78 / 90
第2章 魔人どもの野望
回想の狂戦地ルドストン㊶
しおりを挟む
絆獣聖団の大型輸送機【黒蛹】内部の〈中央制御室〉は、奇妙な沈黙に包まれていた。
あろうことか、本拠地の【砦】に帰還中の3体を映し出した大型スクリーン以外の7枚全てに、100枚にも及ぶ群青色に煌めく楕円形の鱗で囲繞された流麗な白い渦巻…即ちルドストン凱鱗領の【界紋】が出現していたのだ!
この奇怪なる現象の張本人が湾線統衛艦隊の【電脳司令】であることは、画面の異変と同時にスピーカーからかなりの音量で響き渡った【界歌】=『永久に栄えよ凱鱗領』に被さる中性的な声色(教軍幹部が耳にすれば、それが鏡の教聖のそれに酷似していることを覚るてあろう)による“慇懃なる挨拶”によって明らかとなった。
彼がまず求めたのは、聖団の代表者のみと対話したいということであり、要件はレシャ湾上に突発した怪異のみに留まらぬ対神牙教軍における〈臨時同盟〉締結の懇請であった…。
この思わぬ申し出を受けた聖団側は当然ながら無元造房幹部にして〘ルドストン義守ミッション〙特任技師のソートンが応対したのだが、自己紹介の後に彼がまず呈したのは教率者の頭越しに、いかに有能とはいえ所詮は天才技術者による創造物に過ぎぬ人工頭脳が何故に教界側の意思を司っているかの如き態度を示すのかという当然の疑問であった。
“…その御不審は御尤もと申し上げねばなりませんが、軍事面…殊に非常時に関する限りにおいて、わたくしは教率者様より全面的な〈指揮権〉を委譲されておるものなのです…。
その非常時とは教率者様御自身のお命が脅かされた場合はもちろんですが、それに非ざる場合においても凱鱗領全体が他勢力…殊に神牙教軍によって蹂躙されたる場合においては、わたくしの“自己裁量”によって独自の行動を艦隊に取らせることが認められておりますゆえ、今回のレシャ湾の異変への対応に際しまして、改めて絆獣聖団との共同作戦を提案したいとの動機にてご連絡申し上げた次第なのです…”
“計算し尽くされた誠実さ”
…それを地で行く声調で畳み掛けてくる機械音声に一歩も引けを取らぬ魅惑的な響きの声音で銀髪の美青年が応じる。
「なるほど…丁重なご挨拶はしかと承りました。
もとより、教率者様は電脳司令に対してかねてから積極的な支持を表明されておられるそうですから、こちらとしても確かなる言質を得、正式な意思疎通のチャネルを得たことは幸いでした。
それでは早速討議に入らせて頂きますが、そちらから〈共同作戦〉の内容につきまして何らかの具体的なご提案がお有りなのでしょうか?」
一瞬の間を措き、電脳司令が徐ろに言葉を発した。
“…その前に、こちらから1つご質問させて頂けますか?”
「…どうぞ。
私で足りる事柄ならば何なりとお答え致しましょう…!」
あくまで低姿勢ながら、その奥に返答への断固たる要求を感得させる相手に居ずまいを正しつつ特任技師か応じる。
“…それではお尋ね致します。
教率者様をはじめ、凱鱗領にてこれぞ天助と多大なる期待を寄せておりました3体の絆獣を、何らの損耗も…そして大変無礼な文言ながら何らの勲功も挙げずしてあえて撤退せしめたのは何故なのでしょうか?
確かにチラワン=シーソンポップ、ローネ=ウルリッヒ、ミリラニ=カリリの各操獣師が初出動時に原因不明の昏睡状態に陥り、刃獣撃破が不可能となった事態はこちらでも把握しておりますが、それにつきましても、他に〈通信責任者〉を除く総勢10名もの“補助要員”を帯同させておられたはず…、
果たして何故に彼女達を抜擢して戦闘を継続されなかったのか、是非ともご回答頂きたい”
ある意味、ご尤もといえるこの問いに一瞬詰まったソートンの間隙を縫い、龍坊主対蒼き虎観戦時のように彼の背後に仁王立ちした総隊長・竹澤夏月が居丈高な叫びを上げた。
「残りの連中じゃ役不足だからって回答じゃ説明不足かい、ロボット司令官さん!?
