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第5章 奇跡(ポーションと行商人)
5-5:商いと、研究費
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「女神、ですか。買い被りも甚だしいですわ」
ソフィアは、その場に膝まずくロイドを、冷めた目で見下ろした。
(この男、感謝しているのは本当でしょうけど、同時に、私(というより、このポーション)の『価値』を、商人として正確に値踏みしているわね)
その瞳の奥には、信仰とは異なる、ギラギラとした「商機」の光が宿っている。
「私が行ったのは、魔法の奇跡ではありません。薬草の力を引き出した、ただの『薬学』ですわ。たまたま、あなたの病に、この森の薬草が効いただけのこと」
ソフィアは、ことさら「奇跡」ではないことを強調した。彼女が望むのは、信仰の対象になることではなく、静かな研究者としての生活だ。
「薬学……!」
ロイドは、目を輝かせた。
「なんと素晴らしい! 魔法のように不確かで、聖女様のように気まぐれでもない! 薬師様、あなたのその『薬学』は、この国を変えますぞ!」
「大袈裟な方。それより、ロイドさん。あなたは商人、私は薬師。お互い、実利的な話をしませんこと?」
ソフィアは、わざと扇(もちろん、もう持っていないので、手でその仕草をするだけだ)で口元を隠し、かつての侯爵令嬢の交渉モードに入った。
ロイドは、そのソフィアの変わり身の早さに一瞬驚いたが、すぐに、商人の顔に戻って、にやりと笑った。
「……これは、失礼いたしました、ソフィア『様』。して、実利的なお話、とは?」
「まず、あなたの治療費ですが」
「おお、そうだ! 謝礼を! バルカスが金袋を……いや、待て、あれは村の広場に馬車と……」
「お金は、結構ですわ」
ソフィアは、きっぱりと言った。
「なっ、しかし、命を救われたというのに!」
「その代わり、私と『交易』……いえ、『取引』をしていただきたいのです」
ソフィアは、アトリエの隅に積んであった、数枚の羊皮紙(村から手に入れたもの)を取り出した。そこには、彼女がこの数週間、ずっと夢見ていた「欲しいものリスト」が、びっしりと書き込まれていた。
「……これは?」
ロイドが、そのリストを覗き込む。
「ガラス製の、フラスコ、ビーカー、メスシリンダー、冷却管(リービッヒ)……? せ、精密な天秤(グラム単位)? アルコールランプ……?」
リストに並んでいたのは、この世界の人間には、何に使うのか見当もつかない、謎の「器具」の名前ばかりだった。
「錬金術師の道具、ですか? しかし、見たこともない名前ばかりだ……」
「前世……いえ、私が学んだ薬学に必要な『実験器具』ですわ」
ソフィアは、前世の化学実験室の記憶を頼りに、その形状を、拙いながらもスケッチで横に添えていた。
「今の私の『釜』(簡易蒸留器)では、薬の純度を上げるのに限界があります。ですが、これらの器具さえあれば……例えば、今回のポーションも、もっと効率よく、高品質に生産できるでしょう」
「ゴクリ……」
ロイドは、唾を飲んだ。
高品質なポーションの、量産。その言葉が、商人である彼の魂を激しく揺さぶった。
「それと、こちらが」
ソフィアは、もう一枚のリストを見せた。
「王都や、他の地方でしか手に入らない、薬草や香辛料のリストです。この森にはない成分を補うために、どうしても必要になりますの」
リストには、「シナモン」「クローブ」「黒胡椒」など、王都でも高値で取引される輸入品の名前が並んでいた。
ロイドの目が、商人の目に変わる。
「……なるほど。確かに、これらは我が『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』でなければ、入手が難しいものばかり。特に、このガラス器具の精密な加工は……」
彼は、リストを暗記するほどの勢いで見つめると、ソフィアに向き直った。
「承知いたしました、ソフィア様」
彼は、もはや膝まずいてはいなかった。対等な「取引相手」として、ソフィアの赤い瞳をまっすぐに見つめた。
「このロイド・バルトロメウス、我が商会の総力を挙げて、これらの品を調達し、あなた様のアトリエへお届けすることをお約束いたします。……これが、命の代償(治療費)ということで、よろしいか」
「ええ、それだけでは、こちらの儲けが過ぎますわね」
ソフィアは、ふふ、と笑った。
(研究費がタダで手に入るどころか、交易ルートまで開拓できた。上出来すぎる)
「……そうだ、ソフィア様」
ロイドが、何かを思い出したように言った。
「先ほどのリストの品々、確かに調達はいたします。ですが、それには時間がかかる。……つきましては、恐れながら、もう一つ、ご相談が」
