『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第1章 追放

1-4:さようなら、こんにちは私の研究室

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ソフィアの、あまりにも潔い、そして完璧すぎるカーテシーは、アルベルトのプライドを決定的に傷つけた。
彼は、ソフィアが泣き叫び、「嫌です!」「誤解です!」とみっともなく命乞いをするところを想像していたのだ。それを大衆の前で「もう遅い」と切り捨て、聖女リリアとの「真実の愛」の引き立て役にするつもりだったのだろう。
だが、ソフィアは最後まで「完璧な侯爵令嬢」のままだった。涙を流しながらも、その態度は気高く、アルベルトの断罪がまるで茶番であるかのようにさえ見せていた。
(なぜだ! なぜこいつは、この期に及んでまだ、そんなに堂々としていられる!)
アルベルトの焦りと怒りが、彼の理性を焼き切った。
「……っ、この、反省の色も見せぬ女め!」
逆上したアルベルトが、激情に任せて叫んだ。
「婚約破棄だけでは生ぬるい! 貴様のような悪女を、この王都に置いておくことすら許さぬ!」
(……よし!)
ソフィアは心の中でガッツポーズをした。完璧な誘導。彼はこちらの掌の上だ。
「ソフィア・フォン・クライネルトに、国外追放を命じる!」
アルベルトの宣言に、大広間が今度こそ凍りついた。
シン、と音が消える。さっきまでのざわめきが嘘のようだ。シャンデリアの光だけが、時が止まったかのような空間で無慈悲に輝いている。
婚約破棄だけでも前代未聞のスキャンダルだ。それが、侯爵令嬢の、それもクライネルト家の令嬢の「国外追放」?
もはや正気の沙汰ではなかった。
「で、殿下、お待ちください!」
「いくらなんでも、クライネルト侯爵家が黙っておりませんぞ!」
「国王陛下の御裁可もなしに、それは……!」
一部の冷静な貴族たちが慌てて止めようとするが、アルベルトはもう止まらない。彼は自分の「正義」に酔いしれていた。
「黙れ! これは王命だ! この私と聖女リリア様への反逆は、王家への反逆とみなす!」
彼は、ソフィアが今度こそ絶望し、震え上がることを期待して、さらに言葉を続けた。最も残酷な追放先を選ぶことで、自分の権威を示そうとした。
「貴様の追放先は、『霧深き森』だ! 魔物の巣窟であるあの森で、己の罪を悔いながら朽ち果てるがいい!」
『霧深き森』。
その名が出た瞬間、貴族たちの顔から血の気が引いた。数人の令嬢が「ひっ」と息を飲み、中にはその場に卒倒しかける者までいた。
国境に広がる、一度入ったら二度と出られないと言われる禁断の森。強力な魔物が跋扈し、古代の呪いが残るとされ、そして何より、毒性のある未知の植物が生い茂る、死の土地。
それは、事実上の「死刑宣告」に他ならなかった。
だが、ソフィアは。
(霧深き森……!)
その言葉を聞いた瞬間、彼女の心臓は、先ほどとはまったく違う意味で、激しく高鳴っていた。
(魔物の巣窟? 古代の呪い? 毒性のある未知の植物? ……最高じゃない!)
前世の記憶でも、現世で読んだどの文献にも載っていない、未知の薬草、希少なハーブの宝庫。
生態系の頂点に君臨する魔物。その魔物の素材から、どんな薬が作れるだろう。古代の呪いとは、もしかしたら未知の菌類やウイルスのことではないか? 毒草があれば、それを解析して解毒剤が作れる。
これ以上の研究室(ラボ)が、この世のどこにあるというのか。
「……謹んで、お受けいたします」
ソフィアは、もはや喜びで震えそうになる声を必死に抑え込み、最後の返答をした。その声は、絶望のあまり感情を失ったかのように、静かに響いた。
そのあまりにも静かな受諾は、アルベルトの目には「恐怖で声も出ない」ように映ったらしい。彼は満足げに鼻を鳴らすと、衛兵に命じた。
「こいつを連れて行け! 今すぐにだ!」
両脇を屈強な衛兵に固められ、ソフィアは引きずられるように大広間を後にした。
アルベルトは勝ち誇った顔でリリアを抱きしめ、リリアは彼にしがみつきながら、ソフィアの背中に一瞬だけ、怯えとも安堵ともつかない視線を投げた。
貴族たちは、まるで汚物でも見るかのように、あるいは明日は我が身と恐怖するかのように、憐れみと恐怖の目でソフィアを見送っていた。
誰一人、彼女のドレスの袖が、計画の成功を祝うかのように小さく揺れていたことにも、その口元に浮かんだ微かな笑みにも、気づく者はいなかった。
***
ガタン、ゴトン。
王都の美しい石畳の道から、やがて舗装されていない土の道へ。
馬車の揺れが、容赦なく体を打ち付ける。
ソフィアが乗せられたのは、罪人を護送するための、窓に鉄格子がはまったオンボロの馬車だった。カビ臭い干し草の匂いが鼻をつく。
あれほどの手間と金をかけた華やかな卒業パーティーのドレスは、もはや泥と埃にまみれていたが、そんなことはどうでもよかった。むしろ、動きにくいコルセットとパニエを、今すぐにでも引きちぎりたい気分だった。
「……ふふっ」
どれくらい走っただろうか。
もう王都の喧騒も、誰かの目もないことを確認し、ソフィアは堪えきれずに笑い声を漏らした。
「あはは、あはははは!」
狭い馬車の中で、ソフィアは腹を抱えて笑った。涙(今度は本物の、嬉し涙だ)が出るほどに。
完璧だ。計画は完璧以上に進んだ。
婚約破棄、ゲット。
国外追放、ゲット。
そして、最高の研究フィールド『霧深き森』への片道切ップ、ゲット!
「さようなら、退屈な王宮。さようなら、愚かな王太子殿下」
ソフィアは鉄格子の隙間から、遠ざかる王都の灯りを振り返った。
もう、あの場所に用はない。
(父様や母様には悪いけれど、あそこでは私の才能は腐るだけ。きっと、クライネルト家のほうが、私という『問題児』がいなくなって清々するはずよ)
彼女は、実家のことすらも、その合理的な思考で切り捨てた。
「こんにちは、私のハーブガーデン! こんにちは、私の新しい研究室(アトリエ)!」
その瞳は、もはや「悲劇のヒロイン」のものではなかった。
未知の植物との出会いを前に、好奇心と探求心に燃える、一人の研究者のものだった。
馬車は、ソフィアの希望という名の荷物を乗せて、霧深き森へと続く暗い道を、ひた走っていく。
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