冷徹社長と完璧秘書、二人きりの“業務報告”は蜜の味

どえろん

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第17話:氷の女王の聖域と、過去の亡霊

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 マンハッタンの摩天楼の頂点近くに、そのバーは存在する。
 看板もなければ、地図にも載らない。選ばれた者だけが辿り着ける、イザベラ・ヴォスのための聖域。
 彼女は今夜も、分厚い防弾ガラスの向こう側に広がる宝石のような夜景を背に、一人でグラスを傾けていた。

 カウンターの内側に立つ青年は、ただ静かに、彼女のグラスが空になるのを待っている。
 名前も知らない。素性も知らない。
 彼にあるのは、美しい容姿と、全てを諦めたような静かな瞳、そして、彼女のどんな命令にも決して「ノー」と言わない従順さだけ。
 それが、彼をここに置いている唯一の理由だった。

「……来て」

 イザベラが短く告げると、青年は黙ってカウンターから出てきて、彼女の手を取った。
 その手は、いつも少し冷たい。
 バーの奥にある、彼女専用のプライベートルーム。重厚な扉が閉ざされると、そこは外界から完全に隔絶された、二人だけの箱庭となる。

「……脱いで」

 命令すると、青年は美しい所作で、ゆっくりと衣服を脱いでいく。
 その身体には、無駄な肉が一切ついていない。まるで、ギリシャ彫刻のような、無機質なまでの完成度。
 イザベラは、その完璧な肉体を前にしても、何も感じなかった。
 熱も、興奮も、愛も。
 ただ、空虚を埋めるための、作業。

 彼女は青年の上に跨ると、自らの手で、熱を持たない彼の楔を、自分の最も奥深くに迎え入れた。

「あっ……」

 声が漏れる。だが、それは快感じゃない。
 自分のものではない異物が、自分の内側を満たしていくという、ただの物理的な感覚。
 イザベラは、青年の肩に手を置き、機械的に腰を上下させ始めた。
 軋むベッドの音、肌がぶつかる湿った音。しかし、そこには何の感情も介在しない。
 ただ、孤独を紛らわすためだけの、虚しい運動。

 青年は何も言わず、ただ静かに、氷の女王が自分の上で壊れていくのを、無感情な瞳で見つめている。

「……は…ぁっ……は……っ」

 汗が滲み、呼吸が乱れる。身体は正直に反応し、絶頂へと向かっていく。
 だが、心はどこまでも冷え切ったまま。
 満たされれば満たされるほど、その中心にある巨大な空洞が、より明確にその形を現していく。

(違う……)

 脳裏に、声が響く。

(私が欲しいのは、こんな従順な人形じゃない……!)

 絶頂の白い光の中で、彼女の記憶は、十数年前のシリコンバレーへと飛んだ。

 まだ20代半ばだったイザベラは、すでに頭角を現し、プロジェクトリーダーとして無数の人間を顎で使っていた。
 その中に、彼はいた。
 東洋から来た、生意気な瞳をしたインターンの青年。若く、荒削りで、しかし、誰よりも貪欲な光をその目に宿していた。
 橘 蓮。

 ある嵐の夜、プロジェクトの成功を祝うパーティーの後、イザベラは彼を自分のペントハウスに連れ帰った。

「君、面白い瞳をしているわね。私と同じ、全てを欲しがる者の瞳よ」
「……光栄ですね」

 不敵に笑う蓮のネクタイを掴み、イザベラは引き寄せてキスをした。
 それは、若く才能ある男を手に入れるという、支配者のキスのはずだった。

 だが、彼は違った。
 最初は戸惑いを見せたものの、すぐに獰猛な獣のように、彼女に喰らいついてきたのだ。
 主導権を奪われ、逆に壁に縫い付けられたのは、イザベラの方だった。

「……っ! あなた、私が誰だか分かっているの!?」
「ええ。俺を試している、意地悪な先生でしょう?」

 蓮は、イザベラのブラウスを引き裂き、現れた肌に牙を立てるように噛みついた。
 痛みと、今まで感じたことのない屈辱的な快感に、イザベラの身体が震える。
 この私が、支配される側に…!?

「いいわ……面白い。あなたのその牙、どこまで私に届くか、試してあげましょう…!」

 それは、愛の交歓ではなかった。
 互いの全てを奪い合う、魂の殺し合い。
 彼女が培ってきた洗練されたテクニックも、彼の野生的なまでの貪欲さの前では、なす術もなかった。
 彼は、彼女の身体の全てを暴き、彼女自身も知らなかった性感帯を、執拗に、繰り返し攻め立てた。

「あっ……♡ あぁっ……! だめ、そこは……私の、弱点……っ♡♡」
「全部、教えてくださいよ、イザベラ。あなたの“全部”を、俺に……!」

 彼女は、生まれて初めて、一人の男に、心も身体も、完全に屈服させられた。
 絶頂の果てに、彼女が見たのは、汗だくのまま、自分を支配し尽くして不敵に笑う、若い王の姿だった。

 ――あの日から、イザベラの心には、彼に抉られた空洞が、ぽっかりと空いたままなのだ。

「……はっ!」

 イザベラは、プライベートルームのベッドの上で、荒い息をつきながら目を覚ました。
 隣では、青年が静かな寝息を立てている。
 彼の無機質な身体では、あの灼熱の空洞は埋まらない。

 虚しい。虚しくて、たまらない。
 あの男は、私のものになるはずだった。私が育て、私だけの最強の駒として、世界を支配するはずだった。
 それなのに。
 あいつは、私の元を去った。そして、あんな地味な女を「パートナー」だなどと呼び、私の手の届かない場所で、新しい城を築いている。

 許さない。

 イザベラの青い瞳に、氷よりも冷たい、燃えるような嫉妬の炎が宿った。

「レン……」

 彼女は、虚空に向かって、恍惚と、そして憎悪に満ちた声で囁いた。

「もう一度、私に屈服させてあげる。あなたの築いた城も、あなたの心も、そして……あなたの隣にいるあの女の魂ごと、私が、全て喰らい尽くしてあげるわ……」

 氷の女王の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
 彼女の武器は、金でも、権力でもない。
 蓮だけが知る、彼女の身体。そして、彼女だけが知る、蓮の最も奥深くにある、野心の在り処だった。

【続く】
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