言っとくけどねえ、操獣ってのは欠員が出たからハイ、次はお前!…ってな具合に安易に引き継ぎ出来るようなシロモノじゃないんだよ!!
大袈裟に言やあ、聖団に課された厳しい条件をクリアして晴れて聖幻晶を授けられ、絆獣を任されてからだって、長い時間を…それこそ何年もかけて少しずつ信頼関係を構築した上で、ようやく自分の思いのままに…いやそうじゃないね、文字通り一心同体、一蓮托生の境地に達したと両者が覚った段階ではじめて戦闘に堪えうるほどの自然な動きが可能になるものなんだよ!
…決め事を無視して話に割って入って申し訳ないけどね、こと操獣に関することなら黙ってるワケにゃいかない。
何しろそいつはあたしの専任事項…いや、〈存在証明〉に関わる問題なんでね…!
つまり言いたいのは、あの3人がダメになったんなら、アイツらが受け持つ絆獣は大した働きが出来ないってこった…。
特に雷吼剣蛇なんか、チラワン以外の操獣師じゃそもそも〈融魂〉すら不可能なんだからね…!」
暫しの沈黙の後、電脳司令が交信を再開したが、その口調は驚くべきことに先程までとは打って変わり、あたかも別人の如き露骨なる軽侮の響きを帯びていた。
“…思わぬ雑音が入り、しかもそのあまりの非工学的で無知蒙昧な内容に対する意味把握に些か時間を要したため通信に遅延を来たし申し訳なかったが、わたしの理解を逸脱する言動は厳に慎んで頂きたい…!
…以後の対話は当初の取り決め通りわたしとソートン氏のみで展開するゆえ、部外者には発言自体を禁じることとする”
もちろん斯くの如き挑発的言辞を黙過する殺戮姫ではない。
「何だとッ!?
たかが機械の分際で偉そうに…!
テメエこそ教民の生命財産をあの化け蛸からそれこそネジの1本になっても死守せにゃならん立場のくせに、こんな所で油を売ってていいのかい!?」
当然というべきか、返事はない。
「…おそらく新生湾線艦隊は〈専守防衛〉に徹するがゆえに、あの怪物が何らかの敵対的行動を取らぬ限り攻撃に踏み切ることはないでしょう…。
まあ3絆獣の撤収の背景はタケザワ総隊長の的確なご説明にある通りなのですが、後ほど聖団が用意した〈代替策〉を、可能な範囲で申し上げましょう…。
ところで、こちらにも是非ともお尋ねしたい項目があるのですが…」
またしても夏月が右手を懐に突っ込んだのを気配で察し、よもや取り出した軍用ナイフの柄尻で画面を叩き割られなどされてはかなわんとばかりにソートンが右手で彼女を制しながら代弁するが、電脳司令は不気味な沈黙を続ける。
だが特任技師は構わずに続けた。
「…誠に遺憾ながら、最高指揮官たるチェザック氏があのように無残な最期を遂げられた統衞空軍は現在、どなたの麾下にあるのでしょうか?」
彼の不可解なる態度の豹変を受け必ずしも返事を期待した訳ではなかったが、意外にも電脳司令はあたかも敵地を陥落させ勝利宣言する豪将を彷彿とさせる得意声をもって答えた。
“よくぞ聞いてくれた、と言いたいところだが、聡明な貴方は既にその答を察しているのではないかな?
…その通り、空軍は既に、わたしの指揮下に編入された…即ち今後、二軍は共同連携行動を取ることになる訳だ…!
ついでに最小最弱勢力たる陸戦部隊=主都特守部隊に言及しておくが、絆獣聖団との交信が終了後に実質的な行動責任者ともいうべき特守部隊長・トゥーガと、今回の未曽有の危機を奇貨としてこれまで存在せぬことが不思議ですらあった【統衞陸軍】の正式な発足に向けて協議に入るつもりである…。
では前置きが予想以上に長引いたが、そろそろ本題に入ろうか…。
現在、死霊島の海龍党勢と交戦中の4体の水棲絆獣を大至急、レシャ湾の巨大刃獣迎撃のため呼び戻して頂きたい。
…もしそれが叶わぬということであれば、貴君らと統衞軍との戦力差があまりにも均衡を欠くこととなるため、凱鱗領内地で行動中の聖団勢は全てわたしの指令に服して頂くことになる…!“
あろうことか、本拠地の【砦】に帰還中の3体を映し出した大型スクリーン以外の7枚全てに、100枚にも及ぶ群青色に煌めく楕円形の鱗で囲繞された流麗な白い渦巻…即ちルドストン凱鱗領の【界紋】が出現していたのだ!
