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第二章 約束
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「仕事……ね…」
「はい。それに、弁護する人は今までも色んな人がいました。だから、どうぞお気になさらず」
「ふうん。若いのに優秀なんだ?」
「いえ、そういうわけじゃ…」
ちょっと俺を伺うように上目遣いで見ていたけど、ふうっと息を吐きだしたら、またにっこりと笑った。
「じゃあ、お願いします」
きっぱりと言い切って、明るい顔を見せる。
……本当にこの人は、殺人事件なんて起こしたんだろうか。
殺人事件の被疑者の弁護なんて初めてするからだろうか。
そりゃ、裁判の傍聴はしているし、先輩の手伝いもしたこともある。
でも俺はよくわからなくなっていた。
罪の意識をまるで感じてないように見える。
自分の恋人を、自分の手で縊り殺しているのに。
その暗い影はどこにも見えない。
「そうですね…どこから話そうかな…」
新居は猫背を更に丸めて、俯いた。
腿の上で手を組むと、少し指を開いたり握ったりしている。
「刑事さんにも何回も同じこと話してるから、何を話せばいいかわからなくなっちゃう…」
「では…まず、事件当日のこと、教えてください。できれば時刻も一緒に」
「…はい…」
また薄っすらと笑って、それから新居は少し遠い目をした。
「金曜日の夕方…いえ、もう夜かな……」
窓もない留置場の接見室をぐるりと見渡すように視線を動かすと、まっすぐに俺を見つめた。
「仕事から帰ってきたら護から…あ、俺の恋人の、岡野 護です」
「はい。承知しています」
「ああ…そうだよね。もう調べてきてるよね…」
クスっと笑うと、また遠い目をした。
「別れてくれないか」
突然、何を言い出すんだか…
「わかった…わかったから…明日、俺の誕生日だよ?どうしてそういう質の悪い冗談言うの…」
少し笑って立ち上がる。
壁に掛かっているカレンダー。
6月17日に丸がついている。
明日、俺の35回目の誕生日だ。
まだ本格的な夏の前だというのに、今日は少し蒸し暑かった。
仕事から帰ったばかりで、喉がカラカラで。
キッチンから水でも取ってこようと歩き出した。
「待てよ」
振り返ると、まだ真剣な顔をしてる。
護も定時で帰ってきたらしく、夏の半袖のワイシャツにスラックスという姿で。ちょっと痩せぎすだから、ベルトが一回転半くらいしちゃってんじゃないのってくらい余ってる。
いつも困ってもないのに、ちょっと困った顔をして。
涼しい目元に通った鼻筋。薄い唇はいつもちょっと半開きで。
整った顔を少し曇らせるだけで、なにか機嫌を損ねたかと最初のうちはヒヤヒヤしたもんで。でもちゃんと聞いてみたら、単に眠かっただけとかいう理由で。
恋人と一緒にいるのに眠いとは何事だと、思いっきり怒ってやったこともある。まあ、そのうち気にならなくなったけどね。
でも、今の顔は……違う。
「……なによ。だから、そういう冗談やめてよね」
「冗談じゃないんだ」
「え…?」
一緒に暮らしてるアパートは、中央線の沿線で。
裏の窓を開けると、フェンスの向こうのすぐ隣の敷地が線路。
建物も古くて騒音と振動が酷いから、23区に近い都下で2LDKという広さでこの家賃は激安だった。
ふたりでここでお金を貯めて、将来は郊外に家でも買おうかなんて夢みたいな話をしながら、ここで護と一緒に暮らし始めたのは…もう5年前になる。
「なんで…?次の更新には新しいアパート借りようねって言ってたじゃん…」
「ごめん……」
「ごめんじゃなくて。理由を聞いてるの」
あまりの衝撃に、座ることも忘れて彼を見下ろしてる。
リビングのテーブルの上に載せられた手は、震えていた。
「はい。それに、弁護する人は今までも色んな人がいました。だから、どうぞお気になさらず」
「ふうん。若いのに優秀なんだ?」
「いえ、そういうわけじゃ…」
ちょっと俺を伺うように上目遣いで見ていたけど、ふうっと息を吐きだしたら、またにっこりと笑った。
「じゃあ、お願いします」
きっぱりと言い切って、明るい顔を見せる。
……本当にこの人は、殺人事件なんて起こしたんだろうか。
殺人事件の被疑者の弁護なんて初めてするからだろうか。
そりゃ、裁判の傍聴はしているし、先輩の手伝いもしたこともある。
でも俺はよくわからなくなっていた。
罪の意識をまるで感じてないように見える。
自分の恋人を、自分の手で縊り殺しているのに。
その暗い影はどこにも見えない。
「そうですね…どこから話そうかな…」
新居は猫背を更に丸めて、俯いた。
腿の上で手を組むと、少し指を開いたり握ったりしている。
「刑事さんにも何回も同じこと話してるから、何を話せばいいかわからなくなっちゃう…」
「では…まず、事件当日のこと、教えてください。できれば時刻も一緒に」
「…はい…」
また薄っすらと笑って、それから新居は少し遠い目をした。
「金曜日の夕方…いえ、もう夜かな……」
窓もない留置場の接見室をぐるりと見渡すように視線を動かすと、まっすぐに俺を見つめた。
「仕事から帰ってきたら護から…あ、俺の恋人の、岡野 護です」
「はい。承知しています」
「ああ…そうだよね。もう調べてきてるよね…」
クスっと笑うと、また遠い目をした。
「別れてくれないか」
突然、何を言い出すんだか…
「わかった…わかったから…明日、俺の誕生日だよ?どうしてそういう質の悪い冗談言うの…」
少し笑って立ち上がる。
壁に掛かっているカレンダー。
6月17日に丸がついている。
明日、俺の35回目の誕生日だ。
まだ本格的な夏の前だというのに、今日は少し蒸し暑かった。
仕事から帰ったばかりで、喉がカラカラで。
キッチンから水でも取ってこようと歩き出した。
「待てよ」
振り返ると、まだ真剣な顔をしてる。
護も定時で帰ってきたらしく、夏の半袖のワイシャツにスラックスという姿で。ちょっと痩せぎすだから、ベルトが一回転半くらいしちゃってんじゃないのってくらい余ってる。
いつも困ってもないのに、ちょっと困った顔をして。
涼しい目元に通った鼻筋。薄い唇はいつもちょっと半開きで。
整った顔を少し曇らせるだけで、なにか機嫌を損ねたかと最初のうちはヒヤヒヤしたもんで。でもちゃんと聞いてみたら、単に眠かっただけとかいう理由で。
恋人と一緒にいるのに眠いとは何事だと、思いっきり怒ってやったこともある。まあ、そのうち気にならなくなったけどね。
でも、今の顔は……違う。
「……なによ。だから、そういう冗談やめてよね」
「冗談じゃないんだ」
「え…?」
一緒に暮らしてるアパートは、中央線の沿線で。
裏の窓を開けると、フェンスの向こうのすぐ隣の敷地が線路。
建物も古くて騒音と振動が酷いから、23区に近い都下で2LDKという広さでこの家賃は激安だった。
ふたりでここでお金を貯めて、将来は郊外に家でも買おうかなんて夢みたいな話をしながら、ここで護と一緒に暮らし始めたのは…もう5年前になる。
「なんで…?次の更新には新しいアパート借りようねって言ってたじゃん…」
「ごめん……」
「ごめんじゃなくて。理由を聞いてるの」
あまりの衝撃に、座ることも忘れて彼を見下ろしてる。
リビングのテーブルの上に載せられた手は、震えていた。
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