冷徹社長と完璧秘書、二人きりの“業務報告”は蜜の味

どえろん

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第28話:崩れゆく日常と、忍び寄る“暴力”

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『ネオ・フロンティア』の勝利から数日。 オフィスは、以前にも増して活気に満ちていた。 株価はV字回復し、新規契約の申し込みが殺到している。まさに、順風満帆だった。

 その夜、残業をしていたのは、技術部門トップの田中と、新人エンジニアの小松ひかりの二人だけだった。 サーバー室の冷却ファンの音が、静かなオフィスに響いている。

「……あの、田中さん。ここのコード、これで合ってますか?」 
「え? あ、ああ……うん。完璧だね、小松ちゃん。覚えが早くて助かるよ」

 田中は、隣に座るひかりの顔をまともに見られずにいた。 大きめのパーカーに眼鏡姿の地味な彼女だが、ふとした拍子に触れる腕や、柔軟剤の甘い香りが、恋愛経験値ゼロの田中をパニックにさせていたのだ。

「えへへ……田中さんに褒められると、嬉しいです」

 ひかりは、少し顔を赤らめて微笑むと、田中のデスクに身を乗り出した。 その拍子に、パーカーの胸元が大きく開き、豊かな谷間がチラリと覗く。

「ッ!!??」 
「田中さん? 顔、赤いですけど……熱でもあるんですか?」

 ひかりは無防備に、田中の額に手を伸ばす。 その瞬間、田中の理性のブレーカーが落ちた。

「こ、小松ちゃん……!」 「きゃっ!?」

 田中は、衝動的に彼女の手を掴み、サーバーラックの陰へと引き込んだ。 無機質なLEDの点滅だけが、二人を照らしている。

「た、田中さん……?」
 「ご、ごめん! でも、俺……君のことが……!」

 不器用すぎる告白。だが、ひかりは嫌がるどころか、潤んだ瞳で彼を見つめ返した。

「……私もです。ずっと、田中さんの背中……見てましたから」

 二人の顔が近づく。眼鏡と眼鏡がぶつかる、ぎこちないファーストキス。 田中がおっかなびっくり彼女のパーカーの中に手を入れると、ひかりは「んっ……♡」と甘い声を漏らし、彼の首に腕を回した。

「あ、温かい……田中さんの手……」 
「ひかりちゃん……」

 二人が、これから始まる甘い夜への期待に、互いの体温を確かめ合っていた、その時だった。

 ドォォォォォォンッ!!!!

 凄まじい爆発音が、ビル全体を揺らした。 衝撃で、二人は床に叩きつけられる。 警報音が鳴り響き、スプリンクラーが一斉に作動して、冷たい水が降り注ぐ。

「きゃぁぁぁっ!!」 
「な、なんだ!? 何が起きた!?」

 田中は、パニックになるひかりを庇うように抱きしめた。 廊下の方から、焦げ臭い煙と、赤い炎が迫ってくる。 サーバー室の入り口が、何者かによって爆破されたのだ。

「逃げるぞ、ひかりちゃん! 非常階段へ!」
 「で、でも、サーバーが! バックアップがまだ……!」 
「命の方が大事だ!!」

 田中はひかりの手を引き、煙の中を必死で走った。 その背後で、彼らが心血を注いで作り上げたシステムが、炎に包まれていく。 それは、単なる事故ではない。 明確な殺意を持った、“破壊工作”だった。

 数十分後。 連絡を受けた蓮と雫が、現場に駆けつけた時には、ビルのワンフロアは黒煙を上げ、消防隊による消火活動が行われていた。 野次馬とパトカーのサイレン。 その混沌とした光景を前に、蓮は立ち尽くした。

「……嘘だろ」

 そこへ、救急隊員に手当を受けている田中とひかりの姿が見えた。 二人はずぶ濡れで煤だらけだったが、幸い、命に別状はないようだった。

「田中! 無事か!?」
 「ボス……!」

 田中は、蓮の顔を見るなり、包帯だらけの手で顔を覆い、泣き崩れた。

「申し訳ありません……! 俺が、俺がついていながら……! サーバーが……アランさんとの共同開発データが、全部……!」
 「馬鹿野郎! お前らが生きてるなら、それでいい!」

 蓮は、震える田中と、その背中をさするひかりを強く抱きしめた。 だが、その視線は、燃え尽きたオフィスに向けられたまま、氷点下まで冷え込んでいた。

 これは、ビジネスの妨害じゃない。テロだ。 誰がやったのか、考えるまでもない。

 その時、蓮の携帯が震えた。 非通知設定。

『……綺麗な花火だったでしょう? レン』

 スピーカーから聞こえてきたのは、狂気を含んで歪んだ、イザベラの声だった。

『あなたの城も、部下も、データも……全部、灰になればいいわ。あなたが私を愛してくれないなら、あなたの世界なんて、必要ないもの』

「……イザベラ、貴様ッ!!」

 蓮が怒号を上げるが、彼女はクスクスと笑うだけだ。

『これは手始めよ。次は、誰が壊れるかしら? ……例えば、あなたの隣にいる、その可愛い女王様とか?』

 プツン。 通話が切れた。

 蓮は、携帯を握り潰さんばかりに力を込めた。 隣に立つ雫の手が、冷たくなっているのが分かる。 だが、彼女は震えていなかった。 燃え上がるオフィスを見つめるその瞳には、恐怖ではなく、修羅の如き怒りが宿っていた。

「……蓮さん」

 雫が、静かに口を開いた。

「わたくしたちは、甘かったようです」 
「……ああ」 
「ビジネスのルールが通じないなら、こちらも“戦い方”を変えるしかありません」

 雫は、蓮の方を向いた。 その表情は、かつての完璧な秘書のものでも、慈愛に満ちた妻のものでもない。 敵を殲滅するためなら、自ら手を汚すことも厭わない、冷酷な軍師の顔だった。

「……やりましょう。目には目を、暴力には暴力を」

 蓮は頷き、雫の肩を抱き寄せた。 もはや、正義も倫理もない。 愛する者たちを守るため、二人は修羅の道へと足を踏み入れる覚悟を決めた。

「ああ。……イザベラ、お前は越えてはいけない一線を越えた。……後悔する時間すら、与えてやらない」

 夜空を焦がす炎の前で、王と女王は、血塗られた復讐を誓った。 戦いの舞台は、光あふれるオフィスから、闇が支配する裏社会へと堕ちていく。

【続く】
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