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40 人神の意思

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 魔獣が襲ってきたという、リリイの生前の記憶が正しいならば、その魔獣は不死者だ。
 不死神の使徒により祝福を与えられて、行動を支配された魔獣だったものたちだ。

 魔獣に襲わせれば、もしリリイが逃げおおせても、疑いが領主たちに向くことはない。
 魔獣に襲われるという不幸は、いつでも稀にあるのだ。

「剣で殺したのは……リリイを利用するためかな?」

 恐らく、不死神の使徒の手のものが、リリイが襲われるところを見ていたのだろう。
 リリイの護衛たちが死んだのを確認し、リリイが助からないと確信したところで、剣を使って殺したのだ。

 魔獣の牙や爪で殺されれば、死体は無惨なことになる。
 そうなれば、リリイが死んでいると皆が気付く。

「なぜ、私が死んでいることを隠したかったのでしょう?」
「それは、人神の使徒だから」

 人神の使徒は信仰されている。
 リリイを使えば、民を動かすことは容易い。

「領主に会ったとき、領主は驚いていたといってたね」
「はい」
「領主は死んだことは知っていたが、不死者になったとは思っていなかったのだろう」

 不死者になるかどうかは、未練の強さや個人の資質に大きく左右される。
 もし、不死者として動き出さなければ、腐る前に不死神の祝福を与えて動かすつもりだったのかも知れない。

 不死神の祝福を与えて不死者にした場合、自我はあっても、その意思通りに動かなくなる。
 つまり全て命令して動かさなければならないのだ。

「その場合、不死者の王あたりが、操ることになるんだろうが……、どうしても違和感が出る」

 神殿には小さい頃からリリイを知っている神官だっているだろう。
 怪しまれ、調べられれば、不死者であることが露見しかけない。

 ならば、リリイには自分の意思で動いてもらった方が良い。

「もし、意に沿わぬことをし始めたら、そのときに不死神の祝福を与えればいいしな」
「そういうことだったのですね」
「恐らくだが……神託の内容自体も、都合が良かったんだろう」
「内容、ですか?」
 
 リリイが受けて、領主に話した神託の内容は『不死者がゼベシュの人族に害をなす』である。
 大量の不死者が、襲ってくるとは言っていない。

 人神は、不死者たちがゼベシュの街をむしばみはじめたことを、神託で教えたのだ。

「だが、リリイは不死者がゼベシュを襲撃すると思った。それを不死者たちは利用したんだろう」
「私は騙され……、不死者たちに言いように使われていたのですね」
「…………」

 そうだ。
 だが、そうだと敢えてそれを告げる必要は無い。
 もう、リリイはそれを自覚しているのだから。

 それに、もうリリイは死んでいる。
 後悔しても、反省しても、今後に生かすことはできない。

「私は……なんと愚かだったのでしょう。人を不幸にし、危機に陥らせるばかり。……なにが人神の使徒か」

 俺はリリイは悪くないと思う。悪いのは人神だと人族の俺としては思う。
 だが、使徒である俺は、人神には人神の理屈があるのだろうとも思うのだ。

「亡くなった方を使役して……魂を愚弄するような真似を……、私はなんということをしてしまったのでしょう」

 リリイは顔を歪め、涙をこらえて、震えている。

 神託をもっとわかりやすくすれば、リリイは間違わなかった。
 だが、リリイが間違えなければ、領主に神託の内容を告げた時点で、不死神の祝福を受けていたかも知れない。
 そうなれば、リリイは不死者たちの傀儡となり、沢山の人が死んだかも知れない。

 リリイが不死神の祝福を受ければ、神官はリリイの異変に気付いたかも知れない。
 そうなれば、被害は抑えられた可能性もある。
 だが、不死神の使徒の意のままに動くリリイによって、更に大きな被害が生まれたかも知れない。

 そもそも、神託を下さなければ、リリイは死ななかったかも知れない。
 だが、不死者たちはゼベシュで着々と準備を調え、沢山の人族が死ぬことになったかも知れない。

「きっと、リリイがそう行動することは、人神さまのご意志だよ」
「……そんなわけ、……人神が、こんなことを望むわけない」
「人神さまは、俺たちと地上のものより、ずっと深く広くみえているんだ」

 俺との出会いまでも予知していたとしても不思議はない。

「人神さまは、リリイの性格、賢さだけでなく、愚かさまで知っているよ。多分ね」
「……そうなのかもしれません」
「まあ、人神さまの使徒に、人神さまについて説くなんて、差し出がましいにもほどがあるとは思うけど」

 リリイは複雑な表情を浮かべている。
 だが、もう涙をこらえている様子はない。

 俺はリリイに尋ねる。
「さて、リリイ。どうしたい?」
「……私は……ゼベシュの街の人族を、不死者から救いたいです」

 それは死ぬ前から変らぬリリイの望み。
 死してなお、リリイの魂をこの地上に縛り付けた未練である。

「わかった。ならば、ゼベシュに戻ろう」

 リリイは深くうなずいた、
 そして、フレキは、俺とリリイが会話するさまを、じっと見つめていた。
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