437 / 475
第二十八章 変わりゆく関係
イケメン教師と、その恋人と、その息子
しおりを挟む
夜の麓戸のマンションの部屋は静かだった。
「父親より、母親の再婚相手の方が合う……か」
麓戸が、ため息をついた。
「麓戸家の空気、息が詰まる……って。従兄弟や伯父さんの話もしてました」
「まあ、うちの家族は……古いからな」
そのとき、玄関のドアが開く音がした。
小坂の背筋がすっと固まる。
「ただいま~……あれ? オデちゃん来てるの? なんで、なんでぇ~?」
あの軽薄な声が廊下から響いてくる。
足音がして、リビングのドアが開き、悪照が現れた。
「なんだお前、母さんの家に泊まるんじゃなかったのか?」
「ああ、それな? やめた。来週にする」
「それなら、そうと連絡しろよ」
「なんで? オデちゃんとイチャイチャしたいから?」
「そういうことじゃない。で、塾は?」
「サボった。たるいから途中で帰ってきた」
「おい、塾も無料じゃないんだぞ」
「これだよ、これ」
悪照は、しかめっつらをして、小坂の耳元に顔を寄せるようにして小声で言った。
「昼間言った意味、わかったでしょ? 俺、ああいうの苦手なんだって。堅苦しいの」
小坂は何も言えなかった。
反射的に顔を背けるようにしながら、心を落ち着かせるために、取りつくろうように麦茶をもう一口飲んだ。
悪照は、飲みかけの麦茶を覗き込みながら、悪びれもせず笑っていた。
「なあ、小坂先生って、ここよく来るの? 泊まったりとかしてんの?」
にやにやしながら聞く。
「悪照」
麓戸の声が、低くなった。
先ほどまでの穏やかさが一瞬で消える。
「部屋に戻れ」
「へーいへい」
悪照は気楽な口調で手を振り、ひらりと身を翻す。
廊下を歩く足音が響き、その後、静寂が戻った。
ペントハウスの窓の外には、都市の夜景が滲んでいた。
ガラス張りの一面に広がる光の川は、ふたりの沈黙を映しているようだった。
小坂は、そっと湯飲みをテーブルに戻し静かに言った。
「……やっぱり、来るんじゃなかったかもしれません」
哀しみが心に滲んだ。
「あなたの家に、僕は……」
居場所がない、必要ない、と言葉を継ごうとしたとき、麓戸の手が伸びた。
掌が、そっと小坂の手を包む。
「オデトに嫌な思いをさせて悪かった。全ては俺がいたらないせいだ」
小坂は一瞬だけ視線を外したが、そのまま黙っていた。
「オデトは俺の『今』で、『これから』だ。だから……共に……過去に振り回されずに生きよう。俺が側にいる」
麓戸の言葉は、照れも誇張もなく、まっすぐだった。
小坂は、麓戸の言葉に、手の温もりに、ようやく心がほどけるような気がした。
ペントハウスの天井は高く、部屋の奥には静かな光だけが灯っていた。
この人のいてくれる限り、僕の居場所と思えるのかもしれない……。小坂は、少しだけ、ほっとした。
「父親より、母親の再婚相手の方が合う……か」
麓戸が、ため息をついた。
「麓戸家の空気、息が詰まる……って。従兄弟や伯父さんの話もしてました」
「まあ、うちの家族は……古いからな」
そのとき、玄関のドアが開く音がした。
小坂の背筋がすっと固まる。
「ただいま~……あれ? オデちゃん来てるの? なんで、なんでぇ~?」
あの軽薄な声が廊下から響いてくる。
足音がして、リビングのドアが開き、悪照が現れた。
「なんだお前、母さんの家に泊まるんじゃなかったのか?」
「ああ、それな? やめた。来週にする」
「それなら、そうと連絡しろよ」
「なんで? オデちゃんとイチャイチャしたいから?」
「そういうことじゃない。で、塾は?」
「サボった。たるいから途中で帰ってきた」
「おい、塾も無料じゃないんだぞ」
「これだよ、これ」
悪照は、しかめっつらをして、小坂の耳元に顔を寄せるようにして小声で言った。
「昼間言った意味、わかったでしょ? 俺、ああいうの苦手なんだって。堅苦しいの」
小坂は何も言えなかった。
反射的に顔を背けるようにしながら、心を落ち着かせるために、取りつくろうように麦茶をもう一口飲んだ。
悪照は、飲みかけの麦茶を覗き込みながら、悪びれもせず笑っていた。
「なあ、小坂先生って、ここよく来るの? 泊まったりとかしてんの?」
にやにやしながら聞く。
「悪照」
麓戸の声が、低くなった。
先ほどまでの穏やかさが一瞬で消える。
「部屋に戻れ」
「へーいへい」
悪照は気楽な口調で手を振り、ひらりと身を翻す。
廊下を歩く足音が響き、その後、静寂が戻った。
ペントハウスの窓の外には、都市の夜景が滲んでいた。
ガラス張りの一面に広がる光の川は、ふたりの沈黙を映しているようだった。
小坂は、そっと湯飲みをテーブルに戻し静かに言った。
「……やっぱり、来るんじゃなかったかもしれません」
哀しみが心に滲んだ。
「あなたの家に、僕は……」
居場所がない、必要ない、と言葉を継ごうとしたとき、麓戸の手が伸びた。
掌が、そっと小坂の手を包む。
「オデトに嫌な思いをさせて悪かった。全ては俺がいたらないせいだ」
小坂は一瞬だけ視線を外したが、そのまま黙っていた。
「オデトは俺の『今』で、『これから』だ。だから……共に……過去に振り回されずに生きよう。俺が側にいる」
麓戸の言葉は、照れも誇張もなく、まっすぐだった。
小坂は、麓戸の言葉に、手の温もりに、ようやく心がほどけるような気がした。
ペントハウスの天井は高く、部屋の奥には静かな光だけが灯っていた。
この人のいてくれる限り、僕の居場所と思えるのかもしれない……。小坂は、少しだけ、ほっとした。
3
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?
男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる