職も住処もなくした私が訳ありアパートの管理人にスカウトされました。何やら事情があるようです。

ピヨピヨ

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只今業務中6

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 午後三時頃、下り電車で都下にやって来た。
 駅から、15分ほど歩いたところにさびれたアパートが立っている。錆びた鉄の階段をかんかんとのぼり西谷と表札が出ている。玄関のブザーを押す。

「レイワ不動産です」

 名乗るや否やすごい勢いで扉が開く。その瞬間テレピン油のにおいが鼻を衝く。
 なかから痩せた色の浅黒い男がとびだしてきた。

「ベアトリスを持ってきてくれたんだな」
「へ? ベアトリス? ああ、はい。ビスクドールですね」

 慌てて箱を渡すと、西谷はひったくるようにうけとり、部屋に入った。
 それから宝物を開けるようにゆっくりと丁寧箱を開ける。
 葵はドキドキした。箱を開けると封印が解かれる仕様になっているからだ。しかし、人形が飛び出してくることもなく、西谷が大切そうに人形を取り出す。

「ああ、良かったベアトリス、すぐに迎えに行けなくてごめんよ」

 泣いて人形に縋りつく。葵は、ビスクドールを抱きしめて泣く30男に呆気にとられた。まるで、生き別れになった恋人との再会のようだ。

「ありがとう。あんたがたには何と逝って礼をいいやら」

 男がベアトリスを胸にかき抱き、泣きながら頭を下げる。確かにベアトリスのせいで怖い思いもしたが、そこまで礼を言われるほどの事でもない。

 そんなことより、早くビスクドールから離れたい。

「いえ、仕事ですので結構です。では失礼致します」

 去ろうとすると西谷が引き留める。

「せっかくだから、茶ぐらい飲んで行ってくれ」

 断りたいが、社長から言われている。出来るだけ相手の要望に応えるようにと。
 ああ早く家に帰って温泉に入りたい。そんな気持ちを押し隠し、仕方なく上がってお茶を頂く。

「絵を描かれてらっしゃるのですね」

 部屋にいくつも油絵が置いてあった。風景画もあれば、静物画もある。奥が作業場になっているようだ。二間しかないアパートで、これだけキャンバスと画材に占領され、西谷いったいどこで寝ているのだろう。絵に埋もれているのだろうか。

 そして、圧倒的に多いのが少女の絵、ベアトリスそっくりだ。

「いちおう、コンクールで何度か入選したことはあるのですが、いわゆる売れない画家です」

 そうはいっても西谷の絵は、透明感があり語りかけてくるようで見ていると心が和む。葵は全くの素人だが美しいと思う。
 
 もちろん少女の絵は、歯を剥くベアトリスを見てしまったので、どれほど美しくても受け付けないが。

「よかったら、どれかお持ち帰りになりますか?」

 絵などいままで興味はなかったが、彼の絵はどこか心を惹かれる。一度は遠慮したが、どうしても礼がしたいと言うので一枚選んだ。

「では、これを」

 一番小さな絵で、浜辺が絵描かれている。なんとなく波の音が聞こえてきそう。

「ちょっとお待ちくださいね。いまつつんできますから」

 そう言って、西谷が奥の部屋にきえる。

 するとベアトリスと部屋に取り残された。ちょっと怖いと思った直後、ビスクドールの口がゆっくりと開く。怖いのに金縛りにあったように目がなせない。その唇はゆっくりと「あ・り・が・と・う」と紡ぐ。それから、にっこりと葵に微笑みかけてきた。

 やっぱり、怖いよう……。 
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