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第三章 箱庭編
箱庭Ⅷ 軋轢
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「もう大丈夫そうね。ぐっすり眠ってるわ。」
アムリスはシャガラを奥の麻布の上に寝かしつけてアルエット達のいるテーブルの前まで戻ってきた。明かり代わりの蝋燭は残りわずかで、火の勢いも徐々に弱まってきている。アルエットは両肘をテーブルに突きながら変わらず射抜くような視線を飛ばしている。
「まあ、五年前の何かがこの街の異変に関係していることが分かっただけでも収穫ね。」
「はい。それと、シャガラがそれを思い出そうとすると妨害がかかる"何か"……。」
「十中八九、ドニオかその修道服の女が関わっているでしょうね。」
アルエットとガステイルの話を聞きながら、ルーグは一人頭を抱え考えていた。
「ルーグ?どうかしたのかい?」
「ああいえ、少し……昔あったことを思い浮かべてまして。その時も似たように記憶を失ってた人を見たんです。もしかしてそれじゃないかなと。」
「ん?そんなことあったっけ?」
ルーグは少し目を逸らす。
「その……何年か昔ですね。たまたま半人半魔の妖羽化を見かける機会があって……」
ルーグの言葉にようやくピンと来たアムリスが、ハッと息を呑み、何か言いそうに口を開いた。しかしガステイルがそれを制し、
「今は、ルーグさんに任せておきましょう。」
とアムリスの耳元で囁く。
「その方は無事に元に戻ったんですが、妖羽化の時の記憶がすっぽりと抜け落ちていまして、その時に似ているなと思ったんです。」
アルエットはその話を聞き、唖然とした様子でルーグを見つめる。
「28年間ずっと一緒に居たはずなのに、そんな話初めて聞いたわよ……ちょっとショックだわ。」
三人は罪悪感を覚え、少し苦笑いをする。
「ははは……でも、その時は頭痛とかはなかった気がするので、ただの気の所為かもしくは……」
「頭痛と記憶喪失が別の要因、つまり二つの仮説の合わせ技、ってことね。」
「はい……ところで、アルエット様。」
ルーグは神妙な面持ちでアルエットに向き直る。
「シャガラ君が本当に魔族の血を引いていた場合……貴女は彼を殺しますか?」
アルエットは一瞬戸惑いを見せる。
「え、何その質問。」
「そのままの意味です。我々は魔族を倒すための旅をしています。それは半人であろうが、まだ十二歳の子供であろうが変わらない……そうですか?」
「ええ、それで構わないわ。お母様の命令は魔王の討伐……その過程で魔族を見過ごすつもりは無いわよ。」
アルエットの言葉にルーグは俯き、拳を握りしめ口を一文字に結ぶ。
「そうですか……分かりました。」
「ルーグ……貴方もしかして、あのシャガラって子に情が湧いたの?」
「まあ、そんなとこです。」
ルーグは眉一つ動かさず、上辺だけの肯定を繕う。アルエットはその態度にやれやれとため息をつきながら
「全く、ほどほどにしておきなさいよ。」
「……」
すっかり押し黙ったルーグを見かねて、ガステイルが口を開いた。
「まあ、いずれにしてもドニオさんにも話を聞かなければ始まりませんし。朝早く起きてギェーラに行くためにも、今日は早く眠りましょう!」
ガステイルの号令に、ルーグ以外は反応し就寝の準備を始める。アムリスはルーグを心配し声をかける。
「ほら、ルーグさんも!」
「いや、このままでいい。それと、明日俺は行かねえ。」
「ルーグ!!いい加減に……」
アルエットがルーグを叱ろうとするが、ルーグも即座に立ち上がり反論する。
「シャガラが思い出せない過去の話を爺さんに聞きに行くんだろ。シャガラを連れて行って爺さんが素直に喋ると思うのか?」
「ふむ……確かに一理ありますね。それじゃルーグさんとシャガラさんに留守番してもらいましょうか。ギェーラまでの道なら私たちでも分かりますし、朝にシャガラさんにお爺様の家の特徴を聞くなりしておけば大丈夫でしょう。」
ガステイルが両者の間に割って入り再度場を仲裁する。ルーグは暫し押し黙った後、踵を返し玄関の元へ向かう。
「夜風に当たってくる。」
そう言い残しルーグは小屋を出た。
小屋を飛び出してから一時間程が経った。ルーグは小屋の近くに建っていた雑貨屋に立ち寄り、タバコを購入し、小屋の軒下で煙を浮かべながら月を見上げていた。
「……今更、ガキみたいだったな、俺。」
「えぇ、もう30歳になるんですし、もっと割り切って生きた方が楽だと思いますよ。」
「それも分かってるんだけどなぁ……ん?」
帰ってくるはずのない独り言への応答にルーグは恐る恐る、声のした方へ目を向ける。すると小屋のドアの前にガステイルが立っていた。
「うわぁぁぁ!!」
「あはは、リアクションは年相応ですね。」
「うるさい!……一人か?」
「ええ。殿下はもう寝てますよ。」
「そうか。」
ルーグはタバコを口から離し、煙を一気に吐き出す。
「タバコ吸うんですね……しかもそれ、結構キツいやつじゃないですか?」
「吸ってた、な。というか、においでそこまで分かるのか。」
「まあ、エルフなんで。」
「師匠も耳が抜群によかったし、人間なんぞとは本当にスペックが段違いなんだな。」
「まあ、そうでないと森で生きていくなんてできないですから。それはそうと、ルーグさん。シャガラさんの正体分かってますよね。」
ガステイルはしたり顔でルーグに尋ねる。しかしルーグは意外にも冷静に答えた。
「詳しくは知らないけど……人間じゃないことくらいは確信してるよ。」
「あら、驚かないんですね。てっきりもっとリアクションしてくれるかと。」
「最初からその確認をしに来たんでしょ。一人で来た挙句殿下は寝てるなんて言われたら流石に分かる。」
「バレバレでしたか。ちなみに、シャガラさんの正体の根拠ってあります?」
ルーグは新しいタバコを取り出し、火をつけながら語る。
「最初は年齢でもしかしてとは思った。若すぎるからね。確信に変わったのは体温かな。」
「体温ですか。」
「ああ。彼を抱えたらびっくりしたよ。少なくとも人間の体温じゃなかった……熱かったね。」
「それは……確実に何か別のものの血を引いてますね。それで、ルーグさんは何故情が移っちゃったんですか?」
「……情じゃねえ。」
ルーグはタバコを握り潰す。ガステイルはニヤリと笑みを浮かべる。
「まあ、分かってますよ。殿下の話をした時点で。」
「俺たちいつまで黙ってなきゃダメなんだろうな。」
「少なくとも、殿下の考えが変わるまでは迂闊に漏らせないですね。」
「でもよ、ここでお嬢がシャガラ君を魔族だからという理由で殺しちまったら……いや、その先のことはあんま考えたくねえな。とにかく、ますます秘密にしなきゃいけなくなるぜ。」
「まあとにかく、明日は……いやもう今日か、今日はシャガラさんのことをよろしくお願いします。というわけで、そろそろ戻って寝ませんか?」
「……ああ。タバコもちょうど無くなったしな。」
二人はそう言って小屋の中へ入っていく。吹き付ける一陣の風に、小屋がギシギシと軋む音を立てる夜だった。
アムリスはシャガラを奥の麻布の上に寝かしつけてアルエット達のいるテーブルの前まで戻ってきた。明かり代わりの蝋燭は残りわずかで、火の勢いも徐々に弱まってきている。アルエットは両肘をテーブルに突きながら変わらず射抜くような視線を飛ばしている。
「まあ、五年前の何かがこの街の異変に関係していることが分かっただけでも収穫ね。」
「はい。それと、シャガラがそれを思い出そうとすると妨害がかかる"何か"……。」
「十中八九、ドニオかその修道服の女が関わっているでしょうね。」
アルエットとガステイルの話を聞きながら、ルーグは一人頭を抱え考えていた。
「ルーグ?どうかしたのかい?」
「ああいえ、少し……昔あったことを思い浮かべてまして。その時も似たように記憶を失ってた人を見たんです。もしかしてそれじゃないかなと。」
「ん?そんなことあったっけ?」
ルーグは少し目を逸らす。
「その……何年か昔ですね。たまたま半人半魔の妖羽化を見かける機会があって……」
ルーグの言葉にようやくピンと来たアムリスが、ハッと息を呑み、何か言いそうに口を開いた。しかしガステイルがそれを制し、
「今は、ルーグさんに任せておきましょう。」
とアムリスの耳元で囁く。
「その方は無事に元に戻ったんですが、妖羽化の時の記憶がすっぽりと抜け落ちていまして、その時に似ているなと思ったんです。」
アルエットはその話を聞き、唖然とした様子でルーグを見つめる。
「28年間ずっと一緒に居たはずなのに、そんな話初めて聞いたわよ……ちょっとショックだわ。」
三人は罪悪感を覚え、少し苦笑いをする。
「ははは……でも、その時は頭痛とかはなかった気がするので、ただの気の所為かもしくは……」
「頭痛と記憶喪失が別の要因、つまり二つの仮説の合わせ技、ってことね。」
「はい……ところで、アルエット様。」
ルーグは神妙な面持ちでアルエットに向き直る。
「シャガラ君が本当に魔族の血を引いていた場合……貴女は彼を殺しますか?」
アルエットは一瞬戸惑いを見せる。
「え、何その質問。」
