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第5話 その可愛さは悩ましい
しおりを挟む朝、今日は講義がないので、リビングでのんびりしていた大河は、冷蔵庫から顔を出した唯に声をかけられた。
「……大河、卵、ない」
「あ、じゃあ買い出し行きますか。ついでに他の食材も」
「うん、一緒に行く」
湊と陽向は昼まで大学、それなら二人で行ったほうが早い。
軽く準備をして、二人はシェアハウスを出た。
スーパーまでの道、唯はいつも通り口数が少ない。
信号待ちのとき、唯は大河の袖をちょんと引いた。
「……車、来てる」
「ん?ありがとうございます、唯さん」
「うん」
そのまま袖を掴んだままの唯に、大河はなんとなく口元が緩む。
スーパーに入ると、唯は買い物リストを見ながら淡々と品物をかごに入れていく。
大河がお肉を選んでいると、店頭販売の女性がにこやかに声をかけてきた。
「そこのカップルさん、食べってって!」
「……へ?」
不意打ちに固まった大河の横で、唯は平然と女性から受け取っていた。
「……否定しないんすか」
「しない」
「え?」
「違うの?」
真顔で首を傾げられ、大河は思わず視線を逸らした。
会計を終え、店を出たあとも、大河の胸は妙に落ち着かなかった。
突然、強めの風が吹き、唯の髪が顔にかかる。
大河は思わず手を伸ばし、優しく髪を払った。
「……ありがと」
その瞬間、距離の近さに互いに息を止める。
「……っ」
「大河?」
「唯さん、さっきの……」
「さっき?」
「いや……なんで」
やっぱり、なんでもないですと歩き出す。
唯の気持ちがわからず、無言になってしまった大河を後から追いかける。
ツンと後ろから引っ張られる感覚に、大河ははっとなって振り向く。
「ごめん、俺、何か、怒らせちゃった?」
不安そうに自分を見上げる唯に慌てて大河は否定する。
「ち、違います。俺が上手く流せなくて」
「……流しちゃうの?」
「は?」
唯はぎゅっと大河の服を握って、消えそうな声でもう一度「流しちゃうの?」と言った。
その瞬間、大河は思わず、唯の手を取り、自分に引き寄せた。
「……唯さん、そういうことは言われると、俺深読みしてしまいます」
「うん」
唯は下を向いて、つながれた手を見ていた。
往来のど真ん中だったことを思い出し、でも手は離したくなくて、そのまま歩き出した。
「……帰りましょうか」
「うん」
シェアハウスに着くと、陽向と湊の声がして、なんとなく手を離した。
(ちゃんと話をしないとな)
大河は靴を脱ぎ、キッチンに向かう唯に何を言えばいいか思いつかず、頭を掻いた。
日曜日の朝、大河がリビングに降りると、珍しく唯がソファに座り込んでいた。
普段なら朝食を済ませて自室で過ごしているはずなのに、その表情はどこかぼんやりしている。
「唯さん?……顔色悪いっすよ」
「……ちょっと、だるい」
「ちょっとじゃない顔してます。熱計りましょう」
渋る唯の頭を軽く撫で、大河は急いで自分の部屋から体温計を持ってきた。
計測の結果、38.2度。
「やっぱ熱あるじゃないっすか」
「大丈夫……」
「大丈夫じゃないです。部屋戻って寝ましょう」
唯を自室まで送り、ベッドに横たわらせると、大河は冷たいタオルを額に当てた。
「……冷たい」
「気持ちいいでしょ」
「……うん」
タオルを押さえたまま、唯は少しだけ目を細めた。その仕草がやけに幼く見えて、大河の胸がきゅっと締めつけられる。
「他になにか欲しいものあります?」
「……水」
「すぐ持ってきます」
大河が水を持って戻ると、唯はシーツから顔だけ出して、か細い声で「ありがと」と呟いた。
その声が弱々しくも安心しきっていて、大河は思わず頭を撫でる。
「……子ども扱い」
「そう見えるんすよ、今の唯さんは」
「……大河、もっと」
不意の言葉に、大河の手が止まる。
「え、あ……」
「……撫でて、だめ?」
「だ、だめじゃないっす」
熱でほんのり赤い頬、少し潤んだ瞳。
(ダメじゃないけど、その顔で言われると、ちょっとヤバい……です、唯さん)
大河は気を引き締めて、でも、手は優しく髪を撫で続ける。
「……寝ていいですよ」
「……寝ても、そばにいてくれる?」
その小さな願いに、大河は「はい」と短く返し、椅子を引き寄せた。
唯が安心したように目を閉じて、眠りに落ちた。
大河はその顔をいつまでも見ていた。
翌朝、大河が唯の部屋をノックすると、「……入っていい」とかすれた声が返ってきた。
中に入ると、唯はベッドの上で毛布にくるまっていたが、昨日より顔色は良くなっていた。
「熱は?」
「……下がったと思う。もう平気」
そう言って熱を計ると、36.6度。
「よかった……下がりましたね」
大河はほっと息をつきながら、ベッドに腰を下ろした。
「……昨日、ありがと」
「ん?」
「ずっと、そばにいてくれた」
唯が毛布から少しだけ顔を出し、視線を落としたまま言う。
「いや、当然っすよ。同じ家の仲間だし」
「仲間……だけ?」
その小さな問いかけに、大河の胸が一瞬詰まる。
「……少なくとも、俺はそう思ってないです」
唯が顔を上げ、大河を見つめる。
大河はそれ以上は言わず、笑って誤魔化した。
「昨日のこと……覚えてます?」
「……撫でてもらった」
「そうですね、他の人に……そんなお願いしちゃダメですよ?」
「し、しないよ」
答える唯の耳が、ほんのり赤くなっている。
大河はそれを見て、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「もう元気なら……少し起きましょうか」
そう言って手を差し伸べると、唯は一瞬迷ったあと、その手を取った。
手のひらはまだ少し温かくて、昨日の余韻が残っているようだった。
「着替え手伝います」
ボタンを外そうと、手を近づけると、唯の顔がカっと赤くなり、目を見開いた。
「あ、そ、それはさすがに、……は、恥ずかしい」
大河は唯の顔を思わず、片手で隠した。
「はぁ……唯さん、すいません。そんな顔されると、俺あなたに手を出してしまいそうです」
「……あ」
大河は耳元で
「唯さんは自分の可愛さを自覚したほうがいいです」
大河はじゃ、ちゃんと着替えてくださいねと頭を撫でて、部屋の外へ出た。
(あ、危なかったぁ……あの顔は反則だって)
ドアにもたれかかり、しばらく動けなかった。
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