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トレードガチャ~水子の星~
しおりを挟むここは水子の星。地球と月の真ん中あたりに浮かぶ小さな星です。流産、死産で生まれることのできなかった子、生まれても長くは生きられなかった子、それから中絶で命を絶たれてしまった子たちの魂が集まる星です。
水子なので、親に名前をつけてもらえなかった子も多いのですが、名前のない水子には神さまが名前を与えていました。
長く生きることのできなかった水子たちは、せめて早く生まれ変われるようにと神さまから月に一度、月命日に「いのちのガチャポン」を回すように命じられていました。水子たちはいのちのガチャで当てた命に望めば、すぐに生まれ変わることができました。人間に生まれ変わらない限り、命を全うする度に何度でも魂は水子の星に戻ってきて、生まれ変わる権利を与えられました。
人間に生まれ変わり、天寿を全うできた水子は、他の人間と同様に水子の星ではなく、死者の星に向かいます。死者の星でも「いのちのガチャポン」はありましたが、月に一度の月命日ではなく、一年に一度の命日にしか挑戦することができなかったため、いつでも気軽に生まれ変われる水子とは違って、貴重なチャンスでした。
特定の人間になることを望み、その人間に生まれ変わった水子も亡くなれば、死者の星に行くことになりますが、「いのちのガチャポン」を回す権利は与えられず、二度と何者にも生まれ変わることはできないまま、死者の星で彷徨い続ける運命でした。
ある日、水子の星に新たな水子の魂がやって来ました。それは海鈴という母親の元で、流産で亡くなってしまった雪音という名前の水子でした。雪音の元へひとりの水子の魂が近づいてきました。
「おまえは名前があるのか?」
「はじめまして。うん、名前は雪音だよ。」
「雪音か…神さまにつけてもらったのか?」
「ううん。お母さんが雪音って名付けてくれたんだ。ぼくは生まれる前にお母さんのおなかの中で死んでしまったけどね…。」
雪音の話を聞いた水子の魂は急にため息を吐いて、ぶっきらぼうに言いました。
「おまえはおれと違って、恵まれている方の水子なんだな。おまえとは仲良くなれそうにないや。」
「どういうこと?恵まれている水子って何?水子に違いなんてあるの?」
「おまえは新入りみたいだから、教えてやるよ。水子には三種類の水子がいるんだ。ひとつはおまえみたいに母親のおなかの中で死んで流産した命、二つ目は生まれたけど、死産だった命や長くは生き延びられなかった命、そして三つ目は、おれのように、母親の都合で抹殺されてしまった命さ。流産、死産はそもそも長くは生きられなかった命で、親は関係ないから仕方ないと諦めもつくけど、親の事情で中絶させられた命は、本当はもっと長く生きられるはずで、生まれることのできたはずの命なんだ。だから中絶で水子になったやつらは、親を恨んでいるやつも多いし、流産、死産で亡くなった水子のことは好きになれないってわけ。おまえらは親に殺されなかった分、恵まれた水子だから。しかも名前までつけてもらって…愛された証じゃん?」
中絶で水子になった魂は雪音に向かって、淡々と説明しました。
「なるほど…言われてみれば、たしかに水子ってみんなが同じ事情で死ぬわけではないよね。そっか…ぼくは恵まれている方の水子だったんだ。でもそんなこと言ったら、水子にならずにちゃんと生まれて寿命を全うできた子なんて、ものすごくラッキーで恵まれていることになるよね?」
「あぁ、そうさ。水子になったことのないやつらは分からないだろうけど、親に愛され、無事に生まれて、寿命が尽きるまで長生きできた命は恵まれすぎているよ。幸運で奇跡的だということを実感して生きているやつなんてそんなにいないから、余計腹が立つよ。おれは母親を恨んでいるけど、のほほんと生きている他の人間も嫌気がさすぜ。だからなるべく酷い目に遭わせることのできる存在に生まれ変わっているんだ。台風とか、毒虫とかな。けっこうそういうガチャ当てるのが得意でさ。」
「そうなんだ…きみはお母さんや生きている人間を恨んでいるんだね。まさか…生まれ変わって、命を殺したりはしていないよね?」
「さすがに殺すような真似はしていないよ。生まれ変わって命を奪ったら、もう二度といのちのガチャをさせてもらえないらしいから。おれは何度でも生まれ変わって、生きているやつらにいたずらしたいし、母親に仕返ししたいからさ。」
中絶によって水子になった魂は笑いながら言いました。
「そうなんだ…。きみって少し悲しい存在だね。恨みをはらすために、生まれ変わっているなんて。ぼくは…できればお母さんに会える命に生まれ変わりたいな。お母さんに気づいて喜んでもらえる花とか、鳥とかになりたい。」
「おまえは恵まれた水子だから、そんなお気楽なことを考えられるんだよ。まぁ、せいぜい何度でも生まれ変われる命を楽しむといいよ。ちなみにおれは神さまから、かなたって名前をもらって、かなたって言うんだ。ガチャはトレードできるから、もしもサメとかワニとか生きているやつらに恐怖を与えられる命を引き当てたら、交換してくれよ。おまえには野花とか小鳥とか、無害でかわいらしい命をくれてやるからさ。」
かなたという名前の水子は雪音にそう言うと、どこかへ去って行きました。
それから雪音は月命日の度に挑戦できる、いのちのガチャポンで引き当てた、様々なものに生まれ変わりました。朝日の一射になって眠っている海鈴を起こしたり、そよ風になって海鈴の長い髪を揺らしたり、海鈴の側に咲く可憐な花になったこともありました。海鈴は泣いていることが多く、どうにかして励まして笑顔にしたいと考えたのですが、人間以外の存在に生まれ変わっても母親にしてあげられることは限られていました。ガチャポンが好きな母親のために、できることなら母親の好きなキャラクターのゆきのこになって、ガチャのカプセルの中に入りたいとも思ったのですが、生きている命ではないため、それに生まれ変わることはできませんでした。やはり、人間を当てて、母親の元でもう一度生まれることのできる命になりたいと雪音は強く願うようになりました。
早く人間に生まれ変わりたいと願っても、そう容易く人間を引き当てることはできないまま、時は流れました。
ある時、雪音はいのちのガチャで虹を当てました。虹も人間の次くらいに当たる確率の低い存在で、レアな命でした。雪音はお母さんにきれいな虹を見せてあげるのもいいかもしれないと考えましたが、やっぱり虹より人間を当てたかったなと少し残念に思っていました。そこへ雪音が虹を当てたと聞きつけ、かなたがやって来ました。
「雪音、虹を当てたんだって?」
「うん、今回は虹が当たったよ。人間じゃなくてちょっと残念だけど…虹もレアだからうれしいよ。」
かなたは周囲に他に誰もいないことを確認すると、小声で言いました。
「あのさ、おれ…実は人間を持ってるから、虹と交換してくれない?」
「えっ?かなたくん、人間を当てたの?すごい!人間になって思い切り、いたずらすればいいじゃない?どうして虹なんかに…。虹じゃあ悪さはできないと思うよ?」
雪音は何度も生まれ変わって、母親に仕返しをするかのようにいたずらばかりしているかなたがなぜ虹をほしがるのか、不思議で仕方ありませんでした。
「交換してもらいたいから、本音を話すけどさ…。おれ、母さんの近くで悪さばかりしているうちに気づいてしまったんだ。母さん、自分の都合でおれの命を始末したくせに、後悔して未だに泣いているんだよ。今さら、神さまがくれた名前と同じ、かなたなんて名前をつけて、おれのこと思ってくれていることを知ってしまったんだ。殺した後に泣くくらいなら、産んでほしかったよ。おれだってほんとはちゃんと生まれて母さんに会いたかったのにさ…。」
「お母さんに会いたいなら、かなたくんが当てた人間の命を使って、神さまにお願いしてかなたくんのお母さんの元へ生まれ変わらせてもらえばいいじゃない?どうして人間より虹をほしがるの?」
雪音はかなたが母親を恋しがっていることは分かりましたが、なぜ人間より虹をほしがるのかはまだ疑問でした。
「おれさ…今まで母さんに仕返しするように、たくさんいじわるしてきたんだ。ヘビや蜘蛛や蜂になって驚かせてみたり、ブヨになってたくさん血を吸ったり…。雷になって怖がらせたこともあったし、雹になって痛い思いをさせたこともあった。小さな竜巻になって、母さんを直撃した時、母さんが逃げる時、落としたものがあって。おれが母さんのおなかの中にいた時のエコー写真を使って作ったキーホルダーをおれは見つけたんだ。おれの命を自分の都合で奪ったくせに、成長することのないエコー写真なんかを未だに大事にしてるのかよって思ったら、愚かな母親なのに妙に愛しく思えてさ…。そのキーホルダーを返したくて、野良猫になってキーホルダーを咥えて、母さんの家の周りをうろうろしていたこともあった。その時、母さんはおれに気づいてくれて、失くした宝物を届けてくれてありがとうって撫でてくれたんだ。ずっと母さんに撫でてもらいたかったから、本当にうれしかった。野良猫としてしばらく側にいたけど、寿命が尽きて、今度から何かに生まれ変わったら、母さんにいたずらするんじゃなくて、喜ばせて笑顔にさせてやりたいって思うようになったんだよ。だからなるべく母さんが喜んでくれる存在になりたくて。母さん…虹が好きみたいだからさ。だから、虹になって見せてやりたいんだ。いろんな悪さをしてしまったから、しばらくは花とか鳥とかになって、母さんを喜ばせてから、最終的にいつか人間になれたらいいと思ってるんだ。さんざん母さんを苦しめてしまったから、今はまだ人間になる資格、おれにはないからさ…。それに、特定の人間になることを望まずに、すぐにこの当てた人間の命に生まれ変わったら、元の親たちの記憶はおれの中から消されてしまうらしいし…。おれの命を捨てたろくでなしの母さんだけど、忘れたくないんだ。なぜか忘れたいとは思えないんだよ…。」
すっかり改心した様子のかなたは雪音に本音を話し、真剣な気持ちを伝えました。
「そうだったんだね…。かなたくんもかなたくんのお母さんも本当はやさしい人だったんだね。いたずらしているうちに、かなたくんがお母さんの愛に気づけて良かったよ。そういうことなら遠慮なく、かなたくんが持ってる人間とぼくの虹を交換してもらおうかな。ぼくは…特定の人間、つまりお母さんの元へもう一度生まれ変わることを望むから、お母さんの記憶を失くさずに済むけど、もう水子ではいられなくなって、今度死んだら死者の星に行くことになるし、もう二度と生まれ変われない。つまりかなたくんとはしばらくもう会えないかもしれないけど、かなたくんのことは決して忘れないよ。ぼくとお母さんを再会させてくれる恩人だもの。」
雪音は少し寂しそうに微笑むと、虹の命が入っているガチャのカプセルをかなたに差し出しました。
「ありがとう、雪音。おまえと最初に出会った時、おれは水子には三種類いるなんて教えてしまったけど、そんなのほんとはなくて、みんな同じ水子なのかもしれないって気づいたよ。子どもは親を選べないし、親も子どもを選べなくて、命は不平等に思えていたけど、本当は平等なのかもしれない。親にどんな都合や事情があっても、親子として命が結ばれたら、きっとそれは途切れることはなくて、それがたとえ一瞬であったとしても、お互いにお互いの命を欲して、愛し合える瞬間はあるんだって気づいたから。流産や死産で悲しむ親がいるように、中絶だとしても、親は悲しむし、子どもを愛してくれるものなんだって信じたくなったんだ。ずっと憎んでいた母さんのこと、信じてみたくなったんだ。愛を教えてくれたから…。まぁ勝手な親なんだけどさ。おれも…おまえのこと忘れないよ。いつかまた人間を当てて、母さんの元に生まれ変われたら、おれも二度と生まれ変わることはなくて、死者の星に行くから、その時はまたよろしくな。愚かな母さんを選んで、最終的には母さんの子になる予定だからさ…。雪音が交換してくれるおかげで、おれはまず虹になって、母さんを笑顔にしてあげることができるよ。ほんとにありがとう。」
かなたも微笑みながら、人間の命が入っているカプセルを雪音に差し出しました。
こうして水子の雪音とかなたは、それぞれなりたかった存在の人間(海鈴の子)と虹に生まれ変わりました。雪音の命が再び海鈴の子宮に宿り、心拍が動き始めた時、空には大きな虹が架かっていました。見事な虹に気づいた海鈴が足を止めると、近くでは、かなたの母親の遥香(はるか)が立ちすくんで虹の架かる空を見上げていました。
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