私の彼は、何だか怪しい

てめえ

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第17話 命を賭けた相手

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「なんだよ……、今日は皆、やけに調子が良いな」

川田さんが呟く。



「慎ちゃんよ……。慎ちゃんの調子が良いから、チームが勝っているのよ」

高梨さんが、川田さんの後を受ける。



 確かに、慎也の調子は良いようだった。

 今まで、三戦して三勝……。

 しかも、いつ見ても彼は胸を張って堂々と勝っていた。



「やっぱ、愛の力かな。慎ちゃん……、毎回、千秋ちゃんに来てもらおうか?」

そう、からかうように言う川田さんに、慎也と私は少し照れながら笑う。



「チームも三連勝だし、この次に勝てば、今日は全勝で帰れるわね」

「まあ……、そうなんだけど」

「どうしたの?」

「次がなあ……」

高梨さんは威勢が良かったが、川田さんは成績が良いと言いつつも、渋い表情をしている。

 川田さんは、メンバー表を見ながら、何か考えているようだ。

 高梨さんが、それを脇から覗き込む。



「次、例のとこなんですよ」

「ああ、天田君のところね」

「ええ……」

「他は良いとして、天田君に誰を当てるかね、問題は……」

「うーん……。ウチのチームじゃ、誰を当ててもねえ……」

「そうね……」

川田さんと高梨さんはヒソヒソ声で話をしている。

 天田君と言うのは、どういう人なのだろう?



「僕にやらせて下さい」

少し遠くから話を聞いていた慎也が、急に声を上げた。

 川田さんと高梨さんは、驚いたような顔で慎也を見る。



「慎ちゃん……、意味が分かって言ってるんだろうな?」

「はい……、分かっています」

「強い弱いの話じゃねーぞ」

「はい……」

「……、……」

「多分、こんな機会は二度とないので……」

慎也は、悲壮感が漂うような表情で川田さんに食い下がる。



 川田さんは、少し目を伏せた。

 慎也を天田君にぶつけるか考えているようだが、私にはどうしてそんなに慎也が必死なのか分からない。

 それに、二度とないって……?



