私の彼は、何だか怪しい

てめえ

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第14話 今度の土曜は空いていない

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「プルッ、プルッ……、プルッ、プルッ……」

通話の着信だ。



 急いでハンドバックからスマホを取り出す。

 きっと、慎也からだ。

 退社のときの定時メールで、今晩、電話をくれるようなことを書いていた。



 慎也は基本的にメールで連絡をくれる。

 本来なら、ラインの方が良いみたいだが、私があまりラインに馴染みがないので、メールにしてくれているようだ。



 スマホ画面を見ると、着信は美香からだった。

 慎也ではなくて、少しがっかりする。



「はい……」

「もう……、千秋ったら。どうしてそう、いつも電話に出るときは不機嫌そうなの?」

「そんなことないわよ。でも、あまり突拍子もないテンションで電話に出られたって、掛けた方が困るでしょう?」

「ううん……。只今、慎也君とラブラブの千秋で~す! くらいのテンションで出てくれて、全然構わないわよ」

まったく、美香ったら……。



 酔って、泣いて、大変だった日曜日から、まだ三日しか経っていないのに、今日はいつにも増して口の回転が良い。



「……で、今日は何の用?」

「えっ、千秋、忘れちゃったの?」

「何を?」

「こないだ言ったじゃない。川田さんが独身か、慎也君に聞いておいて……、って」

「ああ、その話ね」

「待っててもメールも来ないから、心配して電話したのよ」

「美香がそんなに急いでるとは知らなかったから、いつでも良いかなって……」

「あのねえ……。千秋と違って、私は恋愛に飢えているの。もしかして、ラブラブなファーストキスを何度も思い出して、忘れてたんじゃないでしょうね?」

「そ、そんなこと……」

「もう……。水曜日も終わっちゃうでしょう? それなのに、千秋から連絡がなかったら、川田さんを週末に誘うことも出来ないじゃない」

美香は、変なところだけ鋭い。

 確かに、この三日間、私はあのファーストキスを何度も思い出していた。



 ただ、川田さんの件は、ちゃんと慎也に聞いてある。

 美香が喜びそうな、良い情報も仕入れてあるし……。



「そう、そんなに知りたかったのなら教えてあげるわ」

「えっ、忘れてたんじゃないの?」

「美香……。あなた、本当に私がそんなに忘れっぽいとでも思ったの?」

「あ、うん……。だって、千秋、あのキスのとき、本当に気持ち良さそうだったから……」

「だからと言って、忘れるわけがないでしょ。もう、私、35歳のオバサンよ。一々、キスの一つや二つで、他のことが飛んじゃうわけがないじゃない」

「あ、ってことは、気持ちよかったってことは、認めるのね?」

「美香っ! そんな減らず口を叩くんなら、教えてあげないわよ」

「あ、いえ、うそうそ。千秋様、教えて下さいませ」

もう……。

 慎也から電話が掛かってくるから、早く美香の電話を切りたいのに……。

 お風呂まで入り終え、万難を排して慎也からの電話を待っているのに、これではぶち壊しだ。



 ただ、キスの一つや二つと美香に虚勢を張ったが、その一つでメロメロになっている私には呆れるばかりだ。



「じゃあ、良く聞きなさいよ。川田さんは……、……、独身よ」

「本当?」

「そうよ。一度も結婚したことがないらしいわ」

「ウソ……。じゃあ、もしかして、アタックしても良いのかな?」

「更に、追加情報があるけど、聞きたい?」

「うんうん……。何々?」

「川田さんに、今、彼女はいないわ」

「マジで?」

「ええ、数年前に別れて、その後は女性絡みはなし」

「あ、もしかしてそれ、彼女はいないけど、彼氏がいるとかってオチでは……?」

「そんなオチは、ないわよ。正真正銘、フリーだって。高梨さんが言っていたから間違いないそうよ」

「そ、そうなんだ……」

美香の声はやたらと嬉しそうだ。



 しかし、いくら川田さんがフリーだからと言っても、それは即、美香と付き合うと言うことを意味しない。

 美香は大喜びしているが、どうしてそんなに楽観的になれるのか、私には不思議で仕方がない。



 それに、川田さんは非常に忙しそうな人だ。

 どんな職業なのか分らないが、彼女がいないのはそのせいではないかと、私には思えるのだが……。



「じゃあ、千秋、切るね。早速、慎也君に川田さんのメアドを聞かないと……」

「ちょ、ちょっと待って。私、今、慎也君からの電話を待っているんだから、邪魔しないで」

「あ、そうなんだ……。じゃあ、千秋が、慎也君にメールするように言ってくれる?」

「分ったわ。慎也君に言ってあげるから、待ってなさい」

「また、忘れちゃいやよ」

「美香っ!」

通話は、逃げるように、突然切れた。



 まあ、美香の気持ちが急くのも、分らないではない。

 私も、最近になって恋がそういうものだと知ったから……。



 そう言えば、慎也からの電話、遅いな。

 今週は、まだ週末の予定も決めてはいないのに……。






 良く考えてみると、私は大抵、慎也からの電話を待っている。

 こちらからしても差し支えないはずなのに……。



 それに、週末の予定も、いつも慎也から聞いてくれる。

 私から自発的に、デートの場所や日取りを決めたこともない。



 今まで、それが当たり前のようになっていたから違和感を抱かなかったが、それってかなりおかしいのかも。

 もしかすると、私は慎也に甘えていたのかも知れない。



 こんな態度じゃ、慎也に嫌われてしまうかな?

 たまにはこちらから電話をしなかったら、慎也だって不安に思うだろう。

 今、私は慎也からの電話を待っているだけなのに、これだけ不安なのだから……。

 慎也だって、私が積極的に電話をしてくるのを待っているのかも知れない。



 私は、思い切って慎也の電話番号を押した。

 たかが電話で何をドキドキしているのか……、と、私の中の、もう一人の私が笑う。



「あ、千秋さん……。すいません。電話出来なくて……」

「今、大丈夫?」

「はい……。もう家に戻っていますので」

「ちょっと前に、美香から電話があってね……」

「ああ、川田さんのこと、伝えたんですね」

「そうなの……。そうしたら、川田さんのメアドを慎也君に聞いてくれって煩くて……」

「あはは……、そうなんですか。分りました。じゃあ、ちょっと、一回切りますね。美香さんに送ってしまいますから」

「川田さん、勝手に送って怒らないかしら?」

「大丈夫だと思いますよ。ただ、反応してくれるかどうかは、分らないですけど」

「そうよね、お忙しいものね」

「ええ……。じゃあ、切りますね」

「はい……」

やはり、電話して良かった。



 慎也はしてくれるつもりだったみたいだけど、絶対、悪い気はしていないはずだ。



 そうだ……。

 この勢いで、週末の予定も、私から提案しよう。



 何処が良いかな?

 今更、遊園地って歳でもないし、ピクニックでは時間を持てあましそうだし……。

 映画は先日観たし、プラネタリウムは良かったけど、そう何度も行くところではないし……。



 うーん……。

 デートって、結構、何処に行くのか悩んじゃうな。

 美香ならあっさり決めるのだろうけど、私にはなかなかの難題だ。



「プルッ、プルッ……、プルッ、プルッ……」

慎也だ。



「はい……」

「美香さんに送っておきました。即レスが来て、ビックリしましたよ」

「美香、スマホの前で、ジリジリしながら待っていたのね」

「そのようです。先日、川田さんも美香さんのことを心配していたし、二人は意外とあっさり良い流れになるかもしれませんね」

そう……。

 慎也の目からは、簡単に旨く行きそうに見えるのね。



 恋愛経験が少ないせいか、私にはどうもピンと来ない。



「あの……、それでね」

「はい……?」

「今週末のことなんだけど……」

「……、……」

私は、意を決して、こちらからデートの提案をする。

 生まれて初めての経験だけに、どう言って良いのか、良く分からない。



「いつも、慎也君からデートの提案をしてくれるから、今週は私からしようかな……、って」

「……、……」

「土曜日なんだけど、予定空いてる?」

「……、……」

慎也の応えがない。

 どうしたんだろう?



 私は、頭を振り絞って、水族館を提案するつもりであった。

 八景島シーパラダイスなら、慎也もそんなに遠くないし、今まで行ってないところだから新鮮だろうと思ったのだ。



 そのあとは中華街で食事なんてのも良さそうだし。

 いつも焼鳥屋ばかりでは、慎也に申し訳ない。



 でも……。

 予定があるのか、慎也は押し黙ったままだ。



「千秋さん……。すいません、今週の土曜日はちょっと……」

「あ、いいのよ。慎也君だって、そんなにいつも暇なわけはないわよね」

そうは言ったが、ちょっと寂しい。



 私は今まで慎也の誘いを何となく受けてきたけど、慎也も断られることを恐れていたのかもしれない。

 そして、毎回、私の反応にビクビクして……。



 今なら、私にも慎也の気持ちが分る。

 ……とは言っても、自分が断られてみて初めて分るなんて、鈍くて失礼な女だ……、私は。



「いえ……、そうではないんです。今度の土曜は、本当なら断れるんですけど、僕自身がそちらを優先したいので」

「……、……」

「でも、他の女性と逢ったりとかって話ではないですよ。そんな人いやしないですしね。それと、高梨さんも一緒ですから……」

「……、……」

「徹夜で飲んだりもしません。これもお約束出来ます」

「……、……」

どういうことなんだろう?

 どうして、そこで高梨さんが出てくるのだろう?



 私にはまったく分らない。

 もしかすると、慎也と高梨さんを結ぶ関係に、答えがあるのかもしれない。



 だけど、慎也は言ってはくれない。

 どうしても、そこに触れるのは嫌らしい。



「あの……、千秋さん」

「……、……」

「そのかわりと言うか……。その、お願いがあるんです」

「……、……」

「日曜の朝から、付き合ってもらいたいのです」

「日曜日?」

「はい……」

「無理しなくても良いのよ。私は、いつでも慎也君を信じているから」

「あ、いえ……。そう言うことではなくて、どうしても今週の日曜日に来てもらいたいんです」

「……、……」

どういうことなの?

 土曜日は高梨さんとで、日曜日は私と朝から?

 慎也の言っていることが、全然分らない。



「土曜日は、そのための準備と言うか、その……」

「分ったわ。日曜日で良いのね?」

「はい……。銀座線浅草駅改札に、9時待ち合わせでお願いします」

「浅草?」

「はい……」

「……、……」

「実は、川田さんが、先日、高梨さんともう一軒行ったときに、千秋さんを連れて来るように言っていたと……」

「日曜日には、川田さんと高梨さんも来るの?」

「はい。その他にも、メンバーが集まります」

「メンバー?」

そう言えば、慎也と高梨さんは、川田さんを監督と呼んでいた。

 メンバーと言うことは、何か、チームでやることかしら?

 草野球?

 それともサッカー?



 どうにも分らないが、とにかく、慎也と川田さん達の繋がりを、慎也達の方から私に教えてくれようとしているようだ。

 私が当初心配していたような事態では、取りあえずないらしい。



 ただ、川田さんが私を呼べと……?

 どうにもその辺が分らない。

 彼は、繋がりを隠している側の人ではなかったのだろうか?






「慎也君……。私にはどういうことか分らないけど、必ず、日曜日は行くわ」

「はい、よろしくお願いします」

「私は、行けばいいのね? 行きさえすれば……」

「はい……。来ていただければ、すべて分ります」

「すべて……?」

「はい……」

慎也とは、それから二言三言話して、通話を切った。



 何だか、慎也がすべて教えてくれることが、嬉しいのか怖いのか分らない。



 もし、知ってしまって、私が受け入れられなかったら……。

 そんなことはあり得ないつもりでいるが、何が待っているかは分らないのだ。



 それに、何故、浅草なんだろう?

 浅草のイメージって、浅草寺や雷門、仲見世通りくらいしか湧いて来ないが、まさか、そんな関係でもあるまい。



 んっ?

 浅草と言えば、昔は歓楽街があったところだ。

 今でも名残が残っていると言う。



 ……と言うことは、高梨さんもいることだし、そちらの方の……。



 私は、通話し終わったスマホを握りしめ、何が待っているのかを必死に考えるのだった。

 しかし、悪い妄想ばかりが脳裏をかすめ、一向に気持ちは落ち着いてはくれない。



 あ、でも……。

 慎也は、行けば分ると言っていた。

 今、ここで妄想をたくましくするのは、慎也を信じていないと言うことにはならないだろうか?



 私には、何もかもが分らなかった。

 フッと時計を見ると、日付が変わっている。



 日曜日までの三日間……。

 私はこのまま悶々としたまま過ごすのだろうか?



「慎也……。信じていいのね?」

そう呟きながら、私は布団に入るのだった。
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