冷徹社長と完璧秘書、二人きりの“業務報告”は蜜の味

どえろん

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第16話:天空の城の“女王”と、忍び寄る氷の影

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 天空の城――『ネオ・フロンティア』の新オフィスは、活気と希望に満ち溢れていた。
 がらんどうだったフロアには最新のデスクが並び、かつての仲間たちに加えて、俺たちのビジョンに惹かれて集まってきた優秀な人材で溢れている。
 窓の外に広がる東京の街並みは、もはや見下ろすだけの景色ではない。俺たちがこれから切り拓いていく、広大な領土そのものだった。

 そして、その城の中心には、常に彼女がいた。

「蓮さん。15分後に、オンラインでの取締役会です。資料はこちらに」

 俺の執務室――かつての社長室の数倍はあろうかという、ガラス張りのキングスルームで、雫は完璧な秘書として、いや、今やこの会社のCOO(最高執行責任者)として、俺をサポートしてくれていた。
 左手の薬指には、あの日贈った指輪が、彼女の白い肌の上で誇らしげに輝いている。

 俺たちの関係は、社内では公然の秘密、いや、もはや伝説となっていた。
 誰もが彼女を、俺のパートナーとして、そしてこの城の“女王”として、尊敬の念を持って接している。

「ああ、わかった」

 俺は頷き、彼女が差し出すタブレットを受け取る。その指先が触れ合った瞬間、俺たちの間にだけ分かる、甘い電流が走った。
 仕事中は、あくまで上司と部下。だが、二人きりになると、その空気は途端に濃密なものへと変わる。

 俺は彼女の手首を掴み、ぐいと引き寄せた。

「ひゃっ……!? れ、蓮さん、もうすぐ会議が……!」
「その前に、キングはクイーンから“承認”のキスを貰う権利がある。そうだろ?」

 俺が意地悪く笑うと、雫は観念したように、しかし嬉しそうに頬を染め、そっと目を閉じた。
 触れるだけの、優しいキス。
 だが、それだけで、俺の身体の芯に火が灯る。早くこの会議を終わらせて、この身体を俺だけのものにしたい、と。

 そんな、幸福と成功の絶頂にあった俺たちに、氷の影が忍び寄っていることなど、この時はまだ知る由もなかった。

 その報せは、一本の国際電話からだった。
 相手は、アラン・リチャーズ。

『蓮、少し厄介なことになった』

 アランのいつも余裕に満ちた声が、珍しく硬い。

『“氷の女王”が、君の城に目をつけている』

 氷の女王――その名を聞いた瞬間、俺の背筋を冷たいものが走った。
 イザベラ・ヴォス。
 世界最大級の投資ファンド『サーベラス・キャピタル』を率いる、美しく、そして氷のように冷徹な女。俺がかつてシリコンバレーでインターンをしていた頃、一度だけプロジェクトで顔を合わせたことがある。彼女の、獲物を見定めるような鋭い青い瞳を、俺は忘れたことがなかった。

『サーベラスが、ネオ・フロンティアの株を市場で静かに買い集めている。目的は、おそらく敵対的買収だろう』

 アランの言葉は、現実のものとして重くのしかかってきた。
 橘家や古賀会長とは、次元が違う。イザベラは、国家予算規模の金を動かし、気に入らない企業を塵ひとつ残さず食い尽くす、本物の“怪物”だ。

 電話を切った後、俺は重い沈黙の中にいた。
 雫が、心配そうに俺の顔を覗き込む。

「蓮さん……? 何か、あったのですか」
「……ああ。少し、厄介な客が来るらしい」

 その数日後。
 予告もなく、イザベラ・ヴォスは、俺たちの城に現れた。
 秘書も連れず、たった一人で。
 プラチナブロンドの髪、寸分の隙もない高級ブランドのスーツ、そして、全てを見透かすような、氷の青い瞳。彼女がそこに立つだけで、フロア全体の空気が凍りついたようだった。

「久しぶりね、レン・タチバナ。見違えたわ。……小さな雛が、空を飛ぶ鳥くらいにはなったみたい」

 彼女は、見下すような笑みを浮かべて言った。
 そして、その視線が、俺の隣に立つ雫へと移る。

「そして、あなたが、彼を堕落させたという“秘書”さん? 思っていたより、地味なのね」
「……っ!」

 その侮辱的な言葉に、雫の顔が強張る。

「イザベラ、彼女は俺の――」
「ええ、知っているわ。“生涯のパートナー”なんでしょう?」

 イザベラは、面白くてたまらないというように、艶やかな唇を吊り上げた。

「ビジネスの世界は、おままごとじゃないのよ、レン。その女は、あなたの“弱さ”そのものだわ。私が、それを証明してあげる」

 それは、宣戦布告だった。
 彼女は、俺たちの会社を奪うだけではない。俺たちの愛と、その絆ごと、破壊しにきたのだ。

 その夜、ペントハウスに戻っても、雫は一言も口を利かなかった。
 彼女は、ただ窓の外の夜景を、感情の抜け落ちた瞳で見つめている。
 イザベラの言葉が、毒のように彼女の心を蝕んでいるのが、痛いほど伝わってきた。
 かつての劣等感――『自分は蓮さんの隣に立つにふさわしくない』という呪いが、再び鎌首をもたげているのだ。

 俺は、そんな彼女を、後ろからそっと抱きしめた。

「気にするな。あの女の戯言だ」
「……戯言では、ありません」

 雫が、か細い声で答える。

「あの人は……本物です。美しくて、強くて、賢い……。蓮さんと、対等に戦える人。わたくしとは、違う……」
「お前も、強いだろう」
「いいえ。わたくしは、あなたの“弱さ”です」

 その言葉が、俺の胸を抉った。
 俺は彼女の身体を反転させ、その震える唇を、俺の唇で塞いだ。

「もう一度言ってみろ」

 キスをやめ、俺は低い声で言った。

「俺にとって、お前が何なのか。まだ、分からないのか?」
「……」
「いいだろう。お前のそのくだらない不安ごと、俺の身体に溶かしてやる。お前が、誰で、俺が誰のモノなのか……骨の髄まで、教え込んでやるからな」

 俺は彼女を抱き上げると、寝室ではなく、この天空のペントハウスで最も夜景の美しい、リビングの窓際へと運んだ。
 そして、硬い大理石の床の上に、彼女をそっと押し倒す。

「ひゃっ……! れん、さん、こんな……冷たい……っ♡」
「すぐに、熱くしてやる」

 俺は、彼女のCOOとしての鎧であるスーツを、一枚ずつ、丁寧に剥いでいく。
 そして、最後に残された薄いシルクの砦に、顔をうずめた。

「お前は、俺の弱さじゃない。お前は、俺の“聖域”だ。俺が、唯一、無防備になれる場所。……俺が、俺でいられる、ただ一つの……帰る場所だ」

 俺は、祈りを捧げるように、彼女の蜜壺に口づける。
 イザベラという氷の女王に対抗できるのは、この世で唯一つ。
 俺の女王が与えてくれる、灼熱の愛だけだ。

「あ“ぁああああーーーーーっっ♡♡♡」

 雫の絶叫が、ガラス窓に反響する。
 眼下に広がる無数の光が、俺たちの神聖な儀式を、祝福するように瞬いていた。
 これは、ただの交わりではない。
 忍び寄る氷の影を焼き尽くすための、愛の炎を再確認する、神聖な儀式なのだ。

【続く】
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