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三章
38.花嫁のおねだり
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陛下は俺の涙を拭った。
言わなければならない事がたくさんあった。まず、助けてもらったお礼。デュポン公爵夫人と姦通しているというのは誤解だということ。デュポン公爵夫人は陛下のことも疑っていたけど、俺は信じている…。たとえあなたが、俺を疑ったとしても。
でも俺が口にしたのは、全く別のことだった。
「苦しかった…ずっと…。」
「何がだ…?」
「男が妊娠できる薬があると言われて…嘘だと知りつつも、それを飲んでしまいたかった。それが本当だったら…どんなにいいだろうかと…。」
「…馬鹿な…。そんな薬、必要ない。」
「必要です、私には…。でないと陛下は別の方と、いつか。現に、今だって…。」
「嫌ならお前が、別れさせればいい。その力が…アルノー、お前にはある。」
「ありません…。何もない…私には。」
「なら、私に強請ってみろ。どうして欲しいんだ?言え、叶えてやる。」
陛下は俺の手を握って、俺の答えをじっと待っていた。
俺は迷った…。
そんな事をしても、その場しのぎに過ぎない。第一、彼を後宮に置いておけば彼を見張ることが容易になる。 俺は彼を、あの神がかりを疑っているのだから…絶対に後宮に置いておくべきだ。後宮から追い出すことは、むしろ後宮から逃がすことになってしまう…。分かっている。頭ではわかっている…しかし…。
「ナタを後宮に置かないでほしい。陛下の部屋に入れないでください…、二度と。」
「分かった。」
馬鹿だ俺は…。涙が止まらなかった。
陛下は俺の涙をもう一度拭ったあと、指でゆっくり唇の輪郭をなぞってから、俺に口づけた。
一度、唇を離して見つめ合った。手を握って、それから強く抱きしめられた。至近距離で見つめ合ったまま、再び、口づけて…。…ああ、もどかしい…。全てを伝えられないことが…。俺は自分から離れることが出来なくて、何度も口づけをねだった。その度に応えてもらい、何度も口づけて抱きしめられた。
陛下から「そろそろ戻ろう」と、言われるまで、それをずっと繰り返していた。
陛下は後宮に戻る間、俺の手を握りながら、話をした。
「城に詰めていたのは、教会で事件があったからなんだ。」
「事件…?」
ひょっとして、マルセルが言っていたことだろうか?
「ああ、教会に預けられた女児が、女子修道院に送られず、相当数が行方不明になっている。教会に子供を引き取りに行った親が訴えて来て発覚した。それを、星詠みにも占わせていたのだが…。」
星詠み…ナタに占わせていた?それで陛下とナタは城にいた、ということ?
「アルノーがデュポン公爵家に向かう途中で襲われる、と先視したのだ…。」
ああ、例のナタが賞賛されたやつ…。陛下は、俺の手を握りなおした。指で、手の甲をこする…。
「その前から、アルノーがデュポン公爵夫人と姦通していると噂が立っていて…信じてはいなかった。いや少し…引っかかってはいた…アルノーと私は歳が離れているし、女が好きだと聞いていたから。そして実際、お前は暴漢に襲われて…。私はその瞬間、理性を失った。」
「ナタを信じてしまわれた、ということですか…?」
「いや違う。冷静な判断が出来なくなったんだ。嫉妬と、怒りで…。」
「嫉妬…?」
「そう、嫉妬…。苦しかった。私も。」
陛下は俺の真似をして言ったんだと思う。でも、真剣な顔をしている。
「アルノーは私の苦しみを取り除くと言ったな?だから…アルノーの口から否定してほしい。自分でも違うと頭では分かっているのだが、念のため…。」
「姦通など、あり得ません。そもそも、私はその…。」
「その…?」
「そういった経験が全くないので…。あり得ません…。」
俺の答えに、陛下は噴き出した。まって、笑わないで…!…俺は膨れた。
「いや、アルノーが予想外な返事をするからつい…すまない。でも聞けて良かった。」
陛下は俺の、膨れた頬をつん、と突いた。陛下は優しく微笑んでいる。ずるい、そんな、美しい顔をして…。
俺は焦って、違う話題を振ることにした。
「それで、司祭は捕まったのですか?」
「司祭?何のことだ?」
マルセルは、教会は陛下に報告しないかも知れない、と言っていたんだった。親が城に訴えたのも、教会が動いてくれないからなのかも…。
「教会の女児の問題が出た後行方不明になっている司祭がいると、…先日、マルセル…孤児院の出身で神父見習いをしているマルセルから聞きました。教会から陛下に報告はありませんでしたか?」
「ない。女児の失踪自体、報告されていない。やはり隠す気だな…そう思ってこちらも騎士団に秘密裏に調べさせていた。教会内に仲間がいるのかもしれないな…。」
「教会が隠蔽するということを…マルセルも危惧していました。もし教会から報告がなければ、私から陛下に言ってくれと。事件の後から行方不明になっている司祭が一人いる。名前はジャメル・ベル…。」
「ジャメル・ベル…?」
名前を言った途端、陛下の顔色が変わった。陛下は、苦しげに手で口元を覆う。
「それは本当なのか…?」