この奇怪なる現象の張本人が湾線統衛艦隊の【電脳司令】であることは、画面の異変と同時にスピーカーからかなりの音量で響き渡った【界歌】=『永久に栄えよ凱鱗領』に被さる中性的な声色(教軍幹部が耳にすれば、それが鏡の教聖のそれに酷似していることを覚るてあろう)による“慇懃なる挨拶”によって明らかとなった。
彼がまず求めたのは、聖団の代表者のみと対話したいということであり、要件はレシャ湾上に突発した怪異のみに留まらぬ対神牙教軍における〈臨時同盟〉締結の懇請であった…。
この思わぬ申し出を受けた聖団側は当然ながら無元造房幹部にして〘ルドストン義守ミッション〙特任技師のソートンが応対したのだが、自己紹介の後に彼がまず呈したのは教率者の頭越しに、いかに有能とはいえ所詮は天才技術者による創造物に過ぎぬ人工頭脳が何故に教界側の意思を司っているかの如き態度を示すのかという当然の疑問であった。
“…その御不審は御尤もと申し上げねばなりませんが、軍事面…殊に非常時に関する限りにおいて、わたくしは教率者様より全面的な〈指揮権〉を委譲されておるものなのです…。
その非常時とは教率者様御自身のお命が脅かされた場合はもちろんですが、それに非ざる場合においても凱鱗領全体が他勢力…殊に神牙教軍によって蹂躙されたる場合においては、わたくしの“自己裁量”によって独自の行動を艦隊に取らせることが認められておりますゆえ、今回のレシャ湾の異変への対応に際しまして、改めて絆獣聖団との共同作戦を提案したいとの動機にてご連絡申し上げた次第なのです…”
“計算し尽くされた誠実さ”
…それを地で行く声調で畳み掛けてくる機械音声に一歩も引けを取らぬ魅惑的な響きの声音で銀髪の美青年が応じる。
「なるほど…丁重なご挨拶はしかと承りました。
もとより、教率者様は電脳司令に対してかねてから積極的な支持を表明されておられるそうですから、こちらとしても確かなる言質を得、正式な意思疎通のチャネルを得たことは幸いでした。
それでは早速討議に入らせて頂きますが、そちらから〈共同作戦〉の内容につきまして何らかの具体的なご提案がお有りなのでしょうか?」
一瞬の間を措き、電脳司令が徐ろに言葉を発した。
“…その前に、こちらから1つご質問させて頂けますか?”
「…どうぞ。
私で足りる事柄ならば何なりとお答え致しましょう…!」
あくまで低姿勢ながら、その奥に返答への断固たる要求を感得させる相手に居ずまいを正しつつ特任技師か応じる。
“…それではお尋ね致します。
教率者様をはじめ、凱鱗領にてこれぞ天助と多大なる期待を寄せておりました3体の絆獣を、何らの損耗も…そして大変無礼な文言ながら何らの勲功も挙げずしてあえて撤退せしめたのは何故なのでしょうか?
確かにチラワン=シーソンポップ、ローネ=ウルリッヒ、ミリラニ=カリリの各操獣師が初出動時に原因不明の昏睡状態に陥り、刃獣撃破が不可能となった事態はこちらでも把握しておりますが、それにつきましても、他に〈通信責任者〉を除く総勢10名もの“補助要員”を帯同させておられたはず…、
果たして何故に彼女達を抜擢して戦闘を継続されなかったのか、是非ともご回答頂きたい”
ある意味、ご尤もといえるこの問いに一瞬詰まったソートンの間隙を縫い、龍坊主対蒼き虎観戦時のように彼の背後に仁王立ちした総隊長・竹澤夏月が居丈高な叫びを上げた。
「残りの連中じゃ役不足だからって回答じゃ説明不足かい、ロボット司令官さん!?
言っとくけどねえ、操獣ってのは欠員が出たからハイ、次はお前!…ってな具合に安易に引き継ぎ出来るようなシロモノじゃないんだよ!!
大袈裟に言やあ、聖団に課された厳しい条件をクリアして晴れて聖幻晶を授けられ、絆獣を任されてからだって、長い時間を…それこそ何年もかけて少しずつ信頼関係を構築した上で、ようやく自分の思いのままに…いやそうじゃないね、文字通り一心同体、一蓮托生の境地に達したと両者が覚った段階ではじめて戦闘に堪えうるほどの自然な動きが可能になるものなんだよ!
…決め事を無視して話に割って入って申し訳ないけどね、こと操獣に関することなら黙ってるワケにゃいかない。
何しろそいつはあたしの専任事項…いや、〈存在証明〉に関わる問題なんでね…!
つまり言いたいのは、あの3人がダメになったんなら、アイツらが受け持つ絆獣は大した働きが出来ないってこった…。
特に雷吼剣蛇なんか、チラワン以外の操獣師じゃそもそも〈融魂〉すら不可能なんだからね…!」
暫しの沈黙の後、電脳司令が交信を再開したが、その口調は驚くべきことに先程までとは打って変わり、あたかも別人の如き露骨なる軽侮の響きを帯びていた。
“…思わぬ雑音が入り、しかもそのあまりの非工学的で無知蒙昧な内容に対する意味把握に些か時間を要したため通信に遅延を来たし申し訳なかったが、わたしの理解を逸脱する言動は厳に慎んで頂きたい…!
…以後の対話は当初の取り決め通りわたしとソートン氏のみで展開するゆえ、部外者には発言自体を禁じることとする”
もちろん斯くの如き挑発的言辞を黙過する殺戮姫ではない。
「何だとッ!?
たかが機械の分際で偉そうに…!
テメエこそ教民の生命財産をあの化け蛸からそれこそネジの1本になっても死守せにゃならん立場のくせに、こんな所で油を売ってていいのかい!?」
当然というべきか、返事はない。
「…おそらく新生湾線艦隊は〈専守防衛〉に徹するがゆえに、あの怪物が何らかの敵対的行動を取らぬ限り攻撃に踏み切ることはないでしょう…。
まあ3絆獣の撤収の背景はタケザワ総隊長の的確なご説明にある通りなのですが、後ほど聖団が用意した〈代替策〉を、可能な範囲で申し上げましょう…。
ところで、こちらにも是非ともお尋ねしたい項目があるのですが…」
またしても夏月が右手を懐に突っ込んだのを気配で察し、よもや取り出した軍用ナイフの柄尻で画面を叩き割られなどされてはかなわんとばかりにソートンが右手で彼女を制しながら代弁するが、電脳司令は不気味な沈黙を続ける。
だが特任技師は構わずに続けた。
「…誠に遺憾ながら、最高指揮官たるチェザック氏があのように無残な最期を遂げられた統衞空軍は現在、どなたの麾下にあるのでしょうか?」
彼の不可解なる態度の豹変を受け必ずしも返事を期待した訳ではなかったが、意外にも電脳司令はあたかも敵地を陥落させ勝利宣言する豪将を彷彿とさせる得意声をもって答えた。
“よくぞ聞いてくれた、と言いたいところだが、聡明な貴方は既にその答を察しているのではないかな?
…その通り、空軍は既に、わたしの指揮下に編入された…即ち今後、二軍は共同連携行動を取ることになる訳だ…!
ついでに最小最弱勢力たる陸戦部隊=主都特守部隊に言及しておくが、絆獣聖団との交信が終了後に実質的な行動責任者ともいうべき特守部隊長・トゥーガと、今回の未曽有の危機を奇貨としてこれまで存在せぬことが不思議ですらあった【統衞陸軍】の正式な発足に向けて協議に入るつもりである…。
では前置きが予想以上に長引いたが、そろそろ本題に入ろうか…。
現在、死霊島の海龍党勢と交戦中の4体の水棲絆獣を大至急、レシャ湾の巨大刃獣迎撃のため呼び戻して頂きたい。
…もしそれが叶わぬということであれば、貴君らと統衞軍との戦力差があまりにも均衡を欠くこととなるため、凱鱗領内地で行動中の聖団勢は全てわたしの指令に服して頂くことになる…!“
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる