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天使到来
3 召喚前にいた所
しおりを挟むひょんなことから本物の天使イリディウスを召喚成功してしまってから、ラグナは半分冷静に、半分パニック状態のままだった。
「晩飯作るけど、なんかアレルギーとかある?」
「…?」
何とはなしに聞いた問いかけに疑問顔で返されたラグナはしまった、とバツの悪い顔になった。母を病で亡くし、父は工場の事故で死んで以来施設で育った彼は年下の子供たちの面倒を見ていた。料理係りにもなっていた彼は、そういう面に気を配るのが当たり前になっていたのだが。
(天使に食物アレルギーなんてあんのかよ…てか飯食うんだろうか?)
ボロボロな姿で召喚されたイリディウスは今も上半身は包帯グルグル巻き、下半身はラグナの下着のトランクス一枚履いただけで逞しく長い両脚にも包帯が巻かれていた。どこもかしこも傷だらけ。明らかに何がしかの戦いの最中だったところをここに召喚された天使は、召喚される直前まで何してたか尋ねても答えることは無く。今はラグナの壁一面埋める蔵書を眺めては時折手に取って、そして戻していた。
大きな逆三角形のその背中には今はあの大きな翼はない。力無く下がったままの右腕も、一度も本を持ち上げる素振りは見せない。
(やっぱり、右腕動かないんだな…)
「ほら、大したもんじゃないけど。腹の足しにはなるだろ」
2人分の炒飯を作り、2枚の平皿に持ったラグナはダイニングテーブルに置くとイリディウスに声をかけて座るように促した。
「私は食物を食べない」
「そうかい、じゃあ何を食うんだ?」
「陽光を翼に浴びる」
「日光浴? 光合成で動けるのか? そりゃ羨ましいな。でも今は夜だ。陽はないし…昼間でもそのでかい翼で日光浴されるのはちょっと…対策した方がいいな…」
炒飯を食べながら自分の住まいの窓の外を見ながらラグナは少し困り顔になった。なんせここは田舎。ラグナの家は閑静な住宅街にあるが、過疎化が進み空き家が多く不法占拠者もいる。どこに人目が潜んでるとも限らない。
「その心配はない、君が私を用済みだとすれば天界に戻る。何でもいい、何か私に願い事をしろ」
「何だかランプの魔神みたいだね」
「君が戻し方を知らないと言ったからだ。試してみろ、呼び出したように」
「うんん…まぁそうだけどさ。それよりも先に飯食っていい? あと座ってもらえると嬉しいかなぁ」
炒飯をかき込むラグナの真横に立ったまま見下ろしてくる天使の物理的威圧感はすごい。それを本人は気付いてないようで、ラグナに言われてやっと向かいの椅子に腰掛けたが、目の前に置かれている炒飯には手をつける様子はない。それどころか食事するラグナを珍しいものを見るようにジッと見つめてくる。
「…あー、じゃあ、飲み物は? お茶とコーヒー…水でも」
「いらん」
「あ、そう…」
施設で暮らしてたのは18歳までだったが、そこを出てから10年。ずっと1人暮らしで在宅ワークをしていた彼は、自宅で誰かとさし向かいで食事をすることがなかった。外食もするがそれも大概1人だ。施設暮らしの時は騒がしい程で、プライベートもない集団生活だったから静かな今の生活は気に入っていた。
(願いごと…何だろうなぁ。特にないんだよなぁ)
目の前に座る美丈夫が無遠慮に見つめてくるから、最初は炒飯が残り僅かになった皿の上に視線を落として誤魔化していたが、今その炒飯も全て自分の胃の中に収まってしまった。気を逸らすアイテムを失ったラグナは茶を飲み干すと、真正面にいる天使を見た。自分の想像するイリディウスとは真逆と言っても良い姿だが、惚れ惚れするほどに美しい男だった。人間の年齢にすれば30代後半ほどだろうか。落ち着いた大人の男性の色気を纏うイリディウスは、下ろしてた前髪を今はかきあげるように後ろに流していて余計に生真面目な表情が際立ち、近寄りがたい雰囲気を作っている。だが、第一印象から不思議と信頼感を与えるタイプだった。初めて会ったにも関わらず、存外一緒に同じ空間にいても緊張しない、居心地の良さを感じる。
(天使だからなのかなぁ…不思議だ)
「決めたか? 願い事」
ぼんやり思考に耽っていたら、目の前にいた彫像のような天使が口を開いた。願い事。浮かばない。でもさっきから催促するに、帰りたがっているのだろうと予想は付く。酷い怪我を負っていたのだ、天界の方が腕の良い治療天使もきっといるだろうし、そりゃ帰りたいだろう。ひょっとしたら、治療待ちの時に呼び出してしまったのかも…? ラグナは突然の来訪者に対して急に罪悪感を覚え出して、急いで願い事をすることに決めた。
「わかった、んじゃ俺の願い事言うね」
「あぁ」
「このお皿を片付けて欲しい」
先ほど完食した自分の皿を指差しながら言えば。目の前の美丈夫は一瞬ハ?と目を丸くした。
「えー、と。皿をそこのシンクに置いてくれたら、俺の願い事はおしまい! はい、やって」
追い立てるようにラグナが身振りでイリディウスに言うと、やっと動き出した天使は皿を手に取ると言われた通りにシンクに置いた。これでラグナの願い事は完了である。シンク前に立ったままの天使と、ダイニングチェアに腰掛けたままのラグナは互いに目を合わせて変化が起きないか待った。何か、召喚したような発光と共にイリディウスの姿が光に包まれて消えるのを待って。でも、一向に待っても光もしなければ消えもしない。
「…う~ん、ダメそうだね…」
「真面目にやってくれないか」
「真面目だよ! 失礼だな…早く君を天界に戻したいのは俺だって同じだぞ? 戻ればその怪我も治るんだろう?」
「いいや」
「ハ?」
「戻れば元いた場所に出るだけだ」
「…それって、どこ」
「答える義理はない」
ラグナは嫌な予感がした。傷だらけの身体を見たが、それは古いものもあれば真新しいものもあったのだ。戦いの最中だったとでも言うように。
「戻ったらまた傷だらけになる?」
「それは君が考える必要のないことだ」
「戦ってる最中だよね?そんな酷い傷だらけで… 喧嘩とかしてたの? 天使って喧嘩する?」
「多少はな」
「でも喧嘩でその…羽根もいだりなんかしないよね? ひょっとして…戦争、とか? 誰かと一緒に戦ってるところだった?」
「いや」
「戦ってないのに傷だらけだったって? ええ~、じゃあ何…」
「私は捕虜だ。戦いに負けて拷問の最中だった」
「帰るの無し! 無し! ダメ!」
ラグナの問いかけにうんざりしたように答えたイリディウスの衝撃告白は、普段声を荒げないラグナが久々に大声を出すものだった。
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