『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第7章 来訪者(魔術師と薬師)

7-3:魔術師ギルバート

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「……ギルバート! 貴様、何だ、その態度は!」
アルベルトは、自分の行動を制止されたことに、さらに怒りを露わにした。
このギルバートという男は、彼が連れてきた魔術師団の一員のはずだった。流行り病の「魔術的」な調査のために、渋々同行を許可した、目立たない男。その男が、今、王太子である自分に、公然と意見したのだ。
「私が、この反逆者を、正当に処分しようとしているのが、分からんのか!」
「いいえ、殿下」
ギルバートと呼ばれた男は、アルベルトに恭しく一礼したが、その瞳には、主君への敬意とは異なる、研究者が同僚のミスを指摘するような、冷静な光が宿っていた。
「私が申し上げているのは、その『方法』が、合理的ではない、ということです」
「合理的ではない、だと?」
「はい。殿下のお目的は、その『薬』を手に入れ、王都の危機を救うこと。……違いますかな?」
「そ、そうだ! その通りだ!」
「ならば」
ギルバートは、ソフィアの方に向き直った。その視線は、ソフィアのナイフを握る手と、彼女の背後にあるアトリエを、値踏みするように素早く往復した。
(……この女性。ナイフの握り方が、素人ではない。追放されてから、ここで、本物の『修羅場』を潜ってきた者の構えだ)
ギルバートは、ソフィアの危険度と、彼女の「知性」のレベルを、瞬時に分析していた。
「この方を『反逆者』として処分(殺害)してしまえば、我々は、その『薬』の製法を知る術(すべ)を、永遠に失うことになります。……それこそが、王都にとって、最大の損失かと」
「ぐ……っ」
アルベルトが、再び言葉に詰まった。
ギルバートの指摘は、あまりにも正論であり、反論の余地がなかった。
「……だが、こいつが、差し出さぬと言い張っているのだぞ!」
「それは、殿下が、彼女の最も大切なもの——彼女の研究室(アトリエ)と、彼女の『薬師』としての誇りを、『力』で奪おうとなさったからです」
ギルバートは、ソフィアに向かって、今度は、貴族としての礼ではなく、学者としての敬意を込めた、軽い会釈をした。
「……ソフィア・フォン・クライネルト嬢。いや、ソフィア『薬師』。そう、お呼びしても?」
「……」
ソフィアは、ナイフを握ったまま、無言で、その男を観察した。
(この男、アルベルト殿下とは、まったく違う。頭が切れる。そして、私を『魔女』ではなく、『薬師』と呼んだ)
「私は、ギルバート・ヴァイス。王宮魔術師団・研究室の所属です」
ギルバートは、自らの身分を明かした。
「……魔術師団、研究室」
ソフィアは、その所属に、わずかな興味を引かれた。
魔術師団といえば、アルベルトの取り巻きである、攻撃魔法だけが取り柄の、筋肉バカ(脳筋)ばかりだと思っていた。だが「研究室」となると、話は別だ。
(彼も、そちら側(研究者)の人間……?)
「公爵閣下を救ったという『薬』の噂は、王宮(われわれ)も、独自に調査しておりました。聖女様の『奇跡』が効かぬ病を、一瞬で。……正直、私は、最初は、何らかの古代の『呪術』か、あるいは、悪魔との『契約』の類かと思っておりました」
ギルバートは、そこで、自嘲気味に笑った。
「ですが……」
彼は、ソフィアのアトリエを、ゆっくりと指差した。
「ここに来て、分かりました。この空気……暖炉から漂う、タイムとラベンダーの芳香。ハーブ園の、合理的な区画整理。そして、何より……」
彼の青い瞳が、キラリと輝いた。
「……あのアトリエの奥にある、あの不格好な、しかし、完璧なまでに『合理的』な構造をした、あの『装置』」
「……!」
「あれは、錬金術の釜(アレンビック)などではない。……あれは、物質の『沸点』の差を利用し、液体を分離・精製するための、『蒸留器(ポットスチル)』ですな?」
ソフィアの心臓が、高鳴った。
アルベルトが「怪しげな釜」としか認識しなかった、あのガラクタの集合体。
それを、この男は、一目見ただけで、その正確な「名称」と「機能」を、言い当ててみせたのだ。
(……この男)
ソフィアの、ナイフを握る手の力が、わずかに緩んだ。
「殿下」
ギルバートは、再びアルベルトに向き直った。
「この方は、魔女ではございません。我々(王宮)の誰一人として持ち得なかった、高度な『薬学知識』と『化学技術』を持った、本物の『研究者』です。……このような方に、『力』は通用いたしません。必要なのは、敬意と、対等な『取引』です」
「取引だと……? この私が、追放した罪人と……!」
アルベルトは、屈辱に顔を歪めた。
「ギルバート! 貴様は、どちらの味方だ!」
「私は、王国の、そして『真理』の味方です、殿下」
ギルバートは、動じなかった。
「……殿下。ここは、一度、お引きください。この方との交渉は、軍人(あなた)ではなく、研究者(わたし)に、お任せいただきたい。……これが、陛下(国王)の命を救う、唯一の道であると、私は確信しております」
「……父上の……命?」
アルベルトの顔が、そこで初めて、焦燥から「恐怖」に変わった。
「まさか……父上も、あの『紫の病』に……!?」
「……数時間前、発症なさいました。聖女リリア様の光は、……効果が、ありませんでした」
ギルバートは、静かに、残酷な事実を告げた。
「そ、そんな……」
アルベルトは、よろめいた。
自分の絶対的な「正義」の根幹であった、聖女の奇跡。それが、完全に崩壊した。
彼は、もはや、目の前の「元・婚約者」を詰(なじ)る気力も、王太子としての威厳を保つ気力も、残ってはいなかった。
(父上までが……聖女が、効かない……? では、どうすれば……?)
彼の思考は、完全に停止した。
「……好きに、しろ」
アルベルトは、絞り出すように、それだけ言うと、ソフィアに一瞥(いちべつ)もくれず、馬に飛び乗った。
「帰るぞ! お前たちもだ、ギルバート!」
「……いいえ」
ギルバートは、静かに首を振った。
「私は、残ります。陛下(国王)をお救いできる、唯一の『可能性』と、交渉するために」
「……裏切り者め!」
アルベルトは、吐き捨てると、騎士たちと共に、来た道を引き返していった。
嵐のような金属音と、馬がいななく音が、森の奥へと遠ざかっていく。
後に残されたのは、呆然と立ち尽くすソフィアと、彼女のアトリエ(蒸留器)を、熱心な、まるで恋するような目で見つめる、黒衣の魔術師、ギルバート・ヴァイスだけだった。
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