「確かに、マルセルはその名を…。ジャメル・ベル司祭だと。」
「ジャメル・ベル司祭…!…いつも、妃たちの告解を担当していた老司祭の名だ…!」
「な、何だって…!?」
言わなければならない事がたくさんあった。まず、助けてもらったお礼。デュポン公爵夫人と姦通しているというのは誤解だということ。デュポン公爵夫人は陛下のことも疑っていたけど、俺は信じている…。たとえあなたが、俺を疑ったとしても。
でも俺が口にしたのは、全く別のことだった。
「苦しかった…ずっと…。」
「何がだ…?」
「男が妊娠できる薬があると言われて…嘘だと知りつつも、それを飲んでしまいたかった。それが本当だったら…どんなにいいだろうかと…。」
「…馬鹿な…。そんな薬、必要ない。」
「必要です、私には…。でないと陛下は別の方と、いつか。現に、今だって…。」
「嫌ならお前が、別れさせればいい。その力が…アルノー、お前にはある。」
「ありません…。何もない…私には。」
「なら、私に強請ってみろ。どうして欲しいんだ?言え、叶えてやる。」
陛下は俺の手を握って、俺の答えをじっと待っていた。
俺は迷った…。
そんな事をしても、その場しのぎに過ぎない。第一、彼を後宮に置いておけば彼を見張ることが容易になる。 俺は彼を、あの神がかりを疑っているのだから…絶対に後宮に置いておくべきだ。後宮から追い出すことは、むしろ後宮から逃がすことになってしまう…。分かっている。頭ではわかっている…しかし…。
「ナタを後宮に置かないでほしい。陛下の部屋に入れないでください…、二度と。」
「分かった。」
馬鹿だ俺は…。涙が止まらなかった。
陛下は俺の涙をもう一度拭ったあと、指でゆっくり唇の輪郭をなぞってから、俺に口づけた。
一度、唇を離して見つめ合った。手を握って、それから強く抱きしめられた。至近距離で見つめ合ったまま、再び、口づけて…。…ああ、もどかしい…。全てを伝えられないことが…。俺は自分から離れることが出来なくて、何度も口づけをねだった。その度に応えてもらい、何度も口づけて抱きしめられた。
陛下から「そろそろ戻ろう」と、言われるまで、それをずっと繰り返していた。
陛下は後宮に戻る間、俺の手を握りながら、話をした。
「城に詰めていたのは、教会で事件があったからなんだ。」
「事件…?」
ひょっとして、マルセルが言っていたことだろうか?
「ああ、教会に預けられた女児が、女子修道院に送られず、相当数が行方不明になっている。教会に子供を引き取りに行った親が訴えて来て発覚した。それを、星詠みにも占わせていたのだが…。」
星詠み…ナタに占わせていた?それで陛下とナタは城にいた、ということ?
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ああ、例のナタが賞賛されたやつ…。陛下は、俺の手を握りなおした。指で、手の甲をこする…。
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「ナタを信じてしまわれた、ということですか…?」
「いや違う。冷静な判断が出来なくなったんだ。嫉妬と、怒りで…。」
「嫉妬…?」
「そう、嫉妬…。苦しかった。私も。」
陛下は俺の真似をして言ったんだと思う。でも、真剣な顔をしている。
「アルノーは私の苦しみを取り除くと言ったな?だから…アルノーの口から否定してほしい。自分でも違うと頭では分かっているのだが、念のため…。」
「姦通など、あり得ません。そもそも、私はその…。」
「その…?」
「そういった経験が全くないので…。あり得ません…。」
俺の答えに、陛下は噴き出した。まって、笑わないで…!…俺は膨れた。
「いや、アルノーが予想外な返事をするからつい…すまない。でも聞けて良かった。」
陛下は俺の、膨れた頬をつん、と突いた。陛下は優しく微笑んでいる。ずるい、そんな、美しい顔をして…。
俺は焦って、違う話題を振ることにした。
「それで、司祭は捕まったのですか?」
「司祭?何のことだ?」
マルセルは、教会は陛下に報告しないかも知れない、と言っていたんだった。親が城に訴えたのも、教会が動いてくれないからなのかも…。
「教会の女児の問題が出た後行方不明になっている司祭がいると、…先日、マルセル…孤児院の出身で神父見習いをしているマルセルから聞きました。教会から陛下に報告はありませんでしたか?」
「ない。女児の失踪自体、報告されていない。やはり隠す気だな…そう思ってこちらも騎士団に秘密裏に調べさせていた。教会内に仲間がいるのかもしれないな…。」
「教会が隠蔽するということを…マルセルも危惧していました。もし教会から報告がなければ、私から陛下に言ってくれと。事件の後から行方不明になっている司祭が一人いる。名前はジャメル・ベル…。」
「ジャメル・ベル…?」
名前を言った途端、陛下の顔色が変わった。陛下は、苦しげに手で口元を覆う。
「それは本当なのか…?」
「確かに、マルセルはその名を…。ジャメル・ベル司祭だと。」
「ジャメル・ベル司祭…!…いつも、妃たちの告解を担当していた老司祭の名だ…!」
「な、何だって…!?」
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