「プルッ、プルッ……、プルッ、プルッ……」

私のスマホが鳴る。

 美香からだ。

 浅草駅に着いたのだろう。



 慎也と天田君のことがどうなるのか気になったが、後ろ髪を引かれる思いで会場の端に行き、電話に出る。



「着いたわよ。とりあえず、改札で待っていれば良いかしら?」

「あ、うん……。じゃあ、5分くらいで行くから待っていてね」

スマホを切って、私はエレベーターを待った。






「浅草って、凄い人ね」

「そうね。外国人の人がいっぱいいるわね」

江戸通りを二人で歩いて、混雑ぶりに驚く。

 朝、通った時には、それほどとも思わなかったが、日中にはツアー客と思しき人達が、道を埋め尽くしている。

 きっと、飲食店などは何処も満員なのだろう。



 美香と私は、お上りさんのような感想を口にしつつ、会場に向かう。



「ねえ、美香……。その恰好はちょっと露出が激し過ぎない?」

「えっ、そう? これでもキャミソールは諦めたんだけど」

「あのねえ……。将棋大会の会場って、男性ばかりなのよ。そんなミニスカートじゃ場違いよ」

「川田さんには、少し刺激的な恰好がいいかなと思って……」

「川田さんは、今、そんなことを気にしていられないと思うわ。物凄く真剣なんですもの……、参加している方々が」

「でも、打ち上げもあるんでしょう?」

美香はマイペースだ。

 私が何を言っても平気な顔をしている。



 会場に戻ると、場内はまた静まり返っていた。

 外の混雑ぶりとは、別世界に感じる。

 こんなに人が密集しているのに……。



「あそこに川田さんがいるわよ」

美香が小声でささやきかける。

 さすがに美香でも、この雰囲気の中では、小声にならざるを得ない。



「おっ、来たね、美香ちゃん」

「こんにちは……」

「忘れるといけないから、これ、とりあえず渡しておくね」

「……、……」

川田さんが美香に差し出したのは、ピンク色の封筒だった。

 美香が封筒の中身を確認すると、SDカードが一枚出てきた。



「先日の一部始終が録音されてるから……」

「録音?」

「ああ……。東和アソシエイツの話の時に、スマホで録っておいたんだ」

「……、……」

「これを使うようなことにはならないだろうけど、詐欺師ってのはタチが悪くてね。証拠なんて平気で捏造して引っかけてくるからさ」

「……、……」

「もし、何かあれば俺が直接証言もするけど、有利な証拠は多い方が良い」

「スマホで録音出来てしまうんですか?」

「そうだよ。今のスマホは優秀なんで、下手なボイスレコーダーより性能が良かったりする。容量も大きいから、数時間続けて録っても大丈夫だしね」

「……、……」

美香は、複雑な表情をしている。

 もしかすると、美香が想像していたようなモノではなかったのかもしれない。



「あの……、川田さん」

「ん? 何、千秋ちゃん」

「先ほどの話はどうなったのでしょうか?」

「ああ、天田君に誰を当てるかね。慎ちゃんが強く望むから、彼に賭けてみることにしたよ」

と、言うことは、今、慎也と戦っているのが、高梨さんや川田さんが言っていた天田君なのだろう。



「ねえねえ……、千秋。その天田君って人、顔色が悪くない?」

「そうね……」

美香が言う通り、天田君は顔面蒼白だった。

 頬はこけ、座るのも辛そうに机に肘をつき、肩で息をしている。

 年齢は分かりにくいが、おそらく30代後半くらいか。

 ただ、目だけは射るように盤に注がれている。



「彼はね、将棋に命を賭けてしまったんだよ」

「命を賭けて?」

「うん、文字通りね」

「……、……」

川田さんは、ささやくように私と美香に話しかける。



「彼はガンなんだ、末期の……。余命宣告されている」

「……、……」

「普通なら、少しでも長く生きるために抗がん剤治療をするだろう? だけど、彼は抗がん剤を打つと将棋が弱くなるから……、と言って、拒否したんだ」

「……、……」

「天田君は、奨励会の三段までいったんだ。だけど、年齢制限で道を絶たれてね。それでも将棋に携わる仕事をしたいと思っていた矢先に、ガンの宣告を受けた」

「……、……」

「向こうのチームは、そういう天田君の事情をすべて知った上で集まった精鋭揃いなのさ。元奨励会の段位者しかいない。この会場で最強のチームで、今まで負けたことがない」

「……、……」

「天田君の、将棋への想いを遂げさせるためだけに作られたチームなんだ」

「……、……」

「だから、ハンパな覚悟の人間を天田君とやらせるわけにはいかないのさ」

「……、……」

今朝、川田さんは言っていた。

 年齢制限は、25歳だと……。

 だとすると、天田君はまだ20代後半のはずだ。

 それなのに、傍から見て10歳も年をとって見えるなんて……。



「そんなに強いチームでは、勝ち目はないってことですか?」

美香は聞きにくいことを単刀直入に聞いた。



「いや……。確かに相手は強いけど、一方的に負ける気はない。きっと、三勝三敗で慎ちゃんと天田君のところが残る。俺は、そういう風にオーダーを組んだんだからさ」

「相手が何処に誰を出すかも分かっているんですか?」

「まあ、伊達にこうやって監督を引き受けてるわけではないんだよ。キッチリ読み切って、すべてこちらの思い通りに当てた。それでも、慎ちゃんのところが勝たなかったら、ウチのチームに勝ちはない」

「……、……」

私には、川田さんの言うことがにわかには信じられなかった。

 7人の団体戦で、相手チームの思惑を読み切るなんてあり得ない。

 しかも、それぞれの勝敗の予想までしてしまうなんて……。



 しかし、実際に慎也は天田君と当たっている。

 と言うことは、川田さんが言うように、三勝三敗で慎也が残るのかもしれない。



「川田さん……。慎也君にはどれくらい勝ち目があるのでしょうか?」

「……、……。千秋ちゃんには悪いけど、ほぼ勝ち目はない。あって十分の一くらいかな」

そう宣告すると、川田さんは言葉を切った。






 慎也は明らかに苦しんでいた。

 胸を張るような仕草も、堂々とした座り方も、今はしていない。



「川田さん……。慎也君の方が悪いのでしょうか?」

「いや、局面は、むしろ慎ちゃんの方が良いよ」

「でも、さっきまでみたいに堂々としていないです」

「あれは、天田君が決め手を与えないように指しているので、慎ちゃんがいらついているんだ。今、中盤の難所を迎えているんだけど、精神的には両方とも苦しい。ここからだよ……、真の勝負は」

川田さんの言葉を裏付けるかのように、慎也は首を振る。

 私は、ハラハラしながら見ているしかない。



「千秋……。何か、凄いことになっちゃってるのね?」

ひそひそ声で美香がささやく。



 私はうなずいた。

 どうしてこんなに将棋に熱中する人ばかりなのか、私と美香だけが理解していないようで、二人でおどおどとしている。



 慎也は相変わらず苦しそうだ。

 眉を寄せ、必死に盤を凝視している。



 しかし、天田君はそれ以上に苦しそうに見える。

 駒を動かす手つきも弱々しく、今にも突っ伏してしまいそうなほど上体に力が入っていない。

 それでも、状況に正確に対応しているのだろう。

 天田君が一手指すたびに、慎也が身をよじる。



 私にはどうしても分からない。

 この勝負に勝つと何があるのだろう?

