私の彼は、何だか怪しい

てめえ

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第16話 何が惹きつけるの?

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「こ、この人達、皆、参加するの?」

「そうですよ」

私は、将棋大会の会場に着き、思わず慎也に聞く。



 川田さんから聞いたときの私の将棋大会に対するイメージは、公民館などの一室に、せいぜい100人程度が集まるような感じであった。



 しかし、実際の将棋大会は違った。

 体育館のような広いイベントホールに、ビッシリ人が詰めかけている。

 どのくらいいるのか見当も付かないが、恐らく、1000人はいるのではないだろうか?



「千秋さん……。実は、上のフロアも社団戦会場なんです」

「社団戦?」

「あ、この大会の名称ですね。社会人団体リーグ戦の略です」

「将棋って、個人でやるんじゃないの?」

「普通の大会はそうなんですけど、この大会は団体戦です。一チーム7人で、4勝した側の勝ちです」

「……、……」

なるほど、だから監督が必要なのか。

 

 それにしても、将棋をやる人がこんなに多いことに驚く。

 興味すらない世界だから、参加なさっている方々の意欲の源も分からない。



 ただ、想像通りな部分もある。

 男性がほとんどで、会場にはほぼ女性がいないことだ。

 私などは、明らかに場違いな感じだし……。



 私と同年配の女性もいるが、その人達はお子さんの付き添いのようで、将棋をやるような感じには見えない。



「あの……、これは何?」

「ああ、対局時計です」

「……、……」

「持ち時間を設定しないといつまでも勝負がつかないので、これを交互に叩くことで持ち時間を計ります」

私には、見るモノすべてが奇異に見える。

 ゴムの将棋盤の横に置かれた対局時計と言う奇妙な器械も、会場の異様な熱気も……。



 分かるのは、これから始まるので、会場全体が興奮状態にあることくらい。

 慎也も心なしか緊張しているように見える。



「じゃあ、オーダーを組んだから座って……」

川田さんの一声で、着席するメンバーの方々。

 向かいには、対戦相手のチームと思しき人達が並んで座っている。



 一番端に座った高梨さんが、駒を何枚か握って両手でカチャカチャと振ると、目の前に放り投げた。

 あれは何をしているのだろう?

 まったく意味が分からない。



「棋龍館、奇数先……」

高梨さんが、声を上げると、何やらザワザワした後、一礼をして皆が将棋をやり始めた。






「千秋ちゃん……、ちょっと」

「えっ、川田さんはおやりにならないのですか?」

「ああ、俺はもう10年くらい出てない」

「……、……」

将棋をやっている場所から、少し離れたところで川田さんと話をする。



 フッと気がつくと、あれだけザワザワとしていた会場が、シーンと静まりかえっている。



「慎ちゃんとか、高梨さんとか、あと、他のメンバーで将棋を指したい人が指すべきなんだ」

「……、……」

「俺はもう、とっくに情熱を失っているし、向上心もない」

「……、……」

「だから、指す資格がないのさ」

「……、……」

指す資格……。

 どういう意味なのだろう?



 川田さんは忙しい人なはずだ。

 それを押して参加しているのに、指す資格がないから出ないって、何だか変だ。



 確かに、将棋を指している方々は真剣そのものだ。

 慎也のあんな怖い顔は初めて見るし、高梨さんも、没頭しているのか顔が男性っぽい。

 真面目に臨まなくてはいけないのは、雰囲気からも察せられる。



 しかし、情熱を失っている人が、わざわざ日曜日を潰して将棋大会に来るだろうか?

