もう一度、その腕に

結衣可

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第9話 誓いの言葉 

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 カインが傷を負ってから、すでに数日が経っていた。
 侍医の診立てでは経過は順調で、軽い会話や短時間の散歩程度なら許されるという。

 それでもリオネルは、毎日欠かさずカインが休む控室に足を運んだ。
 執務を持ち込み、食事を共にし、時には枕の位置を直し、毛布を掛け直すこともあった。
 王子が護衛の世話を焼くなど異例のこと――リオネルにとっては当然のことだった。

「殿下、そんなことまで……」

 困惑するカインに、リオネルは柔らかく微笑む。

「動けない間くらい、僕が支えたい」

 あまりにまっすぐな言葉に、カインは返す声を失った。
 あの日以来、リオネルの視線も声も、以前より強く真っ直ぐで、もはや誤魔化しはきかなかった。

 ある日の午後、窓辺に差す光の中でカインが浅く眠っていた。額に浮いた汗を拭おうと、リオネルは濡らした布をそっと額に当てる。
 琥珀色の睫毛がわずかに揺れ、カインが目を開けた。

「……殿下」

「ごめん、起こした?」

「いえ。……手を煩わせてしまって」

「煩わせてなんかない。僕がしたいだけだ」

 不意に言葉を変え、リオネルはカインを見つめた。

「ねぇ、カイン。聞いてもいい?どうして騎士になったの?」

 問いは軽い調子だったが、視線は真剣だ。

「……殿下、それは――」

 カインは目を伏せた。声が途切れ、言葉を選んでいる。
 リオネルは引かない。

「ずっと聞きたかったんだ。君は平民だったはず。相当の努力をしなければ、僕の護衛騎士になんて……君がここまで上り詰めたのは、理由があるんだろう?」

 沈黙が落ちる。
 ため息をつくと、観念したようにカインは低く口を開いた。

「……6年前、庭でお会いしたことを……覚えておられますか」

 リオネルの胸が震える。
 あの迷子の午後。差し伸べられた腕。言葉を交わした、あの瞬間。

「もちろん。あの日のこと、忘れるはずない」

「……あれが、私の始まりでした」

 カインは視線を逸らし、わずかに苦笑する。

「本来ならば一介の整備士として一生を終えていたでしょう。しかし、あの庭で殿下に触れ、貴方を守りたいと……。」

「……」

「殿下の隣に立てるようになるために。護れる力を持つために。そして、もう一度貴方に会うために……それが、私が騎士にまで上り詰めた理由です」

 声は静かだが、抑えきれない熱が滲んでいた。
 リオネルの喉が詰まる。
 胸の奥に熱いものが溢れ、思わず椅子から身を乗り出した。

「……カイン」

 窓の外では、茜と群青が滲み合う空が広がっていた。
 互いに言葉を失ったまま、ただ視線だけが絡む。

「……殿下」

 呼ぶ声は、今までで最も低く、深かった。

「私は――殿下を愛しています」

 淡々とした言葉。
 それは護衛としてではく、一人の男としての想い。
 胸が一気に熱を帯び、リオネルは堪えきれずカインにそっと寄り添った。頬に手を添え、涙混じりに笑う。

「……遅い」

「!?」

「もっと早く言ってよ……僕だって、ずっと、カインが好きだった」

 カインは迷いながらも言葉を探す。

「しかし……殿下には、アストリア公爵令嬢との縁談が」

 その一言に、リオネルは小さく首を振った。

「その話なら、もうないよ」

「……え?」

「僕が直接、陛下にお願いした。公務上の有益なんて関係ない。僕は――自分の人生を、自分で選びたいから」

 真っ直ぐな青の瞳が、カインを射抜く。

「僕は王位には興味ないし、他にも兄弟がいる。時機を見て王位継承権は放棄するつもりだよ」

 あまりにもあっさり、しかし揺るぎなく言い切るその声に、カインの胸が熱を帯びる。

(……縁談も、王位も手放して。それでも私を選ぶと……)

 護るべき相手のはずなのに、自分よりもはるかに強く、未来を見据えている――その事実が眩しくて仕方がなかった。

 胸の奥で温め続けてきた想いが、ようやく形になった。
 上目遣いで告げるリオネルが愛しくて、カインの胸は熱に満たされる。

「……リオ」

 その響きには恋と誓いが重なっていた。
 リオネルは首に腕を回した。カインに抱き返された瞬間、全身から力が抜けていくような安堵が広がった。

「もう……抑える必要はないんですよね」

「うん。そうだよ、カイン」

 頬に触れる手。青い瞳が潤み、月光を宿す。

「……リオ」

 低く、深い呼び声。

 唇が触れる。
 初めは確かめるように、やがて熱を帯びて深まっていく。
 長く、互いの息が混ざり合い、積み重ねた距離が一気に溶けた。
 離れたとき、リオネルは頬を赤く染めて微笑んだ。

「……カイン、大好きだ」

「リオ。私も、心から愛しています」

 再び額を寄せ合う。距離はもう、どこにもなかった。

「これからも……ずっと、そばにいて?」

「この命が続く限り」

 その答えに、リオネルは静かに笑った。
 抑えてきた感情はもう隠す必要はない。
 腰に添えられた掌の温もりが、永遠の誓いのように胸に沁み込んでいった。
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