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ゆっくりと過ごしたいのに
しおりを挟む9月に入り、予定通りに王都へ戻った。
何度も話し合った結果、俺は学園を辞める事にした。
基礎は学んでいるし、これからは実務で学べばいい。
それに学ぼうと思えば幾らでも学ぶことはできる。
だから今の俺の最優先は『無事に出産、母子共に健康』だ。
うん、親の自覚が生まれて来たよね。
王都に戻って少し落ち着いた頃、クリスティーナとスカーレットが会いに来てくれた。
2ヶ月ぶりくらいだからなのか、この2ヶ月に色々あり過ぎたからなのか、なんだか懐かしく感じる。
「おめでとうございます、キャスティーヌ。
もう随分お腹がおおきいですのね、2ヶ月前とは大違いですわ」
「キャシーおめでとう。
夏のはじめ頃から随分食いしん坊さんになったと思っていたら、こう言うことでしたのね」
「いえ、私も気づかなかったのですよ、ただ美味しいものだからついつい食べ過ぎてしまっているものと思っていましたの。
一月ほど前に医師に聞くまで気づかなかったんですよ」
貴女らしいと笑う二人。
こんな状況なので学園を辞める事を伝えると、仕方ないけど寂しいと言ってくれた。
結婚までは王都で生活する事を伝えると、また会えると喜んでくれた。
周りの反応のことを聞かれて、喜んでくれていることと、リズヴァーンの変化を伝えたら、ご馳走様と笑われてしまった。
とても楽しく、たくさんの話をした。
とてもとても楽しかった時間はあっという間に過ぎ、スカーレットは教育の時間があるため先に戻って、クリスティーナはもう少し時間があるからと残った。
マリアンヌに部屋の外で控えるように伝え、クリスティーナと二人きりになると、椅子を近づけて声を潜めて聞いて来た。
「大丈夫ですの?」
ああ、元の男の意思がある俺が、妊娠なんて事になったのを心配してくれているんだな。
「いや、正直最初はめちゃくちやパニックった。
思考もあっちこっちに飛ぶし、どうしていいのかわかんないし、予想外の衝撃的出来事だったから」
「女性でも妊娠は衝撃的ですわ。
でも思ったほど取り乱していないので安心しました」
その言葉を聞いて思わずゴメンと謝った。
「何を謝られているのですか?」
「いや、俺が元男とか言っちゃったから、必要以上に心配かけてるなって思って」
誰にも言えない秘密の共有って、聞かされた方は負担がかかるよね。
言わない方が良かったのかな……。
ちょっとネガティブな気持ちになっていると、クリスティーナはクスリと笑った。
「何を仰っていますの、秘密のままの方が嫌ですわ。
だって私達は…その………親友でしょう?
隠し事されるのは寂しいわ」
ああ、なんか良い子だよね、さすがヒロインとでも言うのか、俺が男なら絶対口説くよね。
「ありがとうクリス。
じゃあこれからも色々話を聞いてくれるかな?」
「何でも言ってくれて良くってよ」
ニッコリ笑ったクリスティーナはとても綺麗だ。
ヤスハルとコウエンジも見舞いに来てくれたし、屋敷に下宿しているカネダ氏とソーカ氏はお菓子だけじゃなく、大和の国のご飯も作ってくれる。
「いや、自分が故郷の味を食べたいだけですから」
「家庭料理しか作れないですしね」
なんて言いながら作ってくれる懐かしい味は、心を落ち着けてくれる。
そうやって家族以外にも甘やかされている中、またもや問題発生……。
穏やかに過ごさせてくれよ、マジに。
*****
それはある日の午後、うちを訪れた来客によってもたらされた。
「キャシー、ビアトゥールが来ているよ。
何か用があるようなんだけど、追い返すかい?」
兄がニッコリ黒い笑顔で伝えてくる。
用があって来た客を追い返すのはどうなんだろう。
「御用が有るのならお伺いしないといけないと思いますよ、お兄様」
「しかしキャシー、妊婦の元へ男性が訪れるのはどうかと思うよ。
うん、やはり追い返そう」
「お兄様!」
別に二人っきりで会うわけじゃないし、応接室で短い時間だけ、兄とリズヴァーンも一緒にと言う条件をつけると、渋々了解してくれた。
兄にエスコートされて応接室へ向かうと、ベルアルムが難しい顔をしてソファーに腰掛けていた。
うん、何だか嫌な予感。
社交辞令な挨拶を交わして、メイドにお茶を持って来てもらい、口をつけた後、いきなり本題に入られた。
「本来なら一月ほど前にお話に伺いたかったのですが、サリフォル領へ戻られていましたので、確認が遅くなりました。
少し込み入った話になると思いますけれど、体調はいかがですか?」
そうだよね、何かあったから来たんだよね。
クリスティーナ達みたいに「おめでとう」って言いに来た訳じゃないよね。
そんな仲でもないし。
でも、込み入ったって言うけど、俺何もやらかしてないよね?
全然身に覚えが無いんだけど。
「お気遣いありがとうございます、身体を悪くしている訳ではありませんから大丈夫ですわ。
それより何かありましたか?
私でわかる事でしたら良いのですが」
体調は問題ないと告げると、ベルアルムは持っていた鞄から、【二つの物】を取り出しテーブルの上に置く。
「こちらに覚えは有りますか?」
「え、ええ……」
【二つの物】…見に覚えがあるも何も、それらは
「私がお守りの刺繍をした花瓶敷きと燭台敷きですわよね」
バザーに出品した花瓶敷きと燭台敷きの、それぞれ一番最初に刺繍をした物だ。
なんで分かるかって、布と糸の色の組み合わせと、施された刺繍の歪み具合、『一生懸命やったけど歪んじゃった、テヘッ☆』感が滲み出ているからだ。
「この二つが何かあったのでしょうか」
え?何?下手っぴ過ぎて返品されたとか?
なんて考えたんだけど、問題は深刻だった。
「実は…………」
ベルアルムの話に俺は膝から崩れ落ちそうになった。
ソファーに座ってるから崩れ落ちないけどね。
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