 周囲を見回しても、川田さんのように会場をウロウロしている人はほとんどいない。



「千秋ちゃん……。慎ちゃんのところ、どちらの形勢が良いか分かるかい?」

「いえ……。将棋のルールも分からないので……」

「あはは……、そう言うことを言っているんじゃないよ。俺だって局面を見ていないしね。だけど、慎ちゃんの様子で大体分かるんだよ」

「様子だけで?」

「そう……。ほら、今の慎ちゃんは少し胸を反らし気味に堂々と座っているだろう? あれは、慎ちゃんが局面に自信を持っている証拠なの」

「……、……」

確かに、慎也は胸を張っている。

 対する相手は中年のオジサンだが、背を丸めて食い入るように局面を見ているようだ。



「あれね……、きっと相手が序盤早々に間違えたの。それを慎ちゃんが咎めて、優勢に進めているんだ」

「では、慎也君が勝つのですか?」

「うん……。まあ、でも、まだ分からないな。相手の人もまったく諦めていないしね」

「……、……」

「慎ちゃんが胸を反らしたまま勝ちきれれば、少し、成長したと言えるかな」

「そうじゃなかったら?」

「もう少し強くならないと、慎ちゃん本人が満足出来ないと思うよ」

「……、……」

川田さんの評価は、冷静そのものだった。

 それに、局面を見なくても慎也が何を考えているのか分かってしまう洞察力は、私には理解できないが驚嘆の一語であった。



「あ、そうそう……。千秋ちゃん、美香ちゃんにもう電話した?」

「いえ……」

「じゃあ、今のうちにしておいで。慎ちゃんのところも、勝負がつくにはあと30分はかかるからさ」

「はい、そうします」

「あとさ、美香ちゃんには、渡したい物があるから……、って言っておいてくれる?」

「渡したい物ですか?」

「ああ……。まあ、大した物じゃないんだ……。千秋ちゃんから渡してもらっても用は足りるんだけど、来るなら直接渡そうかと思ってね」

「……、……」

渡したい物が何かは分からないが、川田さんの言葉を伝えれば、美香は喜ぶだろう。

 忙しい川田さんに、気にかけてもらっていたのだから……。






 私はエレベーターで一階に降りた。

 会場の静まり返った雰囲気の中では、電話をすることがはばかられたからだ。



 まだ午前中だし、美香は起きているだろうか?



