絶対抱かれない花嫁と呪われた後宮

あさ田ぱん

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三章

39.ひょっとして抱かれちゃうかもしれない花嫁の油断と決意

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  陛下は後宮の部屋まで俺を送ってくれ、部屋の入り口でもう一度俺を抱きしめた。

「戻らなければならなくなった。」
「はい…。」
 
 俺から聞いた司祭の名前を、調査中の騎士団へ報告するのだろう。司祭は何を知っていて、どこまで関与しているのかは分からないが…。早急に捕まえなければならないはずだ。

 陛下は俺の目を見て、囁いた。

「明日、先触れをだすから…待っていてくれ。過ぎてしまったけれど、お前の誕生日を祝いたい。二人で…。」

 え、それって、その…。

 俺が赤くなると、陛下は微笑んで俺に口付けた。また、何度も…。
 最後にちゅっ、と音をさせて、陛下は離れていった。俺はしばらく、その背中を見ていた…。



 ――陛下の訪い…。
 つまり、そういうこと?その、また空振りとかある?ついに絶対抱かれない花嫁の俺、陛下に抱かれちゃう?!
 ――翌日の俺は完全に上の空…いやのぼせ上がっていた。だって、だってさぁ…!


「アルノー、真面目にやりなさい!真面目に!」
 テレーズ様は額に筋をたてて怒鳴った。ひいぃ怖い!そんなんだからお嫁さんに嫌われて追い出されたんじゃないのぉ?!俺は口から出かかった言葉を飲み込んだ。

 俺と王女達はピアノの伴奏に合わせて、豊穣祭の神事…ダンスの練習をしていた。ただ、神事というだけあって舞踏会のダンスのようなものでは無い。ちょっとひらひらの服を着て、ゆるーく動いて、花を散らせたりそのくらい。寧ろ演奏家の皆さんの出来次第じゃ無いの?!と、俺は考えていた。

「アルノー!余り動きがないからこそ、姿勢の、立ち振る舞いの美しさが問われるのです!」
  なんと俺の考えはテレーズ様にはバレていた!

「それに、夜は夜会があります。当然、貴方はイリエスとはじめに踊るのですよ?」
「ええ?!リリアーノじゃダメなのですか?!」
「社交界は十五歳からです!」
「じゃ、じゃぁ…今回はテレーズ様が…。」
 親子共演、だめ…?
 すると一際、テレーズ様の額の血管が浮き出た。眉間の皺もすごい。まずい、これはまずい…!俺は焦った。
「テレーズ様!そんなにお怒りになると、血管が切れてしまいます!」
「アルノー!誰がそうさせているのですかっ?!…く…っ!」
 テレーズ様はついに頭を抑えて椅子に崩れ落ちた。

「お祖母様~!」
  シャーロットやマリー達、年少組の子供達はテレーズ様の元に駆け寄った。テレーズ様は母親を虐めていた認識の年長組には嫌厭されているが、小さい子供達には割と好かれている。
 しかし、今日は年長組のリリアーノとリディアも、お祖母様の肩を持った。
「アルノーが悪いと思うわ!」

 ごもっとも!

 しかし、今日俺はダンスどころじゃない!だって俺、今夜…!明日から頑張るから許してくれ…。しかしテレーズ様にそんな事言えるはずもなく、首根っこを掴まれ、身体がバキバキになるまで練習させられたのだった。

 昼過ぎから始まった練習は、日が傾くまで続いた。夕焼けが眩しくなった頃、王女達と後宮に戻ると何やら出口が大勢の人でごった返している。どうやら誰かの荷物を運び出している様だ。

 まさか…?
 いやしかし、昨日の今日でそんな…?

 その様子に圧倒されて立ち尽くしていると、着飾ったナタが優雅に現れた。

「これはこれは、アルノー殿下。ご機嫌麗しゅう。」

 そして仰々しく腰を折って挨拶をした後、俺にゆっくりと近付いて来る。
 ナタは俺の肩に腕をかけ耳元で囁いた。

「まさか、貴方に追い出されるなんて、夢にも思っていませんでした。どうやって陛下にねだったの?興味深いな……。」

 俺は肩に乗せられたナタの腕を振り解いた。
 確かに、そうだ。ナタを後宮におかないで欲しいとお願いしたのは自分だ。振り解いたものの、嘘をつくことができず、俺は俯いた。

「……本当に、アルノー殿下が?…はははっ!陛下の趣味は分からないなぁ。それとも、実家の力をお使いになられた?どちらなのです?」

 ナタが馬鹿にしたように俺の頬を指で突いたので、俺はまたその手を振り払った。
 悔しい。やっぱり、あんなこと、頼むべきじゃ無かったのかもしれない。でも…あの時は耐えられなかったんだから仕方ない。俺が答えずに沈黙していると、ナタはまた甲高い笑い声を上げた。

「ふふふ!アルノー殿下は私が思っていたより、閨房術に秀でてらっしゃる、というわけですね…恐れ入りました。」
 俺はそれを言われてカッとなった。閨房術なんて今まで一度も抱かれていないのにあるわけないじゃないか!しかも子供のいる前で、なんてことを言うんだ!
 俺は、テレーズ様に「子供達をお願いします!」と声をかけた。テレーズ様も頷いて、子供達に後宮に戻るように誘導したのだが…。

 一歩遅かった。

「アルノー殿下…私を見くびった事、貴方はきっと悔いることになる。王国の後宮にもう、星は輝かないのですから…。」
「何故あなたはそう断言できるのです?何を知っているというのですか?」
「全てを知っています。貴方の取り返しが付かない、運命のことを…。ほら、死相が出ている。」

 ナタはそういうと、腰に刺した剣を抜き俺のシャツの前を切り裂いた。

「ほら…!」
「いえこれは…!」

 それは先日、フォルトゥナの花粉を浴びた際にできた湿疹を掻きむしった痕だ。少し瘡蓋になっているだけ…それだけなのに…。

 周囲からは悲鳴が上がり、王女達は泣き崩れた。

 しまった…!

 しかし、何故ナタはこの事を知っているんだ?当然ナタには伝えていない。ヒューゴは陛下に黙って、俺の所には秘密裏にやって来たはずだ。後宮の何処からか、情報を得たとしか思えない。

 …誰だ…。内通者がいる…。

「呪われた花嫁…。自分の罪を、懺悔しろ。そうすれば、救ってやる、方法がなくは無い。」
「いや、結構だ!」

 俺の返答を聞いたリリアーノとリディアは青い顔で俺に駆け寄ってきて縋りついた。

「アルノー!謝って許してもらいましょう!何と言われても、私たちは平気…!それよりもアルノーに、…もう誰にも死んでほしく無い…!」

  それは三人の母親を見送った、王女達の悲鳴。そんな事を思い出させてしまうなんて、ああ、なんて不甲斐ないんだ、俺は…。

 だからもう今度こそ、終わりにしよう。その為に、全てを明らかにするんだ…絶対に…。

 俺は泣き出したリリアーノとリディアの頭を撫でた。

「大丈夫だよ。後宮に呪いはない。私が必ず証明します。だからもう少しだけ、待っていて…。」

 俺は王女達にもう一度語りかけた。それは決意表明でもある。

「残念です。殿下…。」
「私も同じ気持ちです。ナタ様。」

 ナタは辺りを睥睨すると、口元に不敵な笑みを浮かべてその場を後にした。
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