17 / 35
第17話:氷の女王の聖域と、過去の亡霊
しおりを挟む
マンハッタンの摩天楼の頂点近くに、そのバーは存在する。
看板もなければ、地図にも載らない。選ばれた者だけが辿り着ける、イザベラ・ヴォスのための聖域。
彼女は今夜も、分厚い防弾ガラスの向こう側に広がる宝石のような夜景を背に、一人でグラスを傾けていた。
カウンターの内側に立つ青年は、ただ静かに、彼女のグラスが空になるのを待っている。
名前も知らない。素性も知らない。
彼にあるのは、美しい容姿と、全てを諦めたような静かな瞳、そして、彼女のどんな命令にも決して「ノー」と言わない従順さだけ。
それが、彼をここに置いている唯一の理由だった。
「……来て」
イザベラが短く告げると、青年は黙ってカウンターから出てきて、彼女の手を取った。
その手は、いつも少し冷たい。
バーの奥にある、彼女専用のプライベートルーム。重厚な扉が閉ざされると、そこは外界から完全に隔絶された、二人だけの箱庭となる。
「……脱いで」
命令すると、青年は美しい所作で、ゆっくりと衣服を脱いでいく。
その身体には、無駄な肉が一切ついていない。まるで、ギリシャ彫刻のような、無機質なまでの完成度。
イザベラは、その完璧な肉体を前にしても、何も感じなかった。
熱も、興奮も、愛も。
ただ、空虚を埋めるための、作業。
彼女は青年の上に跨ると、自らの手で、熱を持たない彼の楔を、自分の最も奥深くに迎え入れた。
「あっ……」
声が漏れる。だが、それは快感じゃない。
自分のものではない異物が、自分の内側を満たしていくという、ただの物理的な感覚。
イザベラは、青年の肩に手を置き、機械的に腰を上下させ始めた。
軋むベッドの音、肌がぶつかる湿った音。しかし、そこには何の感情も介在しない。
ただ、孤独を紛らわすためだけの、虚しい運動。
青年は何も言わず、ただ静かに、氷の女王が自分の上で壊れていくのを、無感情な瞳で見つめている。
「……は…ぁっ……は……っ」
汗が滲み、呼吸が乱れる。身体は正直に反応し、絶頂へと向かっていく。
だが、心はどこまでも冷え切ったまま。
満たされれば満たされるほど、その中心にある巨大な空洞が、より明確にその形を現していく。
(違う……)
脳裏に、声が響く。
(私が欲しいのは、こんな従順な人形じゃない……!)
絶頂の白い光の中で、彼女の記憶は、十数年前のシリコンバレーへと飛んだ。
まだ20代半ばだったイザベラは、すでに頭角を現し、プロジェクトリーダーとして無数の人間を顎で使っていた。
その中に、彼はいた。
東洋から来た、生意気な瞳をしたインターンの青年。若く、荒削りで、しかし、誰よりも貪欲な光をその目に宿していた。
橘 蓮。
ある嵐の夜、プロジェクトの成功を祝うパーティーの後、イザベラは彼を自分のペントハウスに連れ帰った。
「君、面白い瞳をしているわね。私と同じ、全てを欲しがる者の瞳よ」
「……光栄ですね」
不敵に笑う蓮のネクタイを掴み、イザベラは引き寄せてキスをした。
それは、若く才能ある男を手に入れるという、支配者のキスのはずだった。
だが、彼は違った。
最初は戸惑いを見せたものの、すぐに獰猛な獣のように、彼女に喰らいついてきたのだ。
主導権を奪われ、逆に壁に縫い付けられたのは、イザベラの方だった。
「……っ! あなた、私が誰だか分かっているの!?」
「ええ。俺を試している、意地悪な先生でしょう?」
蓮は、イザベラのブラウスを引き裂き、現れた肌に牙を立てるように噛みついた。
痛みと、今まで感じたことのない屈辱的な快感に、イザベラの身体が震える。
この私が、支配される側に…!?
「いいわ……面白い。あなたのその牙、どこまで私に届くか、試してあげましょう…!」
それは、愛の交歓ではなかった。
互いの全てを奪い合う、魂の殺し合い。
彼女が培ってきた洗練されたテクニックも、彼の野生的なまでの貪欲さの前では、なす術もなかった。
彼は、彼女の身体の全てを暴き、彼女自身も知らなかった性感帯を、執拗に、繰り返し攻め立てた。
「あっ……♡ あぁっ……! だめ、そこは……私の、弱点……っ♡♡」
「全部、教えてくださいよ、イザベラ。あなたの“全部”を、俺に……!」
彼女は、生まれて初めて、一人の男に、心も身体も、完全に屈服させられた。
絶頂の果てに、彼女が見たのは、汗だくのまま、自分を支配し尽くして不敵に笑う、若い王の姿だった。
――あの日から、イザベラの心には、彼に抉られた空洞が、ぽっかりと空いたままなのだ。
「……はっ!」
イザベラは、プライベートルームのベッドの上で、荒い息をつきながら目を覚ました。
隣では、青年が静かな寝息を立てている。
彼の無機質な身体では、あの灼熱の空洞は埋まらない。
虚しい。虚しくて、たまらない。
あの男は、私のものになるはずだった。私が育て、私だけの最強の駒として、世界を支配するはずだった。
それなのに。
あいつは、私の元を去った。そして、あんな地味な女を「パートナー」だなどと呼び、私の手の届かない場所で、新しい城を築いている。
許さない。
イザベラの青い瞳に、氷よりも冷たい、燃えるような嫉妬の炎が宿った。
「レン……」
彼女は、虚空に向かって、恍惚と、そして憎悪に満ちた声で囁いた。
「もう一度、私に屈服させてあげる。あなたの築いた城も、あなたの心も、そして……あなたの隣にいるあの女の魂ごと、私が、全て喰らい尽くしてあげるわ……」
氷の女王の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
彼女の武器は、金でも、権力でもない。
蓮だけが知る、彼女の身体。そして、彼女だけが知る、蓮の最も奥深くにある、野心の在り処だった。
【続く】
看板もなければ、地図にも載らない。選ばれた者だけが辿り着ける、イザベラ・ヴォスのための聖域。
彼女は今夜も、分厚い防弾ガラスの向こう側に広がる宝石のような夜景を背に、一人でグラスを傾けていた。
カウンターの内側に立つ青年は、ただ静かに、彼女のグラスが空になるのを待っている。
名前も知らない。素性も知らない。
彼にあるのは、美しい容姿と、全てを諦めたような静かな瞳、そして、彼女のどんな命令にも決して「ノー」と言わない従順さだけ。
それが、彼をここに置いている唯一の理由だった。
「……来て」
イザベラが短く告げると、青年は黙ってカウンターから出てきて、彼女の手を取った。
その手は、いつも少し冷たい。
バーの奥にある、彼女専用のプライベートルーム。重厚な扉が閉ざされると、そこは外界から完全に隔絶された、二人だけの箱庭となる。
「……脱いで」
命令すると、青年は美しい所作で、ゆっくりと衣服を脱いでいく。
その身体には、無駄な肉が一切ついていない。まるで、ギリシャ彫刻のような、無機質なまでの完成度。
イザベラは、その完璧な肉体を前にしても、何も感じなかった。
熱も、興奮も、愛も。
ただ、空虚を埋めるための、作業。
彼女は青年の上に跨ると、自らの手で、熱を持たない彼の楔を、自分の最も奥深くに迎え入れた。
「あっ……」
声が漏れる。だが、それは快感じゃない。
自分のものではない異物が、自分の内側を満たしていくという、ただの物理的な感覚。
イザベラは、青年の肩に手を置き、機械的に腰を上下させ始めた。
軋むベッドの音、肌がぶつかる湿った音。しかし、そこには何の感情も介在しない。
ただ、孤独を紛らわすためだけの、虚しい運動。
青年は何も言わず、ただ静かに、氷の女王が自分の上で壊れていくのを、無感情な瞳で見つめている。
「……は…ぁっ……は……っ」
汗が滲み、呼吸が乱れる。身体は正直に反応し、絶頂へと向かっていく。
だが、心はどこまでも冷え切ったまま。
満たされれば満たされるほど、その中心にある巨大な空洞が、より明確にその形を現していく。
(違う……)
脳裏に、声が響く。
(私が欲しいのは、こんな従順な人形じゃない……!)
