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第8話 刃の向こう側
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その晩、王宮の広間はいつも以上に華やいでいた。
水晶のシャンデリアが高い天井から光を降らし、絹の衣擦れと銀器の澄んだ響きが交錯する。
各国からの使節団を迎えるための晩餐会。政治と礼節が渦を巻く場であり、王族としてリオネルは微笑を絶やさず人々に言葉を返していた。
視線の端に、黒い近衛服の背を見つける。
広間のどこにいても必ず目に入る存在――カイン。
その姿を確かめるたびに、不安は鎮まり、呼吸が整った。
しかし、その安心は次の瞬間、粉々に打ち砕かれる。
広間の扉近く、不自然な動き。
背の低い給仕がトレイを持ち、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
何気ない仕草――そう思った一瞬、袖口から鈍い光が覗いた。
(刃――!)
気づいた瞬間にはもう、カインの体が動いていた。
間にいた客を押し避け、床を駆け抜ける鋭い影。
「殿下、下がれ!」
鋭い声と同時に、金属がぶつかる衝撃音。
刃が弾かれた。しかし暗殺者の二撃目は予想より早く、横薙ぎに閃いた。
カインは身を捻り、リオネルを庇う。
肩口に鋭い衝撃。熱が弾け、背中まで重く流れる。
「カイン!」
耳元で叫ぶ声が遠くに聞こえた。
鎧の下を熱い液体が伝い、濡れて広がっていく。
護衛隊が駆けつけ、暗殺者はすぐに取り押さえられた。
広間は騒然とし、空気が張り裂けんばかりにざわめいている。
カインはわずかに膝をつきかけ――歯を食いしばって立ち続けた。
琥珀色の瞳は揺らぎもせず、ただリオネルを見据える。
「……ご無事、ですか」
「無事じゃないのは、君だ!」
リオネルは駆け寄り、片腕でカインの体を支える。
触れた手に嫌なほど温かい感触――それが血だと悟った瞬間、胸が締め付けられた。
控え室へと運び込まれたカインは椅子に座らされ、鎧を外される。
白い布地が赤く染まり、侍医たちが慌ただしく走り回る。
リオネルは何度も下がるよう促されたが、首を振り続けた。
「嫌だ……ここにいる」
その頑なな声に、誰もそれ以上言えなくなった。
侍医が止血を終え、「命に別状はない。ただし出血が多かったので、しばらくは安静が必要」と告げた。
その言葉を聞いてようやく、リオネルの胸の奥の締め付けが少しだけ緩んだ。
夜更けになり、侍医が席を外した静かな部屋で、カインが薄く瞼を開けた。
「……殿下、怪我は……」
「僕のことより、君だ!」
堪えきれず声が震える。
「君が……倒れたら、僕は……」
言葉が詰まり、視界が滲む。
カインは弱い笑みを浮かべ、血に染まった指先でリオネルの頬に触れた。
「……守るのが、私の務めです」
「務めなんて関係ない! 君が生きていてくれればいい。……そばにいてくれればいいんだ」
その一言に、カインの瞳が大きく揺れた。
ブルーの瞳が潤み、涙がぽろぽろと零れる。
「……君が居ない世界で、生きる意味なんてない」
声よりも、涙よりも、その言葉が胸の奥に突き刺さる。
「お願いだよ、カイン。もうこんなことは……しないで」
掠れた声が、深く深く心に届く。
カインは短く息を吐き、震える指でリオネルの涙を拭った。
「殿下……申し訳、ありませ……」
声を残し、意識が再び眠りに沈んでいった。
静けさの中、リオネルは握った手を離さなかった。
その温もりが二度と失われぬように――祈るように。
翌朝、東の空から差し込む光が、客間を淡く照らしていた。
薬草の香りが漂う中、リオネルは寝台の横に座り、カインの手を握ったまま瞬きも忘れていた。
(……早く、目を開けて)
心の中で繰り返す。
すると指がわずかに動き、リオネルは息を呑んだ。
「カイン……?」
ゆっくりと瞼が開き、琥珀色の瞳が現れる。
まだ焦点は定まらない。それでも自分を捉えた瞬間、胸の奥の何かがほどけた。
「……殿下」
かすれた声が耳に届く。
「よかった……本当に……」
言葉は震え、視界が再び滲む。
リオネルはその手をぎゅっと握りしめた。
「……殿下?」
「あぁ……君が生きていてくれて、本当に……」
涙が頬を伝い、カインの指先に落ちる。
その温かさに、カインの胸の奥がじわりと熱を帯びた。
しばしの沈黙ののち、カインは力の入らない腕をゆっくり持ち上げた。
それでも確かに、リオネルの背を引き寄せる。
抵抗はなく、リオネルはその胸に顔を埋めた。
「……すみません。殿下を泣かせるつもりは」
「僕が勝手に泣いてるだけだよ」
小さな声に、確かな笑みが混じっていた。
カインはその笑みを感じ取り、弱いながらも腕に力を込めた。
鎧越しではない、生身の体温と鼓動が互いに伝わる。
長い夜と痛みを超えて――二人の距離は確かに近づいていた。
「……もう離さないで」
リオネルの小さな声に、カインは短く「はい」とだけ答えた。
その返事が、これまでのどんな忠誠の誓いよりも重く響いた。
水晶のシャンデリアが高い天井から光を降らし、絹の衣擦れと銀器の澄んだ響きが交錯する。
各国からの使節団を迎えるための晩餐会。政治と礼節が渦を巻く場であり、王族としてリオネルは微笑を絶やさず人々に言葉を返していた。
視線の端に、黒い近衛服の背を見つける。
広間のどこにいても必ず目に入る存在――カイン。
その姿を確かめるたびに、不安は鎮まり、呼吸が整った。
しかし、その安心は次の瞬間、粉々に打ち砕かれる。
広間の扉近く、不自然な動き。
背の低い給仕がトレイを持ち、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
何気ない仕草――そう思った一瞬、袖口から鈍い光が覗いた。
(刃――!)
気づいた瞬間にはもう、カインの体が動いていた。
間にいた客を押し避け、床を駆け抜ける鋭い影。
「殿下、下がれ!」
鋭い声と同時に、金属がぶつかる衝撃音。
刃が弾かれた。しかし暗殺者の二撃目は予想より早く、横薙ぎに閃いた。
カインは身を捻り、リオネルを庇う。
肩口に鋭い衝撃。熱が弾け、背中まで重く流れる。
「カイン!」
耳元で叫ぶ声が遠くに聞こえた。
鎧の下を熱い液体が伝い、濡れて広がっていく。
護衛隊が駆けつけ、暗殺者はすぐに取り押さえられた。
広間は騒然とし、空気が張り裂けんばかりにざわめいている。
カインはわずかに膝をつきかけ――歯を食いしばって立ち続けた。
琥珀色の瞳は揺らぎもせず、ただリオネルを見据える。
「……ご無事、ですか」
「無事じゃないのは、君だ!」
リオネルは駆け寄り、片腕でカインの体を支える。
触れた手に嫌なほど温かい感触――それが血だと悟った瞬間、胸が締め付けられた。
控え室へと運び込まれたカインは椅子に座らされ、鎧を外される。
白い布地が赤く染まり、侍医たちが慌ただしく走り回る。
リオネルは何度も下がるよう促されたが、首を振り続けた。
「嫌だ……ここにいる」
その頑なな声に、誰もそれ以上言えなくなった。
侍医が止血を終え、「命に別状はない。ただし出血が多かったので、しばらくは安静が必要」と告げた。
その言葉を聞いてようやく、リオネルの胸の奥の締め付けが少しだけ緩んだ。
夜更けになり、侍医が席を外した静かな部屋で、カインが薄く瞼を開けた。
「……殿下、怪我は……」
「僕のことより、君だ!」
堪えきれず声が震える。
「君が……倒れたら、僕は……」
言葉が詰まり、視界が滲む。
カインは弱い笑みを浮かべ、血に染まった指先でリオネルの頬に触れた。
「……守るのが、私の務めです」
「務めなんて関係ない! 君が生きていてくれればいい。……そばにいてくれればいいんだ」
その一言に、カインの瞳が大きく揺れた。
ブルーの瞳が潤み、涙がぽろぽろと零れる。
「……君が居ない世界で、生きる意味なんてない」
声よりも、涙よりも、その言葉が胸の奥に突き刺さる。
「お願いだよ、カイン。もうこんなことは……しないで」
掠れた声が、深く深く心に届く。
カインは短く息を吐き、震える指でリオネルの涙を拭った。
「殿下……申し訳、ありませ……」
声を残し、意識が再び眠りに沈んでいった。
静けさの中、リオネルは握った手を離さなかった。
その温もりが二度と失われぬように――祈るように。
翌朝、東の空から差し込む光が、客間を淡く照らしていた。
薬草の香りが漂う中、リオネルは寝台の横に座り、カインの手を握ったまま瞬きも忘れていた。
(……早く、目を開けて)
心の中で繰り返す。
すると指がわずかに動き、リオネルは息を呑んだ。
「カイン……?」
ゆっくりと瞼が開き、琥珀色の瞳が現れる。
まだ焦点は定まらない。それでも自分を捉えた瞬間、胸の奥の何かがほどけた。
「……殿下」
かすれた声が耳に届く。
「よかった……本当に……」
言葉は震え、視界が再び滲む。
リオネルはその手をぎゅっと握りしめた。
「……殿下?」
「あぁ……君が生きていてくれて、本当に……」
涙が頬を伝い、カインの指先に落ちる。
その温かさに、カインの胸の奥がじわりと熱を帯びた。
しばしの沈黙ののち、カインは力の入らない腕をゆっくり持ち上げた。
それでも確かに、リオネルの背を引き寄せる。
抵抗はなく、リオネルはその胸に顔を埋めた。
「……すみません。殿下を泣かせるつもりは」
「僕が勝手に泣いてるだけだよ」
小さな声に、確かな笑みが混じっていた。
カインはその笑みを感じ取り、弱いながらも腕に力を込めた。
鎧越しではない、生身の体温と鼓動が互いに伝わる。
長い夜と痛みを超えて――二人の距離は確かに近づいていた。
「……もう離さないで」
リオネルの小さな声に、カインは短く「はい」とだけ答えた。
その返事が、これまでのどんな忠誠の誓いよりも重く響いた。
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