「何かしら」
「その……あなた様が作られた、あの銀色の……『特製回復ポーション』。あれを、いくつか、分けていただくことはできませんでしょうか」
ソフィアは、その場に膝まずくロイドを、冷めた目で見下ろした。
(この男、感謝しているのは本当でしょうけど、同時に、私(というより、このポーション)の『価値』を、商人として正確に値踏みしているわね)
その瞳の奥には、信仰とは異なる、ギラギラとした「商機」の光が宿っている。
「私が行ったのは、魔法の奇跡ではありません。薬草の力を引き出した、ただの『薬学』ですわ。たまたま、あなたの病に、この森の薬草が効いただけのこと」
ソフィアは、ことさら「奇跡」ではないことを強調した。彼女が望むのは、信仰の対象になることではなく、静かな研究者としての生活だ。
「薬学……!」
ロイドは、目を輝かせた。
「なんと素晴らしい! 魔法のように不確かで、聖女様のように気まぐれでもない! 薬師様、あなたのその『薬学』は、この国を変えますぞ!」
「大袈裟な方。それより、ロイドさん。あなたは商人、私は薬師。お互い、実利的な話をしませんこと?」
ソフィアは、わざと扇(もちろん、もう持っていないので、手でその仕草をするだけだ)で口元を隠し、かつての侯爵令嬢の交渉モードに入った。
ロイドは、そのソフィアの変わり身の早さに一瞬驚いたが、すぐに、商人の顔に戻って、にやりと笑った。
「……これは、失礼いたしました、ソフィア『様』。して、実利的なお話、とは?」
「まず、あなたの治療費ですが」
「おお、そうだ! 謝礼を! バルカスが金袋を……いや、待て、あれは村の広場に馬車と……」
「お金は、結構ですわ」
ソフィアは、きっぱりと言った。
「なっ、しかし、命を救われたというのに!」
「その代わり、私と『交易』……いえ、『取引』をしていただきたいのです」
ソフィアは、アトリエの隅に積んであった、数枚の羊皮紙(村から手に入れたもの)を取り出した。そこには、彼女がこの数週間、ずっと夢見ていた「欲しいものリスト」が、びっしりと書き込まれていた。
「……これは?」
ロイドが、そのリストを覗き込む。
「ガラス製の、フラスコ、ビーカー、メスシリンダー、冷却管(リービッヒ)……? せ、精密な天秤(グラム単位)? アルコールランプ……?」
リストに並んでいたのは、この世界の人間には、何に使うのか見当もつかない、謎の「器具」の名前ばかりだった。
「錬金術師の道具、ですか? しかし、見たこともない名前ばかりだ……」
「前世……いえ、私が学んだ薬学に必要な『実験器具』ですわ」
ソフィアは、前世の化学実験室の記憶を頼りに、その形状を、拙いながらもスケッチで横に添えていた。
「今の私の『釜』(簡易蒸留器)では、薬の純度を上げるのに限界があります。ですが、これらの器具さえあれば……例えば、今回のポーションも、もっと効率よく、高品質に生産できるでしょう」
「ゴクリ……」
ロイドは、唾を飲んだ。
高品質なポーションの、量産。その言葉が、商人である彼の魂を激しく揺さぶった。
「それと、こちらが」
ソフィアは、もう一枚のリストを見せた。
「王都や、他の地方でしか手に入らない、薬草や香辛料のリストです。この森にはない成分を補うために、どうしても必要になりますの」
リストには、「シナモン」「クローブ」「黒胡椒」など、王都でも高値で取引される輸入品の名前が並んでいた。
ロイドの目が、商人の目に変わる。
「……なるほど。確かに、これらは我が『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』でなければ、入手が難しいものばかり。特に、このガラス器具の精密な加工は……」
彼は、リストを暗記するほどの勢いで見つめると、ソフィアに向き直った。
「承知いたしました、ソフィア様」
彼は、もはや膝まずいてはいなかった。対等な「取引相手」として、ソフィアの赤い瞳をまっすぐに見つめた。
「このロイド・バルトロメウス、我が商会の総力を挙げて、これらの品を調達し、あなた様のアトリエへお届けすることをお約束いたします。……これが、命の代償(治療費)ということで、よろしいか」
「ええ、それだけでは、こちらの儲けが過ぎますわね」
ソフィアは、ふふ、と笑った。
(研究費がタダで手に入るどころか、交易ルートまで開拓できた。上出来すぎる)
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ロイドが、何かを思い出したように言った。
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