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第2章 起動
2-4:起動、植物図鑑インターフェイス
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ソフィアは、自らの混乱をねじ伏せるように、深く息を吸った。
(何が起きたにせよ、検証しなければ始まらない。それが研究者よ)
彼女は、恐る恐る、自分の足元、小屋の石垣の隙間に根を張っていたありふれた雑草に手を伸ばした。
それは、前世の日本でもよく見かけた、スギナだった。この世界でも似たような植物があることには気づいていたが、今まではその薬効を正確に知るすべはなかった。
(以前は、触れると情報が断片的に流れ込んできた。でも、今度は……)
指先が、その緑の、節くれだった茎に触れた。
瞬間。
ソフィアの視界の右端に、フワリと、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
それは、まるで前世で遊んだゲームのステータス画面のようだった。目の動きに追従するわけではなく、視界の一定の場所に固定されている。
『——名称:スギナ( Equisetum arvense )』
『分類:トクサ科トクサ属』
『成分:ケイ素(豊富)、サポニン、フラボノイド、ビタミン群』
『薬効:Lv.1(利尿促進)、Lv.1(止血)、Lv.2(結合組織強化)』
『毒性:微弱(チアミナーゼ含有。長期・大量摂取はビタミンB1欠乏症を誘発する可能性あり)』
『採取最適期:春(ツクシ)、夏(栄養茎)』
「……すごい」
ソフィアは、息を飲んだ。
幼い頃に体験した、情報の洪水とは、質も量も段違いだった。
(前世の知識とリンクした、というのは本当だったのね。学名( Equisetum arvense )まで一致している。それに、チアミナーゼのことまで……)
前世の知識では、「スギナはミネラル豊富だが、チアミナーゼ(ビタミンB1分解酵素)を含むため生食は推奨されない」というものだった。それが、ここでは「毒性:微弱」として明確にデータ化されている。
そして、
(薬効がレベル化されている……? 結合組織強化Lv.2? ケイ素が豊富だから、皮膚や爪、髪の健康に良い、という前世の知識が、この世界では「強化」という具体的な効果として発現するの?)
だが、驚きはそれだけではなかった。
ウィンドウの下部には、さらに別のタブが点滅していた。
『▶最適調合レシピ(アンロック済):1件』
ソフィアが、「これを開きたい」と意識をそこに向けると、タブがスッと展開された。
『レシピ:止血軟膏(そくせき)Lv.1』
『材料:スギナ(生)…5g / 動物性油脂(ラードなど)…10g』
『製法:スギナを清浄な水で洗い、すり鉢でペースト状になるまですり潰す。油脂と混ぜ合わせ、均一になったら完成』
『効果:軽度の切り傷、擦り傷の止血。消毒効果(低)』
「…………」
ソフィアは、しばし絶句した。
そして、次の瞬間。
「……っ、最高じゃない!!」
彼女は、喜びのあまり、その場で拳を強く握りしめた。
(これよ! 私が求めていたものは!)
前世の知識(データベース)と、この世界の未知の植物(サンプル)。それらを結びつけ、最適な「レシピ」まで導き出してくれる、この『植物図鑑インターフェイス』。
これほどのチートが、他にあるだろうか。
前世の葉山カオリは、一つの新薬を開発するために、膨大な文献を漁り、何百回、何千回という失敗実験を繰り返し、予算申請と倫理委員会の分厚い書類と戦い、過労死した。
だが、今はどうだ?
触れるだけで、成分が分かり、薬効が分かり、あまつさえレシピまで手に入る。
(動物性油脂……ラード。さっきの牙猪を狩れば手に入るわね。すり鉢は……麻袋に、薬研(やげん)を入れてきた! 清浄な水は、目の前の小川!)
腕の茨の切り傷が、ズキズキと痛む。
(まずは、この軟膏を作って、自分の体で効果を試さないと)
彼女の思考は、すでに次の実験へと飛んでいた。
(毒草があれば、解毒剤が作れる。薬草があれば、ポーションが作れる。魔物の素材と組み合わせたら? 魔法と組み合わせたら?)
ソフィアの脳内では、研究者・葉山カオリの探求心が、喜びのあまり暴走を始めていた。
(ああ、忙しくなるわ。やることが多すぎる!)
彼女は、先ほどまでの重苦しい雰囲気の森を、まったく違う目で見た。
もはや、ただの森ではない。
そこは、彼女の知的好奇心を満たし、無限の可能性を秘めた、世界で一番広大な「実験室(ラボラトリー)」だった。
「ふふふ……」
笑いが止まらない。
(まずは、このアトリエの大掃除ね。それから、周辺の「宝物」……薬草の採取。ああ、それから、かまどの修理と、簡易蒸留器の設計もしないと! 止血軟膏の次は、虫除けスプレー、それから……!)
