HEAVEN B HELL【BL短編集】

野瀬 さと

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第四章 哀婉

エピローグ

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その日、娼館からユウはいなくなった。

ワンさんが嘆いてた。

稼ぎ頭がいなくなったと。


でも、よくよく話を聞いたら、ユウはこの娼館に借金があったわけじゃなかったらしい。

胸を撫で下ろした。

日本の吉原みたいなとこじゃ、地の果てまで追って行って清算させるって聞いた。
借金がなかったんじゃ、そういう生活になることもないだろう。


よかった…


ユウに何が起こったのかは誰もわからなかった。

でもユウの部屋に集まった俺たちは、なんとなく満足気な顔をしていた。

「えっと、近藤さん…?」
「あ、はい…近藤 清太こんどう せいたっていいます」
「そちらは、椎名さん」
「ええ。椎名 実しいな みのる。よろしく」

そう言って懐に手を入れて、名刺を差し出してきた。
慌てて近藤さんも俺に名刺を差し出してきた。
俺もふたりに名刺を渡した。

「へえ…舟橋 功一ふなはし こういちさん、お役人なんだ?」

椎名さんが意外といった顔で俺を見た。

「まあね。まだ下っ端だけどね」
「それでも、正式なお役人ってことは大学出だ?」
「ええ、まあ…」

椎名さんは嬉しげに俺に握手を求めてきた。

「今度、仕事の話させてくれる?」
「あ、ああ…都市計画に関してのことだったら」
「ああ。いい案がある」
「待ってます」
「ありがとう」

ちょっと押しが強いけど…
椎名さんは悪い人じゃなさそうだった。

上海で会社の社長をやっている。
支那人も相手にするだろうし、このくらい押しが強くないとだめなんだろう。

近藤さんが、椎名さんに手のひらを出した。

「ん?」
「お名刺。俺にも」
「ああ…失礼」

名刺を貰うと、近藤さんも名刺を差し出した。
椎名さんが受け取ると近藤さんは二枚の名刺を嬉しそうに眺めた。

「俺、こういうのやったことなかったんだよね…」
「そうなんだ?」
「新劇みたいで格好いい!」
「ぶ…」

椎名さんが笑って俺の顔を見るもんだから、俺も吹き出した。

「あ、笑っちゃやだよ…恥ずかしいなあ…」

なんか、こいつ面白い。

名刺を見ると、近藤さんは上海の劇場で働いている。
今度こっそり入れてあげるよ、なんて近藤さんは笑った。

近藤さんも、悪い人じゃないらしい。

「二人とも、ユウの客だったんだよね?」
「まあね」

艶然と椎名さんは笑う。
シャツの袖にカフスがキラリと光る。

「心当たりないの?」

椎名さんが近藤さんの顔を見てる。

「ないよ…そんなの…また失恋だよ…」

近藤さんが頭を掻く。

「何いってんだよ…俺達も失恋したんだよ?」

ふっと俺が笑うと、近藤さんは苦笑いを返した。

「じゃ、失恋した者同士、飲み明かしますか」


部屋を貸しきって、ユウの置いていった高級な洋酒を飲み尽くしてやった。


客で入った片腕の船乗りの男と幸せになっていることを願って、祝杯をあげた。



幸せに。ユウ…
絶対に幸せになるんだぞ







部屋の隅に転がっていたガラス瓶が
キンと音を立てた








【終】
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