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第6話 ドキドキが止まらない
しおりを挟む土曜の夜。シェアハウスのリビングには、大きなテーブルに鍋と料理が並んでいた。
「せっかくだし、全員で食べよー!」という陽向の提案で、湊、大河、唯の4人が集まった。
「唯さん、これ好きじゃないっすか?」
鍋から具材をよそいながら大河が声をかけると、唯はこくりと頷き、「ありがとう」と小さく返す。
そのやり取りを見た陽向がにやりと笑った。
「湊~、これ取って」
「はいはい」
隣同士に座る湊と陽向は、自然に肩が触れる距離。
湊が陽向の皿によそってやると、陽向は「ありがと!」と笑い、あっさり腕に触れる。
(……距離、近っ)
食事が進むにつれて、湊は陽向の髪をさりげなく直したり、飲み物を注いでやったり――完全に恋人の空気だ。
唯もちらちらと二人を見ている。
「……どうしたんすか?」
大河が囁くと、唯は少し視線を逸らした。
「……ああいうの、いいなって」
その一言に、大河の胸がぐっと熱くなる。
「じゃあ……今度、やります?」
「……やる?」
「唯さんが嫌じゃなければ――」
言いかけた瞬間、湊と陽向が「デザート食べよ!」と割り込んできて、会話はうやむやになった。
(……絶対、今度こそ)
大河は心の中でそう決めながら、唯の横顔をちらりと見た。
思いの外盛り上がり、夜遅くまで続いた食事会がお開きになった後、唯は自室に戻った。
部屋は明るく、蛍光灯の新しい白い光が落ち着くはずなのに、心は妙にざわついている。
(……ああいうの、いいな)
さっき見た湊と陽向の距離感が頭から離れない。
時計はもうすぐ午前0時。
唯はパーカーを羽織り、そっと部屋を出た。
ノックをすると、少し間を置いて大河が顔を出す。
「……どうしたんすか?」
「……ごめんね、眠れない」
「入ります?」
唯は無言で頷いた。
大河の部屋はほんのり温かく、ベッドの上には本と毛布が広がっている。
「座っててください。お茶淹れます」
「……ありがと」
湯気の立つマグカップを受け取りながら、唯は大河をじっと見た。
「……何すか?」
「……大河、優しい」
その言葉に、大河は少し笑って「唯さん限定ですよ」と返す。
沈黙の中、大河は自分の毛布を唯にかぶせると、そのまま隣へ腰を下ろした。
「……あの、唯さん」
「ん?」
「さっき湊と陽向みたいなの、いいなって言ってましたけど」
唯が不安そうに大河を見上げる。
「俺は、唯さんとそうなりたいと思っています」
唯の視線が大河に絡みつく。
唯が小さく「……ほんとう?」と呟いた瞬間、大河はふっと笑って毛布ごと唯を引き寄せた。
「本当です。ふふ、唯さん、今日はもう遅いので、明日またお話しましょう」
安心したのか、眠そうにしている唯をベッドに寝かせ、隣に横になった。
大河は唯が目を閉じるまで、肩を軽く抱き寄せたまま離さなかった。
鳥のさえずりと、カーテン越しの柔らかい光。
唯は、ぼんやりと目を開けた。
視界の端に、すぐそばの大きな肩。
(……あれ?)
自分の腰に、しっかりと回された腕。
その腕の主――大河が、まだ眠そうに目を細めている。
「……おはようございます」
低い声が、耳のすぐ近くで響く。
唯は反射的に距離を取ろうとするが、大河の腕がそれを許さない。
「もうちょっと、このまま」
(……ち、近い)
顔が熱くなるのを必死で誤魔化そうとするが、大河の指先が背中をゆっくり撫でるたびに、心臓の音がうるさくなる。
「唯さん、昨日ちゃんと眠れました?」
「……眠れた」
「良かった」
ふっと笑って、額に軽く唇が触れる。
唯は固まったまま瞬きすら忘れ、次の言葉が出てこない。
「……こういうの、嫌じゃないですか?」
大河の真っ直ぐな視線に、唯はほんの少しだけ目を伏せた。
「……嫌じゃない」
「そっか」
満足そうに微笑む大河は、さらに腕を強く回し、唯を胸元に押し込んだ。
(……心臓、どうにかなりそう)
朝からこの距離感は、唯には刺激が強すぎた。
さっきまでのことが頭から離れず、唯はそわそわしていた。
(昨日から……ずっと大河にドキドキさせられっぱなし)
リビングでくつろぐ大河を見つけた唯は、意を決して隣に座った。
「……なにか用っすか?」
「……べ、別に」
言いながら、わざと寄りかかるようにする。
大河の眉がわずかに動いたのを見て
「大河は、こういうの、ドキドキしないの?」
唯の突然の発言に、大河がスッと距離を詰めてきた。
「そんなわけないでしょう?……唯さん、無自覚かもしれないけど、結構前からドキドキさせられていますよ」
「……ほんとに?」
「俺のこと、ドキドキさせたかったんですか?」
図星を突かれて、唯は耳まで真っ赤になる。
「……あ、えっと……」
「そんなことしなくても」
言葉が続かない唯の顎を、大河がそっと持ち上げ、囁く。
「……もう十分ドキドキしてますよ」
低い声に包まれ、唯は沸騰しそうになった。
その夜、唯が自室でパソコンを閉じたところで、コンコンとノック音が響く。
扉を開けると、大河が立っていた。
「唯さん、仕事どうです?」
「……終わったところ」
「じゃあ、さっきのドキドキの続きしましょう」
そう言いながら、大河はずかずかと部屋に入り、唯の肩を軽く押してベッドに腰掛けさせた。
「え、た、大河……?」
「失礼します」
大河は低い声でそう告げ、唯の後ろに回り込む。
そして、背中から腕を回し、しっかり抱きしめた。
「うわ……っ」
耳元に熱い息がかかり、唯は反射的に肩をすくめる。
「ふふ、唯さん、力入りすぎ」
大河の声は優しく、包み込むようだった。
「唯さんが年上なのはちゃんとわかってますけどね……年齢とか関係なく可愛くて仕方ないです」
「……た、たいが?」
「そういう反応も全部、可愛い」
頬にキスが落とす。
唯は思わず顔を背けるが、大河はその顎をそっと指で戻し、顔を近づける。
「……ドキドキしてます?」
「……してるよ」
小さな声を聞くと、大河は満足げに笑い、さらに強く抱きしめた。
「俺もですよ。……おあいこですね」
その夜、唯は結局ずっと大河の腕の中で過ごすことになった。
唯にとってあまりに強烈すぎて、いつも以上に無口になった。
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