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第20章:森の研究所(フォレスト・ラボラトリー)
20-1:二人と一人のアトリエ
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ヴォルフラム・フォン・シュタイン伯爵という名の「嵐」が、王国を去ってから、二週間が経過した。
あの、地下空洞での死闘。聖樹の浄化。そして、ギルバートの慌ただしい王都への帰還。それらすべてが、まるで、遠い昔の悪夢であったかのように、森は、急速に、その「日常」を取り戻しつつあった。
アトリエの石造りの煙突からは、今日も、薬草を蒸留する、穏やかな白煙が立ち上っている。
窓の外のハーブ園は、聖樹の暴走が止まったことで、その生命力を取り戻していた。一度は枯死したと諦めたミントの区画からも、リリアの『感知』通り、小さな、力強い新芽が、黒土(くろつち)を押しのけて顔を出している。
カコン、カコン、と。
麓(ふもと)の村からは、ハンスさんたちの、活気ある槌(つち)の音が、リズミカルに響いてくる。汚染が浄化された井戸水を飲み、聖樹の魔力が正常化したことで、村人たちの生活は、完全に、元に戻っていた。いや、ヴォルフラムという「共通の敵」と戦い抜いたことで、彼らの結束は、以前よりも、遥かに強くなっているようだった。
そして、アトリエ(わたしのけんきゅうしつ)の中。
暖炉の火が、穏やかに、パチパチと薪を爆(は)ぜさせる。
その、完璧な静寂の中で、二つの、異なる「集中」が、交錯していた。
「……ソフィアさん。ブライト・サンプルの、第七区画。『黒い影』の、活性レベルが、昨日よりも、0.2パーセント、低下しています」
「了解よ、リリア助手。インターフェイスの分析(データ)と、完全に一致したわ」
簡易ベッドが置かれていたアトリエの隅は、今や、リリア専用の「観測デスク」へと、その姿を変えていた。
リリアは、もはや、あの、怯えていた元・聖女ではない。
私が用意した、革の、フィールドワーク用のズボンと、動きやすいシャツを身に着け、その亜麻色の髪を、きつく、後ろで束ねている。
その、真剣な横顔は、もはや「助手」というよりも、私と対等な「分析官(アナリスト)」のそれだった。
彼女の前には、ヴォルフラムのプラントから採取した『ブライト』の、無数のサンプル瓶が並べられている。私の『化学(サイエンス)』では「成分不明」としか表示されない、その黒い呪いの「活性度」を、彼女の『感知(センス)』だけが、正確に、観測(モニタリング)することができた。
彼女は、聖女の力を失った代わりに、この森で、最も重要な「役割」を、その手で、掴み取っていた。
私は、実験台の中央で、アルコールランプの青い炎を見つめていた。
ヴォルフラムが残した『錬金術ゴーレム』の残骸(スクラップ)。その、黒曜石の、関節部分。
(ダメだわ。私の『化学(ケミストリー)』では、この『錬金術(アルケミー)』の、結合が、解明できない)
(ギルバートの『魔法(マジック)』と、私の『化学(サイエンス)』が、融合したように。ヴォルフラムの『錬金術(アルケミー)』もまた、魔法と科学の、どちらでもない、別の『理(ルール)』で、動いている)
(ロイドさんが、王都から、あの『資材(プレゼント)』を持って帰ってくるまで、これ以上の分析は、不可能)
私が、この二週間で、最大の「知的な壁」に、ぶち当たっていた、その時だった。
カツリ、と。
アトリエの外で、聞き覚えのある、一つの、足音が、止まった。
それは、騎士団の、無機質な軍靴の音ではない。
村人たちの、泥臭い、ブーツの音でもない。
あの、偏屈(へんくつ)で、合理的で、そして、今や、懐かしくすらある、魔術師(パートナー)の、革靴の音。
ギギィ……。
アトリエの、重いオーク材の扉が、開かれた。
「……ただいま、戻った」
そこに立っていたのは、ギルバート・ヴァイスだった。
二週間ぶりに見る彼は、あの、地下空洞での、泥だらけの礼装(れいそう)姿ではなく、いつもの、埃(ほこり)っぽい、研究用の黒いローブを、まとっていた。
だが、その顔には、王都での「戦後処理」という、彼にとって、最も「非合理的(ひごうりてき)」な激務を、終えたことによる、深い、深い疲労が、刻み込まれていた。
その、疲れ切った青い瞳が、アトリエの中の、完璧な「日常(けんきゅうふうけい)」――実験台に立つ私と、観測デスクに座るリリアの姿――を、捉えた瞬間。
彼の、張り詰めていた、指揮官(コマンダー)の顔が、ふ、と、緩んだ。
まるで、長い、長い、悪夢から覚めて、ようやく、自分の「帰る場所」に、戻ってきたかのような、深い、安堵(あんど)のため息を、彼は、吐き出した。
「ギルバート様! おかえりなさい!」
リリアが、椅子から立ち上がり、嬉しそうに、声を上げた。
私も、アルコールランプの火を消し、彼に、向き直った。
「おかえりなさい、ギルバート。随分と、遅かったじゃない。私の『発注(はっちゅう)リスト』、忘れたわけではないでしょうね?」
私の、その、いつも通りの、容赦のない「第一声」に。
ギルバートは、今度こそ、心の底から、吹き出した。
「やれやれ。君は、本当に、ブレないな、ソフィア薬師」
彼は、笑っていた。
指揮官でも、魔術師でもない。
ただの「共同研究者(ギルバート)」の、顔で。
あの、地下空洞での死闘。聖樹の浄化。そして、ギルバートの慌ただしい王都への帰還。それらすべてが、まるで、遠い昔の悪夢であったかのように、森は、急速に、その「日常」を取り戻しつつあった。
アトリエの石造りの煙突からは、今日も、薬草を蒸留する、穏やかな白煙が立ち上っている。
窓の外のハーブ園は、聖樹の暴走が止まったことで、その生命力を取り戻していた。一度は枯死したと諦めたミントの区画からも、リリアの『感知』通り、小さな、力強い新芽が、黒土(くろつち)を押しのけて顔を出している。
カコン、カコン、と。
麓(ふもと)の村からは、ハンスさんたちの、活気ある槌(つち)の音が、リズミカルに響いてくる。汚染が浄化された井戸水を飲み、聖樹の魔力が正常化したことで、村人たちの生活は、完全に、元に戻っていた。いや、ヴォルフラムという「共通の敵」と戦い抜いたことで、彼らの結束は、以前よりも、遥かに強くなっているようだった。
そして、アトリエ(わたしのけんきゅうしつ)の中。
暖炉の火が、穏やかに、パチパチと薪を爆(は)ぜさせる。
その、完璧な静寂の中で、二つの、異なる「集中」が、交錯していた。
「……ソフィアさん。ブライト・サンプルの、第七区画。『黒い影』の、活性レベルが、昨日よりも、0.2パーセント、低下しています」
「了解よ、リリア助手。インターフェイスの分析(データ)と、完全に一致したわ」
簡易ベッドが置かれていたアトリエの隅は、今や、リリア専用の「観測デスク」へと、その姿を変えていた。
リリアは、もはや、あの、怯えていた元・聖女ではない。
私が用意した、革の、フィールドワーク用のズボンと、動きやすいシャツを身に着け、その亜麻色の髪を、きつく、後ろで束ねている。
その、真剣な横顔は、もはや「助手」というよりも、私と対等な「分析官(アナリスト)」のそれだった。
彼女の前には、ヴォルフラムのプラントから採取した『ブライト』の、無数のサンプル瓶が並べられている。私の『化学(サイエンス)』では「成分不明」としか表示されない、その黒い呪いの「活性度」を、彼女の『感知(センス)』だけが、正確に、観測(モニタリング)することができた。
彼女は、聖女の力を失った代わりに、この森で、最も重要な「役割」を、その手で、掴み取っていた。
私は、実験台の中央で、アルコールランプの青い炎を見つめていた。
ヴォルフラムが残した『錬金術ゴーレム』の残骸(スクラップ)。その、黒曜石の、関節部分。
(ダメだわ。私の『化学(ケミストリー)』では、この『錬金術(アルケミー)』の、結合が、解明できない)
(ギルバートの『魔法(マジック)』と、私の『化学(サイエンス)』が、融合したように。ヴォルフラムの『錬金術(アルケミー)』もまた、魔法と科学の、どちらでもない、別の『理(ルール)』で、動いている)
(ロイドさんが、王都から、あの『資材(プレゼント)』を持って帰ってくるまで、これ以上の分析は、不可能)
私が、この二週間で、最大の「知的な壁」に、ぶち当たっていた、その時だった。
カツリ、と。
アトリエの外で、聞き覚えのある、一つの、足音が、止まった。
それは、騎士団の、無機質な軍靴の音ではない。
村人たちの、泥臭い、ブーツの音でもない。
あの、偏屈(へんくつ)で、合理的で、そして、今や、懐かしくすらある、魔術師(パートナー)の、革靴の音。
ギギィ……。
アトリエの、重いオーク材の扉が、開かれた。
「……ただいま、戻った」
そこに立っていたのは、ギルバート・ヴァイスだった。
二週間ぶりに見る彼は、あの、地下空洞での、泥だらけの礼装(れいそう)姿ではなく、いつもの、埃(ほこり)っぽい、研究用の黒いローブを、まとっていた。
だが、その顔には、王都での「戦後処理」という、彼にとって、最も「非合理的(ひごうりてき)」な激務を、終えたことによる、深い、深い疲労が、刻み込まれていた。
その、疲れ切った青い瞳が、アトリエの中の、完璧な「日常(けんきゅうふうけい)」――実験台に立つ私と、観測デスクに座るリリアの姿――を、捉えた瞬間。
彼の、張り詰めていた、指揮官(コマンダー)の顔が、ふ、と、緩んだ。
まるで、長い、長い、悪夢から覚めて、ようやく、自分の「帰る場所」に、戻ってきたかのような、深い、安堵(あんど)のため息を、彼は、吐き出した。
「ギルバート様! おかえりなさい!」
リリアが、椅子から立ち上がり、嬉しそうに、声を上げた。
私も、アルコールランプの火を消し、彼に、向き直った。
「おかえりなさい、ギルバート。随分と、遅かったじゃない。私の『発注(はっちゅう)リスト』、忘れたわけではないでしょうね?」
私の、その、いつも通りの、容赦のない「第一声」に。
ギルバートは、今度こそ、心の底から、吹き出した。
「やれやれ。君は、本当に、ブレないな、ソフィア薬師」
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指揮官でも、魔術師でもない。
ただの「共同研究者(ギルバート)」の、顔で。
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