バレエ・メカニック

相良柚月

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0章 小鹿の旅

プロローグ

こどもは、当て所なく、スラムを歩いていた。
 空腹のため表情は荒み、身につけている衣服はぼろ同然。
「腹が減ったなあ」
 ぽつり、そう呟く。
 ひもじいのは嫌だった。
 ふと、自分の人生を振り返ると、こんなところで幕が下りるのは惨めで涙さえ滲んだ。
 彼は、歩く。
 もう足と身体が重くて、頭がふらふらとした。
 時折、道端に転がった老人や幼子が、物言いたげに彼を見上げたが、脇目もふらずに足を動かす。
――――弱いものから淘汰されていく。
 彼は、歯を食いしばった。
 無情だが、この世の当然である。
 彼は、痛いほどに理解していた。
「小鹿、」
 不意に耳朶をくすぐられた。呼気かと思い、振り返ったが、誰もいない。
 その声は懐かしくて、誰よりもやさしかった。
 叶うことならば、また小鹿、と呼ばれたかった。
叶うことならば、またあの笑顔を見たかった。
 しかし、それらが叶わないことは、彼自身よく知っている。
 彼は笑みをつくった。
 思うように表情筋が動かないため、ひきつった歪な笑みである。
 かつて、男たちの心を蕩けさせ、魅了させた極上の笑みとは程遠い。
 けれど、彼は笑う。
 彼自身が、人生という物語は素晴らしくあるべきだと信じてほかならないから。
 そして、彼は荒廃した世界を、見た。
 時代は、終末世界。すべてが収束に向かいゆく。
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