「そのままの意味です。我々は魔族を倒すための旅をしています。それは半人であろうが、まだ十二歳の子供であろうが変わらない……そうですか?」
「ええ、それで構わないわ。お母様の命令は魔王の討伐……その過程で魔族を見過ごすつもりは無いわよ。」
アルエットの言葉にルーグは俯き、拳を握りしめ口を一文字に結ぶ。
「そうですか……分かりました。」
「ルーグ……貴方もしかして、あのシャガラって子に情が湧いたの?」
「まあ、そんなとこです。」
ルーグは眉一つ動かさず、上辺だけの肯定を繕う。アルエットはその態度にやれやれとため息をつきながら
「全く、ほどほどにしておきなさいよ。」
「……」
すっかり押し黙ったルーグを見かねて、ガステイルが口を開いた。
「まあ、いずれにしてもドニオさんにも話を聞かなければ始まりませんし。朝早く起きてギェーラに行くためにも、今日は早く眠りましょう!」
ガステイルの号令に、ルーグ以外は反応し就寝の準備を始める。アムリスはルーグを心配し声をかける。
「ほら、ルーグさんも!」
「いや、このままでいい。それと、明日俺は行かねえ。」
「ルーグ!!いい加減に……」
アルエットがルーグを叱ろうとするが、ルーグも即座に立ち上がり反論する。
「シャガラが思い出せない過去の話を爺さんに聞きに行くんだろ。シャガラを連れて行って爺さんが素直に喋ると思うのか?」
「ふむ……確かに一理ありますね。それじゃルーグさんとシャガラさんに留守番してもらいましょうか。ギェーラまでの道なら私たちでも分かりますし、朝にシャガラさんにお爺様の家の特徴を聞くなりしておけば大丈夫でしょう。」
ガステイルが両者の間に割って入り再度場を仲裁する。ルーグは暫し押し黙った後、踵を返し玄関の元へ向かう。
「夜風に当たってくる。」
そう言い残しルーグは小屋を出た。
小屋を飛び出してから一時間程が経った。ルーグは小屋の近くに建っていた雑貨屋に立ち寄り、タバコを購入し、小屋の軒下で煙を浮かべながら月を見上げていた。
「……今更、ガキみたいだったな、俺。」
「えぇ、もう30歳になるんですし、もっと割り切って生きた方が楽だと思いますよ。」
「それも分かってるんだけどなぁ……ん?」
帰ってくるはずのない独り言への応答にルーグは恐る恐る、声のした方へ目を向ける。すると小屋のドアの前にガステイルが立っていた。
「うわぁぁぁ!!」
「あはは、リアクションは年相応ですね。」
「うるさい!……一人か?」
「ええ。殿下はもう寝てますよ。」
「そうか。」
ルーグはタバコを口から離し、煙を一気に吐き出す。
「タバコ吸うんですね……しかもそれ、結構キツいやつじゃないですか?」
「吸ってた、な。というか、においでそこまで分かるのか。」
「まあ、エルフなんで。」
「師匠も耳が抜群によかったし、人間なんぞとは本当にスペックが段違いなんだな。」
「まあ、そうでないと森で生きていくなんてできないですから。それはそうと、ルーグさん。シャガラさんの正体分かってますよね。」
ガステイルはしたり顔でルーグに尋ねる。しかしルーグは意外にも冷静に答えた。
「詳しくは知らないけど……人間じゃないことくらいは確信してるよ。」
「あら、驚かないんですね。てっきりもっとリアクションしてくれるかと。」
「最初からその確認をしに来たんでしょ。一人で来た挙句殿下は寝てるなんて言われたら流石に分かる。」
「バレバレでしたか。ちなみに、シャガラさんの正体の根拠ってあります?」
ルーグは新しいタバコを取り出し、火をつけながら語る。
「最初は年齢でもしかしてとは思った。若すぎるからね。確信に変わったのは体温かな。」
「体温ですか。」
「ああ。彼を抱えたらびっくりしたよ。少なくとも人間の体温じゃなかった……熱かったね。」
「それは……確実に何か別のものの血を引いてますね。それで、ルーグさんは何故情が移っちゃったんですか?」
「……情じゃねえ。」
ルーグはタバコを握り潰す。ガステイルはニヤリと笑みを浮かべる。
「まあ、分かってますよ。殿下の話をした時点で。」
「俺たちいつまで黙ってなきゃダメなんだろうな。」
「少なくとも、殿下の考えが変わるまでは迂闊に漏らせないですね。」
「でもよ、ここでお嬢がシャガラ君を魔族だからという理由で殺しちまったら……いや、その先のことはあんま考えたくねえな。とにかく、ますます秘密にしなきゃいけなくなるぜ。」
「まあとにかく、明日は……いやもう今日か、今日はシャガラさんのことをよろしくお願いします。というわけで、そろそろ戻って寝ませんか?」
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