浮世の恋華、筆先で濡れる~売れっ子絵師と花魁の秘め事~

どえろん

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第三話:心ごと、挿れて

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 わっちの嗚咽おえつが、しゃくり上げるような呼吸に変わる頃。
 海斗は何も言わず、ただ赤子をあやすように、わっちの背中を優しく叩き続けてくれていた。
 男の腕の中が、こんなにも温かくて、安らぐ場所だなんて、知らなかった。
 今までわっちが知っていたのは、金と欲望の重さだけだったのに。

「…もう、夜が明けてしまいんす」

 障子の向こうが、白み始めている。
 夢の時間は、終わりだ。
 ここを出れば、彼は売れっ子絵師の海斗に、わっちは吉原一の花魁・薄雲に戻る。
 昨夜までの、何も知らなかった自分たちに。

 そう思うと、胸が張り裂けそうだった。
 この温もりを、手放したくない。
 この男が、他の誰かのものになるなんて、考えたくもない。

「…嫌だ」

 ぽつり、と口から本音がこぼれた。
 花魁にあるまじき、子供のような我儘。

 海斗はわっちの身体を少しだけ離すと、その真摯な瞳で、まっすぐにわっちを見つめた。

「俺も、嫌です」
「…え?」
「あなたを、ただの“一夜の夢”で終わらせるなんて。…俺の魂が、それを許さない」

 その言葉は、わっちの心の最後のたがを外した。
 ああ、もう、どうなってもいい。
 この人が欲しい。心も、身体も、その魂ごと、わっちだけのものにしたい。

 わっちは、まるで何かに憑かれたように、海斗の首に腕を回し、その唇を貪った。
 いつも客にするような、上辺だけの妖艶な口づけじゃない。
 角度も、呼吸も忘れた、ただひたすらに相手を求める、不器用で、必死なだけの口づけ。

「う、すぐも…さん…っ」

 驚く海斗を組み敷き、彼の上にまたがる。
 乱れた着物の隙間から、熱を帯びた肌が覗いていた。
 わっちの肌も、彼の情熱に応えるかのように、燃えるように熱い。

「あんたが欲しい…海斗…」
 初めて、その名を呼んだ。
 それは、まるで魔法の呪文のようだった。

「わっちを、あんただけのものにしておくんなまし…! 他の男のことなんて、考えられなくなるくらい…あんたの色で、わっちの中を、めちゃくちゃに描き潰しておくれ…!」

 その叫びは、もはや懇願だった。
 海斗の瞳に、激しい炎が宿る。
 彼はわっちの腰を強く掴むと、一気に体勢を逆転させた。

「…後悔、しませぬか」
「するもんかい。あんたに抱かれて後悔するくらいなら、わっちはうに死んでるでありんす」

 その言葉が、引き金だった。
 海斗は、ためらいも、焦りもなく、ただ、そこに在るべきものを収めるかのように、ゆっくりと、わっちの奥へと進み入ってきた。

「あっ…♡」

 熱く、硬いくさびが、わっちの最も柔らかな場所をこじ開けていく。
 初めて受け入れる、異質な存在感。痛みよりも先に、満たされていく感覚が全身を支配した。
 ずぷん、と音を立てて、彼が根元まで突き入れる。

「あ…ぁぅ…っ♡♡」

 隙間なく繋がった。
 今まで、どんな男に抱かれても感じたことのない、完璧な一体感。
 まるで、失われていた半身が、やっとあるべき場所に戻ってきたかのような、魂の充足。

「うすぐも…」

 海斗が、耳元でわっちの名を呼ぶ。
 その声だけで、腰がとろけそうだった。

 彼は、ゆっくりと腰を動かし始める。
 一突き、一突きが、深く、重い。
 それは、ただの肉欲の交わりではなかった。
 彼の楔が、わっちの身体の奥にある心の壁を、何度も何度も、優しく叩いているようだった。

 やめて。
 そんなところに、触れないで。
 これ以上優しくされたら、わっちはもう、本当に戻れなくなってしまう。

 ぐちゅり、と卑猥な水音が響く。
 彼の動きに合わせて、わっちの身体が勝手に揺れる。

「どうして…どうして、あんたは…っ」
「言ったでしょう」

 息を乱しながら、海斗が答える。

「俺は、あなたの魂を描いている…と」

 彼の腰の動きが、速くなる。
 まるで、最後の仕上げに、一気呵成いっきかせいに筆を走らせる絵師のように。

「あ、あっ、あぁっ…! だめ、そこ、いちばん、奥…っ♡」
「ここですね…? あなたの魂が、一番、悦ぶ場所は…!」

 ごん、と一番奥を強く突かれた瞬間、わっちの思考は完全に焼き切れた。
 快感の白い光が、脳天から爪先までを貫く。

「い…イクぅぅううっ…!!!」

 身体の奥から、熱い何かがほとばしった。
 それと同時に、海斗もまた、わっちの中で、低く唸りながら果てた。

 二人の熱い生命が、中で混じり合う。

「…はぁ…はぁ…」

 荒い呼吸を繰り返しながら、わっちの頬を涙が伝った。
 さっきまでの悲しい涙じゃない。
 身体の芯から満たされて、心が温かくて、幸せで、どうしようもなくて溢れ出した、しょっぱい涙。

 海斗は、わっちの涙を舌でそっと舐めとると、悪戯っぽく微笑んだ。

「…今度は、幸せの味がしますね」

 その言葉に、わっちはただ、泣きながら笑うことしかできなかった。

 夜明けの光が、固く結ばれた二人の裸体を、優しく照らし出していた。

【続く】
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