追放された令嬢の顔は、そこにはもうなかった。
水を得た魚のように、いや、新種のハーブに満ちた楽園を見つけた研究者のように、ソフィアの瞳は爛々と輝いていた。
彼女の、最高のスローライフ(という名の研究生活)が、今、まさに始まろうとしていた。
(何が起きたにせよ、検証しなければ始まらない。それが研究者よ)
彼女は、恐る恐る、自分の足元、小屋の石垣の隙間に根を張っていたありふれた雑草に手を伸ばした。
それは、前世の日本でもよく見かけた、スギナだった。この世界でも似たような植物があることには気づいていたが、今まではその薬効を正確に知るすべはなかった。
(以前は、触れると情報が断片的に流れ込んできた。でも、今度は……)
指先が、その緑の、節くれだった茎に触れた。
瞬間。
ソフィアの視界の右端に、フワリと、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
それは、まるで前世で遊んだゲームのステータス画面のようだった。目の動きに追従するわけではなく、視界の一定の場所に固定されている。
『——名称:スギナ( Equisetum arvense )』
『分類:トクサ科トクサ属』
『成分:ケイ素(豊富)、サポニン、フラボノイド、ビタミン群』
『薬効:Lv.1(利尿促進)、Lv.1(止血)、Lv.2(結合組織強化)』
『毒性:微弱(チアミナーゼ含有。長期・大量摂取はビタミンB1欠乏症を誘発する可能性あり)』
『採取最適期:春(ツクシ)、夏(栄養茎)』
「……すごい」
ソフィアは、息を飲んだ。
幼い頃に体験した、情報の洪水とは、質も量も段違いだった。
(前世の知識とリンクした、というのは本当だったのね。学名( Equisetum arvense )まで一致している。それに、チアミナーゼのことまで……)
前世の知識では、「スギナはミネラル豊富だが、チアミナーゼ(ビタミンB1分解酵素)を含むため生食は推奨されない」というものだった。それが、ここでは「毒性:微弱」として明確にデータ化されている。
そして、
(薬効がレベル化されている……? 結合組織強化Lv.2? ケイ素が豊富だから、皮膚や爪、髪の健康に良い、という前世の知識が、この世界では「強化」という具体的な効果として発現するの?)
だが、驚きはそれだけではなかった。
ウィンドウの下部には、さらに別のタブが点滅していた。
『▶最適調合レシピ(アンロック済):1件』
ソフィアが、「これを開きたい」と意識をそこに向けると、タブがスッと展開された。
『レシピ:止血軟膏(そくせき)Lv.1』
『材料:スギナ(生)…5g / 動物性油脂(ラードなど)…10g』
『製法:スギナを清浄な水で洗い、すり鉢でペースト状になるまですり潰す。油脂と混ぜ合わせ、均一になったら完成』
『効果:軽度の切り傷、擦り傷の止血。消毒効果(低)』
「…………」
ソフィアは、しばし絶句した。
そして、次の瞬間。
「……っ、最高じゃない!!」
彼女は、喜びのあまり、その場で拳を強く握りしめた。
(これよ! 私が求めていたものは!)
前世の知識(データベース)と、この世界の未知の植物(サンプル)。それらを結びつけ、最適な「レシピ」まで導き出してくれる、この『植物図鑑インターフェイス』。
これほどのチートが、他にあるだろうか。
前世の葉山カオリは、一つの新薬を開発するために、膨大な文献を漁り、何百回、何千回という失敗実験を繰り返し、予算申請と倫理委員会の分厚い書類と戦い、過労死した。
だが、今はどうだ?
触れるだけで、成分が分かり、薬効が分かり、あまつさえレシピまで手に入る。
(動物性油脂……ラード。さっきの牙猪を狩れば手に入るわね。すり鉢は……麻袋に、薬研(やげん)を入れてきた! 清浄な水は、目の前の小川!)
腕の茨の切り傷が、ズキズキと痛む。
(まずは、この軟膏を作って、自分の体で効果を試さないと)
彼女の思考は、すでに次の実験へと飛んでいた。
(毒草があれば、解毒剤が作れる。薬草があれば、ポーションが作れる。魔物の素材と組み合わせたら? 魔法と組み合わせたら?)
ソフィアの脳内では、研究者・葉山カオリの探求心が、喜びのあまり暴走を始めていた。
(ああ、忙しくなるわ。やることが多すぎる!)
彼女は、先ほどまでの重苦しい雰囲気の森を、まったく違う目で見た。
もはや、ただの森ではない。
そこは、彼女の知的好奇心を満たし、無限の可能性を秘めた、世界で一番広大な「実験室(ラボラトリー)」だった。
「ふふふ……」
笑いが止まらない。
(まずは、このアトリエの大掃除ね。それから、周辺の「宝物」……薬草の採取。ああ、それから、かまどの修理と、簡易蒸留器の設計もしないと! 止血軟膏の次は、虫除けスプレー、それから……!)
追放された令嬢の顔は、そこにはもうなかった。
水を得た魚のように、いや、新種のハーブに満ちた楽園を見つけた研究者のように、ソフィアの瞳は爛々と輝いていた。
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