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第二十八章 変わりゆく関係
イケメン教師、麓戸と悪照について語る
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二人は、リビングで向かい合わせに座っていた。
「悪照と、今日、何かあったのか?」
小坂が口を開いた。
「……今日、悪照君が進路相談室に来ました」
わずかな沈黙だったが、麓戸がビクっとしたのが、小坂にははっきりわかった。
「相談というより……雑談でしたけど」
「そうだったのか。あいつ、何か言ってたか?」
「ええ。祖父さんや親戚に会ったけど、居心地悪かったって。母親と再婚相手の方が気が楽らしいです。今はそっちの方が、うまくいってる感じでした」
麓戸は、
「そうか」
それだけ言って、湯呑みに手を伸ばす。
「それで、『麓戸の父さんと付き合ってるの?』って聞かれました」
麓戸は吹きこぼしそうになったお茶をぐっと飲み下した。
「……ストレートだな」
「ええ、すごく。さすが、あなたの息子さんですね」
「いや、あれは……母親に似た」
小坂がふっと笑った。
「そうですか」
「でも、そうとわかって、少し安心したよ。……オテルは“うち”とは、もう距離を取るつもりらしいな」
「ええ。もう決まってるみたいでした。麓戸家が、オテル君を認めないってことも、彼はうすうす気づいてると思います」
麓戸は頷き、しばらく黙ってから言った。
「……情けないな。結局、父親として何もできなかった」
小坂は、湯呑みを持ったまま慰めるように言った。
「そんなことないですよ。それに、できない方が、いい場合もありますよ」
麓戸はそれを受け止めて、目を伏せた。
「……そうかもしれないな」
そして、小坂に目を向けて、ぼそりと言った。
「おまえのことは、麓戸家にも認めさせるよ。俺の伴侶だってな」
小坂は何も返さなかった。
ただ、うなずく代わりに、もう一度湯呑みに口をつけた。
---
「もともと、贖罪のつもりだったんだ。俺のせいで、悪照は――少し道を外れた」
「それは……違うかもしれないけど」
「いや、違わない。……でもな、小坂。おまえが、そばにいられない環境にするくらいなら、俺は――完璧な親になんてなれなくていい」
その言葉に、小坂は一瞬だけ目を見開いた。
「……たまに会えればいい。向こうの生活、悪くないらしい。母親も夜の仕事、やめたって聞いた。再婚相手も、案外まともな奴だったらしい」
そう言って、ふと声の調子を落とした。
「……俺より若い男らしい。俺だって若い父親なのに。……なんか、悔しくてさ」
苦笑とも言えない表情で、麓戸は食器を棚に戻す。
「……しかも、こっちは、血がつながってるのに、って」
その言葉に、小坂はゆっくりと振り返った。
「……いい人だったなら、いいじゃないですか」
小坂の静かで、まっすぐな声音に、麓戸はハッとしたように小坂を見た。
胸が締めつけられる。
「ごめん。オデトには――“親”が、いなかったな。そのことを、今まで何度も聞いていたはずなのに」
麓戸は、小坂の手をそっと取り、その手を自分の胸に引き寄せた。
「……ごめん。……でも、ありがとう」
小坂は何も言わなかった。ただ、手を預けたまま、ゆっくりと頷いた。
「悪照と、今日、何かあったのか?」
小坂が口を開いた。
「……今日、悪照君が進路相談室に来ました」
わずかな沈黙だったが、麓戸がビクっとしたのが、小坂にははっきりわかった。
「相談というより……雑談でしたけど」
「そうだったのか。あいつ、何か言ってたか?」
「ええ。祖父さんや親戚に会ったけど、居心地悪かったって。母親と再婚相手の方が気が楽らしいです。今はそっちの方が、うまくいってる感じでした」
麓戸は、
「そうか」
それだけ言って、湯呑みに手を伸ばす。
「それで、『麓戸の父さんと付き合ってるの?』って聞かれました」
麓戸は吹きこぼしそうになったお茶をぐっと飲み下した。
「……ストレートだな」
「ええ、すごく。さすが、あなたの息子さんですね」
「いや、あれは……母親に似た」
小坂がふっと笑った。
「そうですか」
「でも、そうとわかって、少し安心したよ。……オテルは“うち”とは、もう距離を取るつもりらしいな」
「ええ。もう決まってるみたいでした。麓戸家が、オテル君を認めないってことも、彼はうすうす気づいてると思います」
麓戸は頷き、しばらく黙ってから言った。
「……情けないな。結局、父親として何もできなかった」
小坂は、湯呑みを持ったまま慰めるように言った。
「そんなことないですよ。それに、できない方が、いい場合もありますよ」
麓戸はそれを受け止めて、目を伏せた。
「……そうかもしれないな」
そして、小坂に目を向けて、ぼそりと言った。
「おまえのことは、麓戸家にも認めさせるよ。俺の伴侶だってな」
小坂は何も返さなかった。
ただ、うなずく代わりに、もう一度湯呑みに口をつけた。
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「もともと、贖罪のつもりだったんだ。俺のせいで、悪照は――少し道を外れた」
「それは……違うかもしれないけど」
「いや、違わない。……でもな、小坂。おまえが、そばにいられない環境にするくらいなら、俺は――完璧な親になんてなれなくていい」
その言葉に、小坂は一瞬だけ目を見開いた。
「……たまに会えればいい。向こうの生活、悪くないらしい。母親も夜の仕事、やめたって聞いた。再婚相手も、案外まともな奴だったらしい」
そう言って、ふと声の調子を落とした。
「……俺より若い男らしい。俺だって若い父親なのに。……なんか、悔しくてさ」
苦笑とも言えない表情で、麓戸は食器を棚に戻す。
「……しかも、こっちは、血がつながってるのに、って」
その言葉に、小坂はゆっくりと振り返った。
「……いい人だったなら、いいじゃないですか」
小坂の静かで、まっすぐな声音に、麓戸はハッとしたように小坂を見た。
胸が締めつけられる。
「ごめん。オデトには――“親”が、いなかったな。そのことを、今まで何度も聞いていたはずなのに」
麓戸は、小坂の手をそっと取り、その手を自分の胸に引き寄せた。
「……ごめん。……でも、ありがとう」
小坂は何も言わなかった。ただ、手を預けたまま、ゆっくりと頷いた。
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