 お互いにそこまで苦しんで、何を得られるのだろう?

 プロへの道が繋がっているわけでもないのに、どうしてそんなに目の前のことに集中できるのだろう?



 天田君は、間違いなく命を削っている。

 私のような素人にも、それはハッキリ分かる。

 将棋のルールも分からないのに、二人がもだえ苦しんでいる姿が崇高にさえ見える。



 私は、掌にびっしょりと汗をかいていた。

 気付かない内に、両手を握りしめていたようだ。



「ピッ……」

対局時計が鳴る。

 慎也がチラッとそれを見る。

 もう、慎也には持ち時間が残っていないようだ。

 なくなると秒読みが始まる。

 秒読みが始まると、30秒以内に指さなければならない。



「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピーーー!」

慎也は慌てた手つきで指し、時計を荒々しく叩いた。

 指した駒が盤のマス目に収まりきっていない。



「ピッ……」

天田君も、持ち時間がないようだ。

 あの弱々しい手つきで、30秒以内に指し続けることが出来るのだろうか?



 周囲を見ると、いつの間にか人垣が出来ている。

 二十人ほどいるが、食い入るように慎也と天田君の対局を見守っている。

 この人達は、皆、この将棋がどういう意味を持っているのか知っているのだろう。



「慎ちゃんが頑張っているよ。ギリギリのところでリードを保っている」

川田さんがささやいてくれる。

 でも、このまますんなり慎也が勝つとは思えない。

 天田君は、力ない手つきだが、目が諦めていないのだ。



「ピシッ!」

慎也の指がしなった。

 小気味いい音を立て、慎也が指す。

 自信があるのか、慎也の上体が起きる。



 対局時計の急きたてる音がする。

 天田君は、もう手が震えて駒を持つのさえきつそうだ。



「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピーーー!」

天田君が指一本で辛うじて指す。

 対局時計を押す手も弱々しい。



「うっ……」

川田さんが、天田君の手を見て唸る。

 そして、

「さすがだよ……。この土壇場でこんな手が指せるなんて……」

と呟いた。



 私にはわけが分からない。

 今、慎也は自信を持っていたんじゃないのだろうか?

 冷静に看ている川田さんが唸るほどの手を、いつ倒れてもおかしくなさそうな天田君が指したと言うのだろうか?



「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピーーー!」

今度は慎也に秒読みが襲い掛かる。

 慎也もギリギリで指し、対局時計を叩く。



 しかし、天田君の次の手は、対局時計に追われることなく、少しゆったりとした手つきで指された。



 その手を見て、慎也の肩から力が抜けていった。

 対局時計が時を刻む。

 慎也は顔を上げ、宙を見据えた。

 その目は少しトロンとし、わずかにうるんでいるように見える。



「負けました……」

呟くように慎也は投了した。

 両者は固まったように動かない。



 対局時計の音だけが鳴り響き、そして、ぷつりと音が止まった。






 感想戦は行われなかった。



 ……と言うか、天田君は、衰弱して声も出せないようだった。

 自力では席から立ちあがることも難しそうで、天田君のチームメンバーが肩を貸し、椅子ごと持ち上げてようやく盤の前から離れた。



 慎也はがっくりうなだれていた。

 でも、全力を尽くしたはずだ。

 遥かに格上の相手を、あれだけ苦しめたのだから……。



 一人残された慎也に、

「最後、真っ暗にされちゃったわね」

と、高梨さんが話しかける。



「あれ、調べればまだ難しいんだろうけど、誰でも分からなくなるよ。確かに命が懸かっていたね」

川田さんも、慎也をねぎらう。



 私は、三人を茫然と見つめていた。



 慎也に勝って欲しかった。

 でも、天田君にも負けて欲しくなかった。

 そんな矛盾した気持ちを抱えながら、将棋で繋がった三人を見つめ続けるのだった。
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