絶頂の白い光の中で、彼女の記憶は、十数年前のシリコンバレーへと飛んだ。
まだ20代半ばだったイザベラは、すでに頭角を現し、プロジェクトリーダーとして無数の人間を顎で使っていた。
その中に、彼はいた。
東洋から来た、生意気な瞳をしたインターンの青年。若く、荒削りで、しかし、誰よりも貪欲な光をその目に宿していた。
橘 蓮。
ある嵐の夜、プロジェクトの成功を祝うパーティーの後、イザベラは彼を自分のペントハウスに連れ帰った。
「君、面白い瞳をしているわね。私と同じ、全てを欲しがる者の瞳よ」
「……光栄ですね」
不敵に笑う蓮のネクタイを掴み、イザベラは引き寄せてキスをした。
それは、若く才能ある男を手に入れるという、支配者のキスのはずだった。
だが、彼は違った。
最初は戸惑いを見せたものの、すぐに獰猛な獣のように、彼女に喰らいついてきたのだ。
主導権を奪われ、逆に壁に縫い付けられたのは、イザベラの方だった。
「……っ! あなた、私が誰だか分かっているの!?」
「ええ。俺を試している、意地悪な先生でしょう?」
蓮は、イザベラのブラウスを引き裂き、現れた肌に牙を立てるように噛みついた。
痛みと、今まで感じたことのない屈辱的な快感に、イザベラの身体が震える。
この私が、支配される側に…!?
「いいわ……面白い。あなたのその牙、どこまで私に届くか、試してあげましょう…!」
それは、愛の交歓ではなかった。
互いの全てを奪い合う、魂の殺し合い。
彼女が培ってきた洗練されたテクニックも、彼の野生的なまでの貪欲さの前では、なす術もなかった。
彼は、彼女の身体の全てを暴き、彼女自身も知らなかった性感帯を、執拗に、繰り返し攻め立てた。
「あっ……♡ あぁっ……! だめ、そこは……私の、弱点……っ♡♡」
「全部、教えてくださいよ、イザベラ。あなたの“全部”を、俺に……!」
彼女は、生まれて初めて、一人の男に、心も身体も、完全に屈服させられた。
絶頂の果てに、彼女が見たのは、汗だくのまま、自分を支配し尽くして不敵に笑う、若い王の姿だった。
――あの日から、イザベラの心には、彼に抉られた空洞が、ぽっかりと空いたままなのだ。
「……はっ!」
イザベラは、プライベートルームのベッドの上で、荒い息をつきながら目を覚ました。
隣では、青年が静かな寝息を立てている。
彼の無機質な身体では、あの灼熱の空洞は埋まらない。
虚しい。虚しくて、たまらない。
あの男は、私のものになるはずだった。私が育て、私だけの最強の駒として、世界を支配するはずだった。
それなのに。
あいつは、私の元を去った。そして、あんな地味な女を「パートナー」だなどと呼び、私の手の届かない場所で、新しい城を築いている。
許さない。
イザベラの青い瞳に、氷よりも冷たい、燃えるような嫉妬の炎が宿った。
「レン……」
彼女は、虚空に向かって、恍惚と、そして憎悪に満ちた声で囁いた。
「もう一度、私に屈服させてあげる。あなたの築いた城も、あなたの心も、そして……あなたの隣にいるあの女の魂ごと、私が、全て喰らい尽くしてあげるわ……」
氷の女王の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
彼女の武器は、金でも、権力でもない。
蓮だけが知る、彼女の身体。そして、彼女だけが知る、蓮の最も奥深くにある、野心の在り処だった。
【続く】
0
あなたにおすすめの小説
M&A成立の代償は、冷徹CEOとの夜の“特別業務”でした〜完璧な右腕(秘書)は、幼馴染の執着から逃げられない〜
どえろん
経済・企業
経営危機に陥った老舗メーカーを立て直すべく、若くしてCEOに就任した御堂 蓮(みどう れん)。その完璧な右腕として冷徹に業務を遂行する敏腕秘書の結衣(ゆい)。
社内では「氷の最強タッグ」と恐れられる二人だが、実は幼馴染。ある夜、大型買収(M&A)の成功を祝う社長室で、張り詰めていた糸が切れ、二人は“一夜の過ち”を犯してしまう。
「ビジネスパートナー」という一線を越えた日から、昼間は厳しい上司、夜は結衣を甘く縛り付ける雄へと変貌する蓮。企業戦略の裏で繰り広げられる、執着と快楽のオフィス・ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる