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3章

6.山頂

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   真っ先にマルファスに駆け寄ったのはソフィアだった。ソフィアは傷ついたマルファスの胸にそっと手をあてた。

「やはり・・・。この方は、私が14年前遭遇した、”瘴気”そのもの・・。」
「瘴気そのもの?」
 
 ニールもマルファスの側に座って、ソフィアに尋ねた。
「私はノーラン領の瘴気発生元を駆逐するため遠征に行っていました。そこでこの方に敗れています。当時は人型は取っておられませんでしたのでまさかと思っていましたが・・。間違いない。」
「・・しかしマルファス殿下は宵闇の国の・・!」
「魔族の後継者は血縁ではなく実力で選ばれるのです。なによりその証拠に、先ほどの浄化魔法でかなりの傷を負ってらっしゃる。」
「ど、どうすればいいんだよ・・・マルファスはどうしたら・・?!」
 ファビアンもマルファスの側にいるソフィアの隣に座って、ソフィアに詰め寄った。
「わかりません。治癒魔法は逆効果になる可能性が高い。」
 ソフィアは”なすすべがない”と首を振った。

「そんな・・・」

 ナオミは立ち尽くして、涙を流していた。レオノーラが、ナオミに寄り添っている。
「ナオミは悪くない。予想できなかった。まさか、こんなことになるなんて・・。」

 マルファスは突然咳き込むと、大量に血のようなものを吐いた。血、というにはあまりにも黒かったので、ファビアンとソフィアは一瞬、怯んで体を離した。
 
 ニールはマルファスの身体を支えた。
 うっすら目を開けて、ニールに気が付いたマルファスは小さな声でつぶやいた。

「私をここから連れ出してくれ。でないと私の本能が・・ナオミを襲ってしまう・・。」
「マルファス殿下・・。」

 それを聞いたニールはマルファスを背中に背負って立ち上がった。

「ニール!どうするつもりなんだ・・?!」
 ファビアンの問いかけに、ニールは安心させるように言った。

「マルファス殿下を、より瘴気が強いという山の頂上へ連れていきます。浄化が傷になるのなら、逆に瘴気を浴びれば回復するのかもしれません。」
「なるほど、しかしそれはさせられません。強い瘴気を浴びるとなるとあなたが・・。」

 ソフィアはニールの身体を気遣った。しかしニールはもう決めていた。

「レオンハルト殿下の魔力がありますので、治癒魔法をかけながら進みます。大丈夫。落ち着いたら必ず戻ります。だから、マルファス殿下を誤解しないでください。ナオミ様を襲いたくないから、ここから離れたいというマルファス殿下の気持ちを・・。」

「ニール!」
 ナオミはニールの名前を呼んだがそれ以上は言葉を紡げないようだった。頽れたところをレオノーラとファビアンに支えられている。

「行ってまいります。あの、コニちゃんを預かってもらえますか?たぶん、瘴気には弱いと思うから。よろしくお願いします。」
「わかりました。あなたも決して無理をしないでください。」
 ニールはソフィアに子ニールを手渡した。子ニールはジタバタしていたが、ソフィアのローブの中に収められると大人しくなった。
 ソフィアは子ニールを受け取った代わりに、腰に下げていた小さなコンパスをニールに手渡した。ニールはコンパスを受け取ると、なるべく皆を心配させないよう、笑顔を作って別れた。




 ニールはマルファスを背負って、頂上を目指した。
 頂上に向かうにつれ、瘴気は濃く強くなっていった。先ほどナオミが浄化魔法を使ったはずなのに、頂上付近はまだ瘴気の靄で薄暗い。ニールは途中たまらず、背負っていたマルファスを下して自分に治癒魔法をかけた。その後も頂上に到着するまでに数回、治癒魔法をかけざるを得ず、ニールはあっという間にレオンハルトの魔力を使い切ってしまった。

(あとは、自己魔力のみ・・でももうすぐだ。マルファス殿下を回復させたらレイヴィンを呼んで・・帰れるはずだ。)

 ニールは自分を鼓舞しながら、やっとの思いで頂上にたどり着いた。

 頂上は花どころか草や木も生えていない、瘴気の靄が立ち込めるさみしい場所だった。しかし、山頂のなだらかな部分に枯れた木が一本だけ生えていた。

(ここに”死体が埋まっている”というのも頷ける。)

 ニールは枯れ木の根元にマルファスを寝かせた。

(先ほどよりは少し良くなったような気もするけれど・・。)

 治癒魔法も効かないマルファスをニールはどうすることも出来なかった。ニールも強い瘴気にあてられて、限界が近いことを感じていた。

(一旦離れて助けを呼ぼうか・・。)

 ニールがそう考えていると、ニールが立っている足元がより黒い靄で覆われた。ニールが次に気が付いた時、その靄は人の手の形をしていて、ニールの足を掴んでいた。それは徐々に大きく広がっていって、地面はたちまち沼のようになり、ニールを簡単に地面に引き摺り込んでしまった。



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