「何? 日曜の午前中から電話なんて……」

「ごめん。寝てた?」

「うん……。昨日、寝たのが遅かったから……」

「ああ、なら、迷惑だったかな?」

「そんなことはないけど、千秋が電話してくるとは思わなかったから」

「ごめんね、ちょっと用があったの」

やはり、美香は寝ていた。

 川田さんとは連絡が付かなかったのだろうから、前日に遊んでいたわけではないだろうが、土曜の夜に美香が早く寝ている姿は想像がつかない。



「……で、用って何?」

「今ね、私、浅草にいるの」

「浅草?」

「ええ……。慎也君や川田さん達と一緒にいるわ」

「えっ、川田さんもいるの?」

「美香が、週末に川田さんと連絡をとりたいって言っていたのを思い出したから、電話をしてみたんだけど……」

「えっ、何々? どういうこと?」

「それがね……」

私は、美香に事の次第を話した。

 慎也や川田さん達の繋がりが将棋であったことや、今日が将棋大会で、そこに私が呼ばれたこと。

 今まで慎也が頑なに繋がりを教えてくれなかった訳なども……。



 美香は、将棋について、私よりもよく知っていた。

「将棋って、今、話題になってるじゃない。あの、藤井聡太君ってカワイイわよね」

などと言っている。

 ただ、美香的には、藤井君よりも、初めて藤井君を負かした佐々木君の方が好みなんだそうだ。



 私もニュースなどで話題になっていたことは知っていたが、藤井聡太君がどんな顔をしているかまでは知らない。

 ミーハー方面に伸びる美香のアンテナは、私のアンテナよりも数段感度が良いようで、慎也が将棋をやっていることもすんなり理解したようだった。



「あ、それで千秋が電話をくれたのね? 私も行っても良いんでしょう?」

「うん、そのつもりで誘ったの」

美香は、私が最後まで説明しなくても、結論に辿り着いた。



「これから支度をして出るから、2時過ぎになっちゃうわ。それまで将棋大会ってやっているのかしら?」

「川田さんが、美香を呼ぶなら、打ち上げに呼んであげれば……、って言ってくれたのよ。打ち上げは5時かららしいので、十分、間に合うわよ」

「川田さん、私が行っても機嫌を悪くしないかな? 何度もメールしたから、きっと怒っていると思うの……」

「美香からメールが届いていることを、川田さんは分かっていなかったみたい。だから、怒ってなんかいないわよ」

「怒ってないのは嬉しいけど、メールをスルーされていたのはちょっと悲しいかな?」

「川田さんは、特定の人からの電話やメール以外には、反応してくれないそうよ。だから、美香だけをスルーしたわけではないと思うの」

「そうかな? じゃあ、行っても大丈夫だよね?」

「うん……。あ、それに、美香に渡したい物があるって、川田さんが言っていたわよ」

「えっ、私に?」

「そうよ。川田さん、美香のことを気にかけてくれていたみたいなのよ」

「そ、そうなの? 何かな……、渡したい物って」

「大した物じゃない……、って言っていたけど、何かは知らないわ」

美香は、何だか嬉しそうな声を出している。



「じゃあ、浅草に着いたら連絡するわね」

美香は、上機嫌で電話を切った。

 この分だと、かなり早く連絡が来そうだ。



 私は苦笑しながら、美香がルンルンで服を選ぶ姿を思い浮かべた。






 会場に戻ると、私は真っ先に慎也の様子を見に行った。

 美香と話しているときも、気になっていたのだ。



 信也は、相変わらず胸を張っていた。

 リズムでもとるように頭を揺らしながら……。



 私は、思わず将棋盤を覗き込んだ。

 見ても分かるわけはないのに……。

 ただ、分からないなりに、慎也の駒が盤面に多いような気がして、きっとまだ優勢なのだろうと思った。



 信也は、柔らかい手つきで駒を動かすと、そっと対局時計を押した。

 相手のオジサンは、苦しそうに身をよじり、盤に打ち付けるように駒を動かす。



 信也は、オジサンが指すと、無言で対局時計を指さした。

 オジサンは、ハッとなったような表情で、対局時計を押す。



「慎ちゃん、冷静だね」

フッと気が付くと、私の隣には川田さんがいた。



 川田さんは私の肩を指でちょいちょいと突くと、少し離れたところに行き、私を手招きした。



「今のね、相手の人が時計を押し忘れたんだ。それを、慎ちゃんが教えてあげたの」

「……、……」

「時計が切れると相手の負けだからさ。普通は教えてあげないところなんだけど、気持ちに余裕があるみたい」

「では、慎也君が勝ちそうなんですか?」

「うん……、もうひっくり返らないよ。あと少しで相手は投了する」

「投了?」

「ああ、投了と言うのは、相手が降参することね。負けたことを意思表示するから、見ているといいよ」

「……、……」

川田さんはそう言うが、オジサンの方が気合をぶつけるように指すので、心配になってしまう。

 本当に慎也は勝てるのだろうか?

 私は、祈るような気持ちで慎也を見つめる。



 ……と、急に二人の指すのが早くなる。

 今までは、お互いに考え考えだったのに……。



 早くなってしばらくは同じリズムだった。

 それが、オジサンの番なのに、急に動きが止まった。



「負けました……」

オジサンは拡げた掌で盤を押さえるような動作をし、口でハッキリ降参の意を示した。

 これが川田さんの言っていた投了のようだ。



 慎也も少し頭を下げた。

 二人とも、終わったはずなのに、微動だにせず盤を見つめている。



「これ、酷かったね……」

先に動き出したのは、オジサンの方だった。

 何やら慎也に話しかけながら、盤の一か所を指さしている。



 慎也もオジサンに合わせて何か言っているが、私には理解出来ない。

 お互いに符号のようなことを口走っているので、聞き取ることは出来るが何を言っているのか分からないのだ。



 しばらく二人で言い合っていたが、その内、駒を動かしだした。

 整然と駒が並ぶ……。

 ルールの分からない私が見ても、戦いが始まる前の局面だと言うことは分かった。



「ほら、勝っただろう?」

「ええ……、何か、慎也君頼もしいです」

「そうね……。相手の人はかなり強い人なんだ。だけど、序盤でミスしたのをしっかり咎めて、慎ちゃんがそのまま勝ち切った」

「……、……」

「慎ちゃん、ちょっと強くなったかな? 以前はこういう勝ち方が出来なかったんだ」

「そうなんですか?」

「ああ……。一月前にはこうじゃなかった。……って、もしかして、千秋ちゃんが来て気合が入ったかな?」

「えっ?」

「あはは……。まあ、何にしても勝って良かったね。今日は愛の力で勝ちまくりそうだから、俺も期待しちゃうよ」

「……、……」

川田さんはそう言って、からかうように笑った。



「あの……。終わったのに、二人で何をしているんですか?」

「あれはね、感想戦って言って、二人で今の対局を振り返ってるの」

「感想戦?」

「そう……。せっかく一生懸命将棋を指しても、感想戦をしないと上達の糧にならないんだ」

「反省会みたいなものですか?」

「そう……、反省会だよ。お互いが何を考えているか、手の内を明かして敗因を探ったりするのね」

「それって、勝った方は良いですけど、負けた方は辛くないんですか?」

「あはは……。そう……、負けた方は辛いよ。感想戦でも負かされかねないしね」

「……、……」

「でもね、そうやって一局一局を振り返るのが、何よりの上達法なの。だから、辛くてもやらないわけにはいかないんだ」

「……、……」

川田さんはそう言うと、他の対局を見るために移動して行った。



 慎也とオジサンの感想戦をやる姿を見て、私は朝、川田さんが言った、

「半分人生を賭けてる……」

と言う言葉を思い出していた。



 たかがゲームとも川田さんは言っていたが、辛い思いをしてまで上達したいなんて……。

 確かに、慎也は真剣そのものに見えたし、相手のオジサンもそれは同じように見えた。



 私は茫然と立ち尽くしながら、

「将棋って何なんだろう……?」

と、考え込むのだった。
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