた。

「それ以上こっちに来ないで!」
甲高い女の声に踏み出した足を止める。
「前にも会いましたね。なぜここに? それにこの部屋の有様……わたくしとユシウスの家に無断で入っただけでも許しがたいというのに……なにを」
レネリウスははっとして口をつぐんだ。うすい魔力の気配が、目の前の人間から漂ってくる。それはよく見知ったもので、目が見えなくとも間違うはずはない。
「それが何だか分かっているのですか」
地を這う声で問いかける。ロザンナはびくんと震えたが、ユシウスの言葉を思い出して、眼前にそれを突き出した。羊皮紙には古い言葉で、ユシウス・ザラの名前が刻まれていた。
書斎の金庫には壁にかかった絵画の後ろのくぼみにあった。そこを探し当てるまでに、ロザンナは部屋中をひっくり返す羽目になったが、時間がなかったためそうする以外に無かったのだ。
手に入れた羊皮紙は、ユシウスの言った通り効果をもたらした。
「寄越しなさい。今回は見逃して差し上げます。あなたにとっては、ただの紙切れでしょうが」
「知ってるわ、ユシウスを繋いでおくための契約書でしょう? これがなければ、あんたから自由になれるって、ユシウスが言ったんだもの!」
「……は?」
レネリウスの顔から表情が抜け落ちた。

ユシウスが?この人間の小娘は何を言っているのだろう……?
「そんなこと、言うはずがない……ユシウスは、あの子は、そんな……わたくしに」
唇がわななく。声がみっともなく震えた。
「よくもそんな嘘を」
「嘘じゃないわよ。あんたから解放されたら、私と一緒に来て、願いを聞いてくれるってね。そのためにこれを持ちだすよう頼まれたんだから」
レネリウスは頭を振って耳に入る言葉を否定した。
(そんなはずない。あの子が……だって今朝も、すぐ帰ると、土産を持って帰ってくると……わたくしを抱きしめていつものようにそう言って)
「……それを返しなさい。わたくしの物だ……返せ」
レネリウスの背後から黒い靄が立ち上り、それは一瞬のうちに部屋を覆った。外の日差しが遮られ、真昼なのに夜のとばりが下りたように暗くなる。
「ひ、……いやっ」
ロザンナがとっさに掴んだのは机の上の文鎮だった。重みのあるそれを思い切り投げ付けると、魔法使いのこめかみをかすり、壁にぶつかって鈍い音を立てる。
うめき声がして、レネリウスはたじろいだ。こめかみから血が流れている。
その隙をついて、ロザンナは彼の横を駆け抜け、小屋の出口へと走った。
「っ、待ちなさい!」
追いかけようとしたが、どういうわけか、足が動かない。レネリウスは、こんなかすり傷でどうにかなるほど弱っているのかと愕然としたが、そうではなかった。
自身の足に、何かが巻き付いている。それに触った瞬間、息を呑んだ。
「なぜこんなものが、ここに」
床にへたり込んだまま、無我夢中で足のそれを引き千切ろうとしたが、固く、しかも無数の棘が皮膚に食い込んで、たちまち痛みとともに頭の奥が痺れていく。
(種ごと魔法の炎で灰にしなくては……!)
しかし意識が朦朧として、思考が霞んでいく。それに炎を起こすほどの力も、もう残っていなかった。
(ユシウス……そうだ、ここから離れないと、あの子まで巻き込んでしまう)
最後の力で床を這い、出口へと向かう。森の結界が機能していないということは、ここはもう安全ではない。ユシウスに伝えて、伝えて……その後は……?
小屋から這い出ると、足を血まみれにしたまま、よろよろと森の奥へと向かう。
何度も倒れ込み、そのたびに爪で地面を引っ掻くようにして前に進んだ。もはや自分がどこに向かおうとしているのすら分からない。
ユシウスが迎えに来るまでどこかに隠れなくては。
(迎えに来てくれると思うのか?)
自身の声が、残酷に問うてくる。
(あの娘の言ったことが本当なら、ユシウスは来ない。なぜならお前を嫌っているから)
「ちがう、ちがうっ……黙れ!」
蔦が徐々に身体を這い上がり、棘が胴体に食い込んでいく。
(どうして好かれてるなんて思ったんだ?一族の誰からも、その醜さゆえ遠ざけられてきたくせに)
「ユシウスは、きれいだと」
頭の中にこだまする声がせせら笑った。
(だってあの子はお前と違って魂を見えるわけではないだろう!外の皮だけ見て、お前の機嫌を取るために言ったに決まっている。そんなことも分からず、お前を嫌っているやつを縛り付けて、さぞ憎まれていたろうさ!)
レネリウスは目隠しの下で涙をこぼした。眼球がないのに、なぜ涙が出てくるのかと、ぼんやりとした頭で思う。
否定したいのに、さっきから頭がくらくらして、声の言うことが何もかも正しくて、今までの自分の行いが何もかも間違っているという気がしてならなかった。

「本気で俺があんたみたいな魔法使いと一緒に居たいなんて思うわけないだろう」
今度はユシウスの声が、頭の中に響いた。
はく、はくと口を動かすが、言葉が出てこないばかりが呼吸さえ荒くなってきた。
狼狽しながらも、何かの間違いだと、ユシウスの気配を探って手を伸ばした。
「ほかに行く宛がなくて、仕方なく機嫌を取ってただけだ。でなきゃこんな気味悪い森で、あんたみたいな高慢で偉そうな奴と住むもんか」
あざ笑う声は、聞いたことがないほど冷たく、直接心臓を抉る。さ迷わせていた手から力が抜けてだらんと垂れた。
「うそ、嘘、ユシウス、黙って」
「また命令か。ガキの頃からさんざん侮辱しやがって。お前ら魔法使いのせいで、獣人が奴隷身分に甘んじるしかないんだ」
ユシウスがこんな乱暴な言葉をレネリウスに向けるはずがない。
耳元で、ユシウスの声が囁いた。
「お前は醜い。だから誰からも好かれないし、この先もずっと一人ぼっちだ。……俺も」
泣きながら、耳を覆う。
「お前なんか初めから、大嫌いだった」
その言葉を聞いた瞬間、レネリウスの意識の一切が、闇に沈んだ。
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