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2章

21.泥棒

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「昨日のニールはやばかったわ。あの"こくん"は反則・・!」
「おい、ナオミ!"殿下"には言うなよ!?あれは反則技なんだからな!」
「ファビアン!素直に負けを認めなさい!」
「ニールが誰に支配されているのかはわかった。しかし、それを考えると・・、私の胸の中の真っ黒な靄がより、暗さと質量を増すんだ。」
「「マルファス、さらっと怖いこと言うなっ!」」

 次の日、教室で会ったナオミ、ファビアン、マルファスはより一層仲良くなっていた。
 ニールは少し、いや大分、羨ましくなった。

 始業のベルと共にフレデリックが教室に入ってくると、マルファスはニールの隣の席に戻ってきた。

「本当だよ、ニール。私の胸の中の真っ黒な靄がより濃くなって渦巻いてる・・それは私自身の、存在がより濃くなるということでもあるんだ。」
「は、はあ・・。」

 マルファスはニールに真剣に語りかけてきたのだが、ニールにその真理を理解することは難しかった。マルファスが話を続けようとすると、フレデリックは「静かに。」と言って、朝の教室の楽しげな雰囲気を一掃した。

「皆さん、目を瞑ってください。」

 フレデリックは、教室内を見回して、全員が目を瞑っているのを確認した。ニールはフレデリックと目が合って、慌てて目を閉じた。

「昨日、食堂の倉庫から何者かが、備蓄していた食糧を盗みました。使用人達は全て引き払っていた時間帯で、あとは寄宿舎の生徒か守衛の兵士ということになりますが、兵士達は自白剤によって潔白が証明されています。私の言いたい事はわかりますか?では、心当たりのあるものは手をあげてください。・・勿論、他のクラスの可能性もあります。何か知っている、と言うだけでも結構です。」

 教室内はしん、と静まり返った。
 ここにいるのは殆どが裕福な貴族の子息だ。そんな事をするはずがない。ニールは耳を澄ましていたが、誰も手を上げた様子はなかった。

 暫くしてフレデリックは「よろしい」と言って、生徒達に目を開けるよう合図すると、その後は通常通りの授業に戻った。

 授業が終わると、レオンハルトがニールの所にやって来た。

「私はこの後、公務があるから、お前は子ニールを連れて帰れ。子ニールは職員室で、預かってもらっているから。」
「職員室で?」
「そうだ。」
 レオンハルトはそう言って、ニールの手首に青いリボンを巻いた。「迷子札だ。」とレオンハルトは至極真面目な顔で言った。

 レオンハルトに言われた通り、ニールは職員室で子ニールを受け取った。

 子ニールを連れて職員室を出ると、ファビアンとマルファスが待っていた。ファビアンはいつもとは違い、神妙な顔をしている。

「ニール、倉庫の泥棒の件だけど・・。みんな、俺を疑ってるよな?」
「えっ?!何故ですか?!考えもしませんでした。」
 ニールが答えると、ファビアンは困ったというように眉を下げた。

「だって、俺、奨学金をもらって学校に通うくらい、実家が貧乏なんだぜ?そんな奴、この学校で俺だけだろ?それで、友達も魔族しかいないしさ!絶対疑われてるって!・・だから俺、犯人を探すことにしたんだ!ニールも協力してくれよ!」

 ニールはファビアンがマルファスを"友達"と言ったことに驚いた。そして、それはとても嬉しいことだった。
 何とかファビアンの杞憂を晴らしてあげたい。そう思った。

「分かりました!私も協力いたします!」
「じゃあ早速、倉庫にいってみようぜ!どんな盗まれ方なのか分かれば、犯人を探しやすいだろ!」

 ニールとファビアン、マルファスの三人は食堂の倉庫に向かった。食堂は寄宿舎の東側に位置する。西陽が当たらないように設計されたと思われる、何の変哲もない、閂式の施錠がされた木造の小屋だった。明かり取りと思われる小さな窓がついているが、窓には鉄製の洒落た格子が嵌められており、人が忍び込むような隙間はない。

(人間は入れそうにない・・・。すると・・。)

「あの、ここには何が置かれているのですか?盗まれた食糧は何でしょうか?」
「何が盗まれたかは公表されてないが、ここは主に穀物類が置かれているらしい。米、小麦、とうもろこし・・・。」
 ファビアンから"穀物"と聞いて、ニールは息を呑んだ。しかも、"とうもろこし"・・。

 ニールは昨日、狐にとうもろこしの種を貰ったのだ。
 
(・・偶然だろうか・・?)

 ニールはそれから考え込んでしまい、どうやって自室に戻ったのかも分からない程だった。子ニールが鳴いたので、ニールはハッとして、レオンハルトの部屋へ子ニールを戻した。レオンハルトはまだ公務からもどっていないようだった。

 ニールは夕暮れの回廊を、昨日狐から受け取った袋を握りしめながら歩いた。

(狐は、"食糧を持ってこい"と私に命じるくらい、困窮していた。・・それに・・。)

 ニールがトイレに閉じ込められた時、狐は扉をすっとすり抜けたのだ。ニールの胸の中は、狐を疑う気持ちと信じたい気持ちが入り乱れてぐちゃぐちゃになっていった。

(しかし、狐がとうもろこしを盗んだとして、その理由はそもそも裏山が瘴気に塗れてしまったからだ。狐を責められるものではない。それなのにもし、誰かに捕まったりしたら・・。)

 ニールは自室に戻らず、食堂の倉庫へ向かって駆け出した。

 ニールが再び倉庫まで戻ると、食堂から生徒たちが夕食を取る賑やかな声が聞こえてきた。辺りは夕暮れから夜への準備を着々と始めている。

 ニールは一人で、倉庫の辺りを人が入るような隙間はないか、鍵をこじ開けた痕跡がないか、もう一度調べて回った。周辺では何も見つけられなかったので、ニールは倉庫の扉を調べることにした。木製の扉は、鉄の棒をスライドさせる閂に南京錠で施錠してある。ニールが南京錠を弄ると、それはあっけなく外れてしまった。

 ニールは閂を引き抜き、扉を開けて中に入った。
 明かり取りの窓はあるものの、カーテンが引かれているようで中は真っ暗だ。

(こんなに簡単に入れるのなら、誰が犯人でもおかしくないじゃないか・・?)

 ニールは中に入って、とうもろこしがどのあたりにあるのか確認しようとした。
 ニールが一歩、奥に進んだ途端、何かを踏んだ。それは粘着性の何かで、完全に足を取られてしまった。続けて細い糸のような物が足が絡まり、カランコロンと音が鳴った。これは不味いと思い、逃げようとしたのだが足が動かず倒れ込んでしまった。そのまま、辺りに敷き詰められた溶けた蝋の様にベタベタとしたものが身体じゅうに付着して、身動きが取れなくなった。

「とりもち?!」

 ニールはネズミ捕獲用の罠、とりもちにかかってしまった。罠に獲物がかかったことを知らせる、鈴まで鳴らして。

(こんな所見つかったら誤解されてしまう・・!)

 ニールがそう思ったのも束の間、守衛達が雪崩れ込んで来た。ニールを見つけると、「そこで何してる!」と怒鳴った。

 ニールが明かりの方を目を凝らして見ると、ファビアンとマルファスも守衛と一緒にやって来ていた。

「ニール!何やってるんだよ!犯人はまた現れるんじゃないかと思って、ウェズリー家特製、モチノキから作ったとりもちを仕掛けておいたんだ。まさか、ニールがかかるなんて・・。」
 ファビアンは困惑しながらも、ニールを抱き起こそうと近づいて、守衛達に止められた。
 そしてまた守衛達はニールを睨んだ。

「お前が食糧を盗んだ犯人だな?!」
「ええっ?!違います!誤解です!」

 守衛の短絡的な物言いに、ニールは慌てた。しかし、状況的に反論が難しい。ニールは引きずられる様に倉庫の外に連れて行かれた。外には更に兵士や生徒達まで集まってきていた。
 守衛達に攻められて、ニールがやっても無い罪に観念しかけた時、人だかりを掻き分けて、レオンハルトが現れた。

「ニールはやってない!昨日の夜は私と一緒にいたんだ。」

 レオンハルトの発言に守衛たちは顔を見合わせた。レオンハルトはいつになく甘い仕草で「怖かっただろう、ニール。もう大丈夫だ。」とニールに駆け寄った。

 ファビアンは「おい!」と言ったが、マルファスがそれを制止した。マルファスは指をならしてニールのとりもちを取ると視線でレオンハルトに「行け」と言った。

 レオンハルトはニールを連れてその場を後にした。


 レオンハルトとニールは言葉を交わさないまま、魔法学校の庭園まで歩いた。

「きつね・・?」
 ニールが問いかけると、レオンハルトは振り向いて笑った。
「本物だよ?」
「殿下は今日、公務に行かれています。それに、殿下はあの様な時、私に優しくする方ではありません。」
「心外だな・・。ニールには疑われてばかりだ。心を弄んだ、食糧倉庫の泥棒・・。」

 そう言うと、ぽんっと音がして、レオンハルトは狐の姿になった。

「疑ってなんか・・。」
「じゃあなんでとりもちに掛かったの?」

 ニールは言い返せず、唇をかんだ。

「いいんだよ。はじめにニールを騙したのは僕だから。でもあれは雨を降らせる術を使う為・・ニールの好きな人に化けてお嫁に来てもらえれば、"狐の嫁入り"の術が使えると思ったからなんだ。あと、昨日のとうもろこしは裏山で獲れた最後のとうもろこしだよ。それは、信じてほしい。」

きつねはそれだけ言うと、悲しそうな笑顔のまま、夜闇に消えていった。

「雨を降らせるために・・・?それに、とうもろこしは裏山の・・!?」

 
 ニールは北の棟のトイレまで狐を探しに行って、奥から三番目のトイレを三回ノックしたが返事はなかった。
 
(謝りたいのに・・・・。)

   ニールは狐に拒絶された気がして、涙が溢れた。涙を堪えながら北の棟の暗い廊下を歩いていると、前方から淡い光が徐々に近づいてきた。レオンハルトだ。

ニールは思わず呼びかけた。

「きつね?!」

「ハルト?!」

「ほ、本物の、殿下だっ!」

「ニール、まて!今のを合言葉にするつもりか?!合言葉はもっと別の・・!」

 
 ニールは本物のレオンハルトに抱きついて、泣きだした。
 